閑話 今代<勇者>の決意 竜の再来
ハーメルンにおいて、本編を挟み、投稿していた閑話二話をつなげてあります。時系列としては連続しているので、違和感は多分無いはず……
それではどうぞ
<防衛者>神崎啓斗と<支援者>内山さくらが殺された日の夜。王都・王城の謁見の間では、馬を全力で駆けさせた近衛騎士団の報告が行われていた。
「何、魔族が?!」
「は、ギガントポイズンスパイダーの討伐に成功した直後、気が緩んだ隙を突かれ、クラウディア・リベオール正騎士が討たれました。さらに他の騎士へ襲い掛かろうとしたところを<防衛者>……様が、障壁を張ってくれたので」
「では<防衛者>様は?<支援者>様もお姿が見えないのですが……まさかっ!」
「王女殿下、申し訳ございません……我々も力を尽くし、できうる限りのことはしたのですが……我々を庇って……」
小隊を率いていた隊長の話はこういうことだった。
魔族による不意討ちを受け、1人が殺された騎士小隊を護るように<絶対障壁>を展開。<支援者>による援護もあり、最初は魔法攻撃を全て防御しきったという。しかし、騎士団員含め17名を覆うほどの障壁は、当然ながらかなりのMPを消費し、疲労もたまる。一瞬の隙を突かれてまず<支援者>が殺される。さらに<防衛者>自身も腹部を刺された。しかしそこで相手の剣と手、自分を<絶対障壁>で固定し、その間に首を刎ねるように指示。
見事魔族の討伐に成功した。しかし、直後にさらにもう1人の魔族が出現。応戦しようとした騎士団に、<防衛者>は逃げるように指示。殺された騎士の剣を拾って、自分と魔族を囲むように内向きに<絶対障壁>を展開したのだという。
最初は命令権から指示に従い、退避したものの、途中で閃光が走り、爆発音が鳴り響いたので、戻ったところ、その場所は円形に吹き飛んでいたという。残っていたのは魔族の上半身だけの死体と、血が付いた<防衛者>の服の切れ端、そして血が付き折れている騎士剣だけだったという。
「魔族の攻撃魔法もしくは自爆だと……考えられます」
実際は嘘八百も良いところなのだが、内容に矛盾はなく、1人が欠けている理由も判明。もともとギガントポイズンスパイダーとの戦闘で前衛全員鎧には大なり小なり傷が出来、汚れている。そもそも魔族との戦闘ではほとんど守られてばかりだという点においても、観測可能な事実と一致。
ゆえに、これが嘘であることに、<勇者>メンバーも王国の上層部も、計画した張本人の宰相を除き、気づくことは無かった。
(よし、邪魔者の排除には成功したか。1人死んだが……まあ国のためだ、仕方ない。詳細は後で聞くとしよう。あとは厄介者も排除しなくてはならんな)
その日の深夜、宰相の自宅。
「ご苦労だった、これは約束の報酬だ」
「ありがとうございます……それで、言葉通り、昇進させていただけるのですよね?」
「それは騎士団長と話したまえ。私はただ任務をこなせば昇進も有り得ると言っただけだ」
「な……約束と違うじゃないですか!」
「約束?なんのことだ?私は昇進は有り得ると言っただけで、昇進させてやると言った記憶はないぞ?」
「な……ふざけんなよ!なんのために殺したと思っているんだ!」
「そのような事をあまり大声で言うのはあまり感心しないのだが……」
「人に人を殺させといて今更だろうがよ!くそっ、こうなったらいっそ公表して道連れに……」
「それは困るねぇ……やっぱり下賤な犬は使い捨ての駒にしかならんか」
「なんだと?」
「やれ」
「何をっ……ガッ?!」
次の瞬間、隊長の胸から短刀が突き出てきた。いつの間にか回り込んだ、黒づくめの男から、真後ろから胸を一突き。
動かなくなった隊長を見て、宰相は小さくため息を吐いた。そして、
「ついでだ。全員殺してこい」
「は」
一言そう答えると、隊長の死体と共に一瞬で消えた。残りの随伴メンバーを消しに行ったのだろう。
「言い訳はどうしようか……魔族の報復、で良いか。これで邪魔者は全て消し去ったな……成就までまた一歩前進か」
宰相宅、血だまりが広がるホールに、宰相の声だけが木霊した。
同日夜、<勇者>メンバーに割り当てられたリビングでは、内山の死を悼んでいた。一方で神崎の死は、自業自得だろう、としか思われていなかった。
「内山さん……」
「なんで神崎より先に死んでんだよ!死ぬのはあいつだけで十分だろうが!」
「<支援者>が<防衛者>の部下だから……とか?」
「なっ……じゃあ身代わりにしたようなもんじゃねえか!」
「最後まで役立たずかよ……」
神崎を蔑む声が多い中、篠原はうつむいて考え込んでいた。
自分自身の体で魔族の動きを制限し、倒させる。あの強力な魔法障壁たる<絶対障壁>を内側に向け、慣れないはずの剣を持って足止め。最終的に爆発に巻き込まれて死んだ。円形に吹き飛んだということは、爆発まで<絶対障壁>を維持しつつ戦っていたことになる。しかも恐らくレベルは1、攻撃力も初期値と変わらない状態で。
騎士団を護るために。
自分が最優先だといった、彼の姿とそれが重ならなかった。しかし一方で。
『最後まですべて信頼をおくことが出来るのは自分だけだ、戦場においては特に』
彼の台詞が頭をよぎる。日本の、ただの高校二年生の少年が放つにはあまりに達観した言葉。だが、彼は今回それを実践した。最後まで、すべて自分で。
レベルも低い、当然MPも少ない、体力は現代人の人並み程度。その状態で16人を護り続ける障壁を維持し続けるのは至難の業だ。むしろ、一度集中が切れたらもうできない可能性すらある。しかも恐らくは間近でパートナーたる<支援者>内山が殺されているというのに、冷静に倒す指示を出している。
だが、最終的に殿……というか囮を務めた。この部分も何か違う。自分を最優先で動くなら騎士団に任せた方が得、と言うか彼は生き残れるはずだから。
「いや、まさか……!」
「どうしたの勇人?」
「い、いや。ちょっと考え事をな」
「ふーん、何?さくらのこと?」
「いや、神崎の方だ」
「アイツ?何かあったっけ?」
「いや、ちょっと、な。一応は同じクラスの仲間だったんだし、さ」
「勇人は優しいね」
確か、報告では一人目の魔族は、神崎が自分の肉体と障壁で相手を固定して倒したと聞いた。偶然か狙ってか、腹に刺さった剣を相手の腕ごと固定することによって。
人族領に出てこれるほどの魔族なら、レベルも高いはず。騎士団が倒しきるまでにもそこそこの時間を必要としたはずだ。その間剣は刺さりっぱなし、終わった直後に再び魔族襲来。<治癒魔法>や<回復魔法>を発動するひまもなかったのだとしたら。
逃げても遅かれ早かれ死ぬのが見えていたから、自分が殿となって、死兵となって、騎士団を逃がした。出来るだけ多く生き残れるように。
そうは考えられないだろうか?
