3−2:味のしない飯
その喧嘩が問題になり、高校への推薦入学の話はなくなった。
まぁ正直行く気はなかったのでちょうどいいだろう。
俺はぼんやりとしながら居間の天井を見つめた。
寝返りをうつと、吸っていたタバコの灰が畳に落ち、焦がした。
ばぁちゃんが死んでから一度も学校には行ってなかった。
ふとカレンダーを見ると卒業式まで三日を切っていた。
卒業式か……
俺は頭でその文字を反芻した。
正直、どうでもよかった。
腹減ったな。
俺はのそのそと起き上がり、冷蔵庫を覗いた。
冷蔵庫の中はドレッシングなどの調味料しか入っていなかった。
一つ舌打ちし、コンビニに行くことにした。
ジャケットを羽織り、家を出る。
近くのコンビニでノリ弁とカップラーメンとコーラを買った。
タバコも切れそうだったので三箱買った。
店員は長い髪を後ろに束ねた、フリーター風の細い男で今にも倒れそうだった。
コンビニを出て早速タバコに火をつけた。
家に帰る途中、歯の抜けたような三人組と肩をぶつけた。
「どこ見てんだテメェ??
ぶっ殺すぞ??」
俺から喧嘩を売った。
今までにないことだった。負い目はなかった。
「あぁ??」
三人の内の一人は訝しげにこちらを振り返る。
「なにこいつ??
お前等の知り合い??」
「バカか??
テメェ等みたいな歯抜けに知り合いはいねえ。
シンナー臭いんだよテメェ等」
「はぁ??
喧嘩売ってんのかテメェ!!?」
「初めっから気づけや。
喧嘩売ってんだよ!!」
俺はコンビニの袋を放り、一人を殴った。
歯抜けの歯はさらに少なくなる。
「ゴラァ!!!
なにやっとんじゃあ!!!」
一発殴られたが軽く、ダメージはなかった。
蹴りを入れてやるとうずくまり、大人しくなる。
もう一発追い討ちで腹を蹴った
残り一人は体当たりしてくるが、弱々しく全く衝撃がなかった。
襟首を掴み、背負い投げをした。
そして馬乗りになった。
拳を振り上げて、殴るフリをする。
ヒッと喉の奥から声がした。
「金」
「へ??」
「金だよ。
弁当投げちまったからよ、新しいの買わなきゃダメだろ??」
歯抜けは、はいっ!!と言って財布を差し出してきた。
俺はそれを受け取り、投げ捨てたコンビニの袋を拾い上げ、帰路につこうとした。
二、三歩歩くと
「おいジョニー!!!!」
と声がした
「あ??」
俺が振り返ると、倒れた歯抜けの近くにトシが立っていた。
「テメェ……
喧嘩したこと、とっつぁんから聞いたぞ!!?
なに考えてやがんだ!!?」
「んだよいきなり」
「答えろよテメェ!!」
「なに考えてるって……
なにも考えてねえよ。
考えてたら喧嘩なんかしねえよ」
「テメェ!!!!」
トシはこちらに歩み寄り俺の襟首を掴む。
「離せや」
「ばぁちゃんが死んだからっていつまでもウジウジしてんじゃねえよ!!!」
「離せって言ってんだよ!!!」
俺はトシの腕を振り払う。
「勝手なことばっか言うんじゃねえよ!!!
テメェにわかるんかよ!!?
家族がいねえ俺の気持ちがよ?!!!!
テメェにわかるか!!?
たった一人の家族が死んだ俺の気持ちが!!!!
テメェはいつもそうだよな??
自分が恵まれた環境にいるのに気付いてねえ。
挙げ句の果てに俺に説教か??
ふざけんじゃねえよ」
「ジョニー……
オレはそんなつもりじゃ……」
「消えろよ。
二度と俺の前に現れんな」
トシに言い放ち振り返ることなく歩いた。
いつの間にか歩幅は広くなり、足を出す速さも上がる。走っていた。
俺は息を切らして家の中に飛び込んだ。
俺はヨロヨロと居間に座り、カップラーメンにお湯を入れ、弁当を食べ始めた。
味がしなかった。
俺は顔をこすった。
食べ終わり、一息つくと眠気が襲ってきた。
俺が少し寝ようと目をつむった。
その数秒後、戸をたたく音と女の声で目を覚ます。
安眠の天使は肩をすくめて消えていった 。
「よ」
戸を開けるとガングロ手をあげていた。
普通メイクで一瞬ガングロだとわからなかった。
ガングロだと気づいた瞬間に戸を閉めた。
「閉めんじゃねーよ!!開けろジョニー!!」
ガングロが戸をガンガンと叩いている。
影が豪快に戸を叩いている。
「蹴り破るぞジョニー?!!!」
影から脚が伸びていた。
やむを得ず戸を開けた 。
「なにいきなり閉めてんだよ!?」
ガングロはいきなりいきりたつ。
「あーうっせえうっせえ!!
んで??用件なによ??」
「まぁとりあえず、茶でも入れてよ」
なんとも厚かましい女だ。
無視した。
「用がないなら閉めるぞ」
俺は戸に手をかけた。
が、戸は動かない。
よく見ると、敷居にガングロの脚が乗せてあった。
「へっ」
ガングロは鼻で笑った。
「用件あるならさっさと言えよ」
「あんた卒業式来ない気??」
「ったくよぉ……
俺のことはもうほっといてくんねえかな??
