第五話 動き出す世界
漸くそれっぽくお話が動き出すっていう感じですかね。
それでは第五話です、どうぞ!
「あの竜は最初なんと言ったか覚えているか?『<勇者>を必要とする事態は発生していない』と言ったんだぜ?」
「<勇者>が必要ないなら<防衛者>はもっと必要ないと思うが?俺が今、外部に干渉できる魔法もスキルも体得しちゃいないことは知ってるよな?出来るのは自分と少しの味方を守ることだけ。さて、今のところ専守防衛しかできない雑魚が手を出して何になる?」
「だが、この世界の人たちを……」
「異世界人は軽々しく干渉してはならない。そう言われなかったか?俺はそれに従ったまでだ。わざわざ手間かけて送り返してくれると言っているなら乗らない手はないだろう。以上が俺の理由だ。<支援者>の方は本人に聞いてくれ」
<勇者>の力は、平和な世で振るうにはあまりに大きすぎる。
そうでなくとも、他の世界の在り方に俺達が口出し手出しして良いわけがない。ましてや俺達が住んでいたのは、平和な上に恵まれた国だ。
常に命の危険に晒されているわけじゃなかった。子供は家がどんなに貧しくとも普通は勉強して中学校までは卒業できたし、大抵は高校、更には大学にすら進学できた。家に帰れば十分な温かい食事が出てきた。夜に外出してもモンスターに襲われる心配も無かった。
こちらの世界は、少なくとも元の世界の日本より、残酷で厳しい世界だ。そんなところに、俺達が、俺とさくらは事情を知っているからともかく、温室育ちのこいつらが口や手を出して良い結果が出るわけがない。小説の中ですら上手くいかないのに。
あと俺に限って言うなら、あれだけ冷遇しといてどうして俺に助けを求めるだろうか、いや、求めないだろう。と、いうか手を出さないと言ったのは俺だけじゃないんだが。ということで内山に振る。
「内山さんはなんでだ?」
「基本的には神崎君の考えと一緒ですよ。付け加えて言うならば、<魔王>を倒すのに何年かかるのか、考えた事はありますか?その間当然私達は成長しているはずです。精神的にも肉体的にも。一方で元いた世界でも時間は流れているはずです。向こうとこちらの時間の流れが同じであるという保証はありません。浦島太郎程ではないとしても、突然消えてその失踪年数に合わない成長をしているように見えたら、どう思われるでしょうか?」
「そもそも私達を私達だと認識してもらえるか、そこから始まる事になるでしょう。まあ、DNA鑑定などもありますから、最終的にはそう認知されるとは思います。ですが、どう考えても不審に思われます。正直に、『異世界に召喚されて、数年間魔王と戦ってました』と言って、誰が信じるでしょう?いえ、信じられない方がまだマシかもしれません。それ以上追及される事はないでしょうから。最悪の場合は……考えたくもありません」
「私としても勿論彼等を助けたいです。しかし、向こうの世界に戻った時の事、そして、あの竜の発言内容を考えれば、非常に心苦しいですが、ここで誘いに乗る方が良いと判断しました。恐らくそれはこの世界の人々の為にもなるはずです。不要な、大きな力は、危険な要素にしかなりえません」
冷静かつ当然の思考をありがとうございます!まあ、普通に倒した後の事とか考えるよね?
「つまり俺達は、現実と未来を見据えた上でこの選択をした。あともう一つ、判断材料として付け加えておこう。目測だがな、あの竜――クトゥルフと名乗った水の単一属性竜だが、俺達異世界人よりはるかに強い。多分俺達があの強さに到達するには何年もかかる。騎士団長、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「ああ、何だ?」
「この世界全体で、あのタイプ――単一属性の竜は何体いるんですか?」
「……あれを含めて五体だ。先に言っておくがそれらの上にも始祖竜と呼ばれる存在がいる」
あ、先読みしたなこの人。頭は良いようだ。
「ありがとうございます――さて、どう考えても現時点で<勇者>より強い竜が確実に六体いて、恐らくその全てが<勇者>の必要性を認めていないと考えていい。この状態で何か出来る事はあるのか?」
あるのか?いや、ない。綺麗な反語だなうん。
「あるさ!竜だって六体しかいないんだろう?それなら奴らが見落としそうな部分を俺達が補填すればいい!それこそあいつらが見捨てる人間たちを救うことが出来るかもしれないじゃないか!どうせ運命だ因果律だってのもあいつらの言い訳でそれらしいことを言っているだけだろ!」
因果律はどうか知らんが、運命は恐らく存在している。それの欠片を前回見ちゃったしな。まあ頑張れば変えられる程度のものでしかないが。それに竜種だって好きで見捨てているわけでもないし、言い訳なんてそれこそ有り得ないな。
「何の騒ぎですか?」
「宰相閣下!」
あ、面倒くさいの来た。こいつはどう考えるだろうか?
