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哀歓編22話 愛の力



昨日は無頼として過ごしたが、今日は領主だ。ヘリで迎えに来たシズルさんを伴ってロックタウン市庁舎を訪れ、コムリン市長を表敬訪問。暫し歓談した後、バイクで八熾の庄に凱旋する。喜びに沸く一族が街路を埋め尽くし、オレの帰還と戦争の終結を祝ってくれた。


かなりの時間をかけて到着した下屋敷の入口には、天羽の爺様と一族の主立った者が整列し、出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。此度の戦で長きに渡った戦争も終わり、祝着至極にござりまする。」


片膝をついた爺様が口上を述べると、皆も恭しく頭を下げる。


「うむ。だが白狼衆からも、これまでにない数の戦死者を出してしまった。爺様、遺族に不自由をさせてはならんぞ。」


「心得ておりまする。もう手配は終わっておりますゆえ、ご案じめさるな。」


「直接遺族に会って功を称え、共に英霊に祈りを捧げたい。場所は…」


「そう仰ると思いまして、羚厳公園に祭祀場を設け、遺族を集めており申す。」


さすが爺様だ。手抜かりがない。


「功労者の家族を長く待たせる訳にはいかん。シズル、爺様、直ぐに祭祀場へ向かうぞ。」


「「ハハッ!」」


次席家人頭が合図すると、黒塗りのダックスリムが数台、玄関前にやって来た。屋敷で素早く礼服に着替え、筆頭家人頭と次席家人頭を伴って乗車。祖父の名を冠した公園に向かう。


公園の駐車場に車を停め、白狼衆最初の戦死者、熊狼十郎左の名を冠した十郎門を潜って園内に入る。小雨がパラつく祭祀場では、遺影を携えた一族がオレを待っていた。


「……兄者の志は僕が受け継ぎます。天国から見ていてください。」


兄の遺影に誓いを立てる雷蔵を※八重がそっと抱き締める。即戦力の熊狼兄弟、未来の主戦力と将来を嘱望されていた射場兄弟。この戦争はそんな兄弟を引き裂いてしまった。


宮司の資格を持つシズルさんが慰霊詞を読み終える頃に雨が上がり、眩い陽光が慰霊碑を照らした。


「お館様、虹が出てます!」


雷蔵の指差す先には鮮やかな虹が掛かっていた。


「涙雨が呼んだ虹の掛け橋、か。これも我らの守護獣、天狼のお導きだろう。」


「はいっ!そうに違いありません!兄者達は天狼の下に召されたのです!」


「そうだな。雷蔵、雲水代表から言伝がある。"娘の護衛任務を完遂してくれた事に感謝する"と仰っていたぞ。」


「僕はお話相手を務めさせて頂いたぐらいです。護衛と言えるような事はなにも……」


寿蔵に似て謙虚な子だ。射場雷蔵は一族の未来を担う逸材。才気に相応しい任務を命じよう。


「射場雷蔵に新たな任務を命じる。」


「ハッ!何なりとお申し付けを!」


「数日内にオレやシズル、白狼衆は兵器指定を受け、眠りにつく。オレ達が戻るまで天羽の爺様と力を合わせ、一族を守るのだ。いいな?」


少年は右拳を左胸の前に水平に掲げ、元気よく任務を拝命する。


「お任せください!お(じじ)様と一緒にお館様が戻られるまで、必ず一族と八熾の庄を守ってみせます!」


「頼んだぞ。八重も爺様を手助けしてやってくれ。」


シズルや牛頭馬頭、九郎兵衛に勾九、それに侘助と寂助。一族の要職に就く者は軒並み兵器指定対象者だ。天羽の爺様がいれば大過ないとは思うが……


「お任せくださいませ。雷蔵ちゃん、大事な任務の前に腹拵えしましょうね。今夜は何が食べたい?」


「肉ジャガ!僕、八重様の肉ジャガが食べたいです!」


お裾分けしてもらった事があるが、八重の肉ジャガは絶品だからな。なにせ、神の舌を持つリリスがお手本にするぐらいだ。辺境暮らしが長かった熊狼八重は料理も達者だが武芸も達者で、予備役に登録されている。爺様を補佐させたくても、兵器指定される可能性があるな。


────────────────


帰りの車内でポケットのハンディコムが鳴った。……パーチ会長からの電話だ。いよいよ来たか。


「お久しぶりです、龍弟公。明日の夕刻、お迎えに上がりますので、よろしく。」


「了解しました。念の為に確認しておきたいのですが、煉獄の封印は完了しましたか?」


カプラン元帥が皇帝に掛け合って、同時ではなく煉獄が先、次がオレという段取りに変えた。アマラとオリガが今だに逃亡中という向こうの落ち度に付け込んだのだ。


「もちろんです。ムクロ、ナユタと共に先程、地下深くに封印されました。ラムザが直に立ち合ったので間違いありません。ナユタ嬢には散々毒づかれたそうですが、煉獄と凶手は無言だったそうです。」


危険人物の封印は無事に完了か。素直に従ったってのが気に食わないが、冷凍睡眠に入ったなら、良からぬ事も企めまい。いや、奴なら封印は不可避と予期して、アマラに何か指示しておいたかもしれない。オリガの遁走は計算外のアクシデントだったが、アマラの逃亡は明らかに作為だ。


クソッ!引っ掛かる点はあっても、オレが拒否れば講和も流れちまう。明日、イスカとそのあたりを話しておこう。煉獄が何を企んでいるかわからんが、動くのはアマラだ。あの女は切れ者らしいが、イスカの敵じゃない。


「煉獄のお供はムクロとナユタ。オレのお供は何人までですか?」


「倍の4人でお願いします。フフッ、三人までは決まりでしょうけれどね。」


「わかりました。オレと一緒に眠るのは、シオン・イグナチェフ、雪村棗、リリエス・ローエングリン、それに……忍犬・雪風です。」


オレはマリカさんの忠告に従う事にした。


"機構軍か兵団が何か仕掛けて来るなら、標的はカナタに決まっている。不測の事態が生じた場合、一番頼りになるのは雪風だ。何があっても連れて行くンだよ、いいね?"


