⑧
『お姉ちゃん、お客さん?』
あの日は歌子がお昼寝から起きてきて。
『野々神さん紹介しますね。この子は妹の歌子です』
初めて野々神さんと歌子が会うからだから紹介して。
それで。それからは……どうなった。
―――
―――――
―――――――
あああ――――――!!。
まただ。また雑音。そうだ。この雑音はいつも私が何が思い出そうとする度に流れてくるものだ。頭の中で警告音が鳴る。
止めろ。思い出すな。思い出したら二度とこの日常を、ぬるま湯の様なこの優しい世界に戻れなくなるぞ。それでも良いのか結子?
……それでも良い。絶対にこの記憶は、この記憶だけは忘れては行けない。そんな気がしてたまらないのだ。
一体私は何を忘れたのか? どうして野々神さんは自殺したのか?
この先いったい何があったのか?―――歌子が起きた時野々神さんはどうしたのか?
―――野々神さんはいつものにこやかな顔がなくなり、真剣な顔になった。
『結子ちゃんしっかりして』
『何がです?』
『ソレは……ソレは君の妹じゃない』
『なにを言って……』
『良く聞いて』
野々神さんは私の肩を痛いほど強く掴んだ。
『君のご両親が亡くなったのは八年前だ』
『! どうしてそれを』
その話はいくら野々神さんでも話してないし、ここに引っ越してからは両親は亡くなったとは言ったが、死因については誰にも話してないのに。
『今は良いから。そんなことは今は関係ない。君の妹さんである歌子ちゃんは歳が五歳なんだね?』
『は、はい』
『可笑しいじゃないか』
『えっ?』
『妹さんは五歳。君のご両親が亡くなったのは八年前。本当なら、君の妹さんは両親が亡くなって三年後に産まれた事になるんだよ?』
『え、え? だって歌子は五歳の』
『『五歳の姿』? もしかしたら君は八年前から妹さんはずっと五歳の姿のままと言いうのかい? それならずっと可笑しいじゃないか。それだったら妹さん、八年間成長していない事になるんだよ?』
彼の言葉は衝撃過ぎて脳が話に追い付けない。確かに野々神さんの言う通りだ。本当だったら歌子は十三歳の姿だ。でも今、私の目の前にいる私の妹は八年前から幼い姿のままだ。
『あ……あ。で、でも今でもこの子は私の目の前に……』
『もしかしたらコレの事を言っているのかい?』
野々神さんは蔑んだ眼で私が抱き上げている歌子に向かって指を指した。私はその態度に頭がカアッととなった。
『コレって歌子は物じゃないです! いくら野々神さんでも言って良い事と悪い事があります!! 何ですか『ソレ』とか『コレ』とか失礼じゃないですか!』
私の声を荒げた抗議に野々神さんは悲しそうな顔をして、顔を左右に振った。
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ああ大事な時に!
頭の警報もさっき以上に音が大きくなってる。
「青江さん大丈夫?」
猫子さんが心配そうに声を掛けてきた。しかし今は猫子さんに構っていられない。
思い出せ。思い出すんだ! この時に野々神さんは何て言った? 一体を言ったんだ!!
野々神さんは憐れみの様な悲しそうな眼をして私に真実を告げた。
……地獄の様な言葉を。
『僕にはソレは人に見えないよ。僕にはソレは熊のぬいぐるみにしか見えない』




