宿敵編24話 "無表情"マット・コリガン
スネークアイズでしこたま飲んだオレは自室に戻らず、同期の三人をプライベートサロンに誘った。ガーデンでは"朝までコース"は珍しくない。おっぱい枕が恋しくなったナツメは、義姉か心の姉のところへ帰っていった。
冷蔵庫から取り出したビールを片手にサロンの別室で遊興にふける。ここにはオレの趣味が詰まっているのだ。
「ヒットしたぜ!こいつは大物に違いねえ!」
せっかちなダニーは早合わせでロッドをしゃくる。
歓楽区にあるゲームセンター"電脳迷宮"でのお勤めを終えたゲーム機、バスハンターはオレが引き取ったのだ。まだ処分されずに倉庫に眠っていたのは幸いだったな。
「コイツがランカーバスなら一発逆転だ!見てろよ、マット!」
このバスハンターは2台の筐体を繋いで同時対戦が出来るようにしてある。ダニーVSマット、オレVSシュリで戦い、勝者で決勝ってルールだ。
ダニーの意気込みとは裏腹に、釣り上げたバスは"リリースサイズ"だった。もちろんブラックバスはサイズに関わらずリリースが基本なのだが、ここで言うリリースサイズとは大きさも重量も計測されない小物を指す。
「プッ。とんだ大物だったな、ダニー。」
マットが表情を変えずに笑う(実に器用だ)のを待っていたかのように、筐体内の観測員が腕時計を指してから両手を振った。タイムアップ、これにて勝負終了だ。
「次はオレとシュリか。マット、笑う時ぐらい表情を変えろよ。」
「……継母が厳格な人でな。子供の笑い声や泣き声が大嫌いだった。泣いたり笑ったりする度に皮ベルトで撲たれているうちに、こうなっていたんだ。」
淡々とヘビーな逸話を呟くマット、オレ達は"無表情"の誕生秘話に感動ではなく憤慨した。
「それは厳格じゃない、虐待って言うんだ!」
シュリが憤り、ダニーも同調する。
「何考えてんだ、その継母!子供が喜怒哀楽を見せるのが気に食わねえなら引き取るなってんだ!」
大人向けの映画や静かな雰囲気のレストランで子供が騒がないように躾けるのは当然のコトだ。だけど、子供が泣き笑いする度にベルトで撲つのは躾じゃない。
「……要らん話をしたな。気にしないでくれ。」
「要らん話なもんか。顛末を聞かせてくれ。」
だいたいの想像はつくが、本人の口から聞いておきたい。
「事情を知ったお師匠が養母に話をしてくれてからは、撲たれる事もなくなった。代わりに腫れ物に触るような扱いになったけどな。それで15になった時に家を出て、引退したお師匠の師匠のお世話係として住み込み生活を始めたんだよ。」
イッカクさんの師匠、確か阿含双角だったな。六道流の前継承者で、イッカクさんが阿含と姓を改めたのも、師匠への敬意からだと聞いた。
「表情に起伏がないのも、人付き合いが苦手なのも、養母の狂った教育のせいだったのか。」
子供の泣き笑いが嫌いな女が、養子が家に友達を連れて来るコトに耐えられる訳がない。マットだって、同年代の子供が皮ベルトで撲たれると思うと、友達を作るのを躊躇してしまうだろう。周囲の子供達にしたって、一切表情を変えないロボットじみたマット少年とは、友達付き合いもしにくい。自然と距離を取ってしまうのもやむを得ない話だ。
「同情はしないでくれ。お師匠は"いかなる場合も表情を変えないのは、武道家として稀有な資質だ。おまえは幼少の頃から一流の武道家になる修行をしていたのだ"と言ってくださったんだ。……その一言で俺は救われた。虐待を受けたマイナスではなく、修行を積んだプラスなんだと考えられるようになったからな。」
不憫な子供をただ慰めるのではなく、経験を将来に活かせる道を説く。阿含一角は厳しいけれど、弟子を慈しめる師匠なのだ。養子が腫れ物扱いになったってコトは、さぞかし穏やかな口調で、穏やかではないお話(警告)をしたのだろう。いい気味だ。
