第三話 「準備」
ふう、どうにか、二週間以内‥‥
リビングの地下、そこにはかなり広い空間が広がっていた。工房に降りたこの部屋の主である蒼はそのまま中を歩き勝手知ったいつもの指定席へと腰を下ろす。だがすぐに作業に取り掛かるのではなく考えるは外の状況だった。何分、外部と切断できるという事は、裏を返せば外部の情報も知る術がないという事だ。だがまあ、
「とりあえず百年は経っているだろうから、見た目を変える魔具は必要ないなのか?」
いやそこに関してはあいつから聞くとするか、とそう言いながら蒼が考えるのはアカリの事だった。アカリが魔王の娘というのは周知の事実であるが、百年も経っていれば死んだと思い捜索を打ち切っているだろう。それに隠さず堂々としていれば思いの外バレないというモノだ。だが、
「念の為に幾つか見繕っておくか」
そう言いつつ蒼は足元の石の床に刻まれている魔法陣に魔力をが仕込むと、床から石がせり上がり、形を変えやがてそれはテーブルへと形を変えた。
そのまま蒼は流れる様に、慣れた手つきですぐ傍の箱の中に入れてあった赤い宝石、ルビーの様に輝く鉱石【紅輝石】と十センチサイズの【鉄鉱石】を手に取ると、テーブルの上に刻まれた魔法陣へと並べて置く。
「とりあえず、外見だけでも偽る魔具を作っておくか」
そう言いつつ魔法陣に魔力を流すと魔法陣が光を発し、魔法陣の上に置かれた【紅輝石】と【鉄鉱石】が形を変え、一つとなり、やがて光が納まると魔法陣の中心で輝く小さな赤い宝石が付いたイヤリングへと姿を変えた。
「よし」
蒼は完成したイヤリングを手に取り、部屋の隅に置いてある姿鏡の前に蒼は立ち、イヤリングを付けると、蒼の髪の色が黒から端から赤色へと変化した。
「よし、上出来だな」
蒼が作り出したのは、身に着けた者の髪の色、雰囲気を変える魔法道具だった。そして付けていたイヤリングを外すと髪の色再び黒へと戻った。しかし蒼はその事に関しては確認する事は無く、そのまま完成したイヤリングを蒼が創った腕輪型の魔宝具【異空の蔵】に魔力を流し、その内部の空間に放り込むように収納した。
「武器の方は‥‥まあ大分【異空の蔵】に作り置きがあるから、いいか」
そう言いながら蒼は次は何を幾つか装備を見繕っておくかとそのまま先ほどの箱の隣の中に入っていた枝を取り出した。その樹は何処か神々しい雰囲気を纏っていた。その枝の名前を「聖森樹の枝」それはエルフたちの国の象徴とされている「聖森樹」からとったモノだった。
元々その樹には数十年に一度、樹の全ての栄養、魔力を宿した樹が数本だけ生えるのだ。そして蒼が手に持っている枝は工房に入る前、勇者達に魔王を倒した事への感謝を込めてエルフの国より送られたモノだった。「聖森樹」は大地より栄養を、大気からは魔力を吸い成長する。そして「聖森樹の枝」は「聖森樹」の成長具合によって左右されるもので、蒼達に送られたのはその中でも最高級のモノだった。
「さて、こいつをどうするか‥…」
大地の栄養、大気の魔力を吸い取って出来た、この十センチほどの小さな枝は地面に植えればそこから芽を出して成長するし、植えなくても枝の内部には膨大な魔力を常に生成している。そして常に魔力が枝全体を循環しておりその強度は魔剣に迫るものであり、加工にはかなりの腕を要求される代物だった。
「よし、アカリは魔法がメインだろうから、シンプルに杖にするか」
強度に関しても枝から常に魔力が溢れ出ているので心配はない。作る物が決まれば後は早い。蒼は早速魔法陣の上に「聖森樹の枝」を乗せる。まずは長さが欲しいために「聖森樹」に直接魔力を注いで成長させて行く。「聖森樹の枝」は大地の栄養以外に魔力を吸収し成長するという特徴があるのだ。だが、
「っく‥‥やっぱり、想像以上に魔力を必要とするか」
