1−4:学校
朝起きると、トシとばぁちゃんの布団は空になっていた。
頭をかきながらダイニングに移動すると、二人は既に朝飯を食べていた。
「おはよ」
俺に気づいたトシは、目を半開きにして言った。
「おぅ、おはよ」
「ほれ、譲二も食べちゃいな」
ばぁちゃんから箸を手渡された。
三人は無心で朝飯を食べた。単に眠いだけだろうが。
その後顔と歯を洗って学校に行った。
「なんで喧嘩したんだよ??」
登校中に昨日の話をトシに聞いた。
「そんな大した理由じゃないんだけどよ、腹立ってさぁ…」
「まぁ一緒に暮らしてりゃそういうこともあるよな。
俺とばぁちゃんもたまには喧嘩するし」
「そんなもんかな??」
「そんなもんだろ。
ある意味、喧嘩できるって幸せなことかもな」
「なんで??」
トシは意味がわからない、という顔をしている。
「喧嘩したくてもできない人だっているだろ。
俺は父さんと喧嘩してみたかったよ……」
「親父との喧嘩は疲れるぞ。向こうは大黒柱の気でいるから、平気で出ていけって言われるし。
オレは必要ないんじゃないかなぁ、ってたまに思うぜ。
喧嘩に良いことなんざなにもねぇよ」
「そんなもんかな??」
「そんなもんだよ」
トシは答えた。
そして話しながら、学校の校門を通った。
生活指導部の先生がこちらを一瞥し、口を開いた。
なにを言うかと思えば、目つきが悪いのだそうだ。
相手にしてられないので、無視して行こうとしたら今度は態度が悪いと言われ、生活指導室に行くように指示された。
「んだよあのハゲ!!
目つきの悪さは生まれつきだっつーんだよ!!」
トシはげた箱で吠えていた。
「落ち着けよ」
そのトシの様子がやけに面白かったので笑いながら言った。
「また説教だよ。嫌んなるよな」
俺達が上履きに履き替えたところで視線を感じた。
一般生徒がチラ見しているのがわかった。毎日のことだ。
俺はもう慣れた。
「なに見てんだよ??」
トシはまだ慣れないようだが。
一斉に視線がずれたのがわかった。
「朝っぱらから気分わりいなぁ」
トシは睨みつけていた目を俺に移した。
「じゃあ行くか」
「生活指導室苦手なんだよなぁ……」
トシは肩を落として言った。
「得意な奴なんていねぇよ」
俺はまた笑って言った。
「失礼します。」
俺は軽く頭を下げて生活指導室に入った。
トシはポケットに手を突っ込んでる。
「まぁたお前等かぁ??」
生活指導部の専属顧問が厭味ったらしく言った。
「まぁた僕たちでぇす。」
トシは顧問の声を真似て答えた。
似ていたので吹いてしまった。
顧問は顔を赤くしていたが、大人の余裕を見せるためか、聞いていなかったフリをしていた。
「お前等まぁた他の中学の奴等と喧嘩したろぉ??」
んだよ。
服装じゃなくてそっちが目的かよ。
心の中で毒づく
「ありゃあ、アイツ等がウチの奴等から金とか持ってったからだよ。
そーやってなんでもかんでもオレ等のせいにすんじゃねえよ」
トシが代わりに答えた。
「んだぁ、その口のきき方はぁ??」
「あんだよ??」
トシは机に手をやり、体制を落とし顧問に目をやる。
トシと顧問はにらみ合いをした。
「トシ止めとけ。
先生、どーもすいませんでした」
心にもない謝罪をした。
無論、本心ではない。
「ふんっ。
教室行け」
顧問は満足気に鼻息を漏らした。
舌打ちをして生活指導室を出た。
「なんでジョニーはすぐ謝っちゃうんだよ!?」
教室に行く途中、トシはぶーたれていた。
「アイツは軽く頭下げときゃいいんだよ。
どんなに弁解したってアイツが納得するわきゃねえんだし」
「よく割り切れんな。
オレにゃ無理だ」
うん、無理だな。
言いそうになるのをぐっとこらえる。
こんなことを話ながら教室に向かった。
廊下に生徒はいなかった。
もう朝のホームルームが始まってるからだろう。
「ジョニーはサラリーマンに向いてるよ。
頭下げて出世しろ」
トシは皮肉っぽく言った
「そうだな」
笑いながら答えた。
トシの皮肉は面白い。
「おはよーす!!」
トシは声を張って教室に入った。
…………………
教室から返事が返ってくることはない。
いつものことなのに、トシは送れて教室に入る時は絶対挨拶をする。
「二人、早く席着け。」
担任は事務的な声で言った。
「あとお前等、銭町先生が呼んでたから、ホームルーム終わったらすぐ行けよ。
じゃあ出世とるぞー」
そう言って担任は出席を取り始めた。
銭町とは金八のような体育教師だ。
ルパンの銭形から取って、とっつぁん と生徒からは親しみを込めて呼ばれている。
朝のホームルームが終わり、俺達は指示通りとっつぁんのとこに向かった。
とっつぁんは職員室で新聞を読んでいた。
とっつぁんはこちらに気付いていない。
「とっつぁん、話ってなによ??」
トシが話しかけると、とっつぁんはこちらを一瞥して新聞を四つに折りたたんだ。
「きたか」
とっつぁんは四十代特有のしゃがれた声を、コーヒーの臭いとともに口から出した。
「昨日の喧嘩の話っすか??」
俺は長々話されても時間の無駄なので核心に触れた。
「わかってんじゃねぇか。
昨日、高松中の先生から電話があった」
「で??」
「なんで喧嘩した??」
またかよ。と思いながら再び理由を話した。
「なるほどな。
よし、お前等行っていいぞー。
高松中の先生には儂から伝えとくから」
なぜか、とっつぁんの一人称はワシだ。
とっつぁんは再び新聞を開いた。
俺とトシは職員室のドアに手をかけた。
「あー……やっぱちょい待て。
お前等今年受験だろ。どうすんだ??」
とっつぁんは新聞に目をやったまま言った。
「まだ決めてねえ。」
言いながら職員室の外に出て、後ろ手でドアをしめた。