宿敵編31話 外面は優良物件、内面は事故物件
午前中は全体訓練、午後は自主練が案山子軍団の日課になっている。そして全体訓練を締めくくるのは、個人技に優れた兵士による模擬戦の見学だ。案山子の徽章を付けた隊員達が見守る中、実戦さながらの戦いが始まる。本日、オレが指名したのは若手のホープと目される天羽ガラクと成長著しい田鼈ゲンゴだった。
「このっ!見かけは鈍重そうなのに、案外すばしっこいじゃねえか!」
ガラク、見た目で相手を判断するのもおまえの悪い癖だぞ。刀による斬擊に氷の槍を交えた小天狗の戦法もかなりモノにはなってきたが、両腕の体毛を伸ばして固めたゲンゴの守りは鉄壁で付け入る隙を与えない。短い足を駆使したフットワークも見事なもんだ。
「どうした小天狗、自慢の足はそんなもんかよ?」
田鼈一族は火隠衆では鈍足な方なんだが、普通にゃ俊足の部類なんだよな。ゲンゴは田鼈一族の頭領が名乗る名跡、"源五郎"を継ごうというだけあって、その強さは相当なもんだ。素質もメンタルも申し分なし、玄武の孫はやはり玄武だ。
異名兵士名鑑に記された異名は"玄武岩"源悟、対するガラクも異名兵士名鑑には載った。本人は不本意みたいだが、"小天狗"は似合いの名だ。
「小天狗って呼ぶな!よっ!はっ!とりゃあ!亀みたいに丸まってないで、ちょっとは反撃してこい!」
素質は互角でもメンタルと頭脳に差があるな。小天狗め、少しは相手の思惑を考えろ。ゲンゴはおまえのスタミナ切れを待ちながら、カウンターを狙ってるんだ。防御型の兵士がよくやる手だろうが……
「反撃したらあっさり終わりそうだからな。仮にも白狼の一翼が瞬殺されたんじゃ立つ瀬がないだろ?」
「言わせておけば!これでも食らえ!……奥義、氷柱流転陣!」
ゲンゴの周りに何本も氷柱を立て、動きを縛りながら跳躍の反射台にも使う。流転陣は夢幻一刀流の奥義だが、オレには使えない技だ。氷柱の代わりに磁力柱を使えばやれんコトもないかな?
「……そういうのを待ってたんだ。ただ勝っても面白くないからな!」
ゲンゴの台詞は強がりじゃないな。相手の強さを引き出しながら一枚上をゆく。田鼈源悟がそういうレベルに到達したのかは、この攻防でわかる。
氷の柱を蹴りながら死角へ回ろうと反復跳びを繰り返すガラク、対するゲンゴは眼球だけで天狗の動きを追いながら腕毛の刃を油断なく構える。
「夢幻一刀流、逆手咬龍!」
「遅い!隊長の居合いに比べりゃツバメとスズメだ!」
脇差しを使った逆手抜刀は、我が流派の得意とするところだが、ゲンゴは見事に受けきった。反撃の毛刃を間一髪で躱し、連続跳躍を再開したガラクの体捌きも褒めてやれる。だけど、この体捌きを実現可能な素質がガラクを慢心させてるんだよなぁ……
小天狗は駆け抜けざまの斬擊を幾度も繰り返したが、玄武の守りを崩せない。火隠衆の盾を自認する田鼈一族の面目躍如だな。
「静と動の対決ですね。お館様はどちらが優位だと思われますか?」
ガラクの親友に問いかけられたが、わかりやすい答えを返す訳にもいかんな。見る事も修練、自分で考えさせないと。
友と時を同じくして、射場寿蔵も異名兵士名鑑に名を記された。"狼弓"と呼ばれる若き兵は、一騎打ちでは"玄武岩"に及ばないのが明白なので、オレの隣で見に回らせている。
「イニシアチブは仕掛ける側のガラクにあるが、先にスタミナ切れを起こすのも当然ガラクだ。優劣は、違うスタミナを先に切らすのはどちらか、で決まるだろうな。」
「違うスタミナ、ですか? ガラクは念真力も高い。ゲンゴに負けていませんよ?」
「トシゾー、もっと思考を磨け。おまえはあの二人に素質で及ばない。力がなければ知恵で補う、それが案山子軍団だ。」
「はい。」
ヒネたガラクと素直なトシゾーはいいコンビなんだが、それぞれが自立しないと、いつまで経っても二人一組でしか使えない。まあトシゾーは一人でも使えなくはないが、ガラクは相変わらず危なっかし過ぎる。
「鈍亀!この技を避け切れるか!」
……やはりシビれを切らしたのはガラクか。心のスタミナが未だ乏しいな。氷柱を蹴り砕きながら最速の加速を見せたガラクは、刀と脇差しで挟むように斬りつける奥義、双牙双擊で勝負をかける。
