V話【救世主】
「も、もう帰りましょうよ」
「まだダメだよ。モンスター見てないし」
山に入って1時間くらいは経っただろうか。デカイ虫とかは出るけど、まだモンスターには出会えていなかった。
まずいな、これだけ経つとロルフとかが気づいて僕らを捜しに来ちゃうぞ。
「だ、だいたいモンスターが出てきたとしてどうするつもりですか? 食べられちゃうかもしれないんですよ?」
「僕たちが全力で逃げれば逃げられるよ! それに僕は支配剣術も習ったんだ! いざとなったらやっつけてやるさ!」
「……そんな上手くいくのでしょうか」
そうだ、僕はソラに勝ったし強いんだ。モンスターだってきっと倒してみせるさ。
「そういえばソラの元いた家ってどんなところなの?」
「私の実家ですか……良いところとは言えません。母は私を産んですぐに亡くなってしまったし、父は私を外交の道具としてしか見てないですから」
外交? よくわからないