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交叉都市の引退剣士  作者: 読み専のクェイナー
第六章 交叉都市の決闘
19/21

6-2

主人公がまともにアクションするのが第1章以来というね……

引っ張り過ぎと感じるようであればごめんなさい。

 八紘流。

 その名を知る者は驚くほど少ない。それは八紘流を名乗る者達が悉く魔術師達の作った枠組みに入って行こうとしなかった――別に拒絶していたわけではなく、単に興味が無かった――ためである。


 では八紘流とは一体どういった流派なのか。その源流は定かではないが、十夜が師匠である数馬から、そして数馬はその師匠から伝え聞いてきた話によれば、八紘流の開祖は世界を可能性の連なりと悟ったのだという。

 無数の偶然、そうと気付かぬほどの選択が連綿と積み重なり、また新たな可能性の礎となる。

 その境地から見れば、魔術とは極めて異色の技に見えた事だろう。なにしろ、存在する可能性から求める結果を選択するのではなく、求める結果につながる選択肢を自ら創り出してしまおうというのだから。


 そして同時に、非常に不安定な技術でもあった。

 元々存在するはずの無かった可能性を生み出すということは、発生するはずだった可能性と競合するということだ。その衝突は一時的には拮抗するにせよ、魔術の行使が終わった瞬間に本来の可能性に容易く押し潰されてしまう。

 そこから導き出されるのは、世界が本来持っていた可能性は、魔術で生み出されたそれとは比較にならぬ程に強いということだ。であれば、世界と魔術、双方の可能性が競合した時、その競合に横から干渉すればどうなるか。

 答えは単純。仮初の均衡は容易く世界側に軍配が上がり、結果として魔術という現象は世界によって否定される。


 八紘流が魔術を打ち消し、魔術師殺しと呼ばれている業の本質は、つまるところ世界があるべき姿を取り戻しているに過ぎないのである。


 そして開祖は、その業とは別に、もう一つの業にも到達していた。

 いや、業というと語弊があろう。開祖が見出し、成したことは結局、人間が繰り返してきたことの単なる延長に過ぎないのだから。

 そして今、それがもたらした事象の一端を、十夜は体現していた。


呪われた武器(カースドウェポン)だと!?馬鹿な、一山幾らの魔剣程度ならばともかく、そのような爛れきった呪いの塊を人間風情が手にして、無事でいられるものか!』

「神様を名乗ってるくせに頭が固いな。逆だよ。どんな代物だろうが、道具ならば必ず相応の使い方ってものがあるもんさ。そして俺の特技は、そういった物騒な物を使いこなすことって訳だ」


 可能性がわずかでもあるのであれば、例え万が一、億が一の確率であろうと、それがどんな奇跡のように見えたとしても、それは世界という視点からは『あって然るべき』結果である。

 その可能性を掴むために必要なのは魔術などではない。単なる訓練。簡潔に纏めるならばその一言に集約される。無論、その可能性があると感じ取ることのできる、八紘流の使い手なればこそ、その高みに手を届かせることができるのだが。


 そして進み過ぎた科学が魔法に等しくなるように、極限まで昇華し、鍛え上げられた技能は魔術に匹敵するのだ。


 十夜が極めた業は『道具を扱うこと』。

 人間が他の動物に対して優越する、人間が本来持ち合わせている可能性。それを延長した先に彼は至った。

 武器防具その他の区別なく、物理的に可能ならばどんな複雑な道具であろうと、初見で熟練者以上に使いこなす。更に十夜の業が真価を発揮するのは、俗に『呪われた武器』と呼ばれる危険な代物を扱う時だ。ただの使い手であれば、道具に自我を飲み込まれ、己を見失い、逆に使われる側となり擦り切れ果てる。

