閑話 その後の彼等・<勇者>の復活
どうもクラリオンです。前回投稿の後書通り、閑話三話を一話にまとめたものです。時系列はつながっておりますので、読むにあたって時系列の変化はありません。
全編第三者視点でお送りいたします。
それでは閑話、勇者の復活とその後の彼等のお話をお楽しみください。
何事か呟いて一瞬で消え去った先代<勇者>を名乗る何者か。残されたのは、身動きが取れない状態で呻き声を上げる戦闘職男子。支援系職の男子と女子は傷が少なかったおかげか、<完全治癒>と<聖結界>によって回復し終わり、首と胴体が離れている勇人の周囲に集まっていた。
その中にいる<賢者>高山に、同じく<賢者>の女子、前原輝美が近づく。
「ねえ」
「な、何?」
「アンタさっきあいつに何を言われてたの?何か呼ばれてたみたいだけど」
「……<勇者>の力を人族に向けるなと。<賢者>の役割は<勇者>の行く先を正す事だと。次同じことになったら手加減しないと言われた」
「どういう事?」
「知らない、だけどそのままじゃないかな。あ、あと、このままいけばお前等は全滅していたか大量虐殺をしていたかのどちらかだ、自分の頭でもっとよく考えて動けって」
「……何よそれ、大量虐殺って」
「言葉通りの意味、あのまま僕達<勇者>が人族の一般的兵士と戦っていたら、って」
「それは……でも仕方ないじゃない、あの国が協力しないのが悪いんだって。それにあいつも篠原君を殺したじゃない!」
「それは……」
「ねえ、ちょっと誰か来て!」
先程まで、ただただ勇人の死体を呆然として見つめるだけだった女子達が叫んだ。
「何かあったのか?」
比較的軽傷で済んだ<狩人>平井康太と<鍛冶>佐々木研が慌てて駆け寄る。高山もそれに続いて勇人の死体をのぞき込む。
「……何だ、これ……」
そこでは、勇人の死体が全て光に包まれていた。特に切断面――首は眩い光で覆われ、様子は全く伺い知れない。
「……<鑑定>……これは?」
<鑑定>が最初から使えていた<鍛冶>佐々木が勇人の死体その物を鑑定したらしい。浮かび上がったステータス画面を見て驚いていた。
「どうしたんだ?」
平井が横からのぞき込む。
「……これ」
――――――
ステータス
篠原 勇人 Lv.4
種族 異世界人
職業 勇者
年齢 17
性別 男
HP 0/800
MP 0/800
物防 0
魔防 0
物攻 0
魔攻 0
称号 <勇者><正義の勇者>
状態 死亡
備考 死亡状態につきステータス低下・<再生魔法・完全再生>適用中
完全再生まで残り1:55:32
―――――――
「再生……?」
――――まあ、そんな悲しむなよ
――――どうせ生き返るんだから、さ
「なんで、わかって……まさか!」
まさか、あの不審者は本当に先代<勇者>だったのか。
「いや、そんなわけがない」
否。しかしそれ以外の可能性が無い。
仮にあの不審者が魔族だったとしよう。ではなぜ<勇者>が不死身である事を知っていたのか。
これは簡単だ。前回、千年前<召喚>されたという<勇者>もそうだったのだろう。魔族側がそれを教訓として語り継いでいたのならば今の魔族が知っていても不思議ではない。
では不死身と知りながらなぜ殺しに来たのか。
これは色々考えられる。人族の士気を下げるため、侵攻を遅らせるため、<勇者>自身への何らかの警告。
辻褄はかなり合う。だが
「いや、待て。確かアイツは<光刃><光槍>を使っていたな」
魔族は基本的に光・聖属性は扱えない。例外は人族とのハーフくらいなものだがそれでもレベルは5までしか上がらない。しかし。
「<連続発動>は第十位階だぞ……」
魔法スキルの段階の呼び方にはレベル・位階・ランク等多くの言い方がある。が、いずれも最高到達点は10。つまり第十位階=ランク10=レベル10で扱えるスキル、となる。
