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固まったアシュラに首を傾げる。ルシュドと婚約してから夜会にあまり参加しなかったシルヴィアには、レイチェスの状態など知りもしなかった。
「あ、あぁ、そろそろ準備が終わっているだろうから迎えにいこうと思っていたんだ。」
とアシュラが言葉を発した瞬間
会場のドアがバン!と勢いよく開く。
「アシュラ様〜!!!いつまでたっても来ないから待ちきれず来ちゃいましたわ〜!!!」
ドス、ドス、と彼女が歩くたびに会場が揺れる。
シルヴィアとの婚約破棄により、一時的にでも王妃候補となったレイチェスは王妃教育の厳しさに挫折し、ストレスで食べる量が増え続け、ぶくぶくと太っていったのであった。
「レ、レイチェスっっ」
慌てるアシュラに、ついこの間までその立場にいた(太っている旦那に振り回されていた自分を思い出し)シルヴィアは懐かしく思った。
ツインテールはそのままに、ドレスからはちきれんばかりの肉体。パンパンに膨らんだ頬に三重顎になった首。
その身体は成人男性が5人がかりでやっとこさ持ち上げられるであろう程に太っていた。
「あら、そこにいるのは負け犬のシルヴィアじゃない」
チラッとシルヴィアを見たレイチェスはすでに自分が勝ち誇ったかのようにシルヴィアを下に見ていた。
「お久しぶりね、レイチェスさん」
そんなものは気にも止めずシルヴィアはレイチェスに気さくに返事をした。そのシルヴィアの姿になんて出来た人だと周から更にシルヴィアの株が上がった。
「新しい婚約者とは仲良くなさっているの?後悔しても遅いのよ」
ふふふん、と心の声が漏れている。
「こんな私を大切にしてくださって可愛がってくださる夫に幸せを満喫しておりますわ。レイチェスさんも幸せそうで何よりですわ。愛らしさが増したのでは?」
と愛おしそうにレイチェスを見つめるシルヴィア。
貴族令嬢の世界には最初に相手の令嬢を褒めるというのが常識であった。しかしこのレイチェスのどこを褒めればいいのか最早見つけられない令嬢たちは、彼女の高飛車な態度も加え、辟易させられていたのであった。
シルヴィアの本当に褒めていると思わせられる態度に令嬢たちも尊敬の眼差しを向ける。
(このわがままな態度、歩けば地を揺らす身体、以前のルシュド様にそっくり)
今の自分好みに仕立て上げたルシュドも大好きであるが、何ヶ月か共にしたデブのルシュドにも愛着を感じており、以前の彼を思わせるレイチェスを本当にシルヴィアは愛らしく感じていた。
このやり取りを見た王は
(本当に惜しいことをした。あの馬鹿息子が早まったせいで)
婚約破棄の騒動を王は勿論知っている。そして裏でシルヴィアが掌握していたことも。王はアシュラがシルヴィアにしてやられた所までしっかり把握していた。
そして、婚約者を取り戻そうともたもたしているアシュラを見て重い腰を動かそうとした矢先に、シルヴィアが既に結婚の誓約をし、夜伽を済ませた情報が入ってきた。
(してやられた)
と彼女はしっかり自分の立場を理解していたことに、そしてまたしても先を越された手管に舌を巻いた。そして現在のルシュドの姿。
「シルヴィアよ」
王がシルヴィアに近づくとザッと周りが避け、モーゼの十戒のように道が開けていく。
簡単な挨拶をお互いすませると王が本題へ入る。
「レイチェス嬢は慣れない王妃教育に右も左も分からず、さぞ大変な思いをしておろう。どうじゃ?王妃教育を幼少期から受け、前代未聞の速さで網羅したシルヴィアよ、お主なら彼女の話し相手となり、時には叱咤し、いい関係が作れると思うのじゃが、友人兼、アドバイザーとしての役割を担ってくれぬかの」
言葉は選んであったが、要はルシュドを痩せさせた手管でレイチェスを痩せさせてくれ!と誰しもが理解した。
王妃教育がストレスで太ってしまったと悟ったシルヴィアは少し罪悪感を感じ、
「自分で靴下を履けるレベルまでなら」
と、何も取り繕わない返事で承諾したが、歩けば地を揺らすレイチェスに、シルヴィアの取り繕っていない返事に誰しもが違和感を感じず、
(頼むから痩せさせてくれ!!!)
と一律に願った。