「団長、説明してくれ」
「は、先ほど北に棲む竜種、氷帝竜が現れまして、始祖竜からの言伝に対する反応について、<勇者>様と<防衛者>様が揉めていました」
「揉めた?ふむ……言伝の内容を教えてくれ」
「氷帝竜はこう言いました、『現在貴殿等の必要とされる事態は発生していない。よって送還魔法による元の世界への帰還を勧める。その際に必要であれば我らも力を貸そう』」
「なに?本当にそう言ったのか?」
「はい」
「……ちっ、余計な事を……それで、それに対する反応で揉めたというのは?」
うん?余計な事?どういうことだ?
「始祖竜の言伝、というか提案に、<勇者>様が反発しているとき、<防衛者>様がそれを受け入れ『今後一切この件について手出しをしない』とおっしゃり、それに<支援者>様が同調なさったことで<勇者>様と揉め事に……」
「<支援者>様が<防衛者>に同調したと?」
「はい、元の世界に帰還なさるときのことを心配しておいででした」
「そうか……<勇者>様」
「なんですか?」
「竜種は、魔王が出現した場合、魔王の手先と化します。なぜならば、竜種は魔王によって生み出された物だからです。そのため彼らはどうにかして<勇者>を排除しようとします。それに騙されてはいけません!」
「お、俺は竜の提案は撥ね退けました」
「……流石です、<勇者>様!」
おいおい、竜種が魔王の手先だ?有り得んな、あの誇り高き種族が誰かの手先になるもんか。“名づけ”した後ですら魔物と戦ってもらうのにどれだけ頼みこんだと思ってるんだ……ていうか竜種は全て始祖竜から、始祖竜は恐らく神と呼ばれる存在から、生まれている。今の魔王に生殖能力が無かったのは前回確認済みだ。
何て意味不明な事を言いやがるんだこいつ……
「それに比べ<防衛者>はなぜ竜如きに……それになぜ<支援者>様は同調を……」
「<支援者>が<防衛者>に同調するのは当然だ。なぜなら<支援者>は<防衛者>の唯一のパーティーメンバーなのだから、<防衛者>の考えには可能な限り賛成するさ」
「それに私個人としても<防衛者>……神崎君の考えに賛成でしたので」
「内山さん!」
「何か、おかしなことがあったかしら篠原君?」
「ええ。どうしてそいつの考えに賛成なんですか?」
「現実を見据えているからよ。確かにここで人々を助け、魔王を倒すことは正義に適うことではあるけれど、そのために私たちが一生を棒に振る必要はある?」
「と、言うことだ。ついでに言うと、俺は自分の事を念頭に置いているからな」
「自分が良ければそれで良いのか!」
「当たり前だろう、最後まですべて信頼をおくことが出来るのは自分だけだ、戦場においては特に」
「だからって言ってそんな……見損なったぞ神崎!」
「それはこっちの台詞だ。全く……これじゃ始祖竜に言ったことは果たせそうにないな。わかったよ、お前らは好きなようにすればいい。俺も好きなようにやる。<支援者>、お前はまだあちら側にいろ、そっちの方が都合がいい」
やれやれ、説得は無理だなこれは。正義に酔っている、とでも言うべきか。全く、嫌だな、まるで昔の俺みたいだ。黒歴史思い出すから止めて欲しい。
というかこいつの台詞が全部どっかの小説っぽい。あれ?その論理だと俺もしかして脇役か?
それも途中で主人公裏切って、最終的に和解するか殺されるかするやつ。で内山が……巻き込まれてしまった悲劇のヒロイン?いやいやあいつはどう考えてもそんなキャラじゃなかろう、外見はともかく。
まあほら、最近のネット小説ってどっちかっていうと脇役が下剋上する話多いから……きっと大丈夫。いざというときの<勇者>ステータスもあるしな!
(まずい、まずいぞこれは!)
シルファイド王国宰相ゼルビアス・ゴルトニアは焦っていた。
王を焚き付け、魔王をでっち上げて、王女に召喚魔法を行使させ、多くの勇者を手駒に加えることに成功した。そこまではよかった。召喚の間に、巨大な魔力反応が多数ある、と聞いたときは小躍りしそうになった。
これで、成長すればこの世界の人間では勝つことができない戦力を手に入れた。王国の勢力拡大を図れる。そう思った。他国の占領合併吸収、かの中央大山脈を越え、魔族領も支配できるのではないかとさえ思えた。
だからその<勇者>達の中に、良く分からない、<勇者>ではないステータスの低い人間が二人いても大して気にも留めなかった。使えないならそのうち排除すればいい。うち一人の扱いが他の<勇者>とは違うと聞いても、「そんなものだろう」と思っていた。所詮こちらについては無知の異世界人。手玉にとることなど難しくない。
しかし、そこへやってきた竜が余計な事を言った。
「くそっ!“勇者は必要ない”などと余計な……しかし、<勇者>には通じなかったか」
<魔王>がいない、と直接言わなかったのは、恐らくそれで通じると思っていたからだろう。この世界において<勇者>は<魔王>に対する応急措置以外の何物でもないという認識がある。つまり、<勇者>が必要=<魔王>の存在。この世界の国家上層部の人間や上位竜の共通認識だ。
が、どうも異世界人の認識では異なるようだ。まあ、それはそれで都合がいい。問題は<勇者>ではない。ステータスが低い二人――<防衛者>と<支援者>だ。ステータスが低いから怖気づいたのか、竜の提案を支持し、これは別にどうでもいいが手を出さないとまで言ったのだ。
「元から戦力として計上しているわけではないから手を出そうが出さまいがどうでもいい……が、<勇者>共に心変わりされると全てが無駄になってしまう……上手く最強の兵士となり得る手駒を手に入れたんだ、早めに手を打たねば」
男の方――ケイト・カンザキの方は既に<勇者>とは待遇も異なり、面会することも練習場以外ではほとんどないので、秘密裡に排除しても問題はなさそうだ。問題なのは女――サクラ・ウチヤマの方だ。
(女の方は、<勇者>共と行動を共にしている……うかつには消せない上に、接触している時間が長いから、<勇者>共の説得も可能……やはり召喚直後に消しておくべきだったか?)
そんなことを思い、二人を消す方法を考え始めた。
<勇者>達もいるところで、“依頼”を提示する。<勇者>だけでは捌ききれないからと<勇者>でない二人にも振る。人々を悩ます魔物がいると称して森の奥に行かせて、あらかじめ兵を伏せておき、不意打ちで殺す。魔法はどうかわからないが、本人のレベルは上がっていないからHPは最初に見た値。ならば一撃で殺せるはずだ。<支援者>から殺せば万一の回復もできまい。死体はその場に埋める。<勇者>共には、「彼らが率先して殿を務めた」とか「奇襲に対応できず」とか言いくるめてしまえばいい。いや、彼らが先走ったとかでもいいかもしれない。どうせ死体は森の中。<勇者>共にはわからない。
「よし、これなら恐らく<勇者>にも怪しまれず消せるな。魔物を統率していたのは魔族、あるいは魔族に殺された、でも良いかもしれない。逆に魔族を憎ませることもできる」
兵は巧遅より拙速を貴ぶ。<勇者>共が説得される前に二人を消さなくては。そう思い、部下を呼び出すと、二人を消す算段を始めた。
しかし彼は知らない。<防衛者>と<支援者>の正体と、彼らのステータスは本来の値ではないことを。
そしてその算段を聞くものがいることを。
「――へえ、やっぱ消す気か。ならちょうどいい。これに紛れて消えるか」
宰相執務室に撒いた<警戒地点設置>から俺達を消す相談が聞こえた。しかし、まあよくも躊躇いもなくできるものだな。そこはまあある程度の冷酷さは、国の統治者には必要なので評価できる。
が、その対象がいただけない。
「無理矢理呼び出しといて邪魔だから消すか、はねえよなあ……」
