第五話 「外の世界へ」
ふう、思い付いたので早くも投稿‥‥
その日もいつも通り、蒼とアカリは朝食を、今日は一段と豪勢な砂糖とミルク、卵をふんだんに使ったフレンチトーストとスクランブルエッグを食べていた。しかし好物のフレンチトーストを前にしてもアカリの手はあまり動いておらず、その空気は何処か余所余所しいものとなっていた。しかし蒼には思い当たるモノはない。だが、一つ蒼は気になる事があった。それは、
(夜中に俺、何かしたのかな‥‥?)
寝相の有無だった。
普段、寝相は良い蒼だが、この世界に召喚される前、地球に居た時、蒼には妹が、いや、妹同然の少女がおり、一緒に暮らしていたのだが、その少女が言うには蒼は寝ぼけた時に少女のベットに潜り込んだ事があると言われた事を思い出していた。だがその間の記憶はもちろん蒼には無い。
「なあ、昨日の夜何かあったのか?」
「えっ、ううん、な、何もなかった、よ?」
アカリの妖しさ満々の返答に蒼は思わず胡乱気な視線でアカリを見るが、アカリはまるで古いブリキのロボットの様にギギギギと音を立てて視線を逸らした。しかしそれでは埒が明かないと考えた蒼は起きた後、冷蔵庫を見た時に気になった事を聞いてみることにした。
「そうそう、そう言えば俺が作った果実酒の量が減ってたんだが、何か知らないか?」
「‥‥‥‥…」
蒼が尋ねると、アカリは更に先ほどは四十五度だった首の向きが、直角の九十度へと変わった。そしてそんなあからさまな様子と沈黙を見れば必然的に、簡単に答えは見いだせる。
「お前、まさかと思うが、」
「ごめんなさい!ちょっと気になって‥…」
言葉尻が徐々に小さくなっていくアカリの言葉を聞きながら、蒼はアカリには分からない程度に小さく溜息を吐いた。それは呆れてのモノでは無く、
「そうか、それで頭が痛いとか、体の調子が悪いとか、そういう事は無いんだな?」
「え、う、うん」
「そうか、ならいい。それと、今度から酒を飲むときはちゃんと一言断りをを言えよ?」
「‥‥‥‥」
蒼はそう言うと再び朝食を食べ始めたが、怒られるとばかり思っていたアカリは呆然としていた。
「…怒らないの?」
「どうして俺が怒る必要があるんだ?」
「だって、私、君の物を勝手に飲んじゃったんだよ?」
「別に、それくらいじゃ怒る必要もないだろ、恐らく、興味本位で飲んだんだろうし、反省してるんだろ?」
「え、‥‥‥うん」
何やらアカリからの返事までに少し間があった様に、そして心なしか顔が赤くなっていると蒼は感じたが、取り敢えずそれは無視して話を進めることにした。因みにアカリの返答が遅くなったのは、昨夜の出来事を思い出したからだった。
「そんなら、別にいい。過ぎた事を攻め立てても何にもならないからな。ほら冷めるぞ?」
そう言いながら蒼は再び自分の朝食へと手を付け始め、それを見てアカリも蒼が怒っていない事が分かったのか、自分のフレンチトーストを口に運び、アカリも普段歩とではないが、フレンチトーストに手を付け始めた。
(緊張でもして寝付けなかったのかな?)
アカリを見ながら蒼は自分の朝食を完食する事に集中し、それ以降は特に何かがある訳でもなく、まだぎこちなかったが、それでも先ほどよりは遥かに平穏な朝食になったのだった。
朝食を終え、全ての片づけた後、アカリの姿は二階にある自分の部屋の中だった。
「‥‥‥‥」
アカリにとってのこの部屋は、いや、この異空間に浮かぶ工房が、そして蒼の居るこの場所がアカリにとっての心安らぐ一つの世界だった。アカリの父親は全種族にとっての敵である【魔王】となった。父が【魔王】となる以前、魔王となった者の子供は殺されると、まことしやかに話されていた。
そして、アカリは父が【魔王】となり、しかし強靭な精神力で破壊衝動を抑えている父から聞かされ知った知った。それは噂ではなく、確かな真実だと。そして自分も殺した事があるという事実も聞かされた。
次々と明かされる話の衝撃にアカリは呆然とし、その間に父が発動させた転移魔法によって、周囲は木に囲まれ、更に不可視の結界に覆われた中部に作られた小屋で漫然と生きていた。
そして父親によって転移させられて凡そ、三か月が経った頃、偶然外で洗濯物を洗っていると近くに二人組の武器を持った男達が話していた内容をアカリは耳にした。それは、【魔王】が大陸中に破壊をもたらしているという話だった。アカリは嘘だと思った。争いを嫌い、困っていた人に手を差し伸べる父を誰よりも知っていて、尊敬していたからだ。
故にアカリは一人ベットの小屋の中で一日中泣いた。しかし、それでもアカリは自ら死を選ぶという選択はしなかった。まだ希望はあると信じていたからだった。
