X話【偽善】
「随分立派な剣だな。でかいのに扱えるのか?」
「うるせえ、修業中だ」
「そうか、よっ!」
いきなり大男はその巨大な腕を俺に振り下ろしてきた。
「うおっ!」
俺はそれをかろうじてかわす。奴が振り下ろした場所は拳により石が砕かれていた。とんでもない威力だ。あんなのが身体に当たったら……。
「ほう! よくかわしたな小僧! だが次はねーぞ! 発動、鉄の拳!」
スキルの発動と共に奴の両手はまるで金属のように銀色になった。まぁみるからに肉体強化系のスキルだ。
「おぉらっ!」
「おっと」
再び奴が拳を繰り出してきた。俺はそれを右にずれてかわす。そこで俺は意外な事実に気づいてしまった。
あれ……こいつのパンチ、遅くね?
そうなのだ、いつも訓練を受けているダマルティや兄さんと比べると格段に遅い。
これなら……!
「発動! 部分支配!」
俺は足にチャージを発動させ、力を貯めつつ大男の周りをうろちょろして機を伺う事にする。
「ちっ! ちょこまかと!」
きた……!
奴は痺れを切らして俺にまた単調な剛力パンチを繰り出してきた。俺はその拳を横にかわすのではなく、あえて前に進み姿勢を低くして、一気に足のチャージを解放させて懐へと入り込んだ。
「なっ!?」
「まず1発だ」
その勢いのまま俺は奴の腹めがけて思い切り殴り込んでやった。
「がぁ!」
大男はたまらず悶えた、が俺は認識が甘かった。奴は苦しみながらも俺の胴体をしっかりと掴んだのだ。
「ハァハァ……捕まえたぞ。ガキにしては良くやったが、ゲームオーバーだ、死ねっ!」
奴は俺の身体を固定したまま俺を地面へと叩きつけ、そして間髪入れずに鉄の拳で俺の腹へと重い一撃を叩き込んできた。俺はそれにより地面に背中が激突し、背負っていた剣が背中にめり込む。その時ソラの叫び声が聞こえた気がした。
「ぐぁああっ!」
「……驚いたな、意識があるとは。スキルか何かを使ったのか?」
拳を叩き込まれた瞬間、俺の口からは血が吹いた。咄嗟にまだ足に少し残っていたチャージを腹部に移動させたから致命傷にはならなかったが、もしかしたら内臓のどこかが痛んだのかもしれない。だが、動ける。
「もう1発は耐えられまいっ!」
再び奴は拳を振り上げた。奴は俺の上に馬乗りになりマウントを取っている。何か俺が動けば確実に奴の方が早く俺に攻撃できるだろう。その余裕からか奴は油断している。俺は一瞬の隙をついた。
「発動! 火炎支配!」
俺は咄嗟に右手で炎の玉を奴の顔面へと投げつけた。それにより奴の顔は炎に包まれる。
「がっ、呼吸がっ……っ!」
俺はその隙に体勢を立て直し、奴との距離を取る。そこでようやく俺は背中の剣を引き抜いた。相変わらず重いなこれ。でもこれで終わりだ。
「発動、部分支配」
俺は剣に力を溜めていく。大男は必死で顔の炎を消し去ろうとしていた。俺はその隙に走りこんでいく。
「終わりだ」
「ま、待てっ! あの奴隷について1つ言っておくことがある!」
「……?」
思わず足を止めてしまった。それが奴の思うつぼとは知らずに。奴は顔の炎を払いながら俺に話しかけてくる。
「ゼェゼェ……お前、なんであの奴隷を買おうとしたんだ?」
「……どういう、ことだ?」
「ハァハァ……わざわざこんな試合をするくらいならもっといい奴隷がいただろう。お前の歳で変な趣味があるとは思えないし、それともあれか? あそこにいるお前の主がロリコン趣味なのか?」
「ふざ、けるなっ……!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。腹のあたりが痛い。既に奴は顔の炎を全て払っていた。
「ふざけるな? じゃあなんでだ?」
「それは……」
それは、あの子が不憫だったから? 俺と同い年くらいで奴隷なんてものをやっている状況に同情したから?
