4-2
実際にいたらきっとうざいタイプのキャラ登場(中身)
「なあクソガキよ、お前の相手は俺じゃなかったのか?」
ザハクの操る2体の魔獣に猛攻を受け、ひたすら防戦に徹していた十夜だったが、影に潜っていた3体目の魔獣の奇襲により気絶させられたリサを横目で見やり、不本意そうな口調で上空のザハクに言葉を投げつけた。
ちなみにリサを回収した影に憑く者は、すでに影に潜って邪神と共にその姿を消している。
「お兄さんが真面目に戦ってくれたなら、それでも良かったんだけどさ。お兄さん、さっきからずっと向こうのことばっかり気にして、僕のこと無視するんだもん。それに、お姉さんの確保が作戦目標だから、向こうがマズそうなら手出しだってするよ」
怪鳥の背中という高みから見下ろしながら、ザハクは悪戯が成功した子供のような無邪気な口調でそれに応じた。
その言葉の中に紛れ込んでいた違和感に気付き、十夜は低い唸り声を漏らす。
「あいつを殺すことじゃなくて、生け捕りにすることが狙いだったと?」
「そういうこと。殺しちゃだめって話だから神経使ったよ。邪神さんも無茶言ってくれるよね。何が『我が正面から押し潰せば、かなりの確率で殺してしまう恐れがある。ゆえに、隙を作るので貴様が仕留めろ。くれぐれも殺すなよ』だよ。面倒ごとを押し付けてくれちゃってさ」
やれやれといった様子で肩を竦めるザハク。愚痴を吐き出してすっきりしたのか、今度は世間話でもするかのような調子で十夜に語り掛けてきた。
「そうそう、あのお姉さんだけど、異世界との通廊を開くための道標にするんだってさ。送還用の魔術経路を流用すれば、邪神さんの力ならば道を開けるらしいよ?」
「おまえの言葉を信じる根拠は何だ?」
わざわざ手の内を明かす敵手に対し、反論する十夜だったが、問われたザハクの方はくすくすと笑って告げた。
「別に信じなくても構わないけど?お兄さんがここで諦めるなら、邪魔が入らずに僕は邪神さんと一緒に向こうの世界に悠々と乗り込んで遊びに行ける。でも、それだけじゃつまらないじゃないか。折角この世界で最後に味わう闘争なんだから、お兄さんみたいな人と心ゆくまで戦っておきたい。そう思ったっておかしくないでしょ?」
「……おかしいかおかしくないかなら、間違いなくおかしいだろ。てめえみたいなクソガキの思考だとしたら、むしろ納得だけどな」
相手の言い分が真実だと直感し、苦虫を噛み潰したような表情で十夜は吐き捨てる。上空でニヤつくザハクの言葉からは、こちらを欺くような気配がまるで感じられなかったためである。
それどころかこの魔術師は、たとえ最終目的が阻害されることになったとしても一時の愉悦を優先する存在であると、心底納得できる気配を備えていたのだ。
十夜の返答を聞くと、ザハクは嬉しそうに頷き、乗っていたロック鳥に指示を出した。
ロック鳥は大きく羽ばたくと、足が地面から引き剥がされそうな程の暴風を巻き起こしながら、ぐんぐんと高度を上げていく。
「僕は一足先にあの街に戻って、お兄さん達を出迎える準備をしておくよ。そうそう、ブロブとあと数体、森の中に足止め用の子達を置いていくけど、お兄さんならどうにか出来るよね?」
「投げっぱなしかよ。てめえの信頼なんか、もらっても嬉しくないぞ」
荒れ狂う風の中、怒鳴り返した十夜の言葉が届いたのか定かでないまま、翼を一打ちしたロック鳥は見る見るうちに小さくなり、あっという間に見えなくなってしまった。
それを合図に、まるで主を見送っていたかのように動きを止めていたブロブが、蠕動を繰り返しながら十夜へと向き直った。
ブロブは不定形で粘性の高い成分で構成された魔獣の総称で、見た目や大きさこそ千差万別だが、その生態には共通する大きな特徴がある。それは全身の司令塔である核を持つという点で、体の大半を欠損したとしても有効なダメージになりえないブロブを討伐するうえで、核の破壊は必須条件といってもよいものであった。
だが、目の前のブロブには、核らしき部位がまるで見当たらなかった。
全身が緑青色のゼラチン質な素材で構成されており、体色は向こう側を透かして見通せるほどに透明度が高いのだが、その中には核らしき部位はまるで見えない。