それから数週間が過ぎた頃、木の実を取っていると偶然近くを通りかかった木を切る為に訪れた樵の話を耳にした。五つの国が協力し、異世界より【魔王】を為に勇者を召喚したと。
樵達の話を聞いてから半年がたった時、森を訪れていた旅人の一人事を聞き、知った。勇者によって【魔王】が、父が倒されたという事を。それを聞いた時、アカリは嘘だと思いたかった。そもそも【魔王】がどうしてなるのかはアカリには分からなかったが、漫然と何かあるのではないかと思っていた。それは近しい者だけに感じ取れる些細な違いなのか、アカリしか分からない事なのかはアカリも分からなかったが、勇者であれば、父を【魔王】へと変えた何か滅ぼし、父を助けてくれるのではないか、とアカリは儚いとは思っていたが希望を、もう一度父親と暮らすという夢を抱いていたが、それはガラスの如く砕け散った。
それから数日、いや数週間の間、アカリは飲まず食わずで、ただ茫然と時間を過ごし、ある日の朝、ふと近くにあったナイフを手に取った。
(もう、私が生きている意味は無い)
アカリの心は砕け散り、もはや父がいないのであれば生きている意味は無い。そう思い、心臓にナイフを突き立て、命を断とうとした時、小屋へと近づいて来る足音がアカリに耳に聞こえた。
だが、小屋の五百メートル周囲に展開された結界は害意ある者の意識を惑わし、記憶を改竄、ここには何もなかったと認識させる精神操作の術式が組み込まれていたのだった。
だから誰も入れるわけがないと思い、ナイフを突き刺そうとした瞬間、小屋の扉が開いた。そこに立っていたのが、この世界に召喚された、五人の勇者の一人にしてその手で【魔王】を倒した、村正蒼だった。
(あの時は、驚いたな。まさか小屋の周囲の結界を潜り抜ける人間がいるなんて考えもしなかったし)
結界を潜り抜ける人間がいた事に驚き動きが一瞬止まるも、アカリの腕を直に止まる事無くナイフが貫こうとしていた時、アカリの手から伝わっていたナイフの感触がまるで空気に溶けて消えるかのようにふっと消えてなくなった。命を断とうとしていたナイフが消え去り、アカリの手には何も無くなった。その事に呆然としていると扉の前に立っていた人間が中に入って来る足音が聞こえ、アカリはその人物に視線を向けた。
その人間は男だった。身長はアカリより頭一つ高く、170程あり、髪はぼさぼさ気味で短めの黒い髪。黒い瞳の青年だった。外見のから見た年はアカリとあまり年が変わらない、十六、七ほどだった。
「どうして、死なせてくれないの?」
アカリは、尋ねた。どうして死なせてくれなかったのか。もはや希望すら、意味もないのに、どうして死なせてくれなかったのか。すると青年は答えた。
「お前を死なさないでくれとお前の親父に頼まれたからな」
それが、この世界に召喚され魔王を討った【勇者】村正蒼と【魔王】となった男の娘であるアカリの邂逅だった。
「‥…この部屋とも、今日でお別れか」
小奇麗に整頓され、部屋の中にはあるの家具などは蒼からのプレゼントで、お手製の髪を梳くための櫛やブラシ、髪を整えるための鏡付の粧台があったが、何も知らない人間からすれば何処となく質素に感じさせるがアカリにとっては何の不満もなかった。だがいつまでも内に閉じこもるだけでは駄目だ。故にアカリは今日、外へ、【魔王】が倒され、平和となった外の世界へと足を踏み出すのだ。そして、その覚悟は、既に決めている。改めて郷愁に浸りながら部屋を見ていたそんな時、アカリを呼ぶ声があった。蒼だった。
「お~い、そろそろ出るから、降りて来いよ~?」
「分かった~!」
アカリが返事をすると蒼はそのままリビングへと入ってしまい、再び静かな空気が辺りを包む。そんな中アカリは自分の部屋の扉を閉めるとそのまま蒼が待つリビングへと降りて行った。
アカリがリビングに降りると、蒼がソファーで寛いでいたが、降りてきたアカリを見るとおもむろに立ち上がると、
「準備はいいか?」
唐突にアカリへ質問をしたが、
「うん、大丈夫。君が作ってくれたお父さんからの御守りも持ったし」
そう言いながらアカリが取り出したのは、光の反射具合によって輝く色を変えるネックレスを取り出して見せ、それを見た蒼はよしとそのまま工房に入って以来何度も庭に出るために出入りした玄関へと歩いて行き、アカリもその後を付いて行く。
そしてリビングを出て、玄関に着くと、蒼はドアノブへと数秒の間、魔力を流すと後ろに振り返る。
「良いんだな?」
「うん」
蒼の最後の問いにアカリは迷うことなく頷き、それを確認した蒼はゆっくりと閉じていたドアを開けて行き、ドアの隙間から差してくる光が徐々に玄関を、アカリと蒼を祝福するかのように明るく照らしていく。
