8話【思い出したいこと、思い出したくないこと】
「……ケルベロス……!」
「ケルベロスって……なんすか?」
マルロは驚いた顔をしていた。それに対して俺とソラは全く見当もついていない。
「なんだお前ら、この大陸の出身じゃねえのか? ケルベロスってのは頭を3つ持つ化物さ」
「3つの首を……」
3つってどうやって生きてんだろ……。脳は3つあるのか? まぁモンスターがいる時点で常識は通用しないか。
「ケルベロスの階級は何ですか?」
「いい質問だなお嬢ちゃん。ケルベロスはB級だ」
Bランクだと……!? ビッグベアでさえCランクだってのに……。
「……Bランクのモンスターはレベル4以上の冒険者がいないと話にならない……」
「一応私はレベル4ですが」
「確かにソラはレベル4だが……スキルがレベルに追いついてないじゃん?」
「スキルがレベルに追いついてない? ……どういうことだ?」
俺はエドガーさんに記憶喪失の話をした。この話クエストやるたびにしなきゃいけないのか?
「……なるほどな、そういうことか。まぁでもそっちの兄ちゃんはレベル7くらいあんだろ?」
「いやレベル1っすけど」
何故にレベル7……? そんなに強いなら良かったんだけどなぁ……。
「ええええええええ!? ……俺、人を見る目には自信があったんだけどな……」
エドガーさんは会ってからの1番の驚愕な反応をしていた。そんなに俺って見た目と中身釣り合ってない?
「とにかく、問題は私たちのレベルでケルベロスに勝てるかって話ですよね」
ソラがそう分析する。確かになぁ……てかBランクだろ? ビッグベアより強いとか……キツくね?
「まぁ……普通に考えれば無理だな」
まぁ、そうなるよな。すると、再びソラが質問する。
「じゃあ、このクエストは無しってことですか?」
「けどお前らたった2人でビッグベアに勝ったんだろ? ならたぶんいけるぞ。……それに」
「?」
エドガーさんは俺の眼をジッと見てきた。なんだろうか。それにビッグベアの件、あれは、なんか謎の力で勝った感が強いんだけど……
「……私はシオンの力が見たい。……強い敵と戦うほど、詳しくわかると思う……」
「どうする? まぁキャンセルしてもいいが……俺もお前らの実力、特にシオンに関しては気になるところだ」
「ソラは、どうだ?」
「……任せます」
俺は頭の中でいろいろ考えた。その後、深呼吸して一呼吸おいた。そして、ゆっくりと言葉に出した。
「……やります!」
「わかった。ならすぐ準備を整えて行くぞ。簡単な武器防具は俺が貸してやる。あと戦闘には参加出来ないが案内役として俺もついていく」
エドガーさんは俺たちに武器防具を貸してくれた。防具は急所への攻撃を和らげるように作られていて、軽いが丈夫なように感じられる。そして武器は俺の希望で剣にして貰った。やっぱり武器は剣でしょ!
ちなみにソラの武器も剣である。こっちはエドガーさんの見立てによるものだ。
俺たちはギルドから出て、街の外へと飛び出した。
「そういや、ケルベロスってどこにいるんですか?」
「ケルベロスは【審判の森】というところに住んでる」
「審判の森……」
「審判の森はここから数キロ離れたところにある。気を引き締めて行くぞ」
「はい」
「そういえば俺、シオンの顔に見覚えがあるような気がするんだよな」
唐突にエドガーさんはそんなことを言った。サラリと言われたせいで俺も聞き流してしまいそうだったが、慌てて聞き返す。
「えっ!? 本当ですか!?」
それが本当だとしたらかなりの記憶の手がかりになるぞ!
「うーん、たぶんな。喋ってはないと思うんだが……どこかで見たような……」
「どこかってどこ!?」
思わず俺は食い気味に聞きかしてしまった。やばい、心拍数が上がってくる!