「鈍亀ねえ……これでも鈍いと言えるのか!」
ガラクの奥義が体を捉える寸前に、ゲンゴの体は宙を舞っていた。機動力を補う為に爆縮を練習していたのは知っていたが、モノにしていたようだな。縮退させた足の筋肉を錬気の力で一気に解放する"爆縮"は、火隠忍術最高の加速系奥義だが、瞬発力に富んだ筋肉がその取得条件とされる。ゆえにパワフルだが固い筋繊維の田鼈一族は爆縮が不得手…いや、会得不能とされてきた。だがゲンゴは、一族の悲願を達成したのだ。
横向きに飛んだ態勢で上を取られては、引き出しの少ないガラクに為す術はない。飛ぶと同時にスネ毛を伸ばして作った網で、首と足を絡め取るなんて高等技術を使われればなおさらだ。毛と手でガラクの首と足を掴み、両膝を背中にあてての膝タワーブリッジ、重量級兵士を背に乗せたまま地面に叩きつけられたガラクは血反吐を吐いた。
「ぐぅっ!……クソがっ!まだだ!」
負けん気の強いガラクはゲンゴを背中に乗せたまま暴れるが、パワーで勝るゲンゴに背中マウントを取られてはどうしようもない。ジタバタと足掻いているが、ガッチリ抑え込まれて勝負ありだ。
「そこまで!ゲンゴの勝ちだ!」
オレが宣告すると、己の殻を破って劇的に成長した玄武は拘束を解いて立ち上がった。ガラクも結構なダメージを受けたはずなのに、血の混じった唾を吐き捨てながら立ってくる。小天狗はタフさも並ではないな。
「お館様、俺はまだ負け…」
「いい加減にしろ。ゲンゴがその気なら、両膝なんてあてずに腕の毛刃で背中から串刺しに出来ていた。」
そんなコトもわからんから、おまえは小天狗なんだ。龍ノ島での活躍でまたぞろ伸びた鼻っ柱は、へし折るぐらいで丁度いい。小天狗ガラクの天狗鼻が直らないのは、大天狗の兇刃を生で見ているのが影響してるのかもしれん。どうもあの人斬りの眩い才能に魅了されてるフシがある。
確かにトゼンさんは戦場でも粋な無頼で、突き抜けた増上慢でもあるが、ガラクと違ってあらゆる意味で常人ではない。身体能力や希少能力、それに戦闘技術の凄さにばかり目が行ってる常人ガラクは、その本質が見えていないのだ。稀有な才能を持っていようが、使いこなせる精神が伴わねば何の意味もない。
……大蛇トゼンが常軌を逸した強者なのは、何よりその精神性が特異だからだ。死を恐れない兵士は強くなれず、早死にするのが普通なんだが、どんな世界にも例外は存在する。
人斬りトゼンと災害ザラゾフ、この異常者二人には、世間の常識なんぞ通用しないのだ。しかし、ガラクは人斬りにも災害にもなれない。あくまで、"素質に恵まれた兵士"止まりだ。オレの手元にいる間にそれをわからせる必要があるな……
「ゲンゴ、ちょっと昼飯には早いが、勝者への報酬だ。好きなものを食わせてやろう。」
「ういっす!ゴチになります!」
次からこの若き玄武には、ガラクとトシゾーの二人がかりで挑ませよう。おそらくそれでも勝てないだろうがな。案山子軍団はまだ気付いていないようだが、今の模擬戦でゲンゴはただの一度も有効打を許していない。異名兵士の仲間入りを果たしたガラクから奥義を引き出させた上で、完封してのけたのだ。
……ゲンゴはもう中隊長級の力を持っている。"水辺の殺し屋"と恐れられる火隠忍軍長老、田鼈源五郎すら超える可能性を秘めていると見ていい。生来持っていた腕力と重装甲、そしていざという時の急加速、爆縮は田鼈ゲンゴを二段上のステージに引き上げたのだ。
フフッ、さしずめ"ニトロ搭載の豆戦車"といったところだな。
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「模擬戦の勝敗なんて…はむはむ…見ないでも…はむはむ…わかるのであります。それは当然で…はむはむ…ありますから。」
ビーチャム、おまえは何度言っても食いながら喋る癖が治らんな。んで、呆れるぐらいにハムステーキが好きだ。
「何が当然なんだ?」
大食堂でオレとゲンゴの姿を見つけたそばかす娘は、当たり前のように相伴に預かるべく寄ってきた。
