成立編5話 爛漫と毒舌、二人の天才少女
圧倒的な力の差を見せつけられた刺客どもの動きに微妙な変化があった。戦う為ではなく、突破の為の態勢と陣形。オレと死神は手に負えないと判断したらしいが、山荘の襲撃は諦めてない、か。
となると、狙いはオレではなくローゼ……もしくは襲撃そのものなのかもしれない。たぶん、後者だろうな。
刺客4人で囲んで、一糸乱れぬ同時攻撃。紅蓮正宗を下手に構えたオレは、薙ぎ払い技・龍鱗で4本の突きを弾きながら、4つの胴を両断する。決死攻撃の間に脇を抜けようとした二人の足は、砂鉄の鎖で止まっている。おまえら程度の兵士なら、力点を分散させた磁力操作でも足留め可能だ。足の止まった二人は、死神の繰り出す剛擊で粉砕された。
「散開したか。どうしても山荘に向かいたいらしいな。」
爆散させた肉片をマスクに貼り付かせた死神も、オレと同じ考えに至ったらしい。
「こっちに目を引き付けて、もう一つのグループが裏手の登山道から奇襲をかける。そんなプランだったんだろう。」
ケリーが狙撃で足留めしているから、もう一つのグループも自分達の存在が察知されている事はわかっているはず。なのに作戦を続行ってコトは、そっちが本命ってコトだな。頃合いもいいし、動くなら今だ。
「死神、ここは…」
「引き受けた。」
死神も足は速いがオレほどじゃない。重量級最速と、中軽量級最速ではかなり速度に開きがある。そして死神には、こういう芸当は不可能だろう。地面に展開した砂鉄を回収し、袖に仕込んだ砂鉄を出して合わせる。
「今度はどんな芸を見せてくれるんだ?」
「ただの短距離走さ。トラックが空中にあるだけだ。」
実戦で使うのは初めてだがやれるはず、十分な訓練は積んできたのだから。オレは砂鉄で空中に歩道を形成しながら全速ダッシュする。やはり100mを4,2秒のペースでは形成が追いつかない、4,6秒までペースダウンだな。
壁が一枚抜けたので、散開した刺客どもの一部が死神の左右を突破する。だが半径20m以内に入った熟練兵士を重量磁場で地面に貼り付けてるのは流石だな。死神が全てのパイロキネシス能力を使えるのは知っていたが、重力だけを取っても、あのザラゾフに匹敵する。
「やっと出番ね。さあ、かかっておいで!」
死告鳥は空中戦が得意な刺客を相手取り、さらに高く飛んでみせた。空での戦いは頭上を取った側が有利であり、跳躍力が勝敗を分ける。打ち下ろしの風刃で刺客を斬殺した死告鳥は次の獲物に狙いを定めたが、肝心の獲物は既に肉片となって地面に落下中だった。死告鳥と同じ颶風使いで、殺戮天使の異名を持つ空中戦の達人、ナツメの仕業だ。
「やるじゃない。私の高さと速さについてこれるだなんてね。」
人妻兵士に褒められた独身兵士(オレの予定じゃ未来の嫁)は、不遜な表情で返答する。
「今ので全力なの? 私はもっと高く速く飛べるけど?」
天使ちゃんは負けん気が強い。空中戦ならマリカさん以外に遅れは取らない自信があるのだ。
女二人の間を駆け抜けながら、仲裁もしておく。
「オレ達は状況が理解出来ない駆け出しじゃない。悪い意味で張り合わず、いい意味で張り合え。」
「意地を張らずに罠を張れ、ボスにもそう教わったわね。了解よ。」 「しょうがない、カナタの為だもんね。」
人妻兵士と天使の返答を背に受けながら、屋根の上に陣取るシオンに指揮権移譲のハンドサインを送る。これでこちら側は問題なしだ。おっと、もう一つハンドサインがいるな。オレはリリスの張った念真障壁に守られながら窓際に立つお姫様に、指二本で"任せとけ!"とサインを送った。
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暖炉のある広いリビングで、ボク達は待機している。山荘の外から聞こえてくるのは剣戟音。ボクは以前と違って、それなりに戦える腕がある。でも今行われているのは、最高峰の腕を持つ味方と、相当な腕を持つ刺客達の戦い。足手纏いの参戦は、迷惑なだけだ。
ボクにもっと武の才能があれば……ないものねだりをしてなんになるの?
