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2:メグ

















受験が終わり卒業式まで残り数日となった。



卒業式の練習などで授業はなくなり、毎日半ドンだ。




トシは無事にスポーツ推薦で合格した。

合格して程なくしてトシは黒帯を取得した。


俺も無事合格できた。

入学式は俺が新入生代表として式辞をするそうだ。


自画自賛するつもりはないが、よくやったと、自分では思っている。







その日も学校は半日で終わり、俺はげた箱で靴を履き代えていた。



「あの。

小日向君ですよね??」



女の声だった。

声の方を振り返って少しびっくりした。

俺は入学してからほとんど、一般の生徒から話しかけられたことなんてなかった。

声をかけられることに免疫が一切ないのだ。



「なに??

俺??」



驚きは表に出さず、平静を装った。と思う。

多分平静ではなかった。




「う、うん。

ちょっと話があるんだけどいいかな??」



「大丈夫だけど……」






俺は学校の近くの喫茶店に入った。

奥側の席にした。

下校中の生徒に見られたくない。



「俺ホット」


「私はミルクティー」



俺達は注文を終え、軽く雑談した。



彼女は酒井 (サカイメグミ)といって、友達からはメグと呼ばれていた。


学校内ではあまり目立った存在ではないが、責任感が強く、教師や生徒からの信頼も厚いらしく、生徒会の会長をしていた。





実際、俺はクラスが同じ奴の名前と顔が一致するのは五人に満たない。


だから彼女は奇跡的に俺が知っているクラスメートということになる。







喫茶店からは作曲者不明のクラシックが優しく流れていた。


「あの…実はね…」



彼女はミルクティーに砂糖を二杯入れて、口を開けた。




告白された。



卒業式直前になると告白の量が格段に増えるのはなんとなくわかっていたが、まさか自分の身に来るとは思わなかった。






「……マジで??」



「うん……

ダメ…かな??」



彼女は顔を紅潮させて、ブレザーから飛び出たカーディガンの裾をいじっていた。


顔を見ると整った顔立ち、それでいて幼さが残り可愛らしさがあった。

水をも弾きそうな白い肌。


化粧っ気が全くないのが妙にそそった。

つまり彼女は魅力たっぷりなのだ。



だが丁重にお断りした。


俺は彼女のことを全然しらない。

それになによりも、卒業式の流れで、ただなんとなく告白された気がして、首を縦に振りたくなかった。

なにも知らずに付き合い始めたとして、別れる時にお互いが傷つくのは目に見えている。



「じゃあ俺行くよ。

悪いな。」





俺は二人分の料金を払って店を出た。


彼女は店の中でうずくまっていた。

泣いているのだろうか。



だが同情で彼女と付き合うことの方が失礼だ。


俺は軽くあくびをして帰路についた。










玄関のドアを開けて靴を履き替える。


居間まで行くとばぁちゃんがテレビを見ていた。


「ただいま。」



「おかえり譲二。

どうした??顔が赤いよ??」



「そう??」



顔に手を当てると、いつもより少し温かみがあった。


ばぁちゃんに告白されたことを伝えた。

テストを見せるのと同じ感覚だ。



「まぁまぁまぁ!!

