第七話 「短い旅路」
短いですが、投稿です。出来れば後一話ほどを数日中に投稿するつもりです。
因みに次からは学院での話、本編へと入る予定です。気長に待っていただけると嬉しいです。
ダークエルフの女王との謁見を終えて、それから一週間程滞在して、蒼とアカリは馬車に揺られており、蒼は百年ぶりの外の景色を眺めていたが、アカリはといえば馬車に乗った事が無かったのか何処かソワソワしている様子で、一通り外を見終えた蒼はアカリへと視線を向けた。
「どうしたんだ? せっかくの外なんだ。もっと外の景色を見たらどうだ?」
「‥‥‥この馬車の揺れない仕組みとかも、蒼が考えたの?」
蒼の意図したものとは違ったが、それでもこれを機会に外に意識を向けるようにしようと蒼はアカリの疑問に答えることにした。
「ああ、そうだな。俺の魔法は鍛冶師で、決して戦闘向きじゃない。だから最初は周りの助けになる様に、あっちで聞きかじった知識を利用して、武器とかこんな馬車とかの改良とかに力を注いだ。恐らくこれもその内の一つなんだろうな。それで、一体何を考えていたんだ?」
蒼は窓枠にそっと手を添えてながら、アカリに尋ね、尋ねられたアカリは自分が身に着けている服へと手を当てた。
「ううん、別に。こんな上等な生地が出来たのは蒼が関係あるんじゃないかなって思って」
そう言いつつアカリが目を向けたのは身に着けている学院の制服だった。デザインとしては黒を基調とした高校の制服に似たデザインの服だったが、鍛冶師である蒼に眼には服にはちょっとした物理防御、魔力防御を筆頭に幾つもの魔法が付与されており、恐らくこの服を購入しようとすればそれだけでこの世界のひと月分の給料が消える事は想像に難くなかったが、それを言えばアカリは服を脱ごうとするかもしれないので伏せておく事に、アカリからの質問に答えることにした。
「まあ、基礎の何割かは関わっているだろうな。といっても俺はズルをして、時間を掛ければ形になる物が作られる時間を短くしただけだ。別に俺の功績ってわけじゃないさ」
「ううん、それでも蒼が形にしなければこんな服もまだ作られていなかったって事でしょ。それはすごい事で、ちゃんとした蒼の功績だよ」
「はは、面と向かって言われたのは初めてだな。ありがとな」
お礼を言いながら蒼は自分の知識は先人から与えられたもので、自分はそれを教え、形にしただけの偽物でしかないと何処か自嘲気味に言っていたが、アカリはそれは間違いだと、それは誇って良い事だと言って来たことに、蒼は驚いた表情を浮かべたが、その後アカリに優し気な笑みを浮かべた後手を叩き、そこには何処か悪戯小僧のような表情を浮かべる。話を逸らせないぞと言わんばかりに。
「さて、俺の話はそこまでにしておくとして。一体何に悩んでいたんだ?」
「‥…君には、やっぱり隠せれないね」
「そりゃ、もう長い間一緒に生活していたからな、自然と悩んでいる事くらい見抜けるようになるさ。それで何を悩んでいるんだ?」
「うん、本当に私なんかが。【魔王】の娘が、学院に入ってもいいのかなって思っちゃって」
アカリ自身はどうであろうとも、【魔王】の娘という肩書は決して消えない。そして学院に入れば自分だけではなく、周囲の人を、この平和となった世界で生きている人々を巻き込んでしまうのではないかという不安を抱いていた。だがそんなアカリに対して、
「それは、そんなに悩む事か?」
蒼のその言葉にアカリは思わず顔を上げ、そんなアカリを見ながら蒼は言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「確かに、お前が【魔王】の娘という事実は消えない。だがそれは過ぎた事、過去の出来事だ。今を生きるやつが縛られていい物じゃない。それはアカリ、お前も同じだ。それと、俺からのアドバイスだ。お前はもう少し、欲張った方がいい」
「欲張った方が‥‥‥?」
「その方が、魔王の娘っぽいからな?」
「もうっ‥‥‥あれ」
そこでふとアカリは胸の中に巣食っていた黒い雲がすっかり拭い去られている事に気が付き、ようやく蒼の意図が、自分の質問に答え、気が付かれない様に心に立ち込めていた暗雲を吹き払ってくれていたという事に気が付き、咄嗟に蒼の方を見ると蒼はいつの間にか目を閉じて寝息をたて始めていた。それはまるでアカリがその事に気が付くだろうと予想しての行動に見えて、見透かされていた事と、お礼を言うタイミングを逃した事に少し悔しいと感じ、何か意趣返しが、そしてお礼が出来る事がないかと思い、アカリは立ち上がると蒼の隣に腰を下ろした。
「じゃあ、これが私から貴方へのお礼と意趣返しだよ」
そう言うとアカリは緊張か、それとも興奮からかドキドキと高鳴っている自分の心臓の音が嫌に大きく聞こえながらも、アカリは立ち上がった。
(うう、まさか起きない、よね?)