「イッカクさんの言う通り、マットは不動心を学んだんだ。でもよ、実戦の時以外は喜怒哀楽を出してもいいと思うぜ? とりあえず、惨敗したダニーを嘲笑うところから始めよう。小憎たらしい顔で舌でも出してやれ。」
マットは表情を工夫しながら舌を出した。
「……こんな感じか?」
「まだ固えよ。もっと"ざまあみろ"感を出さねえと。」 「喜怒哀楽の激しいカナタ先生、採点は?」
「60点だな。マット、変顔ってのはこうやるんだ。……あ~ん、ざまあねえな、ダニーちゃんよぉ?」
オレはとっておきの変顔を作って舌をベロベロ、小憎たらしい顔の手本を見せてやった。
「ププッ。なんだその変な顔は!」 「ガチでムカつくだろ、コイツ!」 「カナタは小賢しさでもガーデン1だよね。」
オレは小賢しさには自信があるんだ。マットの微笑はまだ固いけど、すぐには直らないだろう。感情を押し殺して生きるってのは想像以上にしんどいもんだ。揺り戻しが来るのを気長に待つしかない。だけど機械みたいだったナツメだって、今はああだからな。マットだって、きっと変われるさ。
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「カナタ、いくら僕には勝てないからって、勝負を放棄するのはどうかと思うよ?」
シュリはビリヤードだけではなく釣りも上手い。何度か一緒にマス釣りに行ってるけど、一度も釣果で上回ったコトがないのだ。
「おいおい、いつオレが勝負を投げたなんて言ったんだ?」
これはゲーム、オレがハイスコアを叩き出してるバスハンターなんだぜ?
「でもまだ一匹も釣り上げてないじゃないか。僕とは…おっと、またヒットだ。これで10キロ以上、差がついちゃったよ?」
それを待っていたんだよ。10キロ以上の差がつくのをな!
「オレはここぞという時には手が入る。つまり、奴が来るはずだ。」
「奴?」
そら来た!コイツを待っていたんだ!釣り上げるのは難しいが、オレはハイスコアを叩く為に何度もコイツを釣り上げてる。取りこぼしはしねえぞ!
「ゴ、ゴールデンバスだって!? え!僕の負けになっちゃったぞ!総重量では圧倒してるのになんでだよ!」
シュリの筐体には"you lose"の青文字が表示され、画面が暗転する。
「対戦プレイで10キロ以上の差が付くと、ゴールデンバスの出現率が跳ね上がるんだ。ゴールデンバスは釣り上げた時点で勝利確定。残念だったな、シュリ。」
バスハンターのハイスコア狙いは、このゴールデンバスを何匹上げるかで決まると言っても過言ではない。つーか、ただそれだけの運ゲーなのだ。もちろんゴールデンバスの釣り上げ難易度は普通のバスより高いのだが、慣れればバラすコトはない。
「汚いぞ!そんなルールがあるなんて知らなかった!」
「このゲームがほんの一時期、ちょびっとだけ流行ってた時には、対戦プレイで10キロ差がついたら負けなんてハウスルールが採用されてたねえ。」
そうしないと対戦プレイがゴールデンバス待ちの運ゲーになっちまうからな。格ゲーでは負けてる側にダメージ補正が入るのが普通だけど、これはビハインド補正にしたってやり過ぎだわな。
デカい白人二人がゲームバランスのおかしさを指摘する。
「ダニー、ひょっとしてこのゲームは……」 「ああ。間違いなくク〇ゲーだ。カナタがコレクションしてる時点で疑うべきだったな。」
人をク〇ゲーマニアみたいに言わないで欲しい。オレはクソ…ではなく、不遇ゲームの愛好家なのだ。
「ではマット君、決勝で雌雄を決しようじゃないか。雄も雌もいるバスだけに!」
「バス…ではなくパスだ。……フフッ、傑作……」
ジョニー節に理解があるなら、マットにもお笑いのセンスはあるな。
「不公平な勝負はここまでにして、メインルームでビリヤードでもやろう。」
「それだとシュリの独壇場だろう。それより麻雀で勝負しないか? そこに"ハイパーゴージャス麻雀"とやらの筐体がある。」
