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交叉都市の引退剣士  作者: 読み専のクェイナー
序章 そして因果は巡り出す
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0-1

名前の通りの読み専ですが、ふと書いてみたくなったので投稿します。

ほどほどに楽しんでもらえれば。

平成に間に合ったー。

 魔王討伐隊の戦いはいよいよ大詰めを迎えていた。

 討伐隊のうち、すでに剣匠カルラは魔王の片腕と双角を引き換えに、全身を魔術の炎に焼き焦がされて息絶えていた。

 巫女ミレイユもまた、魔王の瘴気を中和するため無尽蔵とも謳われたその法力を全て絞り尽くし、邪眼とも呼ばれる魔王の第三宙眼を封印せんと残っていた生命力も使い果たしている。

 そして今、

「おおおおっっ!」

 裂帛の気合と共に勇者ルイスの振るった聖剣が、魔王が常時張り巡らせている障壁魔術を突破し、魔王の心臓を貫いたのだった。

「グガッ!!」

 戦いが始まる前は傷つけることなど不可能とすら感じられた、鋼の硬度を誇る魔王の肉体が、支える力を失って石造りの床に倒れ伏す。

 それを見届けた後、一拍の間を置いて、勇者もまた膝から崩れ落ちた。

「はっ、はっ、はっ……」

 荒く息をつく勇者が己の体を見回せば、彼自身も生きているのが不思議なほどの有様であった。魔王の生み出した鋭い魔力の錐が全身いたるところに突き刺さり、流れ出した血潮が床一面に広がっている。左半身に至っては、石化の魔術により感覚が失われていた。

 それでも彼は、これから起きることを見届けるべく、鉛よりも重い身体からなけなしの生命力を振り絞って視線を持ち上げた。

 強く睨みつけるのは、手を伸ばせば届く距離に転がる魔王の亡骸だ。

 脈を診るまでもなく事切れているのは一目瞭然である。その魔王の身体が不意にビクリと痙攣した。

 だが、息を吹き返したわけではない。その証拠に痙攣は次第に大きくなると、今度はその手足が歪に折れ曲がり、ついには雑巾でも絞るかのように魔王の身体が捻じられていく。

 異常な光景に言葉を失う勇者の目前で、ギチギチと音がするほど捻られていた魔王の身体はとうとう限界を迎えたのか、ブチッという耳障りな音とともに二つに引き裂かれた。

 上下に分割された断面から濁った体液が撒き散らされ、決戦の場を黒い血霧が覆う。

 酸鼻極まりない光景だが、その霧も勇者の眼を曇らせることはできなかった。

「貴様の野望もこれまでだ、邪神アル・アジード!」

 全身を貫く激痛を懸命にこらえながら声を振り絞ると、周囲に漂っていた黒い霧がわずかに震え、渦を巻き始める。やがて霧は一か所に集まると、巨大な顔を形作った。

『忌々しい勇者共が……』

 地の底から響いてくるような怨嗟の言葉を吐き出し、邪神と呼ばれた霧の顔がその形を歪めた。

「貴様の依代となる魔王の肉体は破壊した。これで貴様は世界へ干渉する術を失った。俺達の勝ちだ!」

 杖代わりにしていた聖剣を突き付け、満身創痍の身でありながらも勇者は雄々しく宣言する。

 しかし邪神からは、一瞬だけ怒りの波動が放射されたものの、刹那の間におさまってしまう。怒髪天を突かんといった表情からも一転し、今度はニヤついた笑みを浮かべるほどだ。

『確かに、此度の戦いは貴様らの勝利だ。悔しいが認めよう』

 わざとらしく鷹揚に頷き、勿体ぶってみせてから血霧の口角を器用に崩す。

『とはいえ、所詮貴様らが破壊したのは、今生での仮初の身体に過ぎぬ。長き眠りにつき、星辰が満ちた時、我は再び降臨する。貴様らが生身に縛られる人の身である限り、我が次に目覚めた時には老いさらばえ、朽ち果てていよう。仮に次が駄目でもその次、それでも駄目ならば更にその次。我を完全に葬り去ることが不可能である以上、いずれ世界は我が腕により滅びを迎える。勇者よ、此度は勝利の美酒に酔うが良い。そして、やがて来る破滅に思いを馳せよ!』

 約束された勝利を謳いあげ、邪神が呵々と哄笑する。

 それはこれまでに三度繰り返された光景。邪神の言葉に偽りはない。魔王とは所詮、邪神が世界に干渉するための一時的な器に過ぎないのだ。

 魔王という器を破壊された邪神は眠りにつき、約三百年経った頃、再び目覚めて世界を混沌に引きずり込むのである。

 いかに勇者と聖剣であろうとも、邪神そのものを滅ぼすことはできない。

 だからこそ、これまでの魔王討伐隊は魔王に勝利することこそできても、こうして勝ち誇る邪神を黙って見逃すしかできなかったのである。

 そう、()()()()ならば。

「肉体を失って耳まで悪くなったのかしら、アル・アジード」

 突如、邪神と勇者の問答に割り込んできたのは一人の少女だった。

 左右で色の異なる翠と漆黒の瞳は魔術に高い適性を持つ証。肩口まで伸ばした緋色の髪は、護符の効果を備えた髪留めでまとめている。

 身にまとうのは飛龍の革をなめして刻印を施した魔術士向けの簡易鎧。マントも鎧に合わせ、魔術の行使を補助する効果のある紋様が織り込まれている。

 そして極め付けは携えている杖だ。この世に強力無比な呪具は数あれど、智慧の大樹の若木を素材にした逸品は他にはあるまい。

 それらの装備に身を固めているのは、魔王討伐隊の最後の一人であり、魔術士教会始まって以来の天才と謳われる術聖リサであった。

「言ったはずよ、あなたの野望はこれまでだと。あなたは今日ここで終わる。私達が終わらせる」

『はっ、できもしないことをほざくものではないぞ、小娘が。我を滅ぼす方法など、この世の果てまで探してもありはせぬ』

「そうね。この世界には無いかもね」

 嘲笑する邪神の言葉をおざなりに肯定しつつ、リサはこの時のために溜め込んでいた呪素を解放した。

 その途端、決戦場となっていた魔王城の床はおろか、壁に天井、どころか空中を含む全方位に魔術陣が出現する。一目で上級魔術のそれと分かる魔術陣が無数、その全てが欠片の狂いもなく連動し、たった一つの巨大で精緻な複層型魔術陣を編み上げていく。

