第二話 「目覚め」
ふう、思いついたから、書きだした‥‥
眠りと覚醒という両水面の間で揺蕩うかのようなふわふわとした感覚が蒼の全身を包んでいた。そして、思い出すは先ほどの夢。
(ああ、久々に懐かしい夢を見たな‥‥)
そう思いながら蒼は寝ぼけた状態でベットの上で寝返りをしながら、再びその意識が眠りへと天秤が傾こうとした時だった。下の方から階段を上がってくる足音を蒼の耳は捉えていた。と言ってもこの工房内に入れる者はいない。
となれば、その人物は工房内部に居るものと考えられる。もし害意があれば即座に目が覚めるがそのようなことは無い事から敵ではない。
そして、その足音は蒼の部屋の前で止まり、コンコン、と慣れた感じでノックをして来た。
「蒼、そろそろ起きて、朝ご飯が出来たよ?」
「あ~、分かったそろそろ「まだかかる?」‥‥少しは待てよ、アカリ」
「だって、蒼はいつも二度寝しちゃうでしょ?」
「‥…」
もはや、互いに羞恥心を抱くほどの短い付き合いでも関係でもないのでさして問題は無いが、ここ最近問答無用で扉を開ける事が多くなったなと蒼は頭を掻きながらベットから体を起こした。髪はややボサボサであるが整えられており、蒼の髪を切ってくれているアカリの腕がかなりのモノであると伺わせるモノだった。そして服の裾や袖から見える蒼の腕などは筋肉が付いており、かなり鍛えられていた。
そして、蒼を言いくるめたアカリという名の少女は仄かにピンク交じりの赤い髪の少女だった。その肢体は
まさに女性としての主張が溢れていた。顔立ちは幼さを残しながらも女としての顔を持ち、更に服を押し上げて自己主張している胸。今履いているスカートの裾から伸びる白く、スラっとした足とまさにモデル体型の美少女がそこにいた。
「とにかく、ご飯が覚めちゃうから早く起きて来てよ?」
「へいへい」
まるでお母さんのように蒼に二度寝しないでよと注意すると、アカリは部屋の外へと出ると階下にあるリビングへと降りて行った。そして、結果的に二度寝をする事が出来なかった蒼は溜息を吐いた。
「やれやれ、まあ、百年以上一緒にいれば、そりゃ生活のリズム何てバレバレだろうな。いや、寧ろ完全に把握されていると考えるべきか?」
と、なんとも言えない事を自問自答しながら、蒼は部屋に設えたタンスの中から服を身に着け、少々寝ぐせのついた髪を直しながら下へと降りて行った。
「おお、いい匂いだな。今日はパンとスープかな?」
蒼が階段を下りている途中から鼻孔をくすぐる匂いにつられて、今日の朝食を予想しているとお腹が空腹を訴えてきた、ので蒼は少し足を速め、リビングへと入ると、その匂いはさらに膨れ上がった。
「あ、今日は二度寝をせずに起きれたんだね?」
「あのな、偶には俺だって自分で起きれるぞ?」
「そう言いながら、滅多に起きて来れないでしょ?」
「偶になら起きれるぞ、偶にはな」
本当かなという視線でこちらを見て来るアカリの視線を無視しながら、アカリの向かい側の席に腰に、蒼のいつもの席へと腰を下ろした。
テーブルの上には焼き立てと思われるパン、ベーコンエッグに外の菜園にある野菜のサラダ、そして、蒼の朝食の隣にはこの世界で見つけた、コーヒー独特の香りと苦みのある黒茶と呼ばれる紅茶が、アカリの方も蒼とメニューは同じだが、アカリの朝食の横にはミルクと紅茶が置かれていた。
「よし、それじゃあ」
手を合わせ、いただきますを言うと蒼はパンから、アカリは野菜から手を付け始めた。蒼がパンを裂くと、その中からいい香りと蒸気が上がり、それがまさに作り立て手であると自己主張をしていた。
蒼は豪快にパンをへとかぶりついた。噛んだ瞬間、パリッと出来立てのパン特有の触感と、中の柔らかい部分から甘さが口いっぱいに広がる。そしてパンを噛みしめるごとに表面のパリッと焼けた部分から使われた小麦の香りが鼻孔へと抜けていく。そしてパンを半分程食べ終えると次はサラダの器を手に取った。
サラダは色鮮やかで野菜たちで彩られ、その上にはアカリドレッシングが掛けられており、野菜とドレッシングの光沢が食欲をそそり、蒼は箸を使ってサラダを口の中へと運んだ。
(ああ、いつ食っても美味いな。それに掛けてあるこのドレッシング。野菜のほのかな甘みを活かしながら、シャキシャキとした野菜と交じり合って何とも言えない組み合わせだ。)
数百年前にこの世界に召喚された時に最も美味かった王宮と宿屋の料理以上にアカリの料理はそのどれもがおいしいものだった。まあ、元々アカリは炊事などは全くできなかったのだが、地球にいた時から自炊が出来ていた蒼が分からない所を教えたり、補助をして行くとメキメキと料理の腕を上達させて行き、当初は互いに料理当番をしていたのだが、いつの間にやら料理などはアカリが担当するようになっていた。もちろん全部を任せるのは申し訳ないので蒼も手伝いや、時折料理を作る様にしているが、今では圧倒的にアカリが作る事が多くなったのだった。