まあこれでこの国を捨てる大義名分はできた。命を狙われる以上の危険がどこにあるというのか、いや、無い!……何か最近反語よく使うようになったな。
それはさておき。
「これ内山にも言うべきだよな」
『それで、どうするの?』
『どうするったって、何もできないだろ?まだここにいる以外にないだろ』
『ここにいる間に消される可能性は?』
『ないな。いや、俺はあるかもしれないが、お前は無いと考えていい』
『どっかに誘い込まれるのは確実なのね』
『多分な。俺も行くときは<勇者>に変えとくから、お前も<緊急蘇生>かけとけよ……一時間から二時間くらいのタイマー付きで』
『あれそこそこMP持ってかれるんだけど』
『完全に死ぬよりゃマシだろ。そこそこって言ったってお前のMPからすれば微々たるもんだ』
『それもそうね』
『じゃあそういうことで。ところで篠原はどうだ?』
『相変わらず、アンタの選択に不満らしいわ』
『だろうな』
アイツはそういう奴だ。正義感が人一倍強く、この世には善か悪かしかいないと考えている。そして何より、自分が正しいという考えがすごく強く、実際大抵の場合奴の考えることは正しい。だが、今回については大外れだな。
『お前は何か言われてないか?』
『私?私は何も言われてないわ。どちらかというと被害者のように扱われてるわよ。職業が<防衛者>の部下だから逆らえないんだろうって』
『そうか、なら良いや、そのまま情報収集お願い……って言っても特にやることないけどさ』
『わかったわ、じゃあまた明日』
『ああ、また明日』
内山との念話を切る。さて、あの正義馬鹿は放置しよう。うん、それが最善手だ。ああいうのは実際に体験しないとわからないからな。昔の俺みたいに。
問題なのは宰相とか国王とかのこの国の中枢だな。大方今回の魔王騒動の原因。というか元凶。どっちが発想したか知らんが、まあ目的は把握できる。手駒づくり、か。<防衛者>の記述が紛失してる伝承とやらがどこまで正確か知らんが、<勇者>が規格外なことくらいは知ってたか。
とはいえ今の<勇者>じゃあ魔物を倒せるかどうかはっきり言って微妙なんだよな。というか、そもそも手駒として使えるかどうか。
つまり、人を殺せるかどうか。
俺は殺せる。一度乗り越えているから。でもあいつらはどうだろうな?
俺が前回召喚された時、初めて人を斬ったのは召喚されて三か月目、森の奥で盗賊とやりあったとき。殺したのはそれから二か月後、やはり盗賊とやりあったとき。
どちらも、三日間ぐらい食事が口を通らなかったな。確か春馬さんも同じ事を言ってたような……うん?まて、<防衛者>なのにか?
……何かを忘れている気がする。まあ良いか。<防衛者>関係ならいずれわかる。
さて、あいつら……<勇者>達に人を殺せるか否か。答えは分かり切ってるな、否だ。まだ、という但し書きが付くけど。平和な国で17乃至16まで育った高校生に、いきなり人を殺しましょう、はどう考えても無理難題。それこそ戦場や、盗賊など、殺さなければ殺されるような状況でない限り、いや、下手をするとそんな場合でも話し合いによる解決を模索する可能性すらある。
一方で殺せるようになったらなったでまた別の問題が起こる。特に初回。
魔法とか遠距離系なら多分そこまでひどくは無かろうが……問題は<勇者>本人とか、近距離系なんだよな……なぜかというと、これは死霊系以外の魔物にも言えるが、手ごたえがダイレクトに伝わるからだ。肉を、骨を断つ感触。……やばい、思い出しただけで気持ち悪くなった。
それにあいつらが耐えきれるかどうかだな。下手すると初回のがトラウマになる可能性がある。特に剣使ったりすると返り血が酷いからなあ……
まあ良いか。それがあいつらの選択だもんな。というか普通に魔族とかと戦うとかだったとしても、これは免れえない事実なんだけどなあ……理解してるんだろうか?<魔王>を倒す事=<魔王>を殺す事、だってこと。
つまりあいつらが信じている事そのままだとしても、元の世界に帰るには人型の生命体を1体、殺さなければならないことを。
以上です。
それでは感想評価批評質問等、お待ちしております。特に感想は励みになるので……