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梟の木  作者: 文月六日
12/18

大きなのっぽの古時計


 カチリ、コチリ。

 カチリ、コチリ。

 

 その日、時計店『時代屋(じだいや)』ではガラリと閑古鳥が鳴いていた。

 客が一人として居ないのはこの古い時計屋では珍しいことではない。たまに来たとしても修理の駆け込みや腕時計の電池交換など、せいぜい片手の指で数えられる程度の人数だ。ほとんど営業は店主の趣味のようなもので、その切り盛りですら本人ではやっておらず従業員を一人雇っているだけだった。

 そしてこの店ただ一人の従業員、一宮太陽(いちのみやたいよう)もまた呑気な人間であった。彼のテリトリーである店奥のカウンター上には、週刊誌やポータブルゲーム機、数本のペットボトル清涼飲料水に、お徳用袋詰めのスナック菓子。机いっぱいに広げられていて、けれど咎める者は誰一人としていない。唯一の可能性として挙げられる店主の善治郎(ぜんじろう)でさえ、裏の座敷で饅頭を咥えながら日課の詰将棋に没頭しているところだ。例え来客があったとしても大体は常連で気心は知れていたし、新規のお客が入って来たとしても一瞬で卓上を整える自信が太陽にはある。『瞬時に机を片付けるインスタントクリーンナップ』とは、彼の数えられるしかない特技の中でも随一のものなのだ。仲の良い友人には呆れられていたものだが、ともかくこの技術に関しては右に出る者がいないと彼は自負していた。

 かくして日々、業務中にも関わらず己の時間をこれでもかと満喫している太陽だったが、その平穏も今日に限っては長く続かなかった。突如、ガサガサガサ、と不愉快な音が彼の耳に届いたのだ。カチコチ鳴る規則的な時計の針とはまた違う自分以外の動作音である。更に続く衣擦れのような音に大仰に驚きながら振り向くがその影を追うことは叶わない。ただ、“何かが居る”、ということだけが肌でひしひしと感じとれる。


 カチリ、コチリ。

 カチリ、コ……。

 カタカタ、カシャン。


 音は背後に置いてある古めかしいホールクロックからしているようだった。これは昨日店に売られて来たばかりのものだ。持ち主が逝去され、その孫娘から持ち込まれた。


 カタカタカタ、…………。


 正直振り返るのは恐ろしい。

 太陽はあまりオカルトを始めとする超常現象を得意としていない。親友こそ生家が神社の長男という何かあれば頼もしい人物ではあるが、親友は親友。自分は自分。彼がその道に進んでいるとはいえ、己が好めるとはまた別の話である。

 だけど、しかし、それでも。

 今ここには太陽しかいない。他の誰かを呼ぶにしたって、まずは自分の目で確認しないことには伝えることもできない。どうして誰かいて欲しい時に客は来ないのだろうか、と心中横切った不毛な嘆きは深呼吸と共に飲み込んだ。ふぅー、と大きく息を吐く。恐る恐る振り返り、不審な音源とその影を探す。

 そうして彼が見てしまったのは、背後に堂々と立つ大きな設置式振り子時計の前扉に張り付く、三角の赤帽子を被った小さな老人の姿だった。








 「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」


 立て付け悪い引き戸の入り口をガタガタ言わせながら軽快な台詞と共に店に乗り込んできた黒髪の麗女を、柔和な表情で店主の善治郎は出迎えた。店奥の座敷で顰面(しかめっつら)をしている普段とはうってかわり背筋を伸ばした店主に、相変わらず美人には優しいな、と苦笑しつつ太陽も倣って笑顔で迎える。