「核を擬態するタイプか。つくづく面倒なものを残して行きやがるな、あのクソガキは」
つい悪態をついてしまう十夜だったが、瞬時に思考を切り替える。
擬態である以上、適当に攻撃を続けてもまぐれで核に当たる可能性はある。だが、ブロブのサイズから考えても、まぐれ当たりは期待して良い程に分の良い賭けではないだろう。ましてや、リサが攫われ、ザハクがとんずらを決め込んだ現状では、時間がかかる選択肢は選択肢たりえない。
ということは、アレを使うしかないかぁ……。
何度考え直しても至ってしまう同じ結論を胸中で弄びながら、十夜は溜息を吐いた。これから取る手段に、非常に気が進まなかったためである。それでも天秤のもう片方にリサの命が乗っているとなれば、ここで躊躇している時間すら惜しい。
「あー、くそっ!こうなりゃ自棄だ!」
やけくそ気味に怒鳴り散らして覚悟を決めるやいなや、十夜はコートの下から一丁の拳銃を抜き放った。
全体的に厚みのある武骨なデザイン、回転式の弾倉には既に五発の弾丸が装填されている。
リヴォルバーと呼ばれる凶器の、緩やかな湾曲を描く銃把を片手で握り込むと、十夜はそれを眼前のブロブへと突きつけた。
ダンッ!
轟く銃声、立ち上る硝煙。
放たれた弾頭は螺旋運動を伴って飛翔すると、ゼラチン質の身体に命中してあっさりと貫通した。
だが、人間であれば重傷間違いなしの銃創であっても、ブロブにとっては致命傷にはなりえない。抉られた部位がみるみる間に埋まり、あっという間に元の状態に復元する。
かに思われたが、唐突にブロブが痙攣を始めた。顔も声も無い原形生物に感情があるかどうかは不明だが、その様は感じるはずのない痛みに混乱しているかのようだ。
そして痙攣するブロブの内部に、握り拳ほどの球形の部位が浮かび上がってくる。ブロブの体内にあり、取り込んだ獲物以外で浮かぶものと言えば一つしかない。
これこそがブロブの核に違いない。
ダンッ!
二発目の銃声が鳴り響き、狙い過たず弾丸が核を突き破ると、ブロブは痙攣を止め、次の瞬間、糸を切られた操り人形のように崩れ去る。
ブロブが完全に崩壊したのを見届け、十夜は大きく息を吸い込んだ。
「がーーー、しんどーーー!」
怒鳴るように叫ぶと、全身を投げ出して氷原に倒れ込む。しばしの間、ひんやりとした感触に身を委ねていると、ふと頭の真横に気配を感じた。
億劫そうにそちらを見やれば、焦げ茶色の体毛に覆われた一羽のウサギが、寝そべっている十夜をつぶらな瞳で見下ろしていた。
ウサギは二足で立ち上がっており、ぴんっと立てた耳を器用に前脚で撫でつけると、ガラス玉のような双眸で十夜の顔を覗き込んできた。
「やあ十夜、体調が優れないみたいだけど、大丈夫かい」
「アインか。見りゃ分かるだろ、絶賛瀕死中だ。おまえにかまってる暇は無いからな。ってか、いつもの外装はどうしんたんだ?」
そう、一見すればただの愛玩動物だが、このウサギこそ自称十夜の親友にして『銀糸境界』の外部構成員でもある、アイレン・トーカーの本来の姿なのである。
しっしと追い払うように手を振りかけた十夜だったが、この奇妙な知人が珍しく生身を晒していることに遅ればせながら気付き、ぽつりと尋ねていた。
するとアインは、垂らしていた前脚をすっと伸ばして、ある一点指してみせた。
「何を言っているんだい。君が運んできてくれたんじゃないか」
そこには、戦闘に突入する前に十夜が投げ捨てていたスーツケースが転がっていた。鍵がかかっていたはずなのだが、蓋は開いており中身が散乱している。
「じゃあ何か?取引の品と言われて俺が運んでいたのは、実はおまえの移動用別荘だったと」
「あれを別荘と呼ぶには、いささか居住性に難があるんだけど……もしかして、本当に知らなかったのかい?ネーアさんなら、隠し事なんかせずに教えてくれただろうに」
純粋に疑問の眼差しでアインが問うと、十夜は決まり悪げに目を逸らした。決してアインとは目を合せようとしないまま、尻すぼみ気味にもにょもにょと呟く。
「そういや、何か伝えようとしていたような気がするんだよなぁ。興味が無かったから、話の途中で遮って抜け出して来ちまったけど」