 だが十夜ならば話が別だ。致命的なデメリットを制御し、許容範囲に収めることができれば、『呪われた武器』の秘めるポテンシャルは通常の武器の比ではない。


 魔術師の常識からすれば、そんな奇跡を可能にするなど、属人術式以外に考えられない。

 それこそが八紘流の術者はすべからく属人術式持ちと噂される所以であった。


「さてと、ここからは第2ラウンドだ」


 先程までとは纏った空気を一変させ、手招くようにゆったりと切っ先を邪神へ向ける。

 その立ち姿に、あるいは向けられた太刀に気圧された邪神が一歩だけ後退り、次いで爆発的な速度で踏み込んできた。


 わずかとはいえ後退した己を叱咤するかのように、大上段に構えた杖を振り下ろす。

 高位の【身体強化】から繰り出された一撃は、リサという少女の身体で振るわれたとは信じられない速度と威力を持って十夜に迫った。

 下手に受ければ、受け止めた両腕の骨が粉砕されることは必至。


 だというのに十夜は、圧倒的な暴威を叩き付けてくる攻撃とは正反対に、そよ風の如く撫でるような繊細さで太刀を合わせただけであった。

 チィィィンッ

 辛うじて聞き取れるほどの音を余韻に残し、気付けば十夜と邪神の立ち位置が入れ替わる。


「八紘流剣術、仇車(あだぐるま)


 その余韻に被せるように十夜が技の名前を呟いた次の瞬間、邪神に憑依されたリサが杖を取り落として膝をついた。力が抜けたように左腕が垂れ、交錯の瞬間に深く傷付けられた肩口から鮮血が勢いよく溢れ出る。


『我の【防護】を薄紙のごとく突破するだと!?どれほどの呪いを孕んでいるというのだ、その剣は!!』


 邪神が驚愕するのも無理はない。聖剣を擁する勇者でさえ、巫女の祈りにより【防護】が中和されなければ、全力で振るった剣筋で小さな切り傷一つ付けるのが精一杯だったのである。

 肉体の強度自体に元の身体と雲泥の差があり、敵の手に聖剣に匹敵する武器があるとはいえ、鉄壁を誇った【防護】の魔術が容易く抜かれるとは信じられない。


 その秘密は仇車(あだぐるま)の術理にあった。相手の全力を正面から受け止めるのではなく、斬り流しながらその威力を返しの一刀に転嫁する。つまり、相手の攻撃の威力が高ければ高い程、カウンターとして放たれる一撃の速さと重さが増すわけである。そして今の攻撃は、神にしか成しえない密度の【身体強化】から放たれた一撃だ。当然、その威力を乗せた返しの太刀も、それに見合っただけの鋭さを発揮したことだろう。


 そこまで正確に技の性質を見切ったわけではないだろうが、迂闊に大振りの攻撃をするのはリスクが高いことは察したらしく、邪神は杖を拾い上げるとゆっくりと立ち上がった。

 警戒を緩めぬまま、血を流し続けている左肩に掌を当てる。小声で呪文を詠唱すると、傷口から薄っすらと光が漏れた。

 魔術をかじった者であれば、【止血】と【治癒】の魔術であることは容易く見て取れる。そうでなくとも、傷口から零れ続けていた血が急速に止まり、左腕が再び動き出す様子を目にすれば、何かしらの治療を施したことは想像に難くない。

 解せないのは、それを黙って見過ごした十夜の態度である。


『貴様、何を企んでいる……?』


 十夜の様子を窺う邪神の声に、疑念の色が混ざるのも無理はない。武器を取り落とすほどの損耗ならば、畳みかけていれば勝敗の天秤を一気に傾かせることも可能だったはずなのだ。自らに深手を負わせた戦士が、そんな戦場のいろはすらわきまえていないわけもなく、邪神からみれば十夜の言動全てが不審でならなかった。