つまりかの不審者は<連続発動>を使っていたことから、少なくとも<光属性魔法>レベル10を所持している。現時点で勇人は<光属性魔法>レベル5なのでそれより上なのだ。
魔族が光・聖属性を扱えないのは、体質・種族的な理由というか種族の在り方そのものであると聞いている。彼等が信仰する魔神ラボルファスは存在そのものが闇であるのだと。それゆえに魔神から生み出された魔族もその属性そのものが闇であるがゆえに光・聖属性を扱えない、と。
つまりあの不審者は魔族ではない。
ならば人族。
しかし、人族ならば人族で矛盾がある。と言うよりこれは全ての仮説を否定しようとする物証なのだが。
「なぜ<正義>が折られたんだ……」
<聖剣・正義>が一時的とはいえ、折られた。この事実が、全ての仮説を否定する。
いや、一つだけ否定も肯定もされない仮説があった。それは先ほど自分が最初に否定した仮説。
「本当に、あの男は<勇者>だったのか……」
<勇者>パーティーはそれぞれ与えられた職業・称号により、様々な恩恵を受ける。例えば<魔導師>であれば、<召喚>当時から既に<全属性魔法>を持ち、成長すれば、特殊系統に当たる時空属性や、種族固有魔法などを除くすべての魔法を扱う事が出来る。<槍術師>ならば槍系のスキルは一度見て動きをトレースすれば取得できる。
これこそ<勇者>が基本的にチートである理由なのだ。
まあそれはともかくとして、では<賢者>はどうなのかと言うと、他の<勇者>持ちのように、スキル取得や魔力・HP量などで優遇されているわけではない。しかし<賢者>には別の恩恵がある。
<並列思考><思考加速><脳内演算>
これらのスキルによって<賢者>は<勇者>パーティーにおいて参謀的な役割を果たすことが出来る。高山がそれらのスキルを用いて何度も何度も予測を繰り返したが、やはり全ての条件をクリアして否定されないのは、不審者は<勇者>である、という仮説だけだった。
肯定も否定もできないのは、現状最強の武器であり、一般的には破壊不能であるとされる<聖剣>同士が耐久値を削りあった場合、どうなるかという問題の結論が出ないためだ。
実際には<システム>上では<聖剣>同士で削りあってもどちらも壊れない。今回啓斗が<正義>を折ったのもただ<システム>の管轄を超える位置にある<聖剣・犠牲>の固有技能によって強制的に耐久値を0に持って行っただけである。
だがそんなことなど<システム>の存在すら知らぬ<賢者>にわかるはずもなく。
高山はただ思考の渦に引き込まれていくだけであった。
高山が俯き、考え事をしている間、次々と回復し起き上がってきた戦闘職男子達が、勇人のところへやってくる。そして佐々木の手元の<鑑定>結果を見て驚いていたり、安堵したりしている。女子の中には安心のあまり泣き出している者もいた。
「ねえ」
その中で声を挙げた女子が居た。前原だ。
「とりあえず、王国に戻らない?」
「……そうだな」
「勇人はどうする?」
「私が運ぶわ」
「ああ、そういえば貴女の職業は<傀儡術師>だったね、じゃあよろしく」
<傀儡術師>加藤充香が手を挙げた。
「<傀儡創造>」
地面に手を当て、魔力を流し込み、スキルを発動。地面が盛り上がり、そこから現れたのはゴーレム。何の変哲もない、ただの土でできた傀儡。だがそこら辺の一般的人族よりは強い。人1人持ち上げる程度なら何の造作もなく出来る。
「<傀儡加工>」
両腕で勇人を抱えさせると、頭部をなくし、肩から上を平らにしていく。人1人を寝かせるのに十分なスペースを確保するとそこに乗せた。
「……じゃあ、帰りましょう。予定を大幅に変更しなくては。高山、行くよ」
「あ、ああ」