"サバイバルナイフとペーパーナイフに優劣はない。あるのは役割の区別だ"
やっと再会出来る黄金の狼は、中央領域にある化外、魔女の森で非力を嘆くボクにそう言ってくれた。ペーパーナイフの仕事は、後に控えている。
今は耐える時だ、みんなの無事を祈りながら……
「ロメオ、外は大丈夫でしょうか?」
スーツ姿のランキネン副理事長は、同じくスーツ姿のパーチ副会長に不安そうに問いかけた。
「心配ありませんよ、ラムザ。機構軍の死神、同盟軍の剣狼、両軍を代表する完全適合者が応戦しているのですから。」
ファーストネームで呼び合うという事は、この二人は個人的にも親しいのか。同じ第三者機関として、酸供連と通安基は歩調を合わせる事が多い。パーチ副会長とランキネン副理事長は組織のナンバー2、カウンターパートとして接触している間に、友情が芽生えたのだろう。
友人の言葉を聞いても不安を拭えないのか、ランキネン副理事長は護衛の身を案じる。
「だったらいいのですが……兵士達が心配で……」
外に兵士達、か。まず自分の身を心配するのが要人のテンプレートなのに、ランキネン副理事長は優しい人なのかもしれない。
「そんな心配は敵兵相手にしておあげなさい。大丈夫、外も中も安全です。いざとなったら、私にも心得がありますからね。」
両手の人差し指に嵌めた指輪から、単分子鞭の穂先を出すパーチ副会長は、ランキネン副理事長とは対照的に落ち着き払っている。副会長は、荒事にも自信を持っているようだ。
「ふんふん♪ ふみゅみゅ♪ みゅみゅみゅのみゅ~♪」
テーブルに広げた落書き帳に皆の顔を描いていたけど、途中から数字の羅列に切り替えたキカちゃんが、緊張感を台無しにするお歌を口ずさむ。円周率を書き殴るのは、退屈している証拠だ。
「キカちゃん、リラックスもほどほどにな。刺客が部屋に入ったらアンドレが壁になり、俺が姫を抱えて逃げる。そしたらキカちゃんは…」
ぺぺが手順を言い終える前にキカちゃんは元気よくお返事した。
「ふくりじちょーを援護しながらバイバイするんだよね!ふくかいちょーは自力でがんばるー♪ お客様2名、ご案内~♪」
お客様2名? もしかして敵なの!?
ノックの音が響く前に、アンドレが大きな体で壁になるように身構えていた。儀礼を守る刺客がいる訳がない。つまりは本物のお客様だ。
「私は八熾宗家の家人、熊狼九郎兵衛と申します。スティンローゼ皇女、入室してもよろしいでしょうか?」
家人……八熾宗家では家臣ではなく家人と呼ぶしきたりがある。普通の武家とは少し違うのだ。
「どうぞお入りください。いささか立て込んでおりますので、お茶もお出し出来ませんが。」
「失礼します。お館様の下知により、皇女を御守りに馳せ参じました。」
礼儀正しく一礼してから、熊狼さんは一緒にいる少女を紹介してくれた。
「この娘はリリエス・ローエングリン。年端もゆかない少女ながら、我ら以上の兵士にございます。」
熊狼さんと少女に会釈を返し、挨拶する。
「数学界の巨星と高名を博したカールハインツ・ローエングリン伯爵のお孫さんは、存じ上げております。ですが会うのは初めてですね。はじめまして。」
仏頂面の少女に、懸命に返事を促す熊狼さん。……なんだかすごく、苦労が感じられる。
せっつかれても胡乱げな態度を崩さないリリエス・ローエングリン嬢は、写真よりも遥かに可愛い……いや、綺麗な容貌をしていた。
"美の神の寵愛を一身に受けた無神論者"とカナタは言っていたけど、確かにこんなに造形の整った人間にボクは会った事がない。成長すれば絶世の美女になる事は誰でも保証するだろう。