そして、パン、サラダとくれば、最後に手を付けずに残っているのはベーコンエッグだけとなった。蒼は箸で半熟の卵の黄身を箸で割ると、そこから溢れ作られるは黄色い黄身の川。そして黄身がかかったベーコンを切って口の中へと運ぶ。
(ああ、良い味加減だ。黄身は半熟状態でとろりと、ベーコンはこんがり、白身は柔らかさを保ちながらちゃんと焼かれている)
そして、蒼の手は再びパンへと回帰する。そしてパンを食べればサラダに、サラダを食べればベーコンエッグとループを繰り返していく。そして、
「「ご馳走様でした」」
蒼とアカリは互いに手を合わせ、その後は蒼は片手にコーヒーそっくりの黒茶を、アカリは紅茶にミルクを混ぜたミルクティーを見つめながら食後の静かな時間を過ごす。
「‥‥…ねえ、蒼」
「なんだ、アカリ」
「私、そろそろ、外の世界を見てみたいと思うの」
「‥‥‥そうか、いや、そうだな。外はあれから長い時間が過ぎているはずだ。寧ろ長い間こんな閉じられた世界に居てくれた事を感謝しないといけないな」
「そんな事は無い。貴方は、私を救ってくれた。殺されるはずだった、私を」
そもそも、蒼とアカリが居るのは、普通の場所では無かった。いやそもそも場所という事すら間違っていた。そもそもこの建物を含む一帯があるのはグラティアではない。グラティアがある空間とは別の空間、異空間にこの工房は存在していた。
そもそも、何故異空間にこのような一軒家と庭が丸々納まる程の場所がそして何故太陽と月が存在しているのか、それは蒼が作製した二つの杭によるおかげであった。
結界内部に月と太陽があるのは太陽の光と月の光を模したを術式を杭に刻み、工房の地下に設置した魔石から魔力を流す事によってその術式を起動し、結界内に月と太陽を生み出しているのだった。結界も同じ要領で魔石からの魔力によって常に起動しているのだった。
そもそも、蒼がアカリとこの結界の中、工房に入ったのはグラティア全土から狙われるであろう、【魔王】の娘を匿う為だった。
「別に、感謝されるよう事をした覚えはない。俺はただ、お前の魔王となった父親、ヴォルア・リュミエール・イグリストを殺した。その男の、親としての最後の願いを聞いただけだ。「娘を、頼む」って言葉をな」
【魔王】それは蒼を含めた五人の勇者がこの異世界、グラティアに召喚ばれることになった原因。
この世界の【魔王】はゲームであるかのような魔物達の王様で、世界を征服しようとしているというモノでは無い。魔王はこの世界の人間で、魔王が行うのは世界の征服では無い。破壊だ。この世界の【魔王】は世界を破壊する。この世界ではファンタジーと同じように魔物も存在する。だが破壊の対象に魔物も含まれる。
破壊、ただそれだけなのだ。例え命乞いをしようと容赦なく殺し、並大抵の攻撃は放出される魔力によって弾かれる。
唯一魔王に手傷を与えられる武器がこの世界には存在する。【聖剣】と【魔剣】だ。
聖剣は邪を払い、祝福の光を持て傷を癒す聖なる剣。魔剣は文字通り、魔力を纏い、傷つけた相手に呪いを、決して消えない傷を与える。
だが【聖剣】も【魔剣】も最高の腕を持った鍛冶師が、最高の状態で打ったとしても必ず打てるものではない。これは材料なども関係するが、打ち手の技術が高く要求される代物だった。
そして、アカリの父親であるヴォルア・イグリストは【魔王】となった。そもそも【魔王】とは何なのかと、この世界の学者たちは魔王が現れ、討伐される度に調べると、その正体が。
分かった。その正体は、
「負、呪いが意思を持ったモノ。それが【魔王】の正体だった。そして、更に【魔王】について研究を重ねると、【魔王】となった者達に一つの共通点が分かった。それが」
「世界に対して、内に憎悪を、負の感情を持って居るかだよね」
蒼の言葉を引き継いでアカリが言った事に蒼はそうだ、と頷いた。歴代の【魔王】となった者は皆、この世界に恨みを、呪いを抱いた者達だった。
そして、歴代の中で最強と云われたのが、目の前の、アカリの父親で、蒼が殺したヴォルア・イグリストだった。
ヴォルアは魔族達の王であった。王としても優秀で、他の国の王とも仲が良く、まさに理想の王であった。そしてアカリの母親である女性と出会い、子供が、アカリが生まれた。
