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実際にいたらきっとうざいタイプのキャラ登場(実物)
市内の主だった場所を案内した後、十夜がとてもとても嫌そうにリサを連れてきたのは、一軒の喫茶店だった。オフィス街と住宅街の境目と呼べる位置で、崩した字体で「風見」と記された看板が立てられている。
ドアを開けて客の姿がまばらな店内に入ると、奥のカウンターからショートカットのウェイトレスが顔を覗かせた。
「あれ、荒凪君?いらっしゃい、久しぶりね」
どうやら十夜の顔見知りらしくフレンドリーに話しかけてくる。十夜は小さく会釈を返すと上を指して問いかけた。
「久しぶり、菜琉さん。今日は客じゃなくて、アインの奴に呼ばれてきたんだ。上がっても良いかな?」
その途端、菜琉は眉を吊り上げ唇を尖らせた。どんなに空気の読めない人間でも、その表情から不機嫌であることが一目で読み取れることだろう。
「ええ、どうぞ。ご自由に」
明らかに不機嫌なまま許可を出す様に、さすがのリサも不審に思ったらしく、十夜の袖を引くと耳元に顔を寄せてくる。
「トオヤ、あなた何か失礼なことでも言ったの?」
「そんなわけあるか!と言いたいところなんだが……」
あいにく心当たりが無い。許可はもらったものの、なぜか怒っているらしき菜琉を放っておくわけにもいかず当惑していると、助け舟は厨房から現れた。
「どうしたんだ、菜琉?お客さんじゃないのか――っと、荒凪君じゃないか、いらっしゃい」
エプロン姿の男性が、薄い髭で縁取った口元を緩めながら声をかけてきた。目元や雰囲気等が菜琉とそこはかとなく似ており、血縁関係であることをうかがわせる。
「どうも孝さん。あの、ちょっと聞いても良いですか?」
挨拶と同時に距離を詰め、こっそりと質問する。すると男性も十夜に合わせ、小声で応じてくれた。
「ん?何かな」
「その、アインに奴に呼ばれて来たんですけど、そう言ったら菜琉さんが怒っちゃったみたいで」
十夜の説明を聞くと、孝は小さく噴き出した。
「ごめんごめん。うん、荒凪君は悪くないよ。実はまた喧嘩したらしくてね、あの二人。一昨日くらいから冷戦状態というわけさ」
「なるほど、それで。まあ、それならいつも通り、そのうち元通りになってますかね」
「ああ、僕の読みでは、長くてもあと一週間といったところだろう」
疑問が解決したところで、十夜は孝に礼を告げると、リサを伴って店の奥に進んだ。
この店は民家を改装したものらしく、ホールの奥の扉をくぐると、そこにはひんやりとした廊下が続いている。廊下の先には二階への階段があり、それを昇りきった先にある一枚の扉を、十夜はノックもせずに勢いよく開け放った。
「来てやったぞ、アイン」
「おやおや、今日も元気いっぱいだね、十夜は」
どすどすと部屋の中に乗り込んでいくと、からかうような響きの爽やかな声という軽い矛盾が二人を出迎えた。
部屋の雰囲気は一階の喫茶店とはがらりと変わり、若干薄暗い照明と壁一面を埋め尽くすディスプレイの群れが明滅している。
そして奥の机から、ニコニコとした視線を向ける一人の青年。
「あなたがトーカーさん?」
あらかじめ十夜から聞き出していた名前をリサが告げると、青年はひょいと机から立ち上がった。
座っていると分かり難かったが、青年はかなりの長身だった。優に2メートルはあるだろう。手を持ち上げれば天井に軽々と触れるほどだ。その身長に比して威圧感が無いのは、青年の手足や体付きが棒きれのように細いからに他ならない。端的に表すならば、ひょろひょろノッポである。
そんなひょろひょろノッポの青年は、大きな歩幅で二人の前までやってくると、彫りの深い顔に微笑を浮かべて握手を求めてきた。
「初めまして、お嬢さん。お察しの通り、僕はアイレン・トーカー。情報屋にして、そこの十夜君の無二の親友です」
「誰が無二の親友だ、誰が」
「ご丁寧にどうも。私はリサ・ノウファーストよ」
差し出された右手を握り返し、リサが名乗り返す。上から見下ろす青年の視線と、下から見上げるリサの視線が交錯した。
「良いお名前だ。リサさんとお呼びしても?ああ、僕のことはアインとお呼びください」
「揃って無視かよ」
「挨拶はちゃんとするべきでしょ。トオヤはアインさんを嫌っているみたいだけど、向こうはあなたのことを親友とまで呼んでいるのだし」
