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交叉都市の引退剣士  作者: 読み専のクェイナー
第一章 来訪者来たる
2/21

1-1

令和第一投。

キーワードに「現代」とか入っているくせに、序章は徹頭徹尾異世界ですいません。

詐欺じゃないですよー、ここからは現代ですよー。


 頭上で煌々と輝く満月。

 思わず大口を開けてしまうほど見事な球体を見上げ、荒凪十夜は我知らず呟いていた。

「んー、今日はもう切り上げた方が良いかもなぁ」

『ふむ、確かに今日は、これ以上粘っても無駄かもしれないね』

 微妙にやる気の感じられない十夜の独り言に答えたのは、無機質な響きを伴った声音だった。

 落ち着いた口調からは深い知性の色を感じ取ることができるが、それ以上に感情の読み取れない平坦さから、機械的な印象が先に立つ。

 そして声の印象よりも特筆すべきは、会話の相手の姿が見えないことだった。

 月夜の下、周囲を鬱蒼とした木々に囲まれたこの広場に佇んでいるのは、どこをどう見ても十夜ただ一人だけだったのである。

「まあ、元々今日になるかどうかは、五分五分ってところだったって話じゃないですか。ひとまず今日はお開きにして、明日改めて様子を見に来るってことでどうですか?」

『そうだな、それがいいだろうね。では連日で申し訳ないが、明日も引き続き頼む』

「へいへい、っと」

 相手の姿が見えないことに驚くそぶりも見せず、十夜は軽い調子で了承した。相手も似たような感想を抱いたのか、先刻よりもわずかに柔らかい調子で語りかけてくる。

『それにしても、相変わらず君は緊張感が無いな。まだ二十代だというのならば、もう少しくらい緊張してもよいのではないかね』

 ちなみに二十代というのは、以前に十夜が自己申告した年齢である。ただし、十歳になるかならないかといった頃から、とある事情で歳を数えていなかったため、多分これくらいだろうという大雑把な自己申告に過ぎないが。

「と言われても、これで二回目ですからね」

『まだ二回目、というのが一般的な感覚だと思うのだがね。まあ、君ならばそんなものか』

「あ、その言い方は微妙に傷つきますよ。まあ、見た目の方は我ながら老けて見える方だって自覚はあるので、別にいいですけど」

 さほど気にしていない口振りながらも、一応は自虐気味に嘯く。

 しかし、その言葉は面白いように的を得ていた。

 170センチ半ばの身長に羽織っているのは、使い込まれた枯れ草色のコートである。不揃いに刈り込んだ髪と頬に走る一筋の古傷、睨みつけるような鋭い目付きと相まって、三十代、あるいは四十代と称しても通用する貫禄があった。

『君が実際のところ何歳かなど、さして興味はないさ。果たすべき役割さえ果たしてくれるのならばね』

「年齢の話題は首領が振ってきた話じゃないですか。というか、果たすべき役割って言われても、そもそも俺はとっくに引退したつもりなんですがね」

『無論承知している。実のところ、これでも申し訳なく思っているのだよ。わざわざ君を引っ張り出すことになってしまって』

 皮肉のつもりの軽口に対して、想像以上に面目ないといった雰囲気で言葉を返され、十夜は一瞬目をぱちくりとさせるが、軽く息を吐くと謝罪した。

「いや、俺の方こそ、グダグダ言ってすみません。元々、人手が足りないときには手伝うってのは契約に含まれていましたし、首領が謝る筋じゃないでしょうよ」

『そう言ってもらえると助かるがね。とはいえ、工房の人員がそもそも少ないことと、その少ない人員を外部へ派遣しなければならなかったのは、どう言い繕っても私の責任だ。自省のためにも、君には謝罪させてくれたまえ』

