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交叉都市の引退剣士  作者: 読み専のクェイナー
第二章 狭河市探訪記
8/21

2-4

皆(≒作者)が大好きなあのキャラが再登場!

 二人が喫茶「風見」から出ると、すでに夕日が地平線に隠れかけていた。


「あー、くそ……やっぱあいつと会話すると神経が削れる……」


 精根尽き果てたといった調子で愚痴りながら、十夜は後ろを振り返った。


「で、この後はどうするんだ?俺としては、たった一日でこの街を全部回るなんて不可能だから、今日はここいらで切り上げて、支部に戻るって案を推すが?」


 問われたリサの方は、贈られたスマホを早速いじくり回していた。アインから二十分ほどレクチャーを受けただけで、既に十夜には何をやっているのか分からないほど習熟している。それはともかく、リサはゆっくりと顔を持ち上げると、真剣な眼差しで十夜に向き直った。


「一か所だけ、最後に行っておきたい所があるんだけど、良いかしら?」

「何度か言ったが、俺の役目はあんたの案内だから、行きたいところがあるなら同行はするさ。ついでに、経費で美味い晩飯にありつければ、なお良しだな」


 茶化すような言葉を交えつつも、十夜は頷いた。何処に行きたいのかは分からないが、時間的にそこが最後の一か所になるだろう。もし距離があるならば、タクシーを捕まえた方がいいかもしれない。

 そう考えて目的地を訊くと、リサは真っ直ぐに十夜を見つめて告げた。


「案内は不要よ。場所は分かってるから」

「それはつまり、今日巡ってきた場所のどこかに、改めてもう一度行ってみたいってことか?」


 リサの思惑が読み取れず、疑問符を浮かべて尋ねるも、彼女は首を横に振った。


「案内は不要だけど、トオヤにも一緒に来てもらいたいの。構わないでしょ」


 そう言うなり返事も聞かずに歩き出す。

 困惑する十夜だったが、仕方ないと諦めてその後に続いた。


 二人は市街地から外れると更に人気の無い方へと進んでいった。その頃にはようやく、十夜にも目的地がどこか推測がついてきていたが、あえて触れる必要は無いと判断して無言でリサの後を追う。そうして日がとっぷりと暮れた頃、リサはようやく目的の場所へとたどり着いた。


 周囲を樹々に覆われた小さな広場。時刻が若干早いことと、空に浮かぶ月の形が欠け始めていることを除けば、そこは二日前のままだった。


「あんたが召喚されてきた場所、か。ホームシックにはまだ早い気がするけどな」


 折れた樹や抉られた地面といった痕跡を見やりながら、十夜は感想を言の葉に乗せる。それは内容こそリサに語り掛けたものだが、実際には誰にともなく向けられた独り言だ。

 だからこそというべきか、それに答えたのはリサの零した独白だった。


「皆、待っていてね。私は必ず帰還してみせる。そして、必ず邪神に引導を渡すから」


 その不吉かつ興味を引く響きに、十夜は無意識に食いついていた。


「邪神、ね。そいつが、あんたがどうしても元の世界に帰りたい理由ってわけか」

「正確には、一番大きな理由ね」


 無遠慮な十夜の言葉を律儀に訂正しながらリサが振り返った。その両の瞳にたたえられた光に、十夜は喉元まで出かかっていた台詞を飲み込んでしまう。

 おそらく、多少なりとも揶揄するような内容だったのだろう。それを視線だけで黙らせるほど、今のリサからは気迫のようなものが感じられた。あるいは覚悟、執念とも呼ぶべきものが。


「邪神アル・アジード。奴を倒すことこそ、王国を始めとする大陸に生きる者達皆の願いなの。そして私達討伐隊は、その悲願まであと一歩だった。異世界に飛ばされたからって、そう簡単に諦めるわけにはいかないわ」

「……それは本当にあんたの望みかい?」


 煮え滾るものを懸命に抑えつけている様子のリサに投げかけられたのは、まったく想定外からの十夜の言葉だった。


「どういう意味?」


 己の信念が否定されたと感じたのか、リサはひどく険悪な形相で十夜に詰め寄った。

 初めてこの広場で出会った際にも敵意を向けたが、あの時は想定外の事態によるパニックといった側面もあり、十夜という人間に対する敵意というものは無かった。しかし今、十夜は彼女の最も大事な誓約に土足で踏み込もうとしてきたのである。それはリサにとって、異境の地における協力者という相手に対してすら、敵意を向けて然るべきものだった。


 ところが、猛り狂うように叩き付けられる怒気を前にして、十夜はわずかも怯むことなく更に踏み込んでいく。


「邪神の討伐があんたの世界の人達の願いって言ったな。もちろん、それは嘘じゃないんだろうさ。だけど、あんたにとって邪神討伐ってのが、それ以上の理由がある気がしてならないもんでな」