今代<勇者>パーティーは王国最南の街・ディセルドに戻った。<勇者>達は既に王国北部における問題のほとんどを解決し、現在はここを拠点として、王国南部の問題の解決に当たっている。今回のエメラニア公国との交渉もその一環であった。
「先代、<勇者>様が、ですか?あの伝説の……」
「あくまで自称、ではありますが」
「しかし我々<賢者>として、肯定も否定も出来ぬ仮説は、あの不審者が先代<勇者>であるという仮説のみでした」
公務などで王都を離れる事が出来ない国王の名代として<勇者>パーティーに同行する形となっているシルフィアーナ・シルファイド第一王女。
「しかし、そうであるとすれば、先代<勇者>様は一体なぜあのような凶行を……」
彼女にとって、先代<勇者>は、おとぎ話に出てくる勧善懲悪のヒーローのような存在であった。それは何も彼女に限ったことではなく、この世界の人族全てにとって、千年前の戦争を絶望的戦況から人族の勝利に導いたとされる<勇者>はまさしく英雄であった。
それが人族の再びの危機に現れたかと思えば、志を同じくするはずの今代<勇者>を殺害、<勇者>パーティーの面々にも戦闘不能に陥る程の傷を負わせたという。
伝説を信じるこの世界の人族としては信じられない、信じたくない事であった。しかしそれを証言するのは同じく<勇者>。彼らが嘘をつくとは思えない。
となるとその凶行にもなにかしらやむをえない理由があったのでは、と考えざるを得ない。それゆえの前述の台詞。
「……<聖剣>は、人族に向けられるものではない」
「え?」
困惑による沈黙を破ったのは高山の呟きだった。
「<勇者>の力は人族同士の戦いには手を出してはならない、そう先代<勇者>を名乗る者が言っていました。<勇者>は人族における<魔王>に対する楯であり剣である、とも」
「でも父上と宰相が言うには公国は魔族と協力関係に」
「……それを否定するため、だったのかもしれません。先代<勇者>が出てきた理由は。<勇者>自身が公国側に付くことで<魔王>つまり魔族との繋がりを否定できます」
「ではなぜそれを直接言いに来てくれないのでしょうか?」
シルフィアーナの次の問いに高山も前原も即答することが出来なかった。彼等もそれがわからなかったからである。
なぜ初代<勇者>は、直接シルファイド王国に来なかったのか。
シルファイド王国において<勇者召喚>が行われたという話は既に人族領全てにいきわたっている。
飛行機や自動車が無くとも、物質転送系統の魔道具は数種類存在する。そのほとんどは新聞社や冒険者組合、国家機関などの所有となっており、それらを利用して各地に王命や外交文書などが転送される。
それらを通じ、<召喚>実行当日には人族領全体に報せはいきわたっている。
伝説によれば<勇者>は<転移>と言うスキルが使えたというのだから、早ければ<勇者召喚>当日に現れてもおかしくはないはずなのだ。
そうすれば、今回のように衝突することはなかっただろう。それになにより、
「……もしもっと早く、そして直接私達のところに来ていただけたのなら、きっと<防衛者>様と<支援者>様と組んでいただけたでしょうし、それなら<防衛者>様も<支援者>様も魔族に殺されることは無かったはずです……」
伝説に残る<勇者>は、魔族との戦闘の際は鬼神のような戦いぶりを見せた一方で、病人のいるところや孤児院などに出かけては、無料で治癒・回復魔法を施し、孤児のために働く先を作ってやるなど、優しさも持ち合わせていた。
そんな彼ならば<防衛者>と<支援者>という攻撃が出来ない職業の同胞が二人だけで組まされる状況を良しとせずに彼等と組んでくれただろう。そして魔族に襲われたとしても全員を守りながら撃退できたはずだ。そうすれば<勇者>達も仲間を喪うことは無かった。
そこで高山は思い出した。勇人が先代<勇者>と対面し、<防衛者>と<支援者>の死を告げた時に、先代<勇者>が下した評価を。
