成立編13話 天でも地でもなく、人こそが未来を定める
晩餐会を終えた面々は、帰り支度を始める。それぞれの持ち場に戻り、終戦に向けての戦いをしなくてはならないのだ。
傾いてきた夕陽が、山々の合間に姿を消そうとしている。また、暫しの別れだ。
「綺麗な夕焼けだね。」
皆、気を遣ってくれたのだろう。山荘のバルコニーから夕陽を眺めてるのはオレとローゼだけだ。
「そうだな。……ローゼ、絶対に死ぬなよ?」
「カナタこそ。……ねえ、ボク達の夢って叶うと思う?」
夕映えの空より儚げな姿、でもオレ達の見ている夢は儚くなんかない。
「叶えるのさ。約束しよう。……次に会う時、オレとローゼは敵じゃなくなってる。」
「うん。次に会う時はきっとね!約束だよ!」
ああ、狼の名にかけて約束は守る。軽く抱擁を交わしたオレとローゼは一緒に山荘を出て、それぞれの仲間の待つ車へ乗り込んだ。いずれ来る再会の日に想いを馳せながら帰路につこう。
──────────────────────
夜遅くにカムランガムランに戻って市長と会見し、軍の犠牲者に関する補償を話し合って合意する。自分達の不手際だと思っている市長はえらく低姿勢だったが、彼らには何の責任もない。補償の原資は事件の原因である通貨安定基金持ちだから、オレらの懐は痛まない。人命は金で買えないが、提示した金額なら遺族が生活に困窮するコトはないはずだ。
手配されたホテルに一泊し、翌日の午前中は三人娘とショッピングに出掛けた。何の埋め合わせだかは知らないが、とにかく自分達に付き合えと嫁候補達が口を揃えたのだから、オレとしては従わざるを得ない。両手一杯の買い物袋を抱え、観覧車にも乗ってミッションコンプリート。四人であの屋台のラーメンも食べたかったが、夕暮れまで滞在は出来ない。後ろ髪を引かれる思いでカムランガムランを後にして、龍の島へと舞い戻った。
麗しの古都、照京に帰還したからって羽根を伸ばす暇はない。やるべき仕事が山ほどあるのだ。まず神台にいる軍使から報告を受け、帝国軍が約定通りに撤退しつつあるコトを確認。次はテムル少将に通信を入れ、本土へ渡海する部隊の状況を教えてもらう。この島での戦いにはケリがついたが、南エイジアではまだ戦闘が続いている。龍の島からの援軍が戦線に到着する目途が立てば、中小派閥主体の機構軍遠征部隊も進軍を停止するはずだ。
既に薔薇十字とその友好派閥の進軍は停止している。片翼を欠いた状態で欲をかきすぎる程、朧月セツナは馬鹿じゃない。勝ち得た領土を確定させる為にも、休戦に応じてくるはずだ。これ以上領土を切り取られたくないトガとカプランにとっても、休戦は望むところだろう。これで南エイジアでの戦役も終結するはず、とはいえ彼らはまだ戦争を続けるつもりだ。いずれどこかで戦端が開かれるだろうし、それは避けられない。トガやカプラン以上に好戦的なザラゾフが健在で、向こうにも災害閣下に負けず劣らずの主戦派であるネヴィルがいるからな。
武闘派元帥ネヴィルを黙らせるキーパーソンは、サイラスなのかもしれない。ローゼの話によると、"智将"サイラスはロンダル島の分割統治を志向しているらしい。歴史的背景と、サイラスの支持基盤であるノルド人への不公平な扱いを考えればあり得る話だ。
だが終戦への最大の障害は、南エイジアでの権益を増大させた朧月セツナと最後の兵団だろう。奴らだけは、戦って倒すしか道はないのかもしれないな……
とりあえず、目先の状況への対応は済ませた。姉さんのいる総督府へ参内するか。
───────────────────────
総督府の執務室では姉さんと雲水代表が待っていた。
「ただいま戻りました。カムランガムランで成立した盟約に従って、帝国軍は列島から撤退しつつあります。龍の島から派遣する部隊も渡海の準備を終えたそうですから、南エイジアでの戦役もじきに終わるでしょう。突発的な衝突が起きない限り、戦争は小康状態に戻るはずです。」
姉さんは穏やかに微笑み、雲水代表は力強く頷いた。
「ご苦労様でした。カナタさんの奮戦と尽力で、この島に平和が訪れたのです。龍の島に住まう者は皆、龍弟侯の働きに感謝し、その功績を忘れる事はないでしょう。」
「帝の威光があればこそです。雲水代表、これが帝国との間に交わされた合意文書です。明日の12:00に発表してください。向こうも時差込みで同じ時間に発表を行うはずですので。」
文書の入った書筒を雲水代表に手渡す。合意文書の内容は既に打電してあるから、代表は発表の手筈を整えているだろう。
「カナタ君、本当によくやってくれた。照京一国の王にまで衰退した御門家を、再び龍の島全土の王に就かせたのはキミの働きによるものだ。」
「気が早くありませんか?」
「いや、この島にいる全ての総督は、ミコト様が総督総代の座につく事を了承した。東部地方と北陸地方にはかなり総督不在の都市が出来たが、空白都市の総督を任命するのは総督会議だ。」
姉さんが龍の島を代表するコトに反対する人間が、空白地の総督に任命されるはずがない。事実上、この島は帝の名の下に再統一されたのだ。