「俺、武器の納品とかで各大陸回ってるからなぁ……どこかは思い出せないわ」
一気にテンションが下がった。まぁ現実はそんなもんだよな……。
「そ、そうですか……」
「わ、私は? シオンと一緒に私も見ませんでしたか!?」
「え? うーん。見たような、見なかったような…………」
「もうっ! しっかりしてください!!」
「お、おう。すまん」
せっかく記憶に関する手掛かりを得たと思ったのになぁ。
「……シオンは、自分の記憶……知りたい?」
「ん? そりゃあ知りたいさ。」
ソラがエドガーをブンブン振り回している傍ら、マルロが俺に話しかけてきた。
「……私は記憶喪失ではない……けど、小さい頃の記憶は思い出したくない……」
「……? どういうことだ?」
「……私は、捨て子だったの……」
「捨て子?」
「……ええ。生まれはドロール大陸らしいのだけど……生まれて少しして闇ルートに売られたの……」
「ひでえ親だな……自分の子を」
自分の話をするマルロは一見いつもと変わらないような表情をしているが、哀しい目をしていた。
「……私はアミリア大陸のある富豪の家に買われたわ……。……奴隷として」
「奴隷…………」
奴隷……意味はわかるが信じがたいな……闇ギルドの連中が人身売買をしてるって言ってたが……おそらくあれには奴隷も含まれてるんだろう。
「……その家では酷い扱いを受けたわ……そこの主人が私を酷く可愛がるせいで、奥さんや娘さんに虐められるの……。死ぬかと思う様な事も何度もあった……」
「 …………」
「……私がある程度成長した頃、とんでも無いことが起きた……。主人が私を襲おうとしたの。私は驚いて窓から飛び降りて逃げ出したわ……」
自分を買った主人が自分のことを襲ったのか……一体それはどれほどの恐怖だったんだろう。
結局俺にはわからないことだけどその時のマルロの気持ちを考えると胸が痛む。
「それ以前は逃げ出そうと思わなかったのか?」
「……外の世界は怖い、と強く教えられていたわ……だから出ようとは思わなかった……」
「それでここまで逃げてきたのか」
「……ええ、その後研究に興味を持つことになって今に至るの……」
俺はその研究にたどり着くまでの過程は聞かなかった。たぶん辛いことばかりだっただろうから。
なかなか壮絶な人生歩んでるなマルロも……。
「どうして俺にそんな話を?」
「……さぁ? ……何故か話したくなった……」
「そっか。」
マルロは俺の目を見つめ、微かに微笑んだ。これも信用のスキルのおかげなのだろうか。だとしたら少し寂しい。
「む。 2人で何を話してるんですか」
エドガーさんに質問攻めをしていたソラが俺たちに気づき、少し眉を寄せながら近づいてきた。
「いや、ちょっとな」
「何ですか! 私にも教えてくださいっ!」
「……秘密……」
マルロはまるで挑発するかのように、俺の目を見ながらそう言った。もちろん仲間はずれにされたソラは良い気はしない。眉がピクピクと動いていた。
「へ、へー……そうですか……ま、まぁ別に気にならないですけどね」
どう見ても気にしてる顔だったが、かわいそうなので言わないでおこう、
「おーい。そろそろ着くぞ」
前方の方に巨大な森林が見えてきた。アレが審判の森か。かなり奥が深そうだな。
「よっし。じゃあ気合い入れてくか!」
「ふーんだっ! 気合い入れるのは良いですが、入れすぎて死なない様にしてくださいよねっ!」
まだ少し怒ってるソラにそう注意されてしまった。ふふ、俺がそんな簡単にやられるかよっ!
「平気平気!!」
「そうだぞ。相手はBランクだ。油断するなよ」
俺が元気よく返事をするとエドガーさんにもそう言われる。そ、そういえばBランクだったな……ま、まぁ大丈夫だろ。
「あ、ああ。平気平気……!」
「……シオンは、1番レベルが低いから……心配」
とどめにマルロが気にしていたことをストレートに言ってきやがった! そうなんだよね……俺が1番レベル低いんだよね……自信がなくなってきた……。
「……へ、平気平気」
俺たちは森の中へと入った。森の中に入ると様々なモンスターが俺たちに襲いかかってくる。
「こいつは?」
「……針千本ネズミ……ランクE」
3体ほどで現れるハリネズミを大きくし針を鋭利化させたモンスター。数分もかからずに倒した。
「あれは何です?」
「突進カナブン、ランクFだ。」
羽を広げ、こちらへと突進してくる巨大なカナブン。これも数分もかからずに倒した。
その後もモンスターを何体も倒し、奥へと進んできた。
「さて……割と奥には進んできたが……そろそろか」
周りを見てもさっきのようにたくさんのモンスターが現れる気配はない。
「モンスターの数が急に減ったな」
「……恐らく、ここはケルベロスの領域……」
マルロがそう言った直後、前方の草木からガサゴソと音がたった。何かがいる……?
「……グルルルル……」
「っ! 何かいますね……」
「ガルォッ!!」
「来たぞ!!」
前方から炎が飛んできた。俺らはそれを避け、飛ばしてきた方向に目を向けた。すると、そこにはいた。赤い毛並みはまるで地獄の炎のようで、3つの犬の頭を持つ化物。
「ケルベロス……」
「本当に頭3つもあるんだな……」
「あの中の一体が口から炎を吐いたようです」
俺たちがそれぞれケルベロスに注目しているのに対して、エドガーさんは俺たちの動きに注目していた。
「さてお手並み拝見だ……どう戦う……?」