「くそっ、あのときそこまでわかっていたら、あんなことを言われるままにはしておかなかったのに……」
「あんなこと?」
「ええ、勇人が先代<勇者>に<防衛者>と<支援者>の死を知らせた時、何て言ったと思います?『使えない奴だ』って言ったんですよ!」
<防衛者>神崎啓斗はどうだか知らないが、<支援者>内山さくらは、<勇者>持ちではなく、ステータスがクラスメイトより低いにも関わらず、<勇者>達と共に教育を受けていた。訓練だってしていた。この世界に<召喚>された時点で、恵まれていなかった才能を補完しようと必死で努力していたのはクラスの全員が知っている。表面上はいつも通りだったが、心中はそうではなかっただろう。
神崎だって、少なくともこの世界の人間を救うべく文字通り決死の覚悟で戦ったことくらいは高山にも理解できてはいた。当時の<勇者>ですら無傷での勝利は難しいであろう魔族相手に、ステータスもレベルも劣る<防衛者>が、その固有の特殊な魔法を駆使して騎士団を守り、最終的に相討ちという結果にまで持ち込んでいる。
辛うじて訓練場に居る姿を見たことはあった。だが<召喚>されて一か月足らず、先駆者もおらず、1人で調べるしかない<防衛魔法>という特殊な固有魔法を、一体どれ程ものに出来ていたのか。
どう考えても彼等は不完全な状態で戦っていたのだ。それでも最期まで、恐らくはこの世界の人々のために。それを悪く言う資格は他の誰にもないはずだ。先代<勇者>にも。
「そんな事を言う資格は……」
「それは多分違うぞ、高山」
「っ!勇人!大丈夫なのか!」
「篠原君!」
「心配をかけたようですまないな……王女殿下、心配させて申し訳ありません」
「いいえ、ご無事……ではありませんね、でも生還なさるだけで十分です」
「私皆に知らせてくる!」
「後で行くからここに押しかけないよう言っておいて!」
前原が出ていくのを見送り、傍付きの騎士を手招きした王女に対し、
「あ、騎士団長には先ほどお会いしましたので」
「あ、そうですか、わかりました」
「王女殿下、敬語は止めてくださいとあれ程申し上げましたのに……」
「いいえ、私はお願いする立場なのです、ユウト様こそ、敬語でなくて構いません。それにシルフィアとお呼びくださいとあれ程……」
「わかりました、ではシルフィア様と呼ばせていただきます。ですが敬語は自分のけじめというかこだわりというか、そんなものなので気にしないでください」
力無さげに苦笑する勇人だが、一度死んで、また生き返るという過程を経てここにいる。それが彼の体調やステータスに何かしらの影響を与えている可能性は否定できない。
「何か変なところはないか?」
「ああ、今のところ異常は無さそうだ、むしろなんか疲れが取れて快調な気もする」
<勇者>再生プログラムは、例えるならゲームで言う課金アイテムによる復活だ。ゲームでは復活すると、当然のことながら(一回死ぬから)状態異常を含むすべての付帯効果は解除される。当然ながら疲労も解除される。
<勇者>再生プログラムも同じ効果を持つ。体が軽く感じるのはそのためだ。
普通のゲームと違うのは、復活が無限である事と代償がその時の残存魔力全てである事、そして<聖剣>の無事が条件である事。<勇者>が<勇者>である間、つまり<魔王>を倒すまで、<聖剣>が無事であれば<勇者>は蘇り続ける。そして<聖剣>は基本折れない剣。つまりほぼ永遠に続く蘇生。それをかつて少女は救いと称し、少年は永遠の地獄と評した。
「俺は死んでも生き返れるってことも分かったし、こういう言い方は駄目っつーかおかしいと思うけど、なんか良かったよ」
「良かった?」
「ああ、つまり、俺は何度でも生き返れるんだろ? だったらこれからお前達が危なくなったら最悪俺が体を張ればいいんだ」