譲二も大人になったねぇ!!」



ばぁちゃんは俺よりも顔を赤くしていた。

なにを興奮してるんだ、うちのばぁさんは。


俺はあきれる。

さっさと自分の部屋に移動した。

まあ部屋といっても、リビングの一角をカーテンで仕切ったような粗末な空間だが。


俺は机に座った。

ここで勉強の手を休めれば、すぐに落ちる。

夕飯まで俺は勉強することにした。

机について一時間位だろうか。

ケータイのバイブが鳴る。



サブディスプレイを見ると、知らない番号からの着信だった。

無視することにした。

今は勉強だ。




また鳴った。


しつこいな。

そう思いながら再び無視する。



また鳴る。

このままじゃ勉強には手がつかない。

しょうがなく 二つ折りのケータイを開き、通話ボタンを押す。



「もしもし??」



「もしもし」



女の声だった。



「悪いんだけどどちら様??」



不機嫌さが声にもろに出ていた。


「恵です」



「ぇ…。

さっき喫茶店でしゃべった??」



「はい……

すいません。急に」



「別にいいんだけどさ、俺の番号はどこから??」



「友達と協力して教えてもらいました。」



背筋に冷たいものが走る。

なにやら彼女がストーカーのような気がしてきた。



「すいません……ストーカーみたいですよね……」



考えが読まれたのか。

とっさに否定する。



「いや、大丈夫だよ。

で、なに??」



「はい…

あの、やっぱり小日向君のこと諦められないっていうか……その……」



「悪いんだけど……」



「そうですよね……

すいません。

でも最後に一回会ってくれませんか??」



正直迷った。

ここですっぱり振った方がいいのか、会ってすっぱり振った方がいいのか。

電話で告白の答えを出すのは少し気が引けるし、会うのも相手を期待させる気がした。




「わかった。

じゃあさっきの喫茶店に三十分後に。」



「わかりました。

それじゃあ……」




ケータイを閉じる。


深くため息をついた。

俺は制服から私服に着替え、ジャケットを羽織る。



「ちょっと出てくるよ。」



ばぁちゃんにそう告げて家を出る。



空を見上げると深い青空に白い雲が映えていた。



何人かの後輩にすれ違う。

三年は早く帰り、一、二年生は少し遅くまで学校に残るのか。

去年まで俺も学校に残っていたんだな。


残り少なくなった中学校生活を思うと、なんともいえぬ気持ちになった。






「いらっしゃいませ」


喫茶店に入るとちょび髭のダンディな店長がグラスを磨いていた。

さっき来たときと同じような音楽がかかっていた。


店内を見回すと彼女がいた。

それとなぜかもう一人女がいた。


彼女はまたミルクティーを飲んでいた。

もう一人はコーラを飲んでいた。




「……誰…??」


俺は彼女に近づき聞いた。



「あ、小日向君……」


彼女は俺と目が合ったかと思うと、顔を赤らめ目をそらす。



「あぁ、ジョニーだったんだ。」


女は俺を見ると真っ直ぐした目でこちらを見た。

あっちは俺を知っているようだ。

俺は知らないが。



「悪いんだけどさ、どちら様??」



「え!!

あんた私知らないの!?

同じクラスなんだけど!!」



やけにテンションが高い。こういうタイプは好きになれん。


俺はまたホットコーヒーを頼み席に着く。


さりげなく服装に目をやる。



恵というコの方は白と黒のモノトーンスタイルで、ブラックデニムに白のインナー、その上にチェックシャツ、そして白のコートを羽織っていた。

そして制服の時は結っていた髪は、長い黒髪だった。女としての強い武器になることだろう。


全体像を見ている時にまた目が合う。今度は二人して目をそらす。




もう一人は彼女とは対象的で、何色ものビビッドカラーを使っていた。

目がチカチカする。

そのせいで気がつかなかったが髪は金髪で、肌はガングロだ。


こんなインパクトが強ければ記憶に残りそうだが……。

俺の心の中でのあだ名はガングロに決めた。




ホットコーヒーがきて、それを一口すする。


ん??なにやら煙たい。

煙くて前を見るとガングロがタバコをふかしていた。




「なぁ、タバコ消してくんないかな」



俺はガングロにタバコを消すように促す。

そもそもここは禁煙席だ。



「はぁ??なんで??」



ガングロは見た目通り知能が低い、というより常識を知らないようだ。

ここまで知能が低いとなぜこんなことをするのか納得してしまう。

暗に馬鹿だからだろうが。


「タバコ嫌いなんだよ。」



「あんただって前吸ってたじゃない。」



「今は吸ってない」



そう言ってもガングロは一向に動じない。

深く息を吸って、長く息を吐いた。

白い煙がもくもくと出てくる。


「早く消せや」



イライラが募る。



「は??

まじうぜぇんですけど??」



「だからどうした。

ウザイのはテメェの肌だ。

ウンコみてぇな色しやがって」


思わず言ってしまった。

言ったあと後悔する。



「なにぃ!!」


「早くタバコ消せよ」





「亜佐美、消しなよ!!」


恵はガングロのタバコを掴み、隣の席にあった灰皿に押し付ける。

ガングロの名は亜佐美というらしい。

気の強い彼女を見た。意外だ。



「なんだよ、クソっ!!」



ようやく煙がやむ。







「亜佐美さん…だっけ??」



「あぁ!?

なんだよ?!」



「あんたはなんでここにいんの??」



「ダチが振られて泣いてたから付き添いしてんだよ!!