背中をつつき続ける熊狼さんが気の毒になったのか、絶世もしくは傾国の美女確定少女は、ぶっきらぼうな感じでようやく口を開いた。
「はいはい、はじめまして。元伯爵令嬢のリリエス・ローエングリンよ。お家を取り潰していただいて、どうもありがとう。せいせいしたわ。」
この毒舌……というか嫌味は覚悟していた。父は巨星の婿養子、ノアベルト・ローエングリン伯爵の不行状を理由に、由緒ある伯爵家を取り潰してしまったのだ。恨まれるのは仕方がない。
「爵位と伝来の領地を失った無念さは…」
ボクの言葉を聞き流しながら、異名兵士"悪魔の子"はテーブルまでツカツカと歩み寄ってくる。
「あー、いいのいいの。せいせいしたってのは本当なんだから。……あによ、アンタ。ズラッと円周率なんか書いちゃってさ。"頭がいいですアピール"でもしたい訳?」
落書き帳に並んだ円周率を見た小悪魔さんはまた毒を吐いた。魔女の森で聞かせてもらった通り、本当に口が悪い。でもIQ180超の天才と言われるローエングリン嬢も、似たような遊びをやってそうなんだけど……
対するキカちゃんはキラキラしたお目々で、巨星の孫娘を眺める。天真爛漫少女のキカちゃんに、言葉の毒は通じないのだ。
「リリスちゃんだよね!キカと一緒に遊ぼうよ!ねえねえ、何して遊ぶ? チェス? 将棋? 囲碁?」
「ちょっとアンタ、馴れ馴れしいわね!」
馴れ馴れしいって……開口一番、毒を吐いた人間の言う事じゃないような……
「今日の気分は将棋かな~♪ 持ち時間は1分だよ。2六歩!」
「はん!覇人だけに将棋がお得意って訳? 受けて立つわ!3二飛!」
あやや、目隠し将棋を始めちゃったか。襲撃の真っ最中なんだけど……
衛士の皆も要人二人も、盤がないから勝負がどうなってるのかサッパリわからない。でも天才少女二人の勝負は、緊張気味のランキネン副理事長を落ち着かせたみたいだ。
盤面は進んでいるみたいだけど、どっちが優勢なんだろ?
「……そう来たか。まあまあ指せると褒めてあげるわ。」
悪魔の子は、巨星の血を引く天才だけに、この手の遊戯では無敗を誇るキカちゃんと互角に勝負出来る棋力があるらしい。
「キカね、こんなに楽しい将棋は初めて!……お外の盤面も動いたみたいだね。」
「らしいわね。フェアに勝負したいから、※封じ手をしておくわ。」
落書き帳を破ってペンを走らせた巨星の孫娘は、念真障壁を張りながら窓際に近付く。カーテンを開けるな、とは誰も言わなかった。あらゆる狙撃を封殺するに違いない厚みと強度のサイキックシールドを見れば、そんな台詞は無用だと気付く。
「後ろに立たせてね。ボクも外の様子を見たいから。」
あ!よそ行きモードを解除しちゃった!
「勝手にしなさいよ。私達ほどじゃないけど、お姫様の手勢もなかなかの手練れみたいね。」
山荘の庭で繰り広げられる戦いを見やった少女兵士は、鋭い目付きで呟いた。
「ボクの誇る衛士達なんだから、手練れ揃いに決まってます。」
みんなとっても強いんだから。案山子軍団にだって負けないもん!
「もう!少尉ったら、敵の目の前で新技を披露しちゃったのね。ま、知られた手を逆手に取るのが少尉の真骨頂か。」
砂鉄の空中回廊を滑るように翔る狼の姿が瞳に映った。……ボクが未来を共にしたい、天狼の勇姿が近付いてくる!
窓の傍を駆け抜けながら、二本の指で繰り出されるサイン。
"任せとけ!"か。ボクが不安な気持ちで待ってると思ってるのかな?
不安なんか欠片もないよ。カナタは狼……世界最強の狼だって、ボクは知っているから。
※封じ手
将棋を中断する時に、思考時間の差で不公平が生じないように次の一手を紙に書き記しておく事。