「お前、それは……」
「ユウト様……」
「これで、また友達を喪う可能性を減らせた」
そう言って、心底安心したように勇人は笑った。
「すいません、王女殿下、高山借りていきます」
「わかりました、キミヒロ様、ありがとうございました」
「いえ、それでは失礼いたします」
シルフィアーナの部屋を出て、1人1人に当てられた個室のうち、勇人の部屋へと向かう。
「――さっきの話に戻すぞ高山」
「さっきの話?」
「ああ、先代<勇者>の<防衛者>に対する評価の話だ」
「……なぜ庇うんだ、お前はあいつに殺されたじゃないか」
「だが生き返る事は知っていた、だろ?それにお前達を殺すことはしなかった、回復魔法までかけていったんだ」
「でも何も傷つける必要は……!」
「……多分、警告だったんだよ。俺達と、王国への」
「警告?」
「『調子に乗るなよ』っていうのと多分『これ以上仲間を喪うな』っていう」
「……『調子に乗るな』っていうのはなんとなく察しが付く。俺達がしたかもしれない可能性の話だろう?」
高山はあえて大量虐殺、と口に出しては言わなかった。
「そうだ」
「『これ以上仲間を喪うな』ってのは?」
「……アイツが、神崎と内山さんを、使えない、と評価したあと、こうも言ってたんだ。
『<防衛者>と<支援者>は、立場上そして理論上、召喚直後から<勇者>パーティーと拮抗状態に持ち込める力がある』
と。だから本来魔族二人程度に負けるはずがないんだと」
「……それが?」
「でも負けてしまった、なぜだろう。そう思ったときに気づいたんだ。俺達は、彼等の邪魔をしていたんじゃないかってね」
「邪魔?」
確かに訓練している途中に魔法を撃ちこんだり剣の戦いを挑んだりしていた者がいた、と高山は思い浮かべた。しかし篠原の次の言葉はその次元を超えていた。
「そう。初代<勇者>の台詞から考えられるのは、俺達が<勇者>という称号で1セットであるように、彼等は二人で1セットだったんじゃないか、という事なんだ。でも、俺達が<召喚>されて、彼らが殺されてしまうまで、彼等が二人だけで行動していた時間は、多分、無かったんだ」
初めて長期間共に行動できるタイミングでの魔族の襲来。
「ぶっつけ本番で、格上の相手に、初めて組む連携。上手くいったとは思えないんだ」
実際、騎士の報告では<支援者>内山が先に殺されてしまっている。
「彼等をそんな風にしてしまったのは、俺達だ」
「な、どういうことだよ、俺達のせいって」
確かにそれまで連携の練習なんてしていなかっただろうがそれはしようとしなかった彼等の責任であって、自分や勇人が気にすることではないだろうに。
「内山さんは、召喚されてから何をしていた?」
「何をってそりゃ俺達と一緒に……!」
「気付いた、みたいだな」
そう、当初、称号<勇者>を持たない二人は<勇者>達の訓練から外されていた。が、内山は<剣聖>水山や勇人自身の誘いで訓練や授業を共に受けていた。一方で神崎は、誰からも誘われる事無く、一日のほとんどを自室でのみ過ごしていた。騎士団長からの話では、三日目から訓練場の片隅で何か――本人の弁を借りるなら<防衛魔法>の練習――をしていたらしい。朝早くから、時には夕食後まで訓練場に居たという話もある。
<防衛者>と<支援者>が訓練や授業に呼ばれなかったのは、彼等が<勇者>でないからだ。
<勇者>ではなく、ステータスはこの世界の人族と比べるならともかく他の<勇者>より劣る。そんな彼等を、魔族との戦闘の最前線に立たせるのはいかがなものか、というものだ。
さらにもう一つ付け加えるなら、これは宰相の差し金である。彼の目的達成には、戦意旺盛な<勇者>が必要であった。そのためには、彼等の仲間は健在である事が必要となる。そのためには死ぬ可能性が一番高いであろう二人を、戦場へ出すわけにはいかなかった。