わりいか!?」



「悪くないさ。

そこにいてくれて構わない。

でも答えは同じだ」




店内に鈴のような音が響く。

入り口を見ると、何人かの特攻服を着た女が数人いた。


特攻服を着た女達は俺達を囲むように座る。


ガングロはこちらを見てにやりと笑った。




店長は平然と注文を取りに行った。


「コーヒー七ね。」



「かしこまりました。」


特攻服を着てるが中身は至って普通のようだった。

粗暴の悪さは見た目だけだ。





「で、はっきり言うんだけどさ」


だから俺は気にせずに答えを言うことにした。

すると恵がガングロに話しかけ、俺の声は遮られる。


「亜佐美……」



「なによメグ??」



「こいつ等呼んだのあんた??」


恵は周りを見て言った。

やけにドスが利いていた。



「うん」



「この……バカァ!!!!」



恵はそう叫びながらテーブルをひっくり返した。

グラスやカップは音を立てて割れ、中身は全部ガングロにかかる。


なんなんだ??

意味がわからない。

俺は、恵という大人しい女の子がテーブルをひっくり返すという、急展開に対処できないでいた。


すると腕が引っ張られた。

見ると恵が俺の裾を引っ張っていた。


「飲み物とグラス代は亜佐美が払っといてよ!!!!」


恵はそう言い捨てる。


結構な力だ。俺はそのまま引っ張られ、店を後にする。




総長!!


という声が店から聞こえた。

総長?? やはり俺は対処できなかった。






俺達は近くの公園まで走った。



「なぁ……なんなんだよ??」



「……ごめんなさい…」


恵は本当に申し訳なさそうに言った。



「いや、そうじゃなくてさ。

あの亜佐美ってやつは誰なん??」



「……友達だよ。」



「じゃあ亜佐美ってコが呼んだ特攻服集団は??」



「…………」



恵は沈黙した。

俺は自販機があったのでスポーツドリンクを二本購入し、一本を恵に渡した。


「ありがとうございます」


「しゃべりたくないならいいけどさ」




「亜佐美は……レディースなんです。」



恵は静かに語り出した。



「ふーん」


ガングロがレディースだろうがなんだろうが、知ったこっちゃない。

俺にとって不利益をもたらしたことは、どうあっても変わらないのだ。



「それで、あの特攻服着たコ達はそのメンバーなんです」



「そんなのと君はなんで知り合いなの??」



「ナリはあんなんだけど、中身は普通なんです。別に悪いコ達じゃないんですけど……」



質問の答えになってない。

俺はそう思いながらスポーツドリンクを喉に流し込んだ。



「それで、亜佐美はそのレディースの総長なんです」



「へー」



「で、亜佐美が総長やる前、あたしが総長だったんです」



「へ??」



総長の意味が一瞬わからなかった。


総長、前、あたし、初めて英語を習った時のちぐはぐした感じが、俺を襲った。



「総長って……君が??」



「はい…」



恵はうつむく。


「もともと私は片親で、父親が男手一つで育ててくれたんです。

母は私が小さいときに亡くなりました」



なにやら恵は語り出した。

俺は無言で聞いていた。


「で、父は再婚したんです。

父もまだまだ若いし、私も納得してたんですけどね。

お互いにバツイチで子供がいました。

まぁ綺麗な人なんですけどね。私とはイマイチそりが合わなくて……。

その子供はすぐに家庭に打ち解けましたけど、私はなかなか……、で、結局私は浮いた存在になりました。」



「うん、それで??」



俺はぼんやりと聞いていた。

不幸自慢をされている気がした。



「で、家に居場所がないから自然と外出が多くなりました。

渋谷とか、新宿とか、朝帰りも頻繁にありましたね」



「親には何も言われなかったの??」



「全然。

気にしてない……、というより私はそこにいないみたいでした。

なんて言うんだろ??

