IX話【選択】
彼女が驚いた顔をしている。それはそうだ、いきなりこんなことを言えば。
「か、買うってロキあなた子供じゃないですか、お金は?」
「話してなかったけど俺は王子だ。父さんにも1人なら買っていいって言われてる」
「お、王子?」
彼女はまたもや驚く。俺は簡単に素性を話した。最初は驚いていたが、どこか納得するところがあったようで、徐々に真実だと信じてくれた。
「た、確かに本当みたいですね、驚きましたが」
「な、だからさそれで俺の国で暮らそうぜ。本もいっぱい読めるよ」
俺がそう言うと彼女は一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに頭を横に振りつぶやいた。
「ありがとうロキ。けど無理なんです……」
「な、なんでさ! 買えばいいんだろ!?」
「ええ、けど自分はもう買われてますから」
「なっ!」
今、『買われてる』彼女はそういったのか? だとしたらそれってつまり――――
「ええ、自由はもうありません。今日飼い主の方が迎えに来ることになっています」
「か、飼い主ってお前それで良いのかよっ!」
「良くないですよっ!」
今日1番大きい彼女の声が周りへと響く。思わず俺も驚いてしまった。彼女は肩を揺らし呼吸を荒くしながら俺へと訴える。
「良くないですよ……! ……けど、仕方ないんです。ここのルールでは、一度売られた奴隷は信頼性を保つ為に後から別の買い手が高値で持ちかけても売れないんです」
奴隷商人の中での信頼性……。確かに買い手が次々と変わったらそれはそれで問題なのか。
「そんな……手はないのか?」
「ひとつだけ……手はあります」
「なにっ?」
俺は身を乗り出して聞く。
「自分を買った雇い主とここのルールで闘うんです」
「どういう事だ?」
「ここは時々どうしても欲しい奴隷を巡って闘技場で闘いを繰り広げるんです。位の高い人たちは闘いを挑まれて勝てば自分の部下の強さを見せられますし、奴隷商も闘技場で更に儲けることが出来ます」
「なるほど、それで勝てば」
「でも相手はもちろん最強の戦士を出してきますよ? ロキのところに強い人はいるんですか?」
強い人か。まぁダマルティがいるけど……
「俺が闘うのは駄目なのか?」
「な、何を馬鹿な事を……相手は大人、あなたは子供なんですよ!?」
「お、俺だってわりと強いんだぜ?」
「それに闘いをするにはあなたも何かをかけなければいけませんよ?」
かけ? ま、マジか、全然そんなの考えてないぞ。そしたら俺の秘蔵コレクションでもかければいいかな。
「まぁなんとかするさ!」
「本当に、やる気ですか……?」
「もちろん、まかせとけって!」
「わかりました……ではお願いしますっ!!」
「わかった、善は急げだ。じゃあ俺父さんたちに話してくる!」
「はいっ」
俺はそう言って父さんたちの元へと走っていった。父さんは既に買い物は終えたようだったので俺の事情を話すと喜んで了承してくれた。
「ロキ、試合にはお前が出なさい。そこでアヴァロンの男の強さを皆に見せつけることができる」
「えっ、俺出ていいの? 相手は強いんでしょ?」
「お前ももう支配剣術の基礎は出来るだろう? ならばそこら辺の雑兵などに負けはせん」
「……父さん?」
なんだか父さんの様子が変だ。
「お、お言葉ですがガイスト様、坊っちゃまはまだ8つです。流石に公式な決闘は早いかと……」
ダマルティが心配そうな顔をして父さんに意見を言った。割とこんなことは珍しい。
そもそも父さんがこういう事に積極的な事が珍しいのだ。普段の父さんは俺に危ない事をやらせたりしたがらないし、暴力をとても嫌う。でも最近、時々だけどこうやって父さんが少し人が変わったような事を言ったりする。
「ダマルティ、お前がそんなでどうする。この子には才がある、磨かなければならないのだ」
「し、承知しました……」
という事で結局俺が闘うことになった。事情をあの女の子を売る奴隷商に話すと嬉々として承諾してくれた。どうやらかけ試合は相当儲かるらしい。
商人はすぐに試合の旨を周りの人々へと伝えていき、噂はすぐに広まった。闘技場とやらは四角の加工された石を並べたものという簡素な作りになっていて、観客席には既に多くの人が集まっていた。
「ロキ、本当に闘う気ですか? 危ないからやめたほうが……」
「だーいじょーぶだって! 任せとけ!」
ソラが珍しく心配そうな顔をしながらそういって来たので思わず強気に言ってしまった。
相手はアミリアに住む富豪らしい。その雇い主が選んだ自前の兵士は身長2メートルはあるであろう巨躯であった。
あ、あれと俺が闘うの……?
「ロキ、なんだか顔が青いですが」
「む、武者震いだ」
「意味が違いますけど!?」
「と、とにかくお前を絶対にあいつらなんかに渡したりしねーから!」
そう、今回の試合、相手が賭けの対象に指定してきたのはソラだった。そんな事を聞いては意地でも負けるわけにはいかない。
「それにしても……」
はたから見ればどう考えても俺が闘う相手ではない。事実、俺が試合に出る事がわかると周りの観客はブーイングをし始めた。これではかけにならないと思ったのだろう。しかし逆に言えば安定して勝つ事が出来るということでもあるし大穴狙いも出来るという事なのでやがてブーイングは収まった。
とりあえず緊張してきたのでダマルティに話しかけてみる。
「な、なぁダマルティ、あれ相手だってよ。まずくない? 俺、死なない?」
するとさっきまであんなに俺を心配していたダマルティが不敵に笑い、力強い目でこっちを見てきた。
「最強の兵士と言うからどんなのかと思えば……私の心配は杞憂だったようです。坊っちゃま、安心してください。いつも通りやれば何も心配する事はありません」
「え、えぇ……?」
「それでは両者の闘技者は闘技場の中へと入ってください!」
何やら公式な審判らしい人がそう言ってきたので俺は闘技場の中へと入る。大男も中に入ってきたけどとにかくでかい! 例えるならモンスターと昆虫のようだ。
闘技場の真ん中で俺たちはお互いを見合う。大男は俺をみるなり鼻で笑い、大げさに手を広げながら大きな声を出した。
「観客の皆様ぁ! こんなガキとの試合じゃあつまらないとお思いでしょう? なので私が何分でこのガキを倒せるか賭けませんか? 10分以上持つか持たないかです!」
その言葉で周りの観客はどよめき、どっちにかけるだのなんだのと話し始めた。
俺はその絶対俺は勝てないという前提の話にカチンときてしまい、緊張感などどこかへと吹っ飛んでしまった。
「おいおっさん、アヴァロンの戦士をあんまり舐めてると痛い目みるぞ!」
「そういう事は俺に勝ってからいうんだぜ小僧」
「ぐ、ぐぬぬ。うるせぇ!」
一瞬で論破されてしまった。ちくしょう。
「それでは準備はよろしいですか? 時間は無制限、気絶したり死んだり行動不能になったらその時点で負けです」
「準備オーケーだ」
「お、俺も良いぜ!」
「では……始め!!」