だからそれを防ぐためにまず訓練させなかったのである。尤も途中から邪魔になってしまったので、<勇者>の魔族に対する敵意を稼がせるために殺したが。
そんなこととは露知らず誘ってしまった<勇者>達。
「つまり彼等が連携できなかった原因に俺達も一枚噛んでいるという事だ」
本来2人で1つのタッグで挑むべき敵に、1+1で挑んでしまった。挑ませてしまった。
「それは……そうかもしれない。でも俺達はその時そんな事は知らなかったんだ、あの2人がそういう職業であることは……大体なんで初代<勇者>はそんな職業の存在を知っていたんだ?王国の人達も知らないようだったのに」
「そんなの簡単だ、彼が召喚された時にもいたんだよ、<防衛者>と<支援者>が。それに、彼は<防衛魔法>のスキルの一つ、障壁を作るスキルを使っていた。あの時の俺はそれを<防衛者>から無理やり奪った物だと思っていたが、彼はあの時『譲り受けた』と言っていた。もしかしたら、<防衛魔法>のスキル効果だけを他者に付与するような魔法があるのかも……いや、あったのかもしれない。<防衛魔法>か<支援魔法>に。まだその方が信憑性はある」
千年前、初代勇者はわずか六人のパーティーで人族を救った。そのうち二人は当時現地最強の魔法の使い手と剣の使い手だったという。残り四人は異世界人。ならばきっとそのうちの二人が<防衛者>と<支援者>だったのだろう。
そして彼等二人は、今代と違って、<勇者>達と行動を共にして戦い抜いたのだ。篠原達が見る事の無い、<防衛魔法><支援魔法>の上位スキルを使って。そしてその中には<防衛魔法>の魔法効果を他者に付与する魔法だってあっただろう。
<支援魔法>の初期スキルは文字通り付与やステータス上昇などの支援系魔法に特化した物。普通の魔法にも武器等に付与できる魔法はあるのだから、支援系特化にそれらが存在しないはずが無い。
「それを前回召喚されたときに掛けてもらっていたのだろう。そして多分そのままだったんだろう。前回召喚されたときのステータスは引き継いでいるようだったからかけられた魔法がそのままでも不思議ではないはずだ。案外それを忠告として見せに来たのかもしれない。もしもの可能性として」
「氷帝竜クトゥルフ、だったか。彼の言葉によれば、初代勇者は日本人だ。それも外見で判別した事と声から考えるに俺達と同世代の。だから同郷のよしみって事で」
争いを好まない国、ニッポン。それが初代<勇者>の出身国であると聞いた。こうやって異世界が存在する以上、並行世界の可能性も否定できないが、そうだとしてもほぼ同じような世界だと考えていい。
そして残念ながら<勇者>の顔は見れなかったが、声は聞こえた。若い、同年代と思しき男の声だった。
「じゃああの<勇者>も俺達と同年代――高校生なのか?」
「まあ年上としても大学生、年下でも中三くらいか、身長的に。だからこその警告だろうな」
「……彼等も同じような失敗を?」
「話的には殺されたとまではいかないが、何かしらやらかしたんだろうさ。それを考えて警告・忠告に来たんだろう。知らなかった、気づかなかったじゃすまないぞ、と」
「……」
「俺達が背負っているのは、俺達自身だけじゃない。この世界の人族の命運も背負っているんだ。彼が言っていた事が事実なら、俺達の戦力は<防衛者><支援者>を喪ったことで既に半減している。殺されたのはその分の罰も兼ねているのかもしれない」
「罰、か」
「俺が死んでも取返しが付く分、優しい方なのかもな。称号を持っていないからと言って、俺達と違う扱いをされているのを、許容するべきじゃなかったんだよ。せめて内山さんとは同じ行動をとってもらうべきだった」