差し込んでいた光が納まり、アカリが目を開けると、そこには、自然豊かで、広大な森が広がっており、アカリは一歩一歩着実に歩を刻み、その足が草を踏みしめる音が鳴る。
「ここが、外の世界?」
「ああ、そしてここは、俺を召喚した、ダークエルフたちの国【シュライネア】だ」
アカリより先に出ていた蒼が今いる場所を伝える。と同時に生まれた一つの気配があった。
「誰っ!」
「まあ、落ち着け。俺が外に出た時の為の使い見たいな奴さ。」
アカリは警戒を解かずにいたのだが、気配は察知できてもどこに居るかは把握できない。一方の蒼は言えば気を抜いた状態で欠伸をしていたが、その空気は一瞬で一変した。
「さて、そろそろ姿を現さないなら、こっちから一発仕掛けさせてもらうぞ?」
体内で練り上げた高密度の魔力を四方に向けて、発する。すると一つの、蒼たちからすれば左斜め前方の木の上で微かな波紋が生まれており、その揺らぎが強くなりやがて一人の人影が姿を現すと、そのまま地面に降り立つと頭を下げた。
「エルフ?ううん、ダークエルフなの?」
先ほど、蒼が口にした国は確かにダークエルフの国の名で、ダークエルフがこの場に居る事に対してアカリに驚きは無かったが、それ以上に先ほどまで気配を隠していたのに、蒼が魔力を発した途端に姿を現した事にアカリは驚きの表情を浮かべた。
「ご無礼の程を、ご容赦くださいませ。アオイ様。そしてアカリ様」
「私の名前を、知っているの‥‥?」
「はい。私は陛下よりアオイ様が何故姿を消されたのか、その真実を知らされております、数少ない者の一人です」
未だに頭を上げようとしない初老だが初老に見えない身体能力を持つダークエルフの言葉の内容に思わずアカリは蒼を見たが、蒼は特に否定する事は無かった。
「本当なの?」
「ああ、流石に誰にも何も言わずってのは拙いし、何より下手に探されるのを避けるにはこれしかなかったんだ。まあそれでも下手に口にされても困るからな、口外できない、すれば命を奪う契約を交わしているんだ」
「はい、私は女王陛下に選ばれた、数少ない真実を知る者です。そしてアカリ様には決して傷を与えるような事を大樹の元に誓いましょう」
大樹の元に誓う、それはダークエルフ、エルフ共に共通する誓いを決して破らないという宣言であった。そして、もし誓いを破れば、その身は、
「誓いを破れば私の命は大樹の元へと召されるでしょう」
「そ、そんな思い誓いをさせるのは」
「良いのです。それにこれは贖罪でもあるのです。貴方のお父君の命を奪ってしまった事に対しての」
そう、この世界は【魔王】が討たれた事によって平和となった世界。それはアカリの父親の犠牲の上に成り立っている世界だという事なのだった。
「分かった。貴方のその誓い。確かに。それと一つ言わせて。私は確かに恨みました。世界の全てを、父を奪ったその全ての種族を。でも今は違います。彼と出会って、私は考えました。そして気が付きました。恨みはやがて連鎖となって自分自身を蝕む物だと」
そして、
「私は、彼《蒼》から話を聞きました。父は残り少ない死にゆく命の中、世界が平和となる事、そして彼《蒼》に渡しを託し、私の幸せを願っていたと。なら私はその父の願いを胸に秘めておきます。恨みではなく、自分自身の幸福を掴んでほしいという、父の思いにこたえるために」
「貴女様の思い、しかと刻みました。して、この世界に出てこられました、その理由とは」
アカリの思いを聞き、ダークエルフは再び頭を下げた後蒼達に問うてきた。
「ああ、まあ外部との時間の差は把握していたからな。大分平和になったし、それに学園が五か国の大陸の中心部に作られる話を聞いてな。まあその話はそっちにも通しているだろ?」
アカリはいまいち理解できなかったが、ダークエルフは理解したのか、その場から立ち上がった。
「分かりました。それでは陛下の元へご案内いたしましょう。お話はそちらで」
「ああ。ほら、行くぞ」
「え、あ、うん」
先頭を歩くダークエルフに付いて行くように蒼はアカリの手を引き、森の中を歩き始め、空から凡そ三十分後、森が開けるると、巨大な樹の下に栄える国があった。そして蒼は慣れていたが、アカリは思わず見上げる程の巨大な樹、エルフと共に森と共に生きる国。
「着きましたぞ、これが我らが国「シュライネア」。その首都であるユグレアです」
初老のダークエルフは何処か誇らしそうに語った。
今回はアカリの過去の状況などのシーンも書き出しました。因みに女王はアカリの父親とは進行があったので、もちろん契約を交わしたうえで、蒼から事情を聞いています。
さて、次回の投稿も、二週間以内で出来ればと思っています。では