空気、みたいな」



そう言われてもイメージが湧かなかった。

空気なんてものはどこでもある。というより視界の端から端、地平線の先まで、世界は空気に満たされてる。

その事柄が、プラスな意味なのか、それともマイナスなのか俺にはわからない。


だから俺は曖昧な返事しかできなかった。



なにより俺には親がいない。

だから家庭の不幸を聞かされても、同情もできないし共感もできないのだ。

例え親から空気と思われようと、俺には羨ましい限りだ。



「夜の街ですから危ないことも何度かありました……」



「うん、そうだろうな。」



そこには深く触れない方がいいか。

俺は一人納得した。



「それで男三人に声をかけられたんです。

プチ援交みたいのを迫られました」



「……したのか??」



「その時は三日連続で家に帰らなかったから、財布にお金もなかったから、受けることにしたんです。

口だけでしたから」



「………」


そんな問題じゃないだろう、言いたかったが黙ってしまった。

少しショックだった。

なぜショックかはわからないが、ショックだった。



「それで、いざホテルにって時にマチさんに会ったんです」



「ホテルに入る前に、ホテルの入り口で声かけられたんです。

そんなことすんなよって。

それで私は目が覚めたんです」


そこで彼女は一服して、スポーツドリンクを飲んだ。



「男等は大丈夫だったん??」



「ブチキレてました」



彼女はそう笑いながら言った。

うん、素晴らしい笑顔だ。

だが話の内容とその笑顔が見事に相反していた。


「でもマチさんの後ろにこわーい男の人がいたんで、なにもなりませんでした。

その後、マチさんはその男の人とホテルに入って行きました。」



「はは、そっか」



俺はスポーツドリンクを飲んだあと笑った。

スポーツドリンクも残りがあと少しになっていた。



「そのマチさんは、そこでは有名な人でした。

それがきっかけでマチさんと会うたびに挨拶するようになったんです。

それでマチさんとよく話をするようになりました」


ここまでくると、そろそろ話がよめた。


「へぇ」



おそらくマチさんとやらの後がまとして、レディースに入ったのだろう。


案の定だった。


彼女は、いくつかのチームを持つマチさんとやらに、そのうちの一つのレディースの頭を任されたということだった。




俺はスポーツドリンクを飲み干した。




「そっか。

人生いろんなことがあるんだな」


なぜかジジ臭いセリフになってしまい 気恥ずかしかった。



「それで中二の終わりにチームを抜けました。

受験もあったし、なにより自分の殻に籠もってちゃいけないと思ったんです」



恵は満足げにそう言ってスポーツドリンクを一気飲みした。



「殻??」


「うん。

家では相変わらずだけど、チームにいるときはすごい楽しかったんです。

でもそれじゃ私は家から逃げてるだけだって思ったんです。

だから逃げずに殻を破ってみようって」



なるほど。

この考え方は好きだ。


「それで殻は破れたの??」



「まぁなんとか」



彼女は照れくさそうに笑った。



「そりゃ良かった」



いつのまにか陽が沈んでいた。


「…………」


辺りに沈黙が流れる。



「………そろそろ帰ります。

今日はありがとうございます」


彼女はその空気を察知したのか、そう言った。



「おぅ。

……じゃあ送ってくよ」


俺もいつのまにかそう言っていた。


俺は彼女を家に送り、帰路についた。


その間に 少しだが彼女と色々、話をした。

他愛もない話だ。


呼ぶときはメグって呼んでとか、ジョニーって呼んでとか、親父さんはなにしてるかとか、ばぁちゃんと二人のこととか。


メグの家は案外、俺の家から離れていなかった。

だからすぐに家に帰れた。

既に時刻は六時をまわっていて、夕飯が並んでいた。



なぜか今日は赤飯で、ばぁちゃんはニコニコしていた。


やはり勘違いをしているようだ。


「……なぁばぁちゃん……」


俺はおかずの金眼鯛の煮付けをつまむ。



「なんだい譲二??」



ばぁちゃんは赤飯の豆を器用に箸でつまむ。



「なんで今日赤飯なの??」



わかってはいたが聞いてしまった。



「嫌だねぇ、譲二ったら。

わかってるくせに。

アンタの彼女できた記念日だよ」



「……ばぁちゃん…、言ったろ??

告白は断ったって」



「まぁ今日断ったけど明日どうなるかねぇ??

……ばぁちゃんにはわかるんだよ。

譲二は告白してきたコと付き合うね。

だから今日は前祝いさね。

付き合い始めたら紹介しなよ」



ばぁちゃんの口調は冗談めいていたが、本気の目だった。



「ったく。

ばぁちゃんは大袈裟だよ」


俺はお吸い物をすする。



「ふぁっふぁっふぁっ」



ばぁちゃんは気味悪く笑う。



夕食後は少し勉強して、風呂に入った。



服を脱ぎ、鏡の前の自分を見る。

勉強をし始めた時から、締まった筋肉は緩みはじめた。

腹をつまむ。肥満というわけではないが、少しやばいかなと思った。


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