1−3:ジョニー家
喫煙シーンがあります。
未成年の喫煙は法律で禁止されてますので、真似しないでください。
「ちょい待って」
トシはケーキ屋の前で立ち止まった。
「なんか買ってくわ」
「いーよ、そんなん気にしなくて」
「そんなわけにはいかねーべ」
「まぁトシが言うならいいけどよ。ばぁちゃんも喜ぶし。
俺は外でタバコ吸ってっから早くな。」
「おう」
トシはケーキ屋の前に立った。
自動ドアが開き、店内に入っていく。
俺は内ポケットからタバコを取り出し、火をつけ、一服した。
行きかう人々すべてが、こちらを見ている気がした。
タバコを初めて吸ったときはポーズだった。というか今もポーズだ。
不良ならタバコを吸うべきという単純な考えだった。
タバコは好きでも嫌いでもない。
ばぁちゃんは体に悪いから止めろと言っているが、それは俺にとって不良としての鎧が薄くなることを意味するのだ。
タバコを吸うほんの数分、少し昔を思い出していた。
最近は物思いにふけっていると、いつも思い出してしまう。
楽しい思い出ではないのだが…
母は俺を産む際に死んだ。
父は残された俺を育てるため、毎日働いて時間があれば俺に構ってくれた。
だが工事の現場監督として勤めていた父は、俺が小学二年生のときに事故で亡くなった。
一人になった俺を引き取ってくれたのは、ばぁちゃんだった。
俺はばぁちゃんに育てられ、中学に進学した。
そんなときに他校の不良に絡まれ、撃退した。
すると俺にも不良のレッテルが貼られた。別に嫌だとかは思わなかった。
不良になってから人脈も広がった。
仲間内からは、俺の名前の譲二から取ってジョニーと呼ばれた。
気がつくと名前が売れていて、外にでると絡まれるのもザラだ。
「おまたせ」
トシが声をかけてはっとした。記憶が今に戻った。
タバコはフィルターまで火がいっていた。
俺達は再び歩き出した。
陽は沈んでいるが、なにか蒸し暑い。
今夜もきっと熱帯夜だろう。
しばらく歩いて、ばぁちゃんの家に着いた。
築二十年の木造の平屋建てだ。ボロいが温かみがある。
「ただいま。」
言いながら引き戸をスライドした。
「お邪魔します。」
トシは俺に続いた。
奥から足音がした。
おそらくばぁちゃんだ。
というか、家にはばぁちゃんしかいないから、ばぁちゃん以外ありえないが。
「お帰り、譲二。
あら、トシちゃん!!」
ばぁちゃんはテンションが高かった。
最近いつもだ。
「ばぁちゃん、夕飯、トシの分あるよね??」
「もちろん。さぁ、トシちゃん、上がりな」
「お邪魔します」
トシは頭を下げながら靴を脱いだ。
「あら、譲二また喧嘩かい??」
ばぁちゃんは俺のワイシャツに血が付いてるのを発見したらしい。
「ん、ああ」
「全く。
お前に怪我なんかがあったら、死んだお母さんに顔向けできないよ。
ワイシャツ脱いでおきなよ」
ばぁちゃんは決して喧嘩したことを咎めたりしない。
それは信用の表れなのか、放任主義なのかは知らないが、俺には心地よい。
俺はワイシャツを脱いで脱衣場に投げた。
俺の上半身が裸になった。
「トシ、先いってて。
俺着替えてくんわ」
「わかった」
トシはダイニングに、俺は服のほとんどが収納してあるリビングに向かった。
俺は寝間着服を着てダイニングに向かった。
トシは既に食べ始めていて、ばぁちゃんと談笑していた。
「先もらってるよ」
トシは俺を見ると一言そう言った。
「あぁ」
「ほれ譲二、あんたも食べちゃいなよ」
ばぁちゃんはキッチンから出てきて、白飯と箸を持ってやって来た。
俺はそれを受け取り、トシの隣に座った。
ばぁちゃんは俺達の正面に座った。
「んじゃいただきます」
俺は箸を取り、ご飯とおかずの金目鯛の煮付けを交互に頬張った。
「トシちゃん、今日泊まってくかい??」
ばぁちゃんはトシが来る度にこんなことを言う。
毎回トシは断るのだが今回は違った。
「あーーー………
たまには…泊まっちゃおうかなー…」
滅多にないことだった。
「珍しいな」
「まぁたまにはな」
トシの言葉に少し間があった。
「じゃあ譲二、ご飯終わったらパジャマ貸してあげなよ」
ばぁちゃんの声は弾んでいる。
ばぁちゃんは二杯目の白飯をおかわりした。
俺は味噌汁をすすった。
夕食を終えて、トシの買ってきたチョコケーキを食べた。
その後トシと一緒に風呂に入った。
トシは昔から包茎だった。しばらく一皮剥けることはないだろう。
その後は居間でテレビを見た。
夜十時くらいに布団に入った。
ばぁちゃんとトシと俺は川の字になって寝た。
ばぁちゃんはすぐに寝息を立てた。
「なぁ、なんかあったのか??」
ばぁちゃんを起こさないように小さな声でトシに話し掛けた。
「別に」
「うそつけ。
だいたいテメェが家に泊まるなんて、なんかなきゃないだろうが」
「ホントだよ。別になんもねぇって」
トシはそっぽを向いた。
俺も舌打ちをしてそっぽを向いた。
「……親父と喧嘩した」
トシはこちらに向き直した。
「ガキかお前は」
俺は笑ってトシの方に向き直った。