「……どういう意味?」


 言葉こそ先ほど同じだが、先程の激昂ぶりが嘘のように、リサの声が静かに響く。


「あんた自身の願いって奴が見えないんだよ」


 そのわずかな逡巡を、十夜は容赦なく抉っていく。もしも言葉が人を切り裂けるならば、今の十夜のそれは、切れ味鋭い古今無双の名刀に他ならないだろう。


「皆の願い?そいつは結構。だが、あんたの言う『皆』の中にあんた自身は含まれていない。違うか?」

「根拠は?」


 平坦な声音で問うてくるリサに対し、十夜はフンと鼻を鳴らすと言い切った。


「否定しないこと自体が根拠みたいなもんだが、あえて言うなら俺の勘だ」

「勘って――」

「案外馬鹿にならないもんだろ?」


 十夜はニヤリと笑ってみせる。その笑みに毒気を抜かれたのか、リサは呆気にとられた後、小さく溜息をついた。


「ええ、そうみたいね。それで、私自身の願いの話だったかしら。それこそ簡単な話よ。ただの復讐」

「復讐、ね」


 口の中でその単語を転がしながら、十夜はリサの様子を窺う。対してリサは、小さく首を横に振ってみせた。


「今ここでこれ以上を言うつもりは無いわ。それで、わざわざそんな事を聞き出して、あなたに何の得があるのかしら?」


 すると十夜は、悪戯を企む子供のような若干底意地の悪い笑みを浮かべた。


「俺のやる気が出る……かもしれない」

「せめてそこは言い切って欲しいのだけど」


 十夜の態度で逆に吹っ切ったらしいリサが、あまり気にしていない口調で型通りの苦言を呈してみせる。対する十夜は困ったように表情を崩した。


「こればっかりは気分の問題だからなぁ。俺自身にもどっちに転ぶかわからんし」

「あ、そう。で、さっきの私の答えでやる気は出たのかしら?」


 欠片ほども期待していないことが、ありありと伝わってくる態度でリサが尋ねる。それに対し、十夜はしばし目を瞑っていたが、ゆっくりと瞼を上げると曖昧な様子で頷いた。


「まあまあ、ってところだな。首領が決めた協定もあることだし、どうしようも無くなったら手を貸すぜ」

「手を貸すなら、どうしようもなくなる前が希望なのだけど」

「あー、そこまでは多分無理だなー」


 冷たい視線でツッコめば、十夜は悪びれもせず言い切った。続けて、まるで他人事のように、自分の立ち位置を明確に宣言する。


「あんたにはまだ言ってなかったっけか。確かに俺は『銀糸境界』に世話になってる身だけど、正規の構成員じゃないんだ。だから頼まれていない仕事にわざわざ手を出すようなことはしないつもりだ。もちろん依頼されれば無視する気も無いけど、今の俺が首領から頼まれているのは街の案内だから、それ以上のことは改めて依頼してもらう必要があると思っていてくれ。付け加えるなら、既に引退済みなもんで、俺の方から関わる気もあまり無い」

「引退?実は高齢ってわけでもなさそうだから……怪我とか病気の類?」

「うんにゃ。俺がやるべきことはもう全部片付けたってだけだな。アインの奴は燃え尽き症候群とか言ってやがったが」


 燃え尽き症候群。単語としては初めて耳にするが、【翻訳】の魔術のおかげか、その意味するところはリサにも理解できた。

 飄々とした態度を取る人物だが、十夜には十夜なりに生きてきた足跡があるということだろう。

 月光に照らされた彼の横顔を眺めながら、リサはそのことを胸に刻む。


 そしてそれはリサの方も同じだった。先程は話の流れからああ言ったものの、『銀糸境界』との協定は計算にこそ入れているが、最初からそれだけに頼るつもりも毛頭ないのだ。

 ただ月明かりだけが、決意を新たにした少女を静かに照らしていた。


     ■◇■◇■◇■


 街の喧騒を遠くに聞きながら、彼――ザハク・アウランドは美少年と評して差し支えない顔を醜悪に歪めた。


「なかなか興味深い話だね。それが本当ならば、だけどさ」


 向かい合う相手の表情は見えない。というより、それらしき姿はその部屋には見当たらなかった。

 それも当然である。

 ここは彼がこの街に潜伏した初日に手に入れた――無論、まっとうではない方法で――拠点なのだが、彼は今、自らの配下である魔獣を中継器として、ここにはいない相手と対話をしていた。


 二日前の夜、イレギュラーな事態が発生したことを察して撤退した後、この地の魔術結社である『銀糸境界』の動向を探らせるため探索に出していた斥候用の魔獣の反応が消失したのが半日前。大方、相手に気取られて潰されたものとばかり思っていたが、その数時間後に奇妙な相手がザハクに接触してきたのだ。


 その相手は、成り行きで捕縛したという斥候用魔獣を返却した上、更にザハクに一つの提案を持ち掛けてきた。


「僕と手を組みたい、か」


 最初は『銀糸境界』側の搦め手を疑ったザハクだが、話を聞く限りでは相手も『銀糸境界』とは相いれない立ち位置にいるらしい。それに加えて戦力の勘定を除いたとしても、相手が提示してきた報酬はザハクにとって破格だった。


「まあいいや、嘘だったらその時に改めて叩き潰せばいいからね」


 判断材料が足りない以上、考えていても仕方がない。それならば楽しそうな方に賭けた方が面白い。

 狂人の思考でそう判断すると、ザハクは提案を了承した。

 こうして平和な街の片隅で、最悪の組み合わせが産声を上げようとしていた。

十夜的にはかなり興味津々なんです、これでも。

面倒くさい主人公や。

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