マットの提案にダニーは首を振った。
「それこそイカサマ麻雀になるぞ。2巡目に国士13面待ちをされる麻雀なんざやりたくねえ。」
パン一になった時のCPUはマジで鬼だからな。最後の一枚を脱がしたい男心を逆手に取って、容赦なくインカムを稼いできやがる。
「そうなのか。デモ画面では可愛い女の子が手招きしているが、中身は鬼畜なのだな。」
「マット、勝てばこの女の子が脱いでくれるんだぞ?」
「な、なにっ!? それは本当か!」
やはりマットは脱衣麻雀童貞だな。遊びの手始めとして脱衣麻雀への入門をば…
「カナタ、マットを悪の道に誘うなよ!さあ、ビリヤード勝負を始めよう!」
生真面目野郎がマットの腕を取って別室から連れ出そうとする。
(マット、日を改めて脱衣麻雀攻略大会を開こうぜ。ここなら無限コンティニューが可能だからな。)
ハイパーゴージャス麻雀以外にも、脱衣麻雀のROMならよりどりみどりだ。財力にものを言わせて集めといたから。
(……楽しみだ。)
(デモ画面のコだけじゃない。清楚から高ビー、巨乳から貧乳まで色んな娘が待ってるぞ?)
(……ますます楽しみだ。)
マットは興味津々だな。まあオレも、初めて脱衣麻雀の存在を知った時には心が躍ったものだ。フフッ、脱衣麻雀童貞にハイパーゴージャス麻雀は刺激が強いぞ。なにせ脱ぎ脱ぎする下着が豪華だから、ゴージャス麻雀なんだ。
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窓がら日が差し始めたが遊びは終わらない。メインルームにはビリヤードやピンボールといった健全?遊戯のを台を据えてある。
マットにビリヤードのルールやキューの使い方を教えるシュリの姿をツマミに、ダニーとビールを飲る。
「カナタ、見てるのもなんだし、ピンボールで勝負するか?」
「オーケー、握りは1アスラでどうだ?」
1万クレジット紙幣の表にはアスラ元帥の肖像がプリントされている。つまり、一勝負一万円だ。
「乗った。俺が先行だぜ。」
「ではお手並みを拝見だ。」
ダニーがなかなかの手並みを披露している時に、サロンのコンピューターに通信が入った。どうやらシオンからみたいだが……こりゃ夜遊びへのお小言かな?
とりあえず、ディスプレイに向かって言い訳を開始だ。
「夜遊び、もう朝遊びか。そろそろ切り上げるから…」
「隊長、照京から緊急通信です!」
「緊急通信だと!誰からだ!」
こちらの時刻は4:18、照京との時差は約二時間、向こうは6時ちょいだとすれば、ただ事じゃない。
「それが……ツバキさんなんです。とにかく隊長を出せの一点張りで……」
ツバキさんから緊急通信? だったら姉さんに変事があった訳ではなさそうだが……
「すぐ繋げ。話を聞こう。」
「ダー。」
画面が切り替わるやいなや、ツバキさんはまくしたててきた。
「剣狼!!お祖父様を殺す必要があったのか!やり口が汚すぎるだろう!」
なんだと!……竜胆左近が殺された?……一体、誰が……
「なんとか言え!なぜお祖父様達を殺した!私はおまえを許さないからな!」
「落ち着け。殺されたのは左近だけではないのだな? 他には誰が…いや、その前に姉さんに異変はないんだろうな!」
「惚けるな!おまえが手を回したに決まっている!」
ダメだ、興奮して話にならない。雲水代表から、"近いうちに竜胆左近とその一派を政治的に抹殺するつもりだ"とは聞かされていた。
まさか教授が……違う。教授がそんな提案をするとは思えないし、仮にしたところで代表が了承しない。左近一派は御鏡雲水の敵ではなく、殺すまでもない小さな存在なんだから。教授だって彼らが脅威にならないコトはわかっているはずだ。
だとすれば誰が……とにかく殺害状況がわからないと判断のしようもない。まず姉さんの安全を確認してから、雲水代表と話すべきだろう。




