3−4:ラストファイト
メグが大きくあくびをした。
「今日は暖かいね」
そう言ってまた短く浅いあくびをした。
そうだな、と答えてかかとの潰れたローファーを履き直した。
空を見上げて、一拍開けて片足を上げた。
細い道を出て大通りにさしかかった。
見覚えのある特攻服と単車が目に入った。顔にも見覚えがある。
五人いた。
内の三人はにやにや笑っていた。
コイツ等は昨日俺が喧嘩したやつだ。
「よぉ」
「メグ、先行っててくんない??」
「え??
知り合い??」
「おう。
とりあえず、早くいけって。ちこくすんぞ」
「まぁいいや。
ジョニーも遅刻しないでよ」
「おぅ」
メグはテクテクと歩いていった。
「わりいな色男。
デートの邪魔してよ」
「大丈夫だよ。
用件は??」
俺は距離を歩きながら縮める。
すると知らない顔の二人の内一人が前に出た。
恐らくリーダー格だろう。
「わかってんだろ??
デビルス嘗めちまったんだ。覚悟」
「関係ない奴はすっこんでろ」
俺は遮り、言った。
どうやら俺は、まだ普通になれそうにない。
だが、よかった。
学校に行ってから、こいつらに絡まれたら気乗りしなかっただろう。
だけど今ならまだ大丈夫な気がした。何が大丈夫かはわからないが、とにかく大丈夫。
「かかっ
威勢がいいな」
もう一人が悪役のように笑う。
ひょろひょろとした体つきに長い金髪、鋭い目をしていた。
「関係ないわけねえだろ。
俺はデビルスの東京支部副部長だ。
名前は華山」
華山は片方と対象的でプロレスラーのような体つきでツーブロック、頬に切り傷が一本。
「俺は支部長の中里」
「デビルスが嘗められた以上、俺等が出張るのは当たり前だろうが」
華山は顔を近づける。
凄まじい顔だ。
「勝手な理由をおしつけんじゃねえ。
喧嘩売ってきたのはそっちだし、三対一だ。
その上五人で俺をリンチか??
恥晒しもいいとこだぜ」
「かかっ
リンチなんてしねえよ。
面かせ。近くに公園がある。タイマンだ」
「断ったら??」
「五人でリンチだ」
中里は汚く笑った。
五人の後をついていく。
すれちがう人々は何事かとこちらを振り向く。
が 接触はしてこなかった。
巻き込まれたくなかったのだろう。
再び裏道に入ると、到底公園とは呼べない空き地があった。
人が通るのは十分に一回程度。
自分の両手を開いて見つめる。
これで最後だ。
そう思い拳を握り締めた。
ばぁちゃんが死んでからの自分の行いを振り返った。
友に言い放った暴言
何人も人を傷つけた
軽んじた行いの数々
だがこの状況に立って尚、時間が戻って欲しいとは思わない。
なぜなら俺はまだ、不良だからだ 。
……多分これから何時間かしたら、自己嫌悪に陥るんだろうな。
「さぁこいや」
華山は指をクイっと折り曲げる。
四人は俺と華山の周りをぐるりと囲んだ。
俺は上着を脱いだ。
頭が急に冴えてきた。
恐さと怒りが五分五分にブレンドされた。
デビルスの幹部と喧嘩。
こんなプロレスラーのような男に勝てるのか??
いや 勝てなくてもいいのか。
「……いくぜ」
拳を握り締めた。
ステップを踏んで距離を一気に詰める。
拳を前に押し出した。
骨と骨がぶつかる乾いた音が響いた。
華山の頬を拳が通り抜けた。
口元から血が垂れる。
一瞬の沈黙が辺りに充満する
「あいつ等は……」
華山は血を指で拭うと、昨日俺が喧嘩した三人を見た。
「こんなパンチでやられたのか??」
「あぁ。
呆気なかったな」
俺は嫌みたっぷりに言った。
「デビルスの敷居も下がったもんだな。
こんなガキにやられちまうなんて……」
華山は自分の頭を叩いた。
「それも三人掛かりでな」
さっきより嫌みを込めた。
「お前等、コイツが終わったら、制裁だ。
デビルスに相応しいように叩き直してやる」
華山は三人を睨んだ。
三人は青い顔をしているのだろう。
拳を思い切り引いた。
「いつまでも喋ってんじゃねえよオラァ!!!!」
威力のみを考えた、普段なら絶対に当たらないような、大振りのパンチを放った。
拳は確かな感触と共に華山の顔面を捉えた。
巨体が揺らぐ。
間髪おかずに、更にパンチを三発入れた。
更に腹に前蹴りをした。
傾いた体はゆっくりと倒れ、砂埃を立てて地面と水平になった。
華山は倒れたままゆっくりと口を開いた。
「……お前、卒業したあとどうするんだ??」
「あ??」
「高校に行くのか??
それとも働くのか??」
華山はそう言いながら立ち上がった。
「……未定だよ
オラァ!!!」
俺は拳を振り抜いた。
だが拳に手応えはなく、手首が圧迫された感覚があった。
華山が当たる前に俺の手首を掴んでいた。
そうして言う。
「もし決まってないならデビルスに入れ。
お前良い線いってるぜ。
幹部入りだってイケるかもしれねえ」
「なにが悲しくて暴走族なんざになるかよ!!
バイクで馬鹿でかい音立てて喜ぶだけの団体だろ??
馬鹿じゃねえか??猿以下だな。
人に迷惑かけてやるようなことじゃねえだろうが!!」
言っていくごとに手首に力が入っていくのがわかった。
俺は言い終わってすぐに空いている片手を振りかぶった。
拳から風切り音が聞こえた。
俺の拳に手応えはなく、代わりに華山の拳が俺の顔面をとらえていた。
俺より遅く出した拳が、俺より先に当たっていた。
リーチの差、筋力の差、速さの差、経験の差、そんなものが一瞬でわかるやり取りだった。
わかった直後に頭がふらふらし、目の前が揺らぐ。
世界はぐにゃりと姿を変えて、俺の意識は途切れた。
俺は喧嘩で初めて失神を経験した。
俺の最後の喧嘩は負けで終わったようだった。