 「お待ちしておりました、涼子(りょうこ)さん」

 「久しぶりじゃない、善治郎。あなた、また皺が増えたんじゃない?」

 「もう私も今年で七十六歳ですよ。(じじい)になるのはあっちゅう間です。ほいで、太陽」

 「はじめまして、一宮太陽です。お噂はかねがね」

 「こんにちは。ふふふ、いい噂だと良いんだけど」


 涼子、と呼ばれた女性はロイヤルブルーのダッフルコートを脱ぎながら悪戯っぽく笑った。以前から話は聞いていたのだが、実際目の当たりにすると彼女はとてつもない美人だ。白のワイドパンツから伸びる足は踵の高いベージュのパンプスを履いている。長い脚が更に長く見え、用意しておいたパイプ椅子に座る姿すら美しい。パリコレモデルか、はたまたハリウッド女優か。ともかく十人中十人が振り返るような、それはおそろしく綺麗な女性だった。そして彼女こそ、先の件で呼ばれた怪奇現象のスペシャリストだという。善治郎の古い知り合い(女性は二十代後半くらいに見えるのだが、善治郎は“古い”知り合いと言っていた)で、そして太陽の親友の生家である神社のお偉いさんなのだそうだ。人は見かけじゃない、ということなのだろう。

 さぁて、と涼子は座ったまま辺りを見回すと、カウンターの後ろにある古めかしいホールクロックに目を留めた。立派な振り子時計だ。堂々たる立ち姿は何十年も主人の元で朝晩時間を刻んできたことを感じさせる。マホガニーの表材はよく見ると細かな傷こそあったものの、大事に長い間使われてきたのだろう、針も振り子も曲がりひとつなくピンと背筋のように伸びていた。しかし、今は動かない。

 目の前に差し出された湯呑みを受け取って、こくりと涼子は一口潤す。そうして、なるほどね、と知っていたように笑って言った。


 「これは、座敷わらしね」

 「は……?」


 固まったのは太陽だ。

 それもそのはず、彼が見たのはそんな可愛らしいものではない。確かに太陽は座敷わらしについて詳しくはないが、それでもその姿は着物を着ているわけでもなく、よく言うおかっぱでもなく、そもそも子供ですらない。柱時計の前扉であるガラス窓に貼り付く、ちっさいおっさんなのだ。

 そんな太陽の疑りを汲みとりもせず、涼子はズボンのポケットをガサゴソと探ると一粒の飴玉を取り出した。そうして、ふふふふーん、と鼻唄を歌いながら苺模様のパッケージを剥がすとおもむろに太陽へと渡す。


 「はい」

 「え……?」

 「あげてみなさい。大丈夫、こわくない、こわくなーい」


 動物に餌をあげるように言われて、些か複雑な思いで飴を受け取った。正直な話、半信半疑どころか疑いしかない。そもそも菓子一つあげてどうにかなるものならば自分よりずっと長く生きている店主がどうにかしてくれそうなものだ。しかしながら、その店主である善治郎は涼子に全面的な信頼を置いているようだった。「座敷わらし」と彼女が言ったときですら驚いて目を見開いたものの、今は異論一つ述べずひたりと様子を見守っている。普段俺の話なんか碌に聞き入れないくせに! と今不要な文句までふつふつと沸いてきて誤魔化すように掌を開く。

 かわいい薄紅色のいちごみるく味。

 手の中に転がる一粒を眺めていても始まらない。頑張れ太陽。負けるな太陽。そう自身を叱咤して古時計の前に立ち踏ん張る。怖々と、例え何か見えても直視しないよう密かな抵抗として薄目で時計と対峙すると、既にガラス扉を開ける前から振り子の後ろでおっさんがこちらを覗いているのが見えた。その視線は違わず手元の飴玉へ、凝視だ。


 (ガン見かよ……!)


 客人がいなかったら大声を上げているところだ。けれど涼子のいる手前(はばか)られて、どうにかその突っ込みは心の中だけに留めることに成功する。そうして恐る恐る、震える手をゆっくりと差し出す。


 そして、それは一瞬のことだった。


 扉が開くと同時、瞬きよりも早く飴玉はあっという間に煙のごとく消えてしまったのだ。どうやらおっさんが奪い去ったのだと後から気付くが、それはとんでもない早さだった。目の前から姿を消した小人と飴に太陽はオロオロと辺りを見回すもその赤帽子は見る影もない。カチリ、コチリ、と並ぶ時計が変わらず合唱を続けるばかりだ。