最近のビーチャムは部隊ミーティングにだけ顔を出させ、全体訓練には参加させていない。案山子軍団の第一狙撃手はもちろんシオンなのだが、第二狙撃手のロブが"俺よりも狙撃センスがある"と推薦したのがキンバリー・ビーチャムだったからだ。第三狙撃手は現在、オレが務めているのだが、自分を部隊のパーツとして見るのなら、第三狙撃手は別に育てて前衛に貼り付く方がいい。そんな訳でビーチャムと教導官のシオンは、午前も午後も狙撃の特訓を行わせている。
もしビーチャムの狙撃がロブより精度が高くなったら、第二と第三を入れ替えよう。そうすれば何でも出来る便利屋ロブを、よりフレキシブルに運用出来る。兵種に関してプライドを持たないユーティリティソルジャーは、喜んで席を譲るだろう。
「…はむはむ…ングっ…だってゲンゴ殿は自分と互角に戦える腕前なのであります。小天狗では荷が重いでしょう。」
「そうなのか?」
案山子軍団隊員の例に漏れず、肉と酒が大好きなゲンゴは、3段重ねの厚切りハムステーキを豪快に食している。
「同じ操作系念真力を得意にしてるビーチャム隊長からは学べる事も多いので、よく手合わせしてもらってます。」
「最近の戦績は…はむはむ…自分の8勝7敗なのであります。ゲンゴ殿は腕毛とスネ毛のみならず胸毛まで操れるので厄介なのであります!板長殿、特盛ハムステーキ定食をおかわりでありますっ!」
おまえは軍団でも一二を争う小兵なのによく食うなぁ。ちなみにお胸の方は軍団どころかガーデン1の貧乳、摂取した栄養はどこに行ってるんだ?
「タイマンを張らせたコトが間違いだったか。ゲンゴもビーチャムと真っ向勝負が出来る腕になってるならあらかじめ言っておけ。」
「爺ちゃんから"自制はしても、自慢はするな"と言われてるんで。」
田鼈源五郎と天羽雅衛門、同じ人格者の爺様を持ちながらこの差はどこでついた? やっぱりゲンゴはマリカさんをはじめとして、格上に囲まれて育ったからかねえ。ガラクは辺境でヒャッハー相手にブイブイ言わせてたみたいだし……
「自制はしても自慢はしない、か。さすがはゲンさん、いいコト言うなぁ。しかしゲンゴ、体毛を自在に操るってのに、なぜ頭髪だけは使わないんだ? やっぱり切り札なのか?」
「訓練する意味がないからですよ。」
「なに?」 「どうしてであります? 自分みたいに使えばいいのであります。」
「田鼈一族にはある呪いがかけられてるんです。全身の体毛が長く濃い弊害なのか、頭髪だけは若くして禿げちまう。一族の者は"若ハゲの呪い"と呼んで、恐れおののいていますが……」
「な、なんて恐ろしい呪い!戦慄であります!」
ビーチャムさんの顔が楳図かずおのマンガみてえになってる……
「自分で言ってりゃ世話ないが、ホントに因果な一族だよ。チビの上に胴長短足、オマケに若ハゲときてやがる。爺ちゃんからは"儂みたいに、禿げる前に嫁をもらうんじゃぞ?"って言われてるんだ。」
生まれながらに手足の指の間に水かきがあり、肺活量にも優れる上に、小さいながらも頑強で、頭髪以外の体毛が丈夫かつ自在に操れるって長所だらけの一族にも、悩みはあるんだなぁ……
「ゲンゴ、男の価値は背丈でも顔でも頭髪でもないぞ?」
「背丈でも顔でも頭髪でもなければ、金と地位ですかね?」
「ハートだ、ハート!オレはマジメに言ってんの!」
「俺より10センチも背が高くて、小顔でそれなりにイケメンで足も長く、若ハゲに悩みそうもない上に、侯爵号を有するお金持ちで、帝の義弟の団長に言われてもねえ……」
ゲンゴ、恨みがましい目で見るのはよせ。
「言われてみれば、隊長殿は"性格を除けば"優良物件でありますね!」
戦場以外では素直なビーチャムさんの台詞だけに、心に突き刺さるものがあるな。
「ビーチャム君、性格を除けばってのは、どういう意味かね?」
「あ!チッチ少尉が来たのであります!なんですか、あの腫れ上がった唇は?」
人の話を聞け、小娘。
「ビーチャム隊長、あれこそカナタ団長が性格的事故物件である証拠、俗に言う"いい性格"の所産だと思うぜ?」
そう。あれはオレの仕業だ。お料理コンテストで嵌めてくれたお礼はキッチリしとかんとな。
料理をダシに嵌められたんだから、料理で返すまでさ。超激辛女子のナツメさんが、"辛っ!"って叫ぶぐらいだから、並の味覚にゃさぞ堪えたろ?