「‥‥‥‥‥‥…」
そう内心で思いながらも近づいて行くも蒼が起きる様子もなく、アカリは蒼のすぐ近くまで来て、そっと起こさない様に隣へと座る。そして、アカリの唇がそっと蒼の頬に触れるか触れないかというほどに接近し、
「‥‥‥っうんん」
そして、蒼の頬に一瞬触れたかどうかというタイミングと同時に恥ずかしさが頂点に達し、血がまるで顔全体に集中したかというほどに熱く、また自分の行動が恥ずかしくなったアカリは再び自分が座っていた蒼の向かいの席へと移動して蒼を見ると起きた様子はなかった。
その事にアカリは思わず安堵と同時に悔しさも湧き上がた。せめて自分がキスしたのだから何かしらの反応が返ってくることを期待していたアカリは少しばかり肩透かしを食らたかのように気が抜けた。と同時に張り詰めていた物が緩んだのかアカリに眠気が襲ってきた。
(そう言えば、この一週間、安心して眠れていなかったからかな‥‥‥‥)
安全な工房を出て一週間がたち、疲労が出てきたのかもしれないと内心でそう思いながらアカリは小さく欠伸をし、さらに心地よい馬車の揺れ、身を任せるようにして居ると瞼が重くなっていき、しかしアカリはそれに逆らわずに瞼が閉じて行く中、最後に窓際で寝ている蒼を見てアカリは眠りに落ちて行った。そしてアカリが寝息をたて始めると蒼が目を開けた。
「やれやれ、やっと寝たか」
そう言いながら蒼が見るのは静かに、そして安心したように眠ってるアカリの寝顔だった。本人は隠せていると思っていたのだろうが、長い間一緒に暮らした蒼から見れば全く隠しきれていなかったのだ。この一週間、幾ら蒼と関係のあり、アカリの事を理解しているダークエルフのシェルヴィの城であったとしても、陰で常に警護に当たっているアカリは安心して眠ることが出来射ていなかったのだろう。
だがそこに蒼が手を出すことはしなかった。それはアカリ自身にはまだ自衛の手段は少ない。ここ一週間の間に発覚したのだが、アカリは魔法の適性が高く、シェルヴィから教えられた火と土の魔法はあらかた習得しており、その様子を、まるでスポンジが水を吸い込む様に覚えて行く様を見て、大陸に名の通った魔法使いであるシェルヴィを推して「規格外」と言わしめたほどだった。
だが如何に魔法を扱える才能があっても実力はまだまだというべきだった。そしてシェルヴィもそれは分かったのだろう、短い時間の間だけでは幾らアカリの才能があったとしても間に合わない、もしもの場合、最低限の自衛手段を取れるように判断し、蒼から見てもハードな魔法と体力の増強などの傍から見てもハードな特訓が始まった。
そして蒼も敢えてその特訓に手も口も出さなかった。確かにアカリは彼女の父親であるヴォルアに託されたが、絶対に守りきれると思うほど蒼は自分の力を過信していなかった。
だからこの一週間身を守る為の術を身に着ける為にシェルヴィに魔法や最低限の体術、気配を察する技術、そして恐怖に打ち勝つ心を学んだ。そしてその疲れが出て眠っているアカリに対しての今の蒼の評価は、
「まあ、合格までとはいかないが、ギリギリ及第点だな」
そう言いながらも、何処か大切な者を見るかのような優しい眼で眠っているアカリを見ていると、アカリの表情が歪み、手を伸ばしてきたが起きている様子はなく、しかしその姿はまるで親を探す子供の様に、弱弱しく虚空へと手を伸ばし、名前を呼ぶ。
「‥…う‥‥ん‥‥‥アオ‥…イ‥‥アオ‥…イ」
「‥‥…やれやれ」
夢の中で蒼が出て来たのか、自分の名前を呼んでそのまま何かを掴もうとしているのか手が虚空を彷徨っていて、蒼は立ち上がり、そっとアカリの手を掴んでやる、するとそのままアカリはその手を引っ張り、抱くようするとと、再び寝息をたて始め、その表情は先ほどの何処か寂しそうな表情は消えていた。
「こりゃ、依存状態も改善しないといけないかもな‥…」
そう言いつつ、蒼は空いていた手でそっと二度三度とアカリの頭を優しく撫でた。
そうして眠り姫の様子を見ながらも二人を乗せた馬車は向かって行く。そして物語は学院へと移るのだった。