もう俺はお前らに構う余裕なんてねぇ」
「別にあんたに構ってほしいなんて思ってないよ!!。
ただメグが悲しんでんだよ!!」
「はっ」
今度は俺が鼻で笑った。
今の俺に、女にうつつを抜かす余裕などない。
すばやくガングロの脚を払う。
脚が動いたところで、戸を閉めた。
「開けろよジョニー!!!」
戸がガンガンと揺れる。
「しつけえんだよ!!!!」
俺が一喝すると戸の震えが止まった。
「もう俺に関わるな……
うぜえんだよ、テメエ等は」
俺がそう言うと、戸に映っていた影が遠ざかり消えた。
俺は布団を敷いて眠った。
ちょっと前までは時間がほしかった。だが今は、早く時間が過ぎてほしかった。
目を覚ますとあたりは暗く、ゆっくりと起き上がった。
頭が妙に冴えていた。
とりあえず電気をつけて時計を見た。
針は九時を示していた。
もちろん夜の九時だろう。
腹がすいている。
だがあいにく、家にはなにもない。
俺は財布を持って家を出た。
家の外は街灯もなくただ夜が満煙していた。
だが道を一本出ると、多少の街のネオンが夜を消していた。
なに食おうか考えていると、はるか向こうの道路から複数、音がした。
徐々に音は距離を詰め、大きくなっていく。
それが俺の横になったときはとんでもない音量だった。
単車だった。
一台や二台ではなく何十台という数だ。
しかも一台一台改造が施され、マフラーが短い。
逆ハンや鬼ハンのバイクがほとんどだ。
そしてほとんどのバイクには「クレイジー・ロード・オブ・デビルス」のステッカーが貼ってあった。
何人かが俺を睨んでいる。
ほんの一瞬でバイクの群れは俺を通り過ぎた。
バイクは夜が満煙するどこかの道に吸い込まれていった。
俺のいる道に残ったのは静寂と空虚な孤独感だった。
俺はラーメン屋に入った。
ばぁちゃんが生きていたときは、たまに利用していた。
「しゃあせえ!!!!」
俺はカウンターに座った。
テレビはニュースが流れていて、ばぁちゃんが死んだ事故を特集していた。
「ご注文は??」
ラーメン屋のおばちゃんが水を持ってきた。
「チャーシュー麺大盛でトッピングに味付き卵二つ」
「はいはい。
少々おまちください
チャーシュー大盛玉2ね!!!」
ラーメンがくるまでなんとなしにニュースをみていた。
ニュースで事故をおこしたのは中年の男性で、即死。
現場検証から居眠り運転の可能性が高いそうだ。
死者は15人
重体3人
重傷13人
軽傷多数だそうだ。
ラーメンがきた。
俺はそれをすすった。味はしなかった。
ラーメンを食べ終え、つまようじで歯と歯の間を掃除した。
その間に五人ほどの客が入ってきた。
鳶職だろう。
頭にタオルをまいた若者で現場帰りといった風情だ。
彼等は汗まみれの汚れ顔でラーメンの大盛を十注文していた。
一人あたり大盛二杯??
すごい食いっぷりだ。
俺は少し感心して、立ち上がりざま彼等の顔を見た。
皆笑っていた。
なにが楽しいでもなく笑っていた。
なにがあるわけでもなく、見てわかる笑顔もなかったが、笑っているのだ。
目の奥が、自分の人生が面白くて充実してしょうがなくて笑っていた。
なのに自分ときたらどうだ??
俺は自分の目を想像した。
死んだ魚のような目をしているのだろう。
俺の頭の中には一つの丸い球しか浮かばなかった。
彼等は生きている。
楽しさと苦労が充実している。
彼等は死に際、笑いながら逝くだろう。
ばぁちゃんはどうだったんだろう??
俺はどうだろう??
……俺は生きているのだろうか??
俺は金を払ってラーメン屋を出た。
空を見上げた。
黒の空にほんの少しの星の光が撒かれていた。
帰り際、コンビニに寄った。
無愛想に会計をする店員。
だが店員は笑っていた。
あの鳶職の若者同様に目の奥が笑っていた。
外に出ると、ほとんどの人間が笑っているのに気づいた。
俺は孤独感を感じた。
周りは笑っていて光っていて、俺だけが笑わず黒く佇んでいる。
俺の立つ場所だけ、穴が開いているようだ。
俺は家につくと倒れ込むように眠った。
寝る前に、起きたら笑っていたいという気持ちと笑いたくない気持ちが葛藤していた。
起きると時刻は二時だった。
辺りは暗い。まだ夜の二時だ。
俺は寝床から立ち上がり、フラフラした足取りで洗面所に移動した。
鏡に映る顔を見た。
そこにいる顔は確かに自分だ。
だが自分じゃないような気がした。
あまりにも目が寂しげなのだ。滑稽なのだ。恐ろしい目だ。
これは俺か??
そんな当たり前のことまで疑問視してしまう。
俺は死の気配が充満する家からたまらず、外に逃げ出した。
外から我が家の中を見ると、目に見えそうな死がある気がした。
俺はたまらなくなって歩き出した。