「マジかおい……」
推論でしかないが、状況を聞く限り、篠原にとって、これが真実に近いと確信できる仮説だった。
何があっても自分を優先するという姿勢を取った彼が、そこまでしたならば、<勇者>である自分もそうしなくてはならない。むしろ、それ以上の覚悟を持つ必要がある。
既に彼と彼女を殺した魔族は、彼自身が殺している。ならば、
「魔王を倒し、魔族を亡ぼすことで二人への弔いとするか」
今日この時、<勇者>篠原勇人は決意した。
何としてでも<魔王>を倒し、魔族を亡ぼし、人族を救う。そして、せめて今生きている者は全員、元の世界へ連れ帰る。それが、先に死んだ学友の願いにも沿うだろうと。
だが彼は気づかない。それがすべて、誘導された結果の、偽りの決意である事を。
<防衛者>神崎啓斗及び<支援者>内山さくらが殺された翌日。篠原他<勇者>パーティーは、訓練場に来て、ひたすらに訓練を行っていた。特に<勇者>たる篠原は、朝早くから、これまでとは違う気迫で訓練に励んでいた。
「ふむ、勇人は何かあったのかね?」
「昨日<防衛者>と<支援者>が死んだという話を聞いてから少しおかしくはあったんですが……」
「なるほど……彼らの死については非常に残念に思うよ。二人とも、なかなか面白い子だったし、ね」
「<防衛者>……神崎もですか?」
「ああ、他の者はあまり良くは思っていないようだったがね。あの年齢で、あの場所で自分の意見を言えるのは素晴らしい。意見も筋の通ったものだ。国を守りたい我々からすれば残念ではあったがね……さて、では勇人君の訓練に付き合うとしようか」
そういって模擬剣を手に、篠原のもとへ歩き出したその瞬間。
「―――――っ!なんだ!?」
訓練場の屋根が壊れた。
『――一週間ぶりだな、<勇者>よ』
一週間前の焼き直しのようだ。再び屋根を壊して現れた竜――クトゥルフと、それを呆然と見上げる<勇者>達。
『さて、答えを聞こうか。<勇者>よ。我らが始祖の提案に応じ、元の世界へと帰還するか否か。とはいえ、本来帰還以外の選択肢はないのだが……』
「黙れ」
『ふむ?<勇者>か』
「俺は、魔族を亡ぼすまで帰らない!魔族を……奴らに加担するお前ら魔物も!滅ぼさなきゃ、あの二人の仇を取るまでは!」
『あの二人?はて……そういえば魔力反応が二人足りんな』
「とぼけるな!お前も知っているだろう!」
『なんの話だ……何と、いないのは<防衛者>に<支援者>か?彼らはどこにいる?』
「はっ!あくまでも知らないふりか!良いぜ、教えてやるよ!二人とも、昨日殺されたよ!お前らの仲間、魔族にな!」
『……本気で言っているのか?』
「当たり前だろう!冗談でこんなことが言えるか!」
『……まさか……』
「だからもう騙されるわけにはいかない!帰れ!」
『そうか、それが答えか。了解した』
『……滅びを選んだか。人種よ、何と愚かな……では。安心せよ、もう二度と会うこともあるまい』
そう言うとクトゥルフは翼を翻し、去っていった。
『本来の<防衛者>と<支援者>を高々魔族一人が消すことなど不可能だというのに……愚かな。しかし、そうか。消されてしまったか……かわいそうなことをしたな……始祖竜に伝えなくては……いや、<魔王>が先か?どちらにしろ、魔族を滅ぼされては、<システム>が立ちいかなくなってしまう……急がねば!』
進路を南西に向けて飛び始めた。目指すは南大山脈中腹。全ての魔法・スキルを失い無力化された<魔王>の現在の住処にして、<世界システム>の現在の本拠地でもあった。
「絶対に……従うものか……待ってろよ、魔王……神崎、内山、仇は、取る……!」
以上です。
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