 あまりの規模に圧倒されたのか、邪神ですら先程までの余裕の気配を失っていた。人間であれば顔面を蒼白にしているところだろうが、あいにくと血霧で模った顔でしかない邪神では、声を荒げるのが精々であった。

『貴様っ、何を!?』

「どうして私が最低限の援護だけしかしていなかったと思う?」

 剣匠と巫女の亡骸を視界の端に映し込みながら、逆にリサは邪神に問いかける。

「私が普段通りに援護していれば、二人は死ななくてすんだかもしれない。ルイスだってあそこまで酷い怪我を負わずにすんだかもしれない。でもね、私達は話し合って決めていたのよ。今回の魔王討伐隊の目的は、魔王を倒すことだけじゃない。邪神アル・アジード、あなたは完全に滅ぼすことだ、とね」

『そ、そんなことは不可能だ!! 確かに貴様の魔術は強力だが、所詮はそれだけに過ぎん! 我を滅ぼす武器も魔術も、存在するはずが――』

「答えは簡単よ。この世界に無いならば、存在する世界から持って来れば良い。位相跳躍召喚術、それがこの戦いの間、ずっと私が構築し続けていた魔術の名前なのだから」

 召喚術。

 それは通常であれば、あらかじめ契約しておいた使い魔などを手元に呼び寄せる魔術のことだ。契約相手によっては一軍に匹敵する戦力にもなりうる、この上なく強力な魔術といえるだろう。

 しかし、召喚術の本質は戦力の増強ではない。

 望んだものを呼び寄せるということは、使い方によってはどんな局面でも打開できる可能性を持つ。応用範囲の広さこそが召喚術の最大の武器なのだ。

 無論、契約も交わさず魔術経路も通っていない相手を召喚するなど、並の術者では不可能だ。ましてや今回召喚を試みるのは、リサの言葉を信じるならば別位相――異世界の存在である。

『位相跳躍!? そのような魔術、ありえるはずがっ!!』

 理性的に考えれば否定の一択。しかし、邪神の声に隠し切れない焦りが垣間見えるのは、本能的にリサの言葉が真実だと直感したゆえか。

 焦燥に駆られる邪神を置き去りに、リサは魔術を発動させる最後の詠唱を朗々と紡ぐ。

「我、リサ・ノウファーストの名において招く。稀人よ、来たれ。汝の名は」


「“神殺し”」


 パキン

 澄んだ音を立ててそれは砕け散った。

 今まで存在しなかった壁が突如現れ、ヒビが入ったかと思えば粉々に砕けた。リサが魔術を発動させた際、起きた事象を視覚的に表現すればそうなるだろう。

 それこそが世界に開けられた風穴であると、その場にいる全員が直感する。

 砕けた壁の向こうにあったのは、一切の光を許さぬ闇の穴だ。

 更に、周囲の魔術陣から無数の鎖が飛び出したかと思うと、我先に穴へと殺到していく。

「あの鎖が神殺しを連れてくるわ。その時こそがアル・アジード、あなたの最期というわけね」

『ぬうぅ、そのような真似、みすみす見逃すとでも……』

「思うわけないでしょ。だから、報いを受けるまで大人しくしていてもらう」

 手元の杖をクルリと回せば、リサの周囲を護衛のように漂っていた鎖の群れが、突如として雪崩のように邪神に殺到した。そうかと思うと、霧で構成されているはずの邪神をたやすく縛めてしまう。

「依代を失って力の大半を喪失した今の状態じゃ、召喚が成されるまでにその拘束から抜け出すことは不可能よ。観念して――」

 勝利宣言を突きつけんとしていたリサの言葉が不意に途切れた。

 行使していた魔術の手応えが唐突に途切れたのである。

 召喚魔術はその性質上、召喚者と召喚対象の間に魔術経路をつなぐ。それを通すための魔術の糸が、突如反応を消したのだ。そんなことはリサにとって、まったく初めての経験であった。

 想定外の事態に思考が一瞬停止する。その硬直は、直後の異常への対処を決定的に遅らせることとなってしまった。

 ギャリンッ!

 先程は次元の穴へ飛び込んでいった無数の鎖が、今度はそこから飛び出してきたのである。

 鎖はあっという間に穴の周囲を埋め尽くすと、状況が飲み込めず立ち尽くしていたリサへと殺到した。

「え? な、ちょっ!!」

 思考が混乱する中、それでも反射的に鎖を振り払おうと試みる。が、なぜか体の自由が全く利かない。

 鎖はそのままリサの全身に絡みつくと、出現したときと同じ唐突さで、再び穴の中へと引いていく。無論、リサに絡みついたまま。

 カラン、とリサが身に着けていた髪飾りが床に落ち、乾いた音を立てた。

「……………………あれ?」

 全ての鎖が消え去り、次元の穴が塞がった後には、事情を飲み込めない勇者だけが残されていた。

勇者の出番、終わり。

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