蒼が聖森樹へと流している魔力の量は先ほどのペンダントに流した魔力量を一だとするならば、その凡そ百倍の量を蒼は「聖森樹」へと流し込んでいた。この世界での総魔力量はあまり知られていないが枯渇を繰り返していく毎にその量が増えるのだ。そして、蒼は強くなるために「錬製魔法」を何度も使い、今まで幾度となく魔力枯渇に陥ってきた。そのお陰で魔力量は元の蒼が普通の常人だったとすれば、現在は異常とも言える量を誇っていた、が今はそれが湯水の如く「聖森樹」に吸い取られていた。
だが蒼は魔力を流すのを止める事無く流していく。
そして、魔力を注ぎ出して、凡そ十秒後、テーブルに置かれた「聖森樹の枝」が徐々にその長さを伸ばしていき、その長さは八十センチに迫る程の長さになり、蒼は一旦聖森樹に注いでいた魔力を止めると一息をついた。
「はあ、はあ、思った以上に、吸われたな‥‥けど取りあえずこれだけの長さがあればいいか。」
そして蒼は成長した「聖森樹の枝」を手に取ると今度は注いでいくのではなく、その表面上に魔力を纏わせ、「聖森樹の枝」の全体を蒼の魔力が覆い尽くすと蒼は口を開いた。
「【研磨錬製】」
蒼が発動となる呪文を口にすると一瞬にして「聖森樹の枝」は「聖森樹の杖」へと形を変え、その表面はまるで鑢を当てられた後の様につるつるになっていた。「研磨錬製」それはその名の通り【研磨】魔力を流した対象物の表面を研磨する。ただそれだけの能力だった。だが流石に長い間この力を扱っている蒼は寧ろ便利だと思っていた。
「よし、そんで最後に四つの魔法属性を宿す【四晶石】を杖の中心に埋め込んで、完成だ」
そして完成したのは「聖森樹の枝」の中心に四色の光を発する【四晶石】を埋め込まれ、先端には三つの羽を模した、何処か神々しく感じる杖が完成した。
「よし、試しにっと」
蒼がトンッと足を鳴らすと部屋の一角が変化し、地面が現れ数メートル先には複数の円形の的が設置された。
「風よ、矢の如く、疾り穿て、【ゲイルアロー】」
蒼はごく自然に杖の内部を循環している魔力の行先を埋め込んだ【四晶石】へと変更し、照準を的へと風の矢を打ち出すと、風の矢が的へと見事に命中、的を粉砕した。
「よし、魔力の流れも特に問題は無しで、四晶石の耐久性も問題は無いな」
そして蒼は杖、そして埋め込んだ四晶石との魔力の循環経路にも問題がない事を確認した、その時だった、蒼の工房の扉がノックされたのは。
「アオイ、そろそろお昼になるから、上がってきて」
そして、もちろんノックをしたのはアカリだった。
「ん?ああ、もうそんな時間か」
どうやらいつの間にか、思っていた以上に時間が経っていたのかと、そう言いながら蒼は自然な仕草で床をトンッと足先で軽く踏むと飛び散った的の破片は綺麗に無くなり、床も綺麗に張り直されており、先程まで的と地面があったとは感じさせないものだった。
「ねえ、入ってもいいかな?」
「ああ、構わないぞ、作業自体も区切りがついたからな」
蒼がそう返事をすると扉が開き、アカリが部屋の中へと入ってきた。そして一通り部屋の中を見回したアカリは、
「相変わらず、ごちゃごちゃしてるの?」
遠回しに片付けれないのか、と毒を吐いてきた。そしてその言葉に蒼は苦笑を浮かべるしか無い。何せ片付けれない事はなく、片付けるのだが、毎回作業をした後はごちゃごちゃとした状態に逆戻りしてしまうのだった。まあ、片付けられていない事に変わりはなかった。そして、アカリの視線が蒼が持っている杖に向くのはある意味で当たり前の帰結だった。
「その杖は?」
「ああ、これか、これは、お前の杖だ。ほら」
蒼は何とでもないように杖を放り投げたが、もしこの場にエルフ達が居れば怒っていても仕方がないだろう。何せ国の宝とも言える聖森樹の枝を、幾ら頑丈で折れないとは言え、投げるというのはあり得ないものだった。だが、それは蒼には関係がない事だった。
