残滓
家に着くと母さんは既に帰ってきていた。
前日が夜勤だったので今日は午前だけだったのだろう。
「ただいま。」
と声をかけるとお帰り、と張りのある声が返ってくる。看護師らしい安心感のある笑顔を見て思った。
母さんは自分に欠けてる大切な人のことを知っているのだろうと。直感だけだが。一言聞けばいい。
それだけなのにその答えは自分の望む答えとは別な気がして自分の部屋に引っ込んだ。
ベットに自分の体を沈ませて、考える。
なぜ空は話そうと思ったのだろうか。話すにあたる何か、を自分の中に見つけたのだろうか。
あやふやで不確かな存在を自分は探したいのか。
色々と考えているうちにゆっくりと意識は沈んでいった。
目線が低くなっていた。例の柱の前にいる。やっぱり自分の身長より少し上の所に印がついている。
懐かしい気配を感じた。そして、振り向こうとした瞬間ーーー
見えたのは人の顔ではなく自分の部屋の天井だった。
どうやら覚醒してしまったらしい。時計を確認すると十分程度しか経っていなかった。
あれは、夢ですませて良いものか。
自分でも分かっていた。あの懐かしい気配が何を指しているのかくらい。
「ご飯よー」
下から呼ぶ声が聞こえたけれどしばらく動けずにいた。
なかなか降りてこないのを不審に思ったのか母さんが部屋を覗く。
「兄、さん」
音が口の端から零れた。