哀歓編21話 治に居て乱を忘れず
専用ヘリは司令棟屋上のヘリポートに着地し、イスカは書類の山が待つ執務室に、オレは商業区画に挨拶に向かう。真っ先に赴いたのは"鍛冶茂"だ。
「お帰り、カナタさん。また大層なご活躍だったみたいだねえ。」
「茂吉さん、早速で悪いんだけど、正宗と蝉時雨をよろしく。」
大小の差料を渡すと茂吉さんは鞘から抜いて刀身を眺め、苦笑した。
「……フフッ、これはこれは。映像なんぞ見なくても、刀を見ればわかる。こりゃ相当に苦戦したって事だな。」
「オレの腕だと切れ味が戻るか自信がなくてね。正宗と蝉時雨には申し訳ないが、本職に預けるまでは簡素な研ぎで我慢してもらったんだ。」
一応、研いではみたが、自分でも納得出来ていない。研磨の腕もかなり上達したけど、茂吉さんやシュリの域には到達してないんだよなぁ……
「相変わらずのご謙遜だね。カナタさんの腕も相当なもんさ。だけど戻すのに時間は食っただろう。」
「茂吉さんなら一晩で元通りだろ?」
「本職の意地ってもんがあるからねえ。明日の朝、取りに来なせえ。仕上げとくからよ。」
愛刀を名匠に預け、剣銃小町に向かう。剣と銃の交差するエンブレムシールが貼られたガラス扉を開けると、嗅ぎ慣れた火薬と鉄の匂いがした。
「おマチさん、ただいま。」
「あら、カナタちゃん!もうお帰りかい? 八面六臂の活躍は聞いたよ!オバチャンも鼻が高いねえ!」
ふくよかな体でハグされる。新兵の頃はわからなかったけど、おマチさんはそこらの兵士より鍛えてるんだよなぁ。ケクル准将やギャバン少尉みたいに、筋肉を脂肪で包んでる体だ。
「皆のお陰さ。予備のグリフィンmkⅡを出してよ。」
「あいよ。使ってたのはオバチャンがメンテしとくね。……こりゃあ、分解していくつかパーツも交換しなきゃだねえ。」
おマチさんは武器の目利きだけではなく、ガンスミスとしても評判がいい。特に、ありふれた市販品を兵士に合わせて魔改造するのに長けていて、専用銃を持ってないゴロツキどもから重宝されている。
「眼旗魚と撞木鮫に弾丸の補給もよろしく。皆の分もね。」
「毎度ありって言いたいけど、もう戦争は終わったんだろ?」
「治に居て乱を忘れず、さ。何時いかなる場合でも準備を怠るべきじゃない。何が起こるかわからないからね。」
「その用心深さが大成の一因なんだろうねえ。カナタちゃん、司令からガーデンをどうする気か聞いてるかい?」
おマチさんは気になるよな、そりゃ。
「ヒャッハー討伐の出撃拠点&中継基地として運用するらしいよ。」
「それなら引っ越しの準備はしなくて良さそうだね。ふふっ、オバチャンみたいな小商いはいいけど、アレスのお偉いさんは、あたふたしてるだろうさね。」
終戦は兵器メーカーにとっちゃ死活問題だからな。事業規模の縮小は不可避だ。首都に滞在してる間も、そっち界隈の面談希望者が多くて閉口したぜ。
「アレスに限らず、兵器メーカーには冬の時代が到来するだろう。厳寒期には適者生存の法則が適用されるだけさ。」
いい物を作っているメーカーは生き残り、そうではないメーカーは淘汰される。教授の試算では兵器メーカーの半分は数年以内に消えるらしい。業種転換への援助と失業者対策は必須だろう。
「カナタちゃんはわかってるだろうけど、失職した技術者は犯罪組織に雇われたり、製造技術を横流しするかもしれないよ。食いあぶれを甘く見ちゃダメさね。」
「頭の痛い問題だけど、予防策を考えるよ。」
どんな対策を打っても、そういう輩が必ず出て来る。札束をチラつかされて転ぶなんて珍しくもない。……兵器技術より怖いのは、生体工学技術の流出だ。
生体工学は生身の人間を戦車以上の兵器に変える。バイオメタルユニットの製造法が犯罪組織の手に渡る事だけは、何としてでも阻止しなくては……