ちょこちょこ絡んでくる十夜が鬱陶しかったのか、リサが至極まっとうな指摘をすると、十夜はしばらく黙り込んだ後、反論が思いつかなかったらしく不機嫌そうに顔を背けた。
「確かに、ここに連れてきたのはこいつに紹介するためだからな……別に親友じゃないが」
「ははは、照れ屋なところも実に十夜らしいね。僕はこんなにも君に友情を感じているのに、どうして君はそれを否定するような事ばかり言うのだろう。もしかして、これが噂に聞くリアルツンデレなのかい」
「気持ち悪いことを言うな!というか、そういうところだよ!」
反射的に声を荒げてしまう十夜だった。ようやくリサも事情を理解してくれたらしく、同情のこもった慰めの視線を向けてきた。
「今のは、私もちょっと気持ち悪いと思ったわ。少しだけ、トオヤの気持ちが分かった気がする」
「くうう、ありがとう、ありがとう……」
苦労に共感が得られるというのはこんなにも嬉しいことなのだろうか。涙が零れそうになるが、さすがにそれは意地で堪える。
ともあれ顔合わせが済んだところで、十夜は己の親友を自称する変人を睨みつけた。
「で、わざわざ呼び出しとはどんな魂胆だ?」
アイレン・トーカー、心外そうに肩を竦めて曰く。
「さっき電話でも言ったじゃないか。来訪者に会ってみたい、って」
「嘘つけ。おまえがそれだけで済ませるはずがないだろ。きっと、もっと狡すっからくて陰湿なことを企んでいるに違いない」
「酷い言い草だなあ、十夜は。いくら親友の僕でも心が傷ついてしまうよ。知っているかい、僕は寂しさだけで死んでしまえるんだぜ」
素人目にも分かるほど芝居がかった仕草で悲しさを表現するアイン。ここだけ切り取ってみれば、アインが本当に傷ついている思う人間はまずいないであろう胡散臭さである。
ふとその時、十夜は連れがコートの端を引っ張っていることに気付いた。視線を向けると、好奇心の純度100%の瞳が十夜に向けられていた。
「アインさんが言っていた来訪者って何?」
「来訪者、渡来人、次元漂流者。呼び名はいろいろあるけど、要するにあなたのような存在ということですよ」
その質問を待っていたとばかりに、十夜が口を開くより早くアインが先回りして答えた。
「簡単に言えば、異世界からやって来た人物、ということですかね。頻繁というわけではないけれど、決して前代未聞というわけでもない」
そこでアインは意味ありげに十夜に視線を向けた。
「この国では神隠し、とも呼ばれていたんじゃなかったっけかな?ねえ、十夜」
「それはただの行方不明や誘拐の俗称だ。こいつとは違う」
一方の十夜は、アインの言葉を一切の躊躇なく切って捨てた。
「で、おまえはわざわざそんな事を言うために呼びつけたのか?」
「会話を円滑にするための話題提供みたいなものじゃないか。それにさっきも言ったけど、本当に挨拶だけのつもりだったから、そこまで疑われても困るんだけど……ああ、そうだ」
十夜の詰問を容易く受け流しながら、アインはさもたった今思い出した風に、机の引き出しから両手で包めるくらいの大きさの箱を取り出した。
「偶然にもこうして縁を繋ぐことができたわけだし、僕から贈り物をさせてもらっても構いませんか?」
「偶然って、どう見ても準備万端なのだけど」
丁寧にラッピングされた箱を手渡され、リサもさすがに薄気味悪さを感じて若干引く。
ちなみにアインの性格を熟知している十夜は、お手上げといった様子で首を横に振っていた。言語化するなら、処置無しといったところだろう。
「こいつの言葉は話半分で聞いておいた方が良いぞ」
「どうやらそうみたいね。ともあれ、中身を確認しないと気味が悪くて仕方がないから、ここで開けても構わないかしら?」
「どうぞどうぞ。むしろそうでないと都合が悪いもので」
わざわざ疑念を煽ってくるような台詞を強引に意識から締め出すと、リサは警戒した面持ちで包装を解いていく。こわごわと蓋を開けてみると、中から出てきたのは手の平サイズの電子機器だった。
「これって……確かスマホ、だったかしら」
鈍く光るそれを照明にかざし、記憶に残っていた名称を、リサはぽつりと呟いた。
「その通り。いくら十夜でも、名前くらいなら教えられるみたいだね」
「おいアイン、なんだか悪意を感じる言い方なんだが」
「十夜は機械の類に滅法弱いからねえ。今使ってる携帯も、通話くらいでしか使えないんだろう。確か、メールは送れなかったはずだし」
明らかに馬鹿にした口調である。一方、図星を指された十夜の方は逆ギレした。逆ギレの教科書に乗せても恥ずかしくないほどの、それはそれは見事な逆ギレだった。