せめて完全に一人にするのは避けるべきだった。向こうなら、例えば学校で一人であっても、毎日誰かしらと接点は持つ。でもこちらで一人に、それも物理的に離されてしまっては、完全に孤独だ。食事処すら別だというのだから徹底している。
周囲に見知っている人間がいるわけでもない。同じ境遇であったはずの内山は、<勇者>達に誘われて行動を共にしているようだ。
全く知らない世界での完全な孤立。
そんなところに降って湧いた、クトゥルフの話。元の世界に戻れる、と言う。
日常を送ることが出来る学校がある、元の世界へ。
それは今の孤独からの解放を意味する。彼にとっては渡りに船とも言うべき提案だったのだろう。
だからクトゥルフの提案に乗った。
元の世界に戻りたかったから。
だがそれはもう叶わなくなってしまった。
死んでしまったから。再生プログラムは、名前から考えて<勇者>にしか働かない。他は皆、元の世界同様、死んだら恐らくはそれっきりだ。
これを繰り返してはならない。
「……なあ」
「どうした?」
「<初代勇者>に、会うにはどうすればいいかな?」
「あいつに?なぜ」
「今からでも俺達との共闘をお願いできないかなと思ってね。あと、俺達の訓練相手を頼めないかなと」
千年前一度召喚された<勇者>。自分達がまだ使えない魔法を使っていた彼は、確かに自分達より強いはずだ。数字的にも、技術的にも。
「それは確かに良いかもしれない……だがどうやって会うか……あ」
「何か思いついたか?」
「もう一度公国に行けばいいんじゃないか?」
「だが俺達はつい今日、あんなことになったばかりだろう?」
「……国王陛下に今回の<初代勇者>の件を合わせ、公国との同盟を進言してみる」
「通るか?」
「通す」
「強気だな」
「<勇者>にはそのくらいの力はある、だとさ。国を止めようとするのも<勇者>の仕事だと。確かに、人族同士で争っている場合ではないしな」
「公国への疑いは?」
「……<初代勇者>が出てるのに、魔族と結ぶわけないだろ」
「……魔族の疑いは?」
「晴れたよ、光属性第十位階魔法使える魔族が居てたまるか」
高山はそういって苦笑した。
「じゃあまずは皆のところに顔出して、王女殿下に奏上するか」
「ああ、そうだけどもう一つ」
「なんだ?」
「あまり簡単に自分の命を賭けるな。さっきは言えなかったが、今回生き返れたからと言って、次生き返る事ができるという保証はない。誰かが危ない時は皆で力を合わせればいい。全員、お前に守られなければならないほど弱いわけじゃない、お前が誰かを頼っても良いんだ」
そう告げられた篠原は、目を見開いた。やがて顔を綻ばせると
「ああ、その通りだな。頼りにさせてもらうぜ、<賢者>様」
そういって高山の肩を叩いた。
そして彼等は、なんと一週間で王国にどうにか講和条件を呑ませることに成功し、それを携えて公国へ向かった。
さて、一回死んだことで思考か何かがリセットされたようですね。
一体どこの誰が何をやってくれちゃったんでしょうか。
篠原君が変わりすぎて変、と思う方用の解説的何か残しますね↓
死んで生き返るなんて経験はまず現実世界では不可能ですから当然このシーンの彼等の心境とかも全部自分の妄想なわけですが。
瞬殺したのはあくまで主人公の慈悲。苦しみを味わう事は無かったでしょうが、死んだあとはどうなのやら。設定を基に考えるならどっか深いところに沈みながら段々自分が自分で無くなっていくような感覚でしょう。篠原君はその途中から浮き上がってきたわけですが、そんな感覚友達に最後まで味わわせたいか、と聞かれるときっと誰もがいやそれはアカンと思うでしょう。
ならまだ途中で浮上できる自分が、篠原君はきっとそういう人間です。
この後本編の続きも更新します。そちらも合わせ、感想評価質問などありましたら是非是非。