戦争によって、急速にバイオメタル化が進んだ。親のどちらかがバイオメタルならば、生まれた子にも戦闘細胞が遺伝する。数世代を経れば、人類のほとんどはバイオメタルになるだろう。それは避けられない事だ。だが、最新鋭の五世代型ユニットによる上書きで、犯罪者を強化させてはならない。
抑えるべきは、"ブラックボックスのコピー法"を知る技術者だ。コアさえ与えなければ、ユニットは作れない。コピー法を知る技術者の数は極少数だから、流出は阻止出来る筈だ。
「戦争を終わらせたってのに、深刻な顔だねえ。」
「機構軍との戦いは終わったけど、無法者との戦いはこれからだからね。腹が減っては戦は出来ぬ、だ。磯吉さんに何か作ってもらうよ。」
店を出て腹へらしがてら、ガーデン大食堂までランニングする。昼のピークタイムは終わってるってのに、大食堂では暇を持て余したゴロツキどもが昼酒を楽しんでいた。
「おまえは無表情だけに、ポーカーにゃ向いてんだよなぁ。レイズするぜ、ついてこれっか鉄面皮さんよ?」
ダニーがコインをテーブルに積むと、マットは暫し黙考した後に受けて立った。
「……乗った。」
「昼間っから食堂でギャンブルかよ。オレの奢りだ、ろくでなしども。」
自販機で小瓶のビールを買い、賭けに興じる二人に投げてやる。若き武道家は、小瓶を背面キャッチして一気に飲み干す。真面目一徹だったマットも無頼が板についてきたな。
「ダニーをカモってるみたいだな。」
マットの前にはコインの山が積み上がっている。
「ああ。ダニーはカナタほどハッタリが上手くない。今もゴミ手で降ろそうとしてるだけだ。」
「言ってくれるじゃねえのよ。レイズだ、限度一杯までな。」
ダニーは残ったコインを全部、押し出した。
「……カナタならどうする?」
「賭けに助言は御法度だ、マット。」
「そういうこった。来いよ、ハッタリだと思ってんだろ?」
人差し指で手招きするダニー。対面に座ってるから手札は見えないが……入ってるな、これは。
「……いいだろう。勝負だ、ダニー。」
コインを積んだマットは、手札を開けた。
「ジャックのスリーカードだ。ゴミ手を拝ませてみろ。」
「一矢報いれて良かったな、ダニー。」
祝ってやると、ダニーはしてやったりの笑みを浮かべた。やっぱり入ってたか。
「やられっぱなしはレイニーデビルの沽券に関わる。マットちゃん、俺もスリーカードだ……クィーンのな。ケッケッケッ、なまじ手が入っていただけに、強気が裏目に出たな。」
僅差の勝負を制したダニーは積まれたコインを太い両腕で引き寄せる。
「……やられたか。カナタ、なぜ手が入ってるとわかったんだ?」
マットは目減りしたコインの山を見て憮然顔になった。金銭には頓着しない男だが、読み合いに負けたのが悔しいんだろう。
「酒好きのダニーがパスしたビールに手を付けてない。ビールよりも手札に気が向いてたからさ。」
「なるほど、俺はまだ観察力が足りないようだ。では、気を取り直して次の勝負と…」
「さて、お開きにすっか!勝利の味は格別だぜ!」
一方的に勝利宣言したダニーは手付かずだったビールで祝杯を挙げた。
「勝利だと? トータルでは俺が勝ってるだろう!」
コインの山と小山を見比べたマットは文句を垂れる。
「だが最後に勝ったのは俺さ。勝負ってのは最後に勝った奴が上なんだよ。カナタなんぞシグレさんに何百回も負けてるが、最後に勝って部隊長になってんだろ?」
「詭弁を弄すな!ダニーのは勝ち逃げ、いや、負け逃げだろう!トータルで勝っている方が上に決まっている!」
「文句があるなら腕っぷしで来な。おっと!マットちゃんは鬼瓦先生から私闘を禁じられているんだっけなぁ?」