「そうですか。雲水代表こそご苦労様でした。利害調整はかなり大変だったでしょう?」
「御堂司令はかなりのタフネゴシエーターだからね。だが、御堂財閥は今戦役で大きな役割を果たした。彼女の要求は妥当なものでもある。」
そりゃそうだ。司令の全面協力がなければ、照京の奪還すら不可能だったんだからな。
「見返りは空白地の人事権、といったところですか?」
「うむ。東部と北陸の主要都市の人事は御堂司令に委ねた。」
朧京や御浜、神台といった大都市の総督任命権か。カタチとしては総督会議による任命になるが、選ぶのは司令という訳だ。
「御門グループの提携相手である御堂財閥とは、今後も協力していかねばなりません。奪還した主要都市の総督任命権ぐらいは移譲する必要がありますね。」
照京は姉さんのお膝元で、神難の月花総督、尾羽刕の伊織総督は姉さんの熱烈なシンパだ。この辺りと任命される新総督の間で対立が起きないように、司令と話をつけておく必要があるな。
"巨大組織は成立した瞬間から分裂が始まっているとも言える。国家であれ企業であれ、外敵が原因で崩壊する事は稀。ほとんどは分裂し、自壊して終わるものだ"とは親父の言葉だ。
「御堂司令なら暗愚な人間を総督に据えたりしないだろう。こうなると警戒すべきは内部分裂だ。私は明日から総督内定者と秘密会談を行い、意見の擦り合わせを行うつもりでいる。」
雲水代表は瓦解の方程式をわかっている。教授もアドバイスするだろうし、任せておいて問題ないな。
「そっちはお任せしますよ。帝国との交渉でお腹が一杯だ。」
「任せてくれたまえ。では総帥、私はこれにて。姉弟で内々の話もあるでしょう。」
帝に一礼した代表は退出し、執務室にいるのはオレと姉さんだけになった。
「カナタさん、トーマ様は手紙を受け取ってくださいましたか?」
「はい。叢雲トーマは姉さんからの手紙を読んだと思います。」
「何か……何か、仰っておいででしたか?」
嘘を言う訳にもいかない。ありのままを話すしかないよな。
「彼から姉さんへ伝言があります。……"もう死んだものだと諦めろ"と。」
「……ああ……やはりトーマ様は御門家をお恨みになっておられるのですね……」
顔を両手で覆い、泣き崩れる姉さん。嘘も言わないが、誤解も正しておかねばならない。
「違います!彼は"恨んだ事など一度もない"とも言いました。姉さん、叢雲トーマは一族の長として、御門家を仇と恨む郎党達を慮っているだけ。彼自身は今でも姉さんを大切に思っているんです!」
「……本当にそう思いますか?」
「もちろんです。恨んでいるのなら照京動乱の時にほっときゃ良かった。そうすればオレは間に合わなかったでしょう。でも彼は姉さんの危機を救う為に、土雷衆を連れて都に舞い戻りました。オレに危急を知らせて姉さんの元へと走らせただけではなく、脱出の手引きまでしてくれたんです。この一点だけでも、彼が姉さんを恨んでいない証左としては十分でしょう。」
「……そうですね。カナタさんとトーマ様が私を救ってくれました。叢雲一族から仇の娘と恨まれるのはやむを得ざる事。ですがトーマ様がお恨みではない事は望外の慶事、私はそれだけで生きてゆけます……」
「そんなささやかな幸せでいいんですか?」
姉さんが相手じゃなきゃあ、"しみったれた幸せ"とでも言っただろうな。龍も虎も、どうにも物分かりが良すぎる。だが、オレはそんな"くだらん分別"なんざクソ食らえだ。
「え!?」
「まだ終わっていません。叢雲トーマは一族を慮り、御門ミコトは親の所業に責任を感じて自分を捨てようとしている。御門の狼虎と謳われた武門の末裔として、何より御門ミコトの弟として、そんな身の遇し方は気に入らない。」
この世界は気に入らねえコトばっかりだ。だが、だからこそ爺ちゃんはオレはこの世界に送り込んだ。理不尽に牙を剥く狼として生きろと。
「カナタさん……」
「ですがオレが気に入らないだけでは不十分です。姉さんが、御門ミコトが諦めないのなら、オレが悟りきった虎の尻尾を踏んづけて叩き起こしてやりますよ。さあ、どうします?」
「……左様な事が許されるのでしょうか……」
悟りきった虎に煮え切らない龍か。まったく、手がかかるぜ。
「未来を定めるのは天でも地でもなく、人なんです。そして他者よりも先に、まず自分自身からだ。己が第一歩を踏み出さないと、何も始まらない。」
ちょいと前まで自分の殻に閉じ籠もっていたオレにはわかる。何かを変えたいのなら、まず自分が変わらなければならないと。
「……私は……私はトーマ様を諦めません!我が儘と言われようとも、諦めたくないのです!」
涙を拭った姉さんは、キッパリと願望を言葉にした。これでコトが動き出す。オレが動くのに十分な理由だからな。
「我欲願望、大いに結構。それでこそ人間だ。」
「ふふっ。かつて聖龍様に狼虎も同じ事を言ったそうです。やっぱりカナタさんも彼らの末裔なのですね。」
やっと笑みを浮かべた龍に、笑顔で応える。
オレは八熾羚厳の孫、天狼の系譜に連なる男だ。だから狼としての生を全うする。悲劇を噛み裂き、未来を創る。それでいいんだよな、爺ちゃん?




