2-2
実際にいたらきっとうざいタイプのキャラ登場。(声だけ)
「ひとまず今日のところは、リサ君にこの街を案内してあげてくれないかね」
というネーアの指示に従い、十夜はリサを伴って、狭河市の市街地へと赴いていた。
市街地の中心には、郊外まで伸びている鉄道の駅や、市内を循環する路線バスの発着所が集合した区画が存在する。
その一画で、リサは愕然とした面持ちで辺りを見渡していた。
「さて着いたぞ。って、何してるんだ?」
ここに来るまでに利用していたタクシーの料金を支払った――当然のように『銀糸境界』宛ての領収書付きで――十夜が振り向くと、なぜか案内対象が放心していた。
試しに顔の前で手を振ってみると、リサはようやく我に返り、興奮した様子で十夜をギロリと睨みつけた。
「嘘つき」
「ほえ?」
唐突に嘘つき呼ばわりされ、訳が分からず口から間抜けな声が漏れる。一方のリサは、頬を紅潮させると、マシンガンのごとくまくし立てた。
「何が、表向きは魔術が存在しない、よ! さっき乗った馬の無い鋼鉄馬車はゴーレム術、あそこの大きな建築物の壁に描かれた絵を動かしているのは幻影術、さっきから通り過ぎる人達が持っているのは小型の魔術書じゃない! 右も左も、王国の首都に匹敵……いえ、それを凌駕する魔術文明よ!」
「初っ端から面倒くさいな、こいつ。ひとまずこっち来い」
今にも掴みかかってきそうな剣幕の少女をどうどうとなだめつつ、十夜は人影の見当たらない隅っこの方に移動した。ここならば多少大きな声で魔術絡みの話をしても、聞き咎める者はいないだろう。
とはいえ、懇切丁寧に教えるような性分でもないため、十夜は一息に言い放った。
「順番に説明すると、おまえが最初に言った馬車は自動車、絵を投影しているのは大型テレビって奴だな。そんでもって、皆が持っているのは魔術書じゃなくてスマホだ。ちなみにどれも魔術とは一切関係が無い」
「そっ、んな!」
タクシーの窓から見ていた街の光景に、よほどの衝撃を受けていたのだろう。あれらが全て、自分の知らない未知の技術によるものだと突きつけられ、リサは驚愕に打ち震えた。
「進み過ぎた科学は魔法と変わらない、ってことかね。まあ、俺も初めて見た時は似たようなもんだったか」
十夜の呟きは、テンションの天井とどん底を行ったり来たりしているリサには聞こえなかったらしい。仕方なく、十夜はリサが落ち着くまで、しばらく放置することにする。
数分後、暴走する好奇心になんとか首輪をつけることに成功したらしいリサに、少し離れた場所からその様子を眺めていた十夜が、軽い調子で声を投げかけた。
「おーい、もうそろそろ良いか?」
するとリサは、少し前までの行状を思い返したのか、若干顔を赤くしながら小走りで十夜の傍らにやって来た。
「ええ、ちょっとはしゃぎ過ぎたみたい。手間を取らせてごめんなさい」
「いや、いいさ。考えてみりゃ、初めて見た異世界の街並みってやつなんだ。興奮するな、って方が無理な話だろ」
軽く肩をすくめて謝罪を受け入れると、リサは目を剥いて珍獣でも見るような視線を十夜に向ける。
そして驚愕に満ちた声音で叫んだ。
「トオヤがまともな慰めの言葉をかけてくるですって!?」
「おい、どういう意味だ」
反射的に突っ込んでしまう。リサも慌てた様子で言い訳する。
「あ、ご、ごめんなさい。まさかあなたに、他人を慮るような行動ができるだなんて信じられなくて、ちょっと驚いちゃったわ」
「謝ると見せかけて更に塩を塗り込んでくるだと……」
相手によっては喧嘩を売っているとも取られかねない言動だが、リサの態度からは悪意の類は感じられなかった。つまりは本当に思ったことを口に出しているだけなのだろう。
そちらの方が、よほどタチが悪いという説もあるが。
ともあれ、十夜は気を取り直すと、申し訳なさそうにしているリサに尋ねてみた。
「ひとつ聞いておきたいんだが、おまえさん、元の世界で他人と話す時に、無礼とか遠慮なしとか言われたことなかったか?」
こちらもこちらでかなり不躾な質問だったが、リサは気にした風もなく、腕を組んで少し考え込んだ。が、すぐに首を横に振る。
「んー、記憶には無いわ。まあ、討伐隊に選ばれる前はほとんど研究室に引き籠るか、関係者以外立ち入り禁止の魔術実験場で生活していたし、討伐隊に選ばれてからも交渉役はミレイユが担当してたから……あ、討伐隊結成から少し経った頃に、皆から『正直者だね』って評価されたことはあったわね」
「ちなみに理由は?」
「確か、王国の公爵様だったか大公様が、騎士団員見習いの息子さんを討伐隊に入れて欲しいって頼んできたのよ。一応、面接と軽い実力テストはしたのだけど、とても討伐隊に入れるレベルじゃなかったから、理由も添えてお断りしたの。本人の今後の成長のためにもなると思って、体術や剣術の未熟な部分と身体強化魔術の稚拙な使い方についてレポートにまとめて、本人と国王様にも提出しておいたわ」
要するに、権力者の身内に実力がまるで足りなかったという事実を、本人と更に上位の権力者に、直球遊び球無しで投げつけたということである。
リサの世界における公爵や国王の権威がどの程度かはわからないが、十夜の知る歴史に当てはめてみれば、無礼討ち上等の蛮行であった。
「お、おう。それは何というか……正直者だな」
100%純粋に善意でやったということが伝わってくるだけに、迂闊に否定することもできず、十夜も使い古された評価でお茶を濁すしかできない。
ともあれ、リサという人物についてはっきりしたことがある。
それは人付き合いが下手ということだ。
礼儀を知らないわけではないが、相手が自分に対して抱く感情にあまり気を払わないのだろう。それゆえ、はっきりと物を言い過ぎてしまう。
交渉役は仲間が担っていたということだが、おそらく討伐隊の仲間もリサのこの性格を承知し、余計な面倒事が増えるのを避けるため、その手の仕事から遠ざけていたのだ。
顔も知らない相手ではあるが、その判断の賢明さは十夜も認めざるをえない。
そんなことを考えていると、なぜか頬を赤く染めたリサが何か言いたげな視線を送っていることに気付いた。
「ん?どうかしたのか?」
尋ねると、リサは決まり悪そうに視線を逸らし、かろうじて聞き取れる程度の声量で事情を告げた。
「興奮したらお腹が空いてきちゃって。よく考えてみたら、朝の騒ぎのせいでまだ朝食を食べていなくて……」
どんどん小声になっていくリサ。空腹を訴えるのは別段恥ずかしい話ではないが、あれだけ景気良く騒いだ後で持ち出す話題としては、いささか場違いに感じているらしい。
「そういや、昨日の騒ぎからこっち、随分とバタバタしてたからな。そりゃあ腹も減るわな」
事情を聞けば納得できたので、一つ頷いて最初に案内する先を決定する。
「それじゃあ、まずは腹ごしらえといくか。折角の異世界に来て初の食事なわけだし、何か希望があれば言ってみてくれよ。可能な限り、リクエストには応じるぜ。どうせ経費で落とすし」
ケチ臭さを隠そうともせず、むしろ力強く告げると、リサはそれに気づかず好奇心に瞳を輝かせた。
「えっ、いいの!?本当に?」
予想以上の食いつきっぷりに、若干気圧されながらも十夜は頷いた。
「あ、ああ。俺の今日の仕事はあんたの案内役だからな」
「ちょっと待っててもらってもいい?少し考えるから」
言うなりくるりと背を向けると、何やらぶつぶつと呟き始める。だが、すぐに何か思いついたらしく、背を向けた時と同じ唐突さで振り向くと、実にいい笑顔でのたもうた。
「パンでも麺でも米でもなく、獣でも鳥でも魚でもない肉を使った料理が食べてみたい!」
「なんで、トンチ形式なんだよ」
すでにお約束になっている気すらする反応速度で、十夜は突っ込んだ。
「これはっ……!」
差し出された見慣れない材質の小皿の上のそれを、リサは感動と好奇心がない交ぜになった心境で見つめていた。
「いや、そこまで感動する要素は無いと思うんだが」
横合いから無粋な言葉が割り込んでくるが、それは耳にする価値無しとして無意識にカットする。なにしろ異世界で初めて食する料理である。付け加えるならば、わざわざ無理な注文までして頼み込んだのだ。
ちなみに「パンでも麺でも米でもなく、獣でも鳥でも魚でもない肉を使った料理」とは、王国では妄想を意味する言い回しである。もっとも、魔王討伐隊として旅をする間に知ったのだが、あの世界にだって王国の民が知らないような料理は数多く溢れていたのだが。
そんな余計な思考はすぐさま過去に流し、リサは改めてその料理を観察した。
一口大の球体が8つ、皿の上で湯気を立てている。その湯気に乗って漂ってくる芳しい香りがリサの食欲を否が応にも刺激し、空腹と合わせてこれ以上ないスパイスになっていた。
じっくりと観察してみれば、その料理にはドロリとした質感のソースがかけられていた。ソース単体では食べ物というより何らかの薬品のようにも見えるが、主役である料理の上にかけられているのであれば、なんということだろうか。まるで料理が、匠の手による高級なドレスを纏っているようではないか。
さらにダメ押しとばかりに、薄くスライスされた見慣れない食材が料理の上にまぶされている。それが湯気にあおられて妖しく踊り、目でも楽しませてくれるのだ。
「早速実食ね」
どこかの料理漫画のような事を呟きながら、リサは小皿に付属していた木製の針を手に取った。十夜の説明では、楊枝と呼ばれるこの針を料理に突き刺し、掬い上げて食べるのだという。異世界ならではの食器に感心しつつ、それを一気に口に運ぶ。
そう、出来立てほやほやで熱々のたこ焼きを。
「はふっ、はふふっ!」
勢い込んで口にして、熱くてむせて目を回す。リサの慌てっぷりに、十夜が仕方ないなぁといった風に、手に持った物を差し出してきた。
受け取ってみれば、薄くて微妙にしなる透明な素材でできた水筒に、緑がかった液体が肩口まで詰まっている。
「冷えたお茶だ。とりあえず飲んどけ」
十夜の言葉に礼を告げる暇も惜しみ、大慌てで水筒に口をつける。つるりとした飲み口も気にはなるが、それよりも口の中の大火事を鎮圧する方が先決である。
水筒を傾けると、よく冷えた液体が口内に流れ込んでくる。勢いのまま、たこ焼きをお茶と一緒に飲み下し、ようやくリサは一息つくことができた。
「ふわぁ、危なかったぁ……」
「がっつきすぎだっての。たこ焼きは逃げたりしないからゆっくり食べろよ。あと、どう考えても火傷するから、少し冷ましてからな」
呆れた様子で忠告してくる十夜に礼を言うと、今度は息を吹きかけて冷ましてから、ようやくたこ焼きを口に含んだ。
先ほどは味わっている余裕が無かったが、今回はゆっくりと咀嚼する。ソースの香ばしさと生地に染み込んだ旨味、そしてメインの具である『たこ』とかいう生物の切り身が持つ独特の食感が混然一体となり、口の中に広がった。
「どうだ、味の方は?」
「悔しいけど美味しいわね」
「なんで悔しがるんだよ。美味いもん食ったならそれで満足しとけ」
十夜のツッコミはもっともなのだが、そんな些事より今リサの心をとらえて離さないのは、このたこ焼きである。
最初の一個を満足に味合わないうちに飲み込んでしまったことを残念に思いつつ、リサは次の皿に手をかけるのだった。
RRRRRR…。
十夜の携帯から小さな着信音が流れたのは、リサが数えるのも億劫なほどのお代わりのたこ焼きを完食したのと同時だった。
「はぁ~、満足~」
「まあ、それだけ食べれば満足もするよな」
今にも蕩けそうなリサの笑顔に苦笑しつつ、十夜は着信相手を確認する。その名前を見た十夜の眉が不機嫌に歪んだ。
「どうかしたの?」
雰囲気が変わったことに気付いたリサが様子を窺う。十夜はあからさまに気乗りしない表情で眉間に皺を寄せた。
「面倒くさい奴から連絡があったんだよ」
「連絡って、今? もしかして、さっきから鳴っている音が、連絡が来た合図?」
「ああ、まあな」
リサの質問に頷きながら、十夜は携帯端末をかざして見せた。ちなみに二つ折りの安っぽいガラケーである。
リサは興味津々といった表情でそれを覗き込むと、どんな些細な事でも見逃さんとする真剣な眼差しでそれを観察し始めた。
「それがあなたの魔術書ね。【遠話】の魔術の媒体ということかしら」
「一応訂正しておくが、魔術じゃないからな。それに俺、魔術は使えないし」
「……えっ?」
一瞬、何を言われたのか分からず、リサは己の耳を疑ってしまった。『銀糸境界』は魔術師の組織だと聞いていたはずだが、そこに属している十夜が魔術を使えないとはどういう意味だろうか?
リサがそんな疑問を抱いたことに気付いた素振りもなく、十夜は先ほどから鳴り続けている携帯の通話ボタンを押すと、いきなり通話口に向かって怒鳴りつけた。
「さっきからリンリンうるさいぞ!」
『開口一番逆ギレとはご挨拶じゃないか。むしろ、待たされた僕の方こそ怒って然るべきじゃないかと思うんだけどさ』
通話口から流れてくる男性のものと思しき声が、多少の呆れを含んで響く。
「やかましい。お前相手ならそれくらいで丁度いいんだよ。で、何の用だ。半年前の貸しならとっくに返したはずだぞ」
『やれやれ、僕らの友情の前に貸しだの借りだの、そんな話は無粋じゃないかい?』
「おまえとそこまでの友情を育んだ記憶は無いけどな」
ジャブの応酬のように軽い嫌味を挨拶代わりに交わし合うと、通話相手はおもむろに本題を切り出した。
『十夜、君は今、来訪者に街の案内をしているんだろ?』
「相変わらず耳が早いな。また忍び込んだのか」
目を細めて厭味ったらしく尋ねるが、相手の方はといえばあっけらかんとした口調で十夜の言葉を否定した。
『わざわざそんなことしなくても、ネーアさんが教えてくれたよ』
「……そうかい。で、それがどうかしたのか」
『いやー、実はその来訪者さんに会ってみたくてさ。今日は君が街を案内しているって聞いてね。ついでに僕の所にも寄って行ってほしいな、なんて』
「お断りだ」と突っぱねかけてから、十夜は自分にはその権限が無いことを思い出した。
十夜の役目はあくまでリサの案内であり、リサが奴に会いたいと言ったら、それを拒む権利は無いのだ。
己のちっぽけな職業意識が余計な仕事をしたことに腹を立て、相手にも確実に聞こえるようにわざと盛大な舌打ちを鳴らすと、十夜はぶっきらぼうな口調で答えた。
「本人次第だ。一応、行きたいかどうかは聞いてやる。行く気があるならそのうち連れて行ってやるから、おとなしく待ってろ」
『やれやれ、相変わらずだねぇそのツンツン具合は。まあいいよ。君は余計な誘導を仕掛けるタイプでもないし、ネーアさんの話を聞く限りじゃ、その来訪者はまず間違いなく僕と会いたがるだろうしね。それじゃあ、期待して待っているよ』
そう言うと、余計な誘導を仕掛けるタイプの知人からの通話はあっさりと切れた。十夜は溜息を一つ吐き出すと、リサに今日の予定を変更するつもりがあるか尋ねるのだった。
異世界的にタコはデビルフィッシュなのか。
ヒディアーズみたいのは、食用になるとは思えないけど。