国民たちは、いや周辺の国々も祝福を送り、魔族達の国である【エルファード】は繁栄を極めた。だがそんなある日、ある悲しい出来事が起きた。王妃が亡くなったのだ。その死を多くの国民が悼み、各国のトップもその葬儀に参加した。
それから凡そ十年後、アカリが十四歳になる年のある日、大陸中の天を黒雲が覆い尽くした。その時誰もが予感した。天が黒雲に覆い尽くされる。その事象が起きるという事が告げる出来事は、一つしかなかった。それは【魔王】の誕生を告げる証だった。
各王国は即座に調査に乗り出した。そして調査からひと月が経った、ある日、人間達の国である【アルメア】に一人の、ヴォルアの側近の男がこう告げた。
「我が国の王、ヴォルア様からのお言葉です『魔王は、私だ』と」
その場にいた各国の王は半信半疑ながらもまだ続きがありますという側近の次の言葉を聞いた。
「ヴォルア様は、皆様にこうお伝えしろと言われました。異なりし世界より五人の勇者を召喚、育て、私を討ってくれ、と」
その言葉を聞いて各国の王は迷った。異世界より勇者を召喚すれば、その者達の人生を奪う事に繋がると、容易く召喚は出来ないと、それと、もし被害が出ても【エルファード】だけだろうと。だが
「魔王となったヴォルアの力は想像を絶するモノだった」
結果、即座に勇者召喚を行わなかった。ツケは全ての国を襲った。それは天からの雷による攻撃だった。それも五つの国、ほぼ同時にだ。最初は小さな村が焼き尽くされた。次は小さな都市が焼き尽くされた。そして次には少し大きな都市の半分以上が破壊された。民からの不安、焦燥、怒りが四国の王家を襲い、盟友でもあるヴォルア・リュミエール・イグリストの、【魔王】討伐の為に一万の兵、騎士を【エルシファー】へと送り込んだ。少ないが【魔剣】【聖剣】も持たせていた。今までの【魔王】であれば討伐が出来るはずだった。だが、
「一月後、【エルシファー】へと送り込んだ兵士の生き残りが国王の前で告げた「部隊は、壊滅した」と」
そこで、国王たちは、踏み切った。勇者召喚を行う事を、決めた。勇者召喚の魔法。それは遥か昔、天上の神より与えられた秘法であった。そして、各国の召喚の間にて召喚されたのが、蒼を含む、五人の勇者だった。そして、勇者が召喚され、二年が経つころ、天を覆ていた黒雲が晴れた。それは勇者が【魔王】を破壊の象徴を討った証となった。
「だが、【魔王】が討たれた、その後四国は秘密裏に【魔王】の娘の暗殺を謀った」
それは、父親を討たれた事による憎悪によってまた新たな魔王に、父親超える存在になるのではないかと恐れたが故の行動だった。だが、
「その暗殺は、失敗した。情報のあった場所に、魔王の娘は居なかった」
ヴォルアはその可能性を娘が殺されるのではないかという可能性を見抜いていた。故に自らを殺す存在である勇者、そしてその中で信頼できるものに、己の大切な娘を託すことに決めたのだ。
「でも、貴方は私を守ってくれた」
「そりゃ、あの人との約束だ。守らないのは寝覚めが悪い。それに、忘れるなよ。俺はお前の親を殺した男だ」
「でも、この長い時間で貴方を知れた。貴方は優しい人。だから勝手に罪を背負ってしまう、そんな貴方を私は恨みはしない。寧ろ感謝しているの。私の為に一緒にこの世界《工房》に入ってくれた事も。だけど」
アカリは力強い眼差しで、蒼を見る。それはかつてのヴォルアを蒼に彷彿とさせる目だった。
「私は、貴方と一緒に、外に出たい。外に出て旅をしたいし、出来れば、学校にも行ってみたい‥‥‥無理、かな」
あ~、そうだなと真っ直ぐ見られたことへの照れ隠しに蒼は頬を掻くとコーヒーへと口を付け、一口飲む。その間もアカリが視線を逸らすことは無い。その視線をうけながら蒼は考えた。
(とりあえず、外部との時間の流れはこの異空間に居るとよく分からないが、少なくとも五十年から百年は経過していると見ていいだろう。それにかなり買い込んだが、そろそろ食材も無くなって来たからな…)
内部での菜園もあるが限界があると考え、外も大分変っているだろうし、もし何かあれば俺が守ればいいし、買い物も必要かと考えた。結果、
「分かった。それじゃあ明日、外に出よう。要望を全部叶えれるかは分からないがな」
「やった~!」
蒼は折れてやることにし、アカリは外に出れる事に大喜びをした。だが釘を刺すのを蒼は忘れなかった。
「言っておくが、今日はいつも通りに過ごせ。俺はこれから鍛錬場に居るから何かあったら呼んでくれ」
そう言って鍛錬場のある、地下へと通じている階段へと歩く蒼の背には~い!とアカリの元気な声が聞こえてきたのだった。それは蒼に今朝見せた顔とは違った年相応の声だなと蒼は感じながら、地下の鍛練場へと降りて行った。
今回は説明部分が多いです…