 一方、訝しむ邪神の視線を全身で受け止めつつも、一切顔色を変えることなく、十夜は挑発するように言葉を投げかける。


「さてね。答えてやる義理はない筈だぜ。教えてくださいと頭を下げて頼むなら、考慮くらいはしてやっても良いけどな」

『ふん、下手な挑発だ。第一、そのような屈辱、甘んじて受け入れるはずも無かろう』

「そうかい。じゃあ、どうする?」

『愚問、まったくもって愚問!我はアル・アジード、人を根絶やしにすることこそ我が本懐。その道程に立ち塞がる者あらば、それら全てを蹂躙しつくすのみ』


 すでに治療は完了したのか、両手で杖を構え、邪神が肉薄して来る。

 だが、今度は先程のような大振りではない。突きや薙ぎ払い、フェイントも織り交ぜながら、【身体強化】によって残像すら見えそうになっている速度をもって翻弄してくる。

 そして――


『!!ッ』


 その全てが迎撃される。


 真正面からではない。もしそんなことをすれば、一合と持たずに押し切られるだろう。つまり、受け止めるのではなく受け流しているのだ。

 傍から見ているだけでは分かりにくいが、十夜は攻撃を逸らす方向を精密に調節していた。結果、攻撃を受け流されるたびに邪神はわずかずつではあるが体勢を崩し、重心を乱され、次の攻撃への接続が妨害されていた。


 それでも邪神は止まらない。技量で劣るのであれば、地力でその差を覆すのみと言わんばかりに、更に連続攻撃の速度を上げる。

 シンプルで、ゆえに実行が難しい結論。だが、道理を相手に無理を押し通せるからこその《神》なのだ。


 打ち込んでは弾かれ、回り込んでは再度打ち込み、受け流される。太刀と杖が噛み合う度に鳴り響く音が、速度を上げて連鎖する。

 最初は一合ごとに判別できた衝突音が、段々と連結し、やがて一切の接ぎ目なく続く金属音の嵐へと変わる。それはすなわち、邪神の速度が人間の限界を遥かに超えた領域にあること、それに加えて十夜がその速度に付いていっていることを意味していた。


(何故だ)


 既にその速度は、邪神ですら【身体強化】の制御を誤りかねない領域に突入している。

 常人では反応することはもちろん、目で追うことすら出来ないはずだ。それなのに十夜は、フェイントの類には一切反応せず、それでいて十夜自身に届きうるありとあらゆる攻撃に対して的確に対応していた。そう、あまりにも的確過ぎるのだ。


(――まさか!?)


 そこから導き出される突拍子もない仮定。だが、それならば十夜の異常なまでの対応力を説明できる。


「気を抜いたな?」

『!?』


 己の思考に没頭する余り、攻撃の手が疎かになっていた。それを指摘する敵手の声に、邪神は反射的に跳び退っていた。

 その跳躍もまた【身体強化】に支えられたもの。両者の距離が一呼吸で数メートルは開く。だが、それを予期していたかのような停滞の無い踏み込みで、十夜がその距離を零に詰めんとする。


『舐め、るなァ!』


 咆哮と同時、文字通り眼前に迫っていた両者の間に、邪神の生み出した魔力の錐が出現した。咄嗟の行使のためか、先程に比べれば個々の錐の大きさも本数も劣っている。それでも十本に迫ろうという数の魔術が、ほぼゼロ距離から解き放たれた。