変顔で挑発するダニーに、マットは憮然顔のまま椅子から立ち上がって指をポキポキ鳴らした。
「確かに私闘は禁じられている。だが……制裁は禁じられていない。武道家とガード屋の素手喧嘩など、一方的に痛め付けるだけだからな。」
「おもしれえ。やろうってんだな?」
やろうも何も、おまえが売った喧嘩だろうが。オレは磁力操作でそこらのテーブルを円状に積み上げ、場を整えてやった。即席の円形闘技場に、たちまちギャラリーが群がって来る。
「ささ、張った張った。どっちも中隊長だ、いい勝負になるぜ~。」
料理用の竹笊をキッチンから拝借したロブは、ゴロツキどもから賭け金を集め始める。殴り合いでも見物しながら飯でも食うかな。
「おかえりを言う前に喧嘩がおっぱじまるのがガーデンらしいねえ。カナタさん、砂肝のいいのが入ってますぜ。ネギ塩焼きとポン酢和え、どっちが好みで?」
「どっちも捨てがたいねえ。」
「じゃあまずは焼きでビールなんぞ飲ってから、ポン酢和えで龍酒ってのは? 軍鶏肉と合わせた砂肝ハンバーグなんてのもあるんでさぁ。」
「いいねえ。ハンバーグはメインにしよう。」
カウンターに寄り掛かってビールを飲みながら、重量級兵士の殴り合いを見物する。
「お待ちっ!」
砂肝のネギ塩焼きが配膳台に乗せられたので、サイコキネシスでテーブルまで運び、オレ自身も卓上に飛び乗って胡座をかいた。
「大将も賭けるかい?」
ロブが手垢のついた紙幣の載った笊をテーブルに置いたが、首を振って断る。どっちも友達だからってセンチな理由じゃない。
「たぶん、賭けは無効だ。ダブルノックアウトで終わるだろう。」
「大将の読み通りなら、手数料をせしめ損ねちまうねえ。おっ、砂肝のポン酢和えも仕上がったみたいだ。損失補填にタダ飯とタダ酒にでもありつこうかね。」
ロブが配膳台に向かったので、オレは酒の自販機に向かう。さて、何を奢ってやるかな。便利屋は種類も銘柄も選り好みせずに何でも飲むからオレの好みでいいか。
「また悪代官大吟醸ですか。領主様には縁起の悪い銘柄ですぜ?」
「領主は代官じゃない。クックックッ、便利屋。そちもワルよのう。」
「うへへ、軍監様こそ。」
悪代官ごっこをやりながら飲んでいると、ウェイトレスのリカさんが砂肝ハンバーグを持って来てくれた。
「お待ちどおさま。……カナタさん、主人も兵器指定されるのでしょうか?」
「戦闘能力的には除外すべきなんだが、室長は切れ者だからな。戦後交渉を控えた皇帝は能吏を眠らせておきたいだろう。」
「……そうですよね。兵器指定された軍人の家族が希望すれば、一緒に眠れるんですよね?」
「そう聞いてるけど、講和条約締結まで長くて半年だ。ガーデンで帰りを待てばいい。」
薬指の指輪を見つめたリカさんは首を振った。
「いえ。お義母様と相談したのですが、三人一緒に眠ります。だって家族ですもの!」
「そっか。リカさんとヒムノンママがそう決めたなら、オレがとやかく言う事じゃない。室長は幸せ者だな。」
「うふふ。カナタさんだって、"私も一緒に眠る!"って言い張るお嫁さん候補が多そうですけど?」
同じ施設に連れて行ける人数はわからないけど、三人娘はオレと一緒がいいと言うだろうなぁ。
マリカさんやシグレさんも一緒がいいが、イスカが皇帝と"兵団とアスラの部隊長は隔離凍結する"と約束している。アスラ部隊はともかく、兵団の幹部を一箇所で眠らせるのは危険だからだ。蜂起や逃亡を防ぐには、バラバラにしておくに限る。
……目が覚めたら兵団の悪行を暴き、煉獄を処刑台に送らないとな。奴さえ潰してしまえば、最後の兵団は瓦解する。蟲兵衛と影由以外は、死を以て罪を償わせてやるから待ってろよ?