十夜の言い訳になっていない言い訳を聞くと、アインはやれやれとばかりに頭を振った。
ウサギに呆れられる男、十夜。
「ま、まあ、それはともかく、何でおまえが荷物に紛れてまで付いてきたんだ?」
「当初の予定だと、情報収集がメインで、いざという時に君のフォローをするためだね」
露骨に話題の転換を図る十夜に対して、アインもそれ以上追及するつもりはないらしく、ごくあっさりと理由を教えてくれた。
「この時期に外部の魔術組織と取引なんてしたら、《魔獣使い》にどうぞ襲ってくださいって言っているようなものさ。これまで集めた情報が確かならば、間違いなく仕掛けてくるはず、っていうのがネーアさんの読み。だから、それを逆手に取ってやろうってことで、僕が荷物の中に潜んでいたわけだけど――」
まさか邪神が出てくるとは思わなかったよ、とアインは締めくくった。
「ともあれ、想定していたのとは違うけど、緊急事態には違いない。実を言うと、さっきまで【遠話】がネーアさんと繋がっていたんだけど、つい今しがたから連絡が取れなくなっているんだ。多分、狭河市内外での通信用の魔術を妨害する、対抗術式が行使されているんだと推測するけど」
言葉にすれば簡単だが、都市丸ごとを範囲下に収めた妨害術式など、常識外れも良いところである。
だが、相手に邪神がいるとなれば話は別となる。人間の魔術師であれば数百人と集まらなければ行使できないような大魔術であっても、世界と直に接続している《神》であれば容易い。だからこそ、《神》は《神》と呼ばれうるのだ。
「くそっ、どこもかしこも奴らが先手を打ってるってわけか」
仰向けのまま十夜は苛立ち交じりの口調で吐き捨てる。リサは攫われ、それを追おうにも今の十夜には立ち上がる余力が無く、ネーアに連絡しようにも通信が遮断されている。
八方塞がりかとも思われたが、悪態をつく十夜に対して、アインは妙に落ち着いた様子で耳をひくつかせた。
「ひとつ確認したいんだけど、君がそこで寝転がっているのは、立ち上がれないからって解釈で合っているのかな?」
「他にどんな解釈があるってんだよ……ああ、おまえはこいつを見るのは初めてだったか」
能天気に響くアインの言葉につい怒鳴りそうになる十夜だったが、一発も攻撃を受けなかった十夜が倒れて動けないという現状は、確かに理由を知らない者には奇異に映ることだろう。ようやくそこに思い至り、そんな簡単なことにも気が回らなくなっていたかと、想像以上に焦っていたことを自覚する。
自覚したからといって焦燥感が消えるはずもなく、むしろ気付いたことで更に加速してしまったが、どうにかそれを皮一枚で抑え込むと、懐から先程の拳銃を取り出してアインの前に突き出してみせた。
差し出された拳銃をアインはマジマジと見やる。一見すれば何の変哲もない古ぼけた拳銃だが、本来臆病な草食動物の直感が、この銃は見た目以上に危険であると告げていた。
「さっき君がブロブに撃ち込んでいた銃だよね。銃弾程度でブロブの動きが鈍くなったこと、それに何より君が使っているということは……それもなのかい?」
肝心な部分をわざとぼかす様に尋ねてくるアインの言葉を、十夜は一瞬の躊躇もなく肯定した。
「ああ、『呪われた武器』だ。撃った奴の生命力を代償に、撃たれた奴の生命力そのものを削り落とす。まあ、割とありふれているタイプだな。普通は撃った奴の生命力を根こそぎ吸い尽くすから、危なっかしくて使えたもんじゃないが」
「何それ怖いんですけど……まあいいや、つまり今君が動けないのは、その銃に生命力を吸い取られたからってことだね?」
アインの質問に対して軽く頷く。先程は銃弾を介して直接生命力を削ったことで、ブロブに核を偽装する余力を失わせたのだ。その代償に、十夜は生命力の三割程を吸い取られ、結果として全身が脱力して立っているのもままならない有様ではあるが。
「回復までにはどれくらいかかるものなんだい?」
「全快なら数日は必要だが、無理を押せば体が動くレベルなら1時間ほどあれば」
「なるほどね」