 先程この魔術で攻撃した際には、十夜は身を投げ出すようにして、なんとかこれを回避していた。

 今度も同様の方法でかわすのであれば、わずかではあるが十夜との間合いを離すことができる。あまりに密度の濃くなりすぎた戦闘に、一呼吸挟むことができるだろう。


 そんな邪神の思惑は、十夜の選んだ一手で見事にひっくり返されることとなる。

 十夜は踏み出したのだ。

 横ではなく前へ、降り注ぐ攻撃魔術の雨の下へ。

 半身に構えて被弾面積を最小とし、一片の躊躇も見せず、魔術の弾幕の中を突き進む。

 足に一発、脇腹に一発、肩に一発。それぞれ至近をかすめた魔術の錐が、皮一枚とは言い難い程に肉を削ぎ――それでも致命的な傷に至ることなく通過した。


 邪神の目から見ても神がかっているとしか言い表せない。まるでこれから来る攻撃があらかじめ分かっているかのようであった。

 いや、違う。よう、ではない。分かっているのだ。


『貴様、やはり見えて――』


 ことここに至り、邪神はようやく確信を得る。それと引き換えに、十夜は必殺の間合いへと潜り込んでいた。

 そして今、十夜の知覚には二本の線が存在していた。実際に目に見えているわけではない、だが間違いなくそこにあると確信できる不可視の線。

 一本は邪神の握る杖から十夜の右胸へと伸びている。そしてもう一本は、刺突の体勢に構えた十夜の太刀から、邪神に憑依されているリサの額に繋がっていた。


 これは死線。

 十夜の握る太刀。俗に妖刀と呼称される武器の、最も特異な能力がそれであった。

 この瞬間、十夜には死に至る道筋が明確に知覚できているのである。それは十夜の立場からすれば、次に邪神がどこを狙ってくるのか予告してくれているに等しい。後はそれに対処できる技量さえあれば、たいていの攻撃は回避や防御が可能となる。

 ゆえに十夜は死線から逸れるように、ほんの少しだけ身体を傾ける。それだけで、目にも止まらぬ速度で繰り出された杖は完全に空を切った。


 相手の最後の足掻きが空振ったと同時に、十夜もまた突きを繰り出した。足元から腰、そして肩へと全身が連動し、直前に邪神が繰り出したものにも引けを取らない速度となる。

 ほとんど同時に放っていた攻撃も完璧にかわされ、若干ながらも体勢が崩れていた邪神には、その攻撃は到底反応すらできず――


『………………なぜわざと外した』


 然して、その刺突は邪神の額ではなく、頬を浅く切り裂くに留まっていた。


 これが死線のもう一つの使い方だった。死に至る道筋が分かるならば、逆説的に命を奪うまでには至らない、言うなれば峰打ちのような真似が可能となるのである。

 邪神からすれば、嫌でも手を抜かれたことが実感できる。その気になれば、お前を殺す事もできるのだと、言葉よりもよほど雄弁に示されたのだから。


『貴様は何者……いや、何なのだ!?』


 邪神が十夜を見る眼差しには、理解不能な相手に対する困惑だけではなく、若干ながらも畏怖の色が混ざり始めていた。

 《神》と正面から渡り合い、あまつさえわざと手を抜くような真似をする。魔術師にとっては、天地がひっくり返ったような衝撃を受ける出来事なのは間違いない。そしてそれは、異世界の邪神にとっても同様だったらしい。


「そういや名乗ってなかったけか。俺は荒凪十夜、八紘流の四代目継承者ってやつだ。ま、今は【銀糸境界】のただの居候だけどな」


 ゆっくりと刃を引きながらとぼける様に告げると、邪神はその眼光に込める困惑の色を一層濃くした。

 ただの居候を自称するにしては、その実力がチグハグに過ぎるのだ。だが、その直後に付け足された一言に、邪神の表情が一瞬で凍り付いた。


「まあ、あんたには八紘流なんて言っても通じないだろうが……そうだな、リサの位相跳躍召喚術、あれが連れてこようとしたのが俺だったと言ったら伝わるかい?」

『貴様を召喚だと?それがどうしたと……もしや、貴様が!?』

「あんた達の言うところの“神殺し”ってことになるな」


 言葉足らずの邪神の驚愕に補足を加える。そんな気遣いの心を完全に無視し、邪神は絶句してしまっていた。

 対する十夜は緩慢とも思えるような動きで、しかし迷いなく太刀の切っ先を突きつけて言う。


「いやー、それにしても随分とぶっ飛んだ事を思いつくもんだよ。自分達の世界にいないから、“神殺し”を他所の世界から引っ張ってこようだなんて、並の魔術師の発想じゃない。それどころか、世界の壁を超える召喚術を、本当に完成させちまうんだからな」


 雑談のように語り掛ける。その時初めて、邪神は己の手足が小さく震えていることに気が付いた。同時に理解でも納得でもなく、ただ直感する。

 確かに邪神アル・アジードは《神》である。世界から直接呪素を引き出し、それを自在に操ることができる超常の存在。同じく人の理から外れかけている魔術士達から見ても、埒外の存在と言っていい。


 だからこそ、目の前の青年――“神殺し”はどうしようもない程に天敵である、と。


 それを自覚した瞬間、邪神が選択したのは撤退であった。

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