そして、蒼が投げた杖は落ちることなく見事、アカリの手の中へと収まった。
「試しに、そいつに魔力を流してみな」
「わかった」
アカリは杖に自身の魔力を流して行く。するとアカリの表情が驚きに変わった。
「何、これ。魔力がこんなにも簡単に流れるなんて……」
「ああ、それは魔力親和性の高い「聖森樹の枝」を使っているからな。それにまだ、そいつは生きているからお前の魔力と親和しやすい」
「「聖森樹の枝」って、数十年に一度、それも数本しか出来る事がないあの聖森樹の枝!?」
驚きのあまり杖を落としそうになったアカリはどうにか杖を掴む事が出来、落とすことは無かったが、アカリはそのまま杖を見つめていた。
「ああ、エルフの王様からもらった最上級の内の一本だ。長さが足りないと思ったから俺の魔力で少しばかり伸ばしたがな」
「伸ばしたって、自前の魔力で聖森樹の枝を伸ばしたの?!杖よりもそっちの方が驚愕だよ!?」
アカリはといえばあり得ないと表情にありありと浮かんでいたが蒼はといえばそうか?とばかりに頭を傾げていた。どうやら互いに認識の違いがあるようだ、と何処かやれやれという感じにアカリは頭を振る。
「元の長さが分からないけど、そもそも、確かに聖森樹の枝は魔力を吸う事で成長するけど、その成長に必要な魔力量は五センチ毎に優に高位の術師十人分は必要、またはそれ以上とも言われてるんだよ?」
それがどう言うことか分かってるの?とアカリの視線が訴えてきたが寧ろ蒼は魔力が湯水の如く吸われた原因を理解できて納得気な顔をしていた。
「ああ、なるほど、そういうことか。道理で魔力を矢鱈と吸われた訳だ」
「て事は、やっぱり君一人の魔力でここまで?」
「ああ、全体の八割位持っていかれたがな」
「は、八割って、君は一体どれだけの魔力を保有してるの……」
最早、驚きを通り越してあきれ気味に蒼を見て、蒼はしょうがないだろとばかりにアカリを見返した。
「仕方ないだろ、魔力枯渇を繰り返していると増えたんだからな」
実際、蒼自身も魔力の保有量が増えた事に気が付いたのは何度となく魔力枯渇を繰り返した後だった。もちろん、他の勇者四人と他の人達にも聞かれたが、蒼は「魔力が枯渇するまで魔法を使って回復してまた使ったら増えた」と教え、勇者も含め実際に何人かが試したが、一回でほぼ全員、残った数人も三回目でギブアップした。「こんな疲労感に勝てない」だそうだ。
「ふ~ん、君も苦労してきたんだね。っと、ご飯できたからとりあえず上に上がって来てね」
杖を渡しながら蒼にそう伝えるとアカリはそのまま上へと上がって行った。
「ああ、すぐ行くよ」
階段を上がっていくアカリに返事を返し、振り返り部屋の中を見た蒼は、
「昼飯を食った後、整理でもするかな‥‥」
昼飯の後は掃除と頭の片隅に書きながら、蒼はアカリの後を追うようにリビングへと上がって行った。
「あ、思ったより早かったね?」
「ああ、取り敢えずやることは出来たからな、昼からは部屋の片付けをやるつもりだ。それで、今日の昼はサンドイッチか」
そう言いながら椅子に腰を落ち着けた蒼の目の前の皿にはシンプルに野菜に卵と山菜で作ったドレッシングが掛けられ、その上にベーコンを乗せ、パンで閉じ、二つに分けられたサンドイッチだった。その断面からはドレッシングによる野菜の光沢、そして香ばしいベーコンの香りが食欲をそそる、シンプルだがそれゆえに作り手の腕が必要とされる一品だった。そして蒼とアカリは互いに手を合わせる。
「よし、それじゃあ」
「「いただきます」」
そう言うと蒼とアカリはほぼ同じタイミングでサンドイッチを手に取り、蒼は豪快に、アカリは何処か上品にサンドイッチに齧り付いたのだった。
次回の話は浮かんではいるのですが、書くのに少し時間がかかるかもしれません。二週間以内に、出来ればいいかなと思っています。