「うるさい、通話だけ使えりゃ俺には十分なんだよ!」
「というわけで、十夜からは望むべくもないんで、代わりに僕からプレゼントさせてもらおうと思ったわけ。OK?」
「ぐおぉっ……」
噛み付いてくる十夜を片手間にあしらいながら、アインはリサの反応を窺った。
「どうかな、リサさん。気に入ってくれたかな?」
「私はこのスマホという物がどれくらい高価なのか知らないけど……本当にもらっていいの?」
興味の色は隠せないが、迂闊に受け取るのは躊躇われる。そんなリサの葛藤に、アインは鷹揚に頷いてみせた。
「もちろん。さっきも言った通り、これはお近づきのしるしってやつですよ。遠慮せずに受け取って欲しいというのが本音です」
そう言われれば、リサとしても頷かざるを得ない。というよりも、リサ自身も激しく興味を惹かれていたのである。このスマホという名称の、異世界の魔術書のことが。
持ち前の好奇心が早速顔を覗かせ、もらったばかりのスマホをためつすがめつしていると、アインが苦笑を漏らした。
「どうやら気に入ってもらえたようで何よりですよ。それなら早速だけど、いろいろと準備をしないと」
「準備?魔術書に?」
言葉の意味がわからず首をひねっていると、垂れ流していた愚痴を空気のように無視されていた十夜が口を挟んできた。
「さっきも言ったが、スマホは魔術書じゃないからな。それはともかく、ケータイやらスマホを使うためには、通信サービスを提供している会社と契約する必要があるんだよ。アインが言った準備ってのは、そのことだな」
こういった道具に疎いという十夜の言葉だけに、リサは念のためにアインの表情を窺ってみた。視線に気付いたアインが、その通りとばかりに頷いてくれる。
「概ね十夜の言葉通りですね。補足すると、そのスマホは既に適当な名義で契約済みだから、ただ使うだけなら問題ありません。ただ、諸々の情報を偽装用のダミーで登録しているから、それをリサさんの情報に書き換えてあげる必要はあるというわけです」
「書き換える?」
「そうです。『銀糸境界』の関係者だと知られれば、その筋の人達からあの手この手で調査されることになる。そんな事態になった時に、登録情報にあからさまな偽造が混ざっていたら、つけ込まれる隙になりかねないという訳ですよ。もちろん念のための用心に過ぎないけれど、やっておいて損になることじゃない。それにあの会社のセキュリティにはもうバックドアを仕込み済みだから、余計な手間は掛からないですしね。そこは安心してもらっていいですよ」
「……その話を聞いたら、余計に心配になってきたんだが」
半分も意味が通じていないリサはともかく、辛うじて意味を汲み取れた十夜からすれば、最後の一言は明らかなハッキング宣言である。とはいえ、この情報屋にとっては今更な話でもあったので、ひとまず良心の類は右から左に投げ捨てておくことにする。
アインは鼻歌交じりで机上のノートPCを開くと、流れるような速度でプログラムを立ち上げた。
目にも止まらぬ速度で十本の指がキーの上を踊り、壁面のモニターが目まぐるしくウィンドウを立ち上げては消してゆく。
「これ、何をやっているの?」
「わからん。それに多分、知らない方が幸せだ」
十夜の答えからも深く触れない方が良いと感じたのか、リサはあっさりと引き下がった。
そうこうしている間にも、アインの作業は終盤に差し掛かっていた。
「さて、最後にこいつを書き換えてっと」
ターンッと最後のキーを叩くと、アインはにこにことした表情で顔を上げた。
「これで名実ともに、それはリサさんの物になりましたよ。初心者用の操作練習アプリも入れてあるから、少し練習すればリサさんならすぐに使いこなせるでしょう」
「色々とありがとう。このお礼はいずれさせてもらうわ」
アインの笑顔を正面から受け止めると、リサは掌を上に向けてアインに向かって差し出した。ちなみにこれは、リサの世界における感謝を表す仕草である。
説明されてはいないものの雰囲気で仕草の意図を察し、アインは気恥ずかしそうにぱたぱたと手を振った。
「ははは、お気になさらずに。ネーアさんならそのうち手を回してくれていたはずです。だから、ちょっと手に入れる機会が早くなっただけと思ってもらえばいいですよ。もちろん、リサさんと仲良くしたいという下心はありますがね」
そう言うと、アインは意味ありげに片目をつむってみせた。
書いてて、うざいキャラだなーと自分で思う。
同時に筆が進むキャラでもある(笑)