とはいえ、そんな状態ではリサの奪還に動くには心許ない。まして先程のザハクの捨て台詞を信じるのであれば、林道を抜ける間にも魔獣の襲撃があるはずである。逃げに徹したとしても、見通しの悪い場所で襲われてはミニバンが破壊されてしまうおそれがある。ここから狭河市との距離を考えれば、下手な足止め工作などよりそちらの方がよほど痛恨となるだろう。
そう算盤を弾き終えると、アインはおもむろに切り出した。
「十夜、実は一つだけ、この状況を乗り切る手段があるんだけ――」
「乗った」
最後まで言い切らせることなく、十夜はかぶせるように了承する。思いもよらぬ返答に、アインは目を丸くすると、大きな耳を忙し気に揺らした。
「あー、えーと、自分で言うとなんだか情けなくなるんだけど……十夜、僕のこと嫌いだよね?」
珍しく混乱した様子でしばらくの間視線を彷徨わせた後、アインの口から出たのはそんな台詞だった。それに対し、十夜は不必要なほどきっぱりと肯定した。
「当然だ。親友面してくるのも嫌いだし、こっちの事情をこそこそ探ってくるところなんか、もっと嫌いだな。いつも言ってるだろ」
「ああ、うん、いつもの十夜だ。良かった良かった」
面と向かって嫌悪の感情をぶつけられ、アインは胸を撫で下ろした。ちなみにマゾではない。
「そんな君が僕の提案を内容も聞かずに了承するなんて、どこかに頭でもぶつけたのかと疑ってしまったじゃないか」
「やかましい。今は緊急事態で、おまえはそっち方面で嘘はつかない。だったら今は、その手段とやらに賭けてみるしかないだろうが」
理不尽な文句を投げてみたら、奇妙な生き物を見るような視線が返ってきた。いや、実際の話、会話が成り立つウサギというのは奇妙な生き物以外の何物でもないが。
ともあれ、最大の懸念だった十夜の了承も得られたわけで、アインは満を持して切り札を切る。
「ふっふっふ、こんな事もあろうかと用意していた秘密兵器を、まさか使える機会がやってくるなんてね」
「使う当てが無かったくせに、予想通りだったみたいな言い方をするな」
横から飛んでくるツッコミを柳のごとく受け流し、アインは隠し持っていた起動キーを作動させた。
その途端、広場の片隅に乗り捨ててあったミニバンが、高らかなエンジン音を響かせて立ち上がった。
「…………は?」
比喩ではない。つい今しがたまでただの中古車だったはずのミニバンが、ガキーンとかジャキッとかいう効果音と共に変形を始め、あれよあれよという間に一機の人型機械へと変貌を遂げたのである。
その手足はすらりと細身で長いが、同時に機械特有の重厚感を併せ持ち、決して華奢な印象は与えない。関節などの各部は丸みを帯びた鋼板で保護され、その用途が決して観賞用でないことを主張していた。更に後頭部から背中にかけて、まるで長い耳のように板状のパーツが飛び出しており、小刻みに振動している。
ところどころに本来の車体のくすんだボディが見え隠れしており、元々の面影が若干残っているところが逆に嘘くさい。それほどまでにビフォーとアフターに差があった。
「……アイン、一応訊いてやるけど、あれはおまえの仕業か?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれたね。あれこそ、僕がこの日のために研究に研究を重ね、改良に改良を加えた変形式アルケミーギア!その名も、ひぎゃっ!?」
朗々と謳い上げていた口上を強制的に中止させられ、アインは涙目で隣の青年を見上げた。
十夜はたった今喰らわせたチョップの構えを維持したまま、周囲の気温を下回るほどの極寒を彷彿とさせる眼差しで、調子に乗っているウサギを見下ろした。
そのまま見つめ合うこと数秒、つぶらな瞳を輝かせ、アインが改めて口を開いた。
「どうだい、格好良いだろう。僕の作ったドライヅヴィクスは!」
「それよか、あれが何なのかをまず説明しろ」
「痛っ、イタタ、耳はダメ、耳は反則だって!」
むんずとその長い耳を鷲掴みにしてやれば、アインは降参とばかりに両手を上げる。離してやると、掴まれていた箇所を労わるように撫でながら口を尖らせた。
「ひどいじゃないか、十夜。動物虐待で訴えられるよ」
「話を逸らすな。俺は、あれが、何かと訊いているんだ」
脅し代わりに両手をワキワキさせてやると、アインは背筋をぞくりと震わせて答えた。
