動かないエレベーター
動かないエレベーター
藍川秀一
ある日、エレベーターに乗っていたときのことだ。突然動かなくなり、閉じ込められることになる。携帯はデスクへと置いてきてしまっていたため外へと連絡する手立てがない。エレベーター内の電灯が切れていることから、ビル内の電源が落ちていることがわかる。緊急連絡ボタンを押しても反応がない。
完全に閉じ込められることとなった。女性と二人きりだとか、そういったシチュエーションならば少なからず気持ちも上がるのだが、何度見ても周りには誰もいない。
何もすることがない僕は床へと座り込み助けが来るのを待つしかなかった。連絡することもできないため、エレベーターが動かなくなっていることすら気づかない可能性もある。電源が落ちているから、中の方はそっちで騒がしくなっているだろう。
幸いにも、全体がクリアガラスであるため、目のやり場には困らない。目の前に広がっていたのは数え切れないほどのビル群だ。深夜であるせいか、光が星のように散りばめられ、赤や青、白色など、様々な色に明滅しながら夜の世界に彩りを与えている。日中は日差しが差し込み信じられないほど眩しいせいか、このエレベーターは社員からの人気がない。認知している人すら少ないだろう。しかし夜なれば、美しい景観を見せてくれる。知っているのは深夜まで残業している馬鹿な社員だけだ。
タバコをくわえて、マッチで火をつけながら夜の景色を眺める。煙が肺の中へと少しずつ入っていく。疲れているせいか、全く味はしなかった。タバコの先の灯火が暗いエレベーターでのアクセントになる。電気的な光源が外で広がっている中で、原始的な赤オレンジ色がきわ立つ。
そして一つ、また一つと、外に残っている光が消えていく。それはエレベーターに取り残された僕だけが見ることのできる特別な景観だった。閉じ込められたストレスを一時だが忘れることができる。
外に広がる全ての光が、消えてなくなる。そして一つ残ったタバコの火を携帯吸い殻へと押し込む。
僕には散りばめられた無数の光より、影の見えるこの、深い暗闇の方がずっと、美しく見えた。