確かに、雪風は人間にはない能力を持っている。手練れの兵士四人に最強の忍犬、このメンバーなら何が起こっても対応可能だ。


「了解です。ラムザと賭けをしていたのですが私の勝ちですね。やっぱり、"随員は全員女性"でした。」


「ランキネン理事長がゴネますよ。雪風が女性と言えるのかって。」


オレら的には女の子だけど、世間じゃ雌って認識だろうからな。


「彼女は知性に満ちた"純白のレディ"ですよ。では明日、薔薇園でお会いしましょう。」


「わざわざパーチ会長が来られるんですか?」


「ええ。あなただけは私が見送りたいので。どっちが貧乏籤を引くかラムザとコイントスで決めたのですが、それも私の勝ちでした。友は賭けに向いていないようですね。それでは、ご機嫌よう。」


通安基の理事長が煉獄を、酸供連の会長がオレを封印する。役割分担はコイントスで決めたらしい。


「枠が4人なら、私がお供したかったです。」


シズルさんは不満そうだったが、考えあっての事だ。


「オレの代わりに指揮中隊を頼む。アスラ部隊と最後の兵団は中隊単位で隔離封印されるらしいからな。」


「そういう事でしたか。確かに指揮中隊は全員が白狼衆ですから、私が適任ですね。お任せください。」


「……爺様、ガラクの元へ向かわせる者の人選は済んだか?」


「白狼分遣隊第一中隊を中心に20余名を選定し、既に送り出しました。核となる数名には、儂がしっかり因果を含めておきましたから、後はガラク次第ですな。」


「全員に事情を教えていないのか?」


「ガラクはどうしようもない粗忽者ですが、部下には良くしていたようで、"ガラク様が追放されるならば、自分達もついて行く"と申し出て参りました。かほどに孫を思うてくれる者達ゆえ、事情を話せば"いずれ帰参が許される"と漏らしてしまうかもしれませんからのう。帰参を前提とした反省など、意味がありますまい。」


なるほど。機微に通じた爺様らしい深慮だな。それに、苦境を共にしようと部下が申し出るあたり、ガラクも捨てたもんじゃないらしい。


「ガラクもその部下も、兵器指定を受けるのは確実だ。手筈通り、目覚めた後の事はテムル総督に頼んでおいた。」


「ありがとうございます。因果を含めた者には、"蒼狼殿をお頼りせよ"と申し付けてありまする。……ところでお館様、大殿の事なのですが、如何なされるおつもりですかな?」


「……爺様はどう思っているのだ?」


「当然ながら御家族共々、八熾の庄にお迎え致しとうござりまする。」


……憎む事はもうやめた。……だけど……教授が本当に天掛光平だったら、オレは親父を許せるだろうか……


「………」


「迷われる理由が爺にはわかりかねまするな。帝から教えて頂きましたが、大殿は生存を隠して黒子に徹し、陰からお館様を支え続けられたそうですのう。それに此度の戦では、命を賭してアギト様に立ち向かわれた。これらの行動が、雄弁に物語っておりまする。……大殿の真心を。」


「……爺様は他にも何か知っているのではないか?」


教授は根回しの達人だ、先んじて動いたかもしれない。オレは信頼する古狸の目を覗き込んだが、僅かな動揺もなく微動だにしなかった。


「儂が知ろうが知るまいが、左様な事は関係ござりますまい。これはお館様のお心の問題ですぞ。」


「………」


「……羚厳様は若き日の儂にこう仰いました。"憎むは容易く、赦すは難し。真の赦しを与える為には、己が幸福でなくてはならぬのだ"と。まっこと、至言にございまするな。」


この星に来て嬉しい事もあれば、悲しい事もあった。シュリが生きていてくれればと胸が張り裂けそうになる事もあるが、そうまで思える友と巡り逢えた事に感謝したい。愛する人もいるし、かけがえのない仲間もいる。オレは今……幸せなんだ。


「……爺様、オレとシズルが眠っている間に、下屋敷の増築を頼む。夫婦と娘、部屋が3つ必要だな。」


爺様ほど腹芸が達者ではないシズルの目に歓喜の色が浮かんだ。どうやらオレの推測は当たっていたらしい。アギトと戦った時に若干、体格が違って見えたのは気のせいじゃなかった訳だ。あの時既に、親父は天掛光平の体に乗り換えていたんだな。


……何が冷血官僚だった親父を変えたのか……たぶん、義母と義妹だろう。難病を患った妻と娘を救う為に、戦乱の星にやって来たってのは、おそらく本当の話だ。



愛の力ってのは偉大だな。それはそれとしてだ、顔を見たらぶん殴ってやる。義妹が可愛いかったら、手加減はしてやるがな。


※八重

熊狼八重。熊狼七郎の妻で、九郎兵衛と十郎左の母。


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― 新着の感想 ―
一発殴るですませるなら穏便な解決ですね
1作目から読み始めて数ヶ月、ようやく追い付けました。 個人的には間違いなく傑作で、まだ書籍化などされていないのが不思議なぐらいです。 戦争は終わって家族との和解もできそうと良い流れですが、内にも外にも…
久しぶりに光平編を読み返そうと思います
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