 くすくすと笑いながら煎茶を啜って、涼子は狼狽(うろた)えているばかりの太陽にその置き時計を見るように促した。そこには、つい先ほどまで針を止め眠っていたはずのホールクロックが、カチリ、コチリ、と嬉しそうに振り子を揺らす姿がある。


 「……動いてる」

 「流石です。涼子さん」


 ほほぉ、と感嘆のため息を吐くと善治郎は皺を更に深くして笑った。その言葉に涼子は満更でもなく、そうでしょう、そうでしょうと自慢げに頷く。


 「うふふ。北欧の言葉で、“ニッセ”とか“トムテ”とか言うんだけどね」


 ちっさい三角赤帽子の彼のことよ。

 涼子は空になった湯呑みをカウンターに置くと小包装された飴をポケットから更に出して言った。


 「本来は働き者の子たちなのよ。けれど前の主人がいなくなって、どうするか時計の中で逡巡しているうちに一緒に運ばれてきてしまったのね。それで拗ねて時間を止めて引きこもってたんだわ。けど、まぁ、人の良さそうな太陽を見かけて、気になって顔を出したのでしょう」


 そう美しい顔を向けられて、太陽は少しだけたじろいだ。


 「年に一回、クリスマスの前日にバター入りのミルク粥をあげてね。感謝の気持ちを忘れずに、大事にしてあげれば彼らは幸せを運んでくれるわ」


 バチン、と音がしそうなウインクをして涼子は立ち上がると、ウンと伸びをひとつした。帰り支度をする彼女に「お代は」と善治郎が問いかけるも、手のひらを外に向けて不要だと横に振る。頑固な店主はそれでもと引き下がるが、本当に要らないのよ、と涼子は笑って答えた。


 「お代は貰うわ、でも善治郎からじゃないの。三角帽子の彼から、ちゃあんと貰うのよ」


 時計の針がカチリと動き、まるで彼女に返事をしたかのようだった。








 涼子の言葉の意味は、翌朝に分かることとなる。

 その日はクリスマス。太陽の枕元には赤いリボンで口を閉じられた小さな布袋が置いてあった。もうサンタクロースにプレゼントを貰う歳でもないが、やっぱりどこか期待してしまうのは許してほしい。なんだろうか、現金だったらどうしようか。そう胸を高鳴らせ袋を覗くも中には根付の銀鈴がひとつ、ころりと入っているだけだった。青い編み紐が鮮やかで、目の前で揺らせば、ちりり、と澄んだ音がする。

 そういえば、涼子はあの小人のことを座敷わらしと言っていた。それは童でないにしろ、きっとあの三角帽のおっさんが相違ない幸せを運んでくれる、ということなのだろう。


 (慢心は、いけないんだったな)


 (おご)って努力を怠れば座敷わらしは家を出て行ってしまうのだと聞いたのはいつだったか。妖怪云々には詳しくないが何となく異論はない。

 そして同時に、店の新たな従業員である赤帽子の小人を思い浮かべた。


 (……棚掃除でもしてみるかな)


 今日も今日とてお客は来ない。これから来る予定も今のところはない。自由にしていても咎める店長ーー善治郎は裏で詰将棋に勤しんでいたし、例え誰かが顔を覗かせても太陽の『瞬時に机を片付けるインスタントクリーンナップ』が発動するだけだ。

 そう、なんの滞りもない、けれども。

 店に入ってカウンターに着くと一番、カタカタ、と背後から音がして何となく笑った。探しても振り子時計の中には彼は居らず、仕方ない、と机の端に今朝買ったばかりの飴玉をひとつ置く。


 「さぁてと!」


 気合いを入れて腕まくりをする。

 まるでそれに応えるかのように「チリン」とキーリングにつけた銀鈴が、澄まし顔で優しく鳴いた。

ニッセ、又はトムテと言った今回登場した小人は、北欧の伝承に存在するサンタクロースのモデルとなった妖精です。

昨今は日本の雑貨屋でも小さな人形が売られていたりと、とても微笑ましい様子が見られます。

気になる方はぜひ調べて見てくださいませ。

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