「な、何と言われても、変形式アルケミーギア改良型ver3.78、ドライヅヴィクスさ」
「ドライズヅ…………俺には、首領の愛車に見えるがな」
「十夜、物事には様々な側面がある。画一的な視点だけでは、本質は見えてこないものだよ?」
したり顔でのたまうウサギの耳元に顔を寄せ、ぽつりと一言。
「首領にチクってやろうか」
「すいません、調子に乗ってました」
見惚れるほど鮮やかに身を翻し、アインは五体投地で平伏した。ぶるぶると身を震わせる小動物を目の当たりにして、十夜は呆れたように溜息を吐き出した。
「やっぱり無許可で改造してやがったか。いい加減にしとかないと、お仕置きで生皮剥がれて塩塗り込まれるぞ」
もう一度念を押すと、震えるアインが一回り小さくなる。十夜としても別段アインを懲らしめたいわけではないため、そこで追及の手を止め、元ミニバン、現アルケミーギアとかいうけったいな代物に歩み寄った。
十夜の接近を感知したのか、目の前まで来ると人型機械は膝を突き、腹部の装甲を解放する。そこには大人一人が収まるにはちょうど良い窪みが用意されていた。
「もしかして、ここに乗れってことか……?」
「もしかしても何も、アルケミーギアは基本的に個人用の装着装備だからね。まずは着てもらわないと話にならないよ」
「着るというより、閉じ込められるって方が正確な気がするんだが。まあいい、どのみちおまえの案に乗るしか、手は無いんだったな」
あっさりと復活したアインの言葉にそう答えると、十夜は大き目の椅子に座るような体位で人型機械へと乗り込んだ。
搭乗を感知した機体が自動的にハッチを閉じ、ゆっくりと直立する。微かな振動と共にメイン動力に火が入ると、正面のスクリーンに周囲の光景が映し出された。
見慣れない文字列が視界の端を高速で流れていくのを横目で眺めていると、スピーカー越しにアインの声が響いてきた。
『どうだい、十夜。コックピットの乗り心地は?』
「ぶっちゃけ落ち着かん。この椅子、サイズ間違えてるんじゃないか?」
『それは我慢してもらいたいところかな。一応、僕の偽装外装用にサイズ調整してあるからさ』
それならば納得である。2m近い長身であるところのアインの外装が収まる前提であれば、あらゆるサイズが十夜より一回り大きくても仕方がないだろう。
「そういや、おまえは今どこにいるんだ?」
ふと気付けば、つい先程までスクリーンに映っていた毛皮の塊が姿を消していた。十夜が左右に首を振ると、それに合わせてスクリーンが映し出す映像も移動していくが、全周囲を確認してもアインの姿を見つけることはできなかった。
『大丈夫、今乗り込むところだよ。はい、これでOKっと』
何か作業中らしい音声がスピーカーから流れてきたかと思うと、十夜の両足の間からひょこりと長い耳が姿を現す。
「じゃーん、お待たせ。ここに僕専用の搭乗口があるのさ。僕以外の人が乗っている時でも、スムーズに乗り降りできるようにね」
そう説明しながら狭いコクピット内を器用に跳ね回り、アインは十夜の頭の上までよじ登って来る。
「おい、人の頭の上に陣取る奴があるか」
「それじゃあ早速行くとしようか。ドライヅヴィクス発進!」
十夜の抗議の声をどこ吹く風とばかりにさらりと無視し、短い前足でスクリーンをびしりと指差すと、アインは力強く宣言した。その途端、機体全体が激しく振動したかと思うや、腰かけているコクピットに押し付けられるような感覚が十夜を襲った。
スクリーンに投影されている風景がどんどん小さくなっていることと合わせれば、思いつく回答は一つしかない。
「飛んでる……のか?」
「その通り。魔獣が待ち伏せていることが分かっている道を、無策で突っ切るなんて馬鹿らしいからね。こうしてショートカットさせてもらうって寸法さ」
確かに道理ではある。ザハクもまさか、車が人型に変形して、魔獣の群れがひしめく森を飛び越えてくるとは想定できないだろう。
だが、微妙に納得できない気分になるのはなぜだろうか。
そんな十夜の胸中など忖度してもらえるはずもなく、一人と一匹は空の旅へと洒落こむのだった。
そして唐突なロボ。
キーワードにロボ入れるほどではないと思ってます。