「可哀想だったから……そうだ、俺は助けられる人を助けるって、そう決めたんだ!」
「助ける? ほぉ、じゃあお前さんはここにいる奴隷全てでも買うつもりか? あの小娘だけが可哀想だとか抜かすつもりはないよなぁ?」
「う……」
何も言い返せない。そうだ、もしあの休憩所で会ったのが彼女じゃなくて他の奴隷でも俺は同じようにしただろう。その場合彼女はこの男たちにそのまま買われていたということだ。
「つまりだ! お前の言う助けるなんてのは所詮ガキの戯言! 自己中心的であまりに偽善だ!」
「……!」
「それでもお前は助けるだなんて言うのか!?」
「うぅ……! うるさァァあい! 発動! 火炎支配!」
「ちっ、やけになりやがった!」
俺は考えるのが嫌になって真下へと火炎支配を打ち込んだ。それにより土ぼこりが舞い、闘技場の視界が悪くなる。
「クソ! なんも見えねぇ!」
「発動! 加速支配!」
「! そこか」
大男は俺の声の方向に向かって殴ってきたが、俺はそれを余裕を持って避ける。
そして時間とともに身体能力が加速度的に増していく加速支配を使いつつ、俺は剣を背中に仕舞って、奴の顔面を殴りつけた。
「ぐぁっ!」
それにより奴はよろめく。
「ぐ……このクソガキが!」
「うるさいうるさいうるさい!」
「がっ!」
俺は殴ってよろめいたところをアッパーし、また殴っての繰り返しをして、奴がもう意識が飛んで戦闘不可能になっても殴り続けようとした。
「もうやめてください!」
そう奴隷の彼女が言わなければ、俺の拳は止まることはなかっただろう。
「ハァハァ……ハァ……俺は……」
「どうやら勝負はついたようだな。良くやったぞロキ」
父さんがぼそりとそう言った。我に返って周りを見ると、周りの熱狂はピークに達していた。俺は闘技場を降りて奴隷の彼女の元へと向かう。
「ロキ……血が……」
俺は口を袖で拭う。すると確かに口からは血が出ていた。どこかを切ったのだろう。
「これくらい、平気だよ……それより俺は……俺は、間違ってたの、かなぁ?」
「ロキ……あなたは間違ってなんかいませんよ。あなたは私にとって王子様です」
彼女は俺の目を見つめてそう言った。俺は、それを聞いて膝から崩れ落ちてしまった。彼女はそれを慌てて支える。
俺は、安心したかったのだ。それがたとえ正解でないものでも。それに今、気づいた。
「ご、ごめん。それより今、『私』って……」
「え?」
「君、今まで自分の事を呼ぶとき、24番としか言ってなかったんだよ。気づいてなかった?」
「……そういえば」
彼女はよほど自分が嫌いだったのか、自分の事を呼ぶ事はなかった。俺はそれに気づいていたが、いたたまれなくてそっとしておいたのだ。
「私、もしかしたら自分の事、少しは認めることができたのかも……」
「これからは俺と一緒にもっと……あ、そうだ。俺が君に名前をあげるよ」
「名前を?」
俺は勝手だけどもうつける名前は決めていた。それしかないと思ったからだ。
「『忘れられた英雄』の話、しただろ? その中に出てくる2人の美女。実は女神様なんだけど……」
「え、そうだったんですか?」
「うん、そのうちの1人の名前は『レイ』慈愛の女神さ。君にあげるよ」
「レイ……」
本に出てくる彼女は、主人公の助けとなり、時に主人公を闇から救い出す。そんな彼女の名前がぴったりだと思ったのだ。
「君は俺が買った。そして名前をあげたからには、俺にちゃんと付いてきてくれよ? あー、あと……俺がもし困ってたら助けて欲しい。逆の時はもちろん助けるさ。それと……君は俺の専属メイドだ。やりたい事が見つかったら好きにして良い。その代わり、それまでは俺が君のご主人様だ。いい? レイ」
「……はい! 喜んで! ご主人様!」
「いや、そこはロキでいいよ……」
こうして、俺はレイを手に入れる事ができた。しかし、試合中に大男に言われた言葉は、大きなしこりとなって、俺の心に残ることになる。