「そこまで言うのでしたら、ありがたく頂戴しときますが」

『すまんね。と、お喋りはこれくらいにしておこう。詳しい報告は明日聞かせてもらえるかね』

「わかりました。それでは明日」

 十夜が小さく首肯すると、ふつりと声は途切れてしまった。

 会話の相手が通信用の魔術を解除したことを確認し、十夜は軽く伸びをすると、凝り固まりかけていた筋肉をほぐす。

「ふいー、お仕事終わりっと。こんな日は、とっとと帰って風呂入って寝るにかぎ……」

 ほんのわずか、鼻先をかすめる程度に漂う獣臭。

 十夜が足を踏み入れているのは周囲に人気のない山中であり、この時間ともなれば夜行性の動物が姿を現しても不思議ではない。

 だが、鼻粘膜を刺激するだけでなく、生存本能にまで訴えかけてくる強烈な圧迫感は、明らかに尋常のものではなかった。

「はあぁ……」

 どう考えても厄介事の匂いしかしないが、無視すれば更に面倒な事態になることが目に見えている。

 溜息をつき、ガシガシと頭を掻き毟ると、最後には渋々といった様子で気配の方へと向き直った。

 真夜中という条件もあわせ、木々で遮られた視界にはそれらしいものは何も映っていない。だが、十夜の直感は明白にその存在をとらえていた。

「5つ数える間に姿を見せろ。出てこないなら相応の対処をする」

 時間をかけるのも面倒とばかりに、一方的に告げてカウントを開始する。

「1つ、2つ」

 視線は正面に向けたまま、残る知覚は不意打ちを警戒して周囲へ散らす。

「3つ」

 気配から相手の力量を読み、周囲の地形から戦術を編み上げていく。

「4つ」

 さながらそれは、引き絞られた弩弓のようであった。狙いを定め、キリキリと撓められた弦が、満を持してついに放たれる。

 と、その直前だった。

「ちょっと待った、待ーった」

 十夜が睨みつけていた茂みの奥から、小さな人影が飛び出してきたのである。

 身長はせいぜい十夜の胸くらいまでしかない。周囲の闇に溶け込んでしまいそうな黒褐色の肌に、妖しく輝く金色の瞳。

 一見すればただの将来有望な少年であるが、十夜は醒めた視線で相手を注視していた。

 一般人の子供がいるような時間と場所ではないし、何より十夜のよく知る類の者達ならば、外見などちょっと手間暇をかけた衣装と同じである。

 見た目と中身が一致していない程度はよくある話であり、ゆえに外見で油断するような人間は、この業界では長生きできない。

 それを裏付けるように、少年は遠目に十夜の様子を窺っていたかと思うと、金色の双眸に不穏な光を垣間見せた。

「やれやれ、随分とご挨拶じゃないか。いきなり殺気を向けてくるなんて、幼気(いたいけ)な子供が怯えてしまうよ」

「自分で自分のことを幼気なんて言う奴が、本当にただのガキンチョだったことなんて、古今東西一度も無いだろ」

「あはは、なかなか言うじゃないか、お兄さん。まあ真理だけどさ」

 辛辣な口調で十夜が切り返せば、少年はふざけた調子で笑いながら肯定する。そして天使のような笑顔を浮かべつつも、道化師さながらに慇懃なお辞儀をしてみせた。

「本当はもっとお喋りに興じていたいところだけれど、僕のペットにいつまでもお預けを食らわせておくのも可哀想だから、手早く本題に入らせてもらうよ。僕の名前はザハク・アウランド。恥ずかしながら《魔獣使い》を名乗らせてもらっている者さ」

「荒凪十夜だ。『銀糸境界』の、一応は客分ってことになってる」

 十夜が最低限の名乗りを返すと、ザハクは意表を突かれたように目を瞬かせた。

「ありゃりゃ、客分ってことは正式な構成員じゃないのか。ちょっと計算が狂ったなー。ま、いっか。僕、ザハク・アウランドは、今この時をもって、結社『銀糸境界』に魔術戦を申し込むよ」

「魔術戦、ね。露骨に殺気飛ばしやがって、分かりやす過ぎるだろ」

 わずかでも心得のあるものならばすぐに気付くだろう。天真爛漫といった外見とは裏腹に、ザハクからどうしようもなく漂ってくる腐臭。それはあまりに多くの命を殺し過ぎたため、身体だけではなく生き様にまで染みついてしまっている匂いだったのだ。

「話が早くて助かるよ、お兄さん。そんなわけで早速一手お願いできるかな?」

「嫌だと断ってもけしかける気満々のくせに、よく言う。ったく、こちとらとっくに引退して、悠々自適な隠居生活ってやつを送る気だったのになぁ」

 愚痴をこぼしつつも、十夜のまとう気配が戦場のそれになってゆく。ひりひりとした緊張感が場に満ち、一触即発の空気が肌を刺した。

「仕方がないから少しだけ相手をしてやる。さっさとペットとやらを出せよ。さっきから、隠すつもりもないのに隠すふりだけはしやがって」

「あー、やっぱり気付いちゃってるよね。お兄さん、意外と勘が良さそうだし」

 十夜の非難もどこ吹く風といった調子で、ザハクは軽薄な笑みを浮かべたまま、パチリと芝居がかって指を鳴らす。

 それを合図に、森の中から巨大な獣が姿を現した。

ショタジジイという用語はロリババアに比べて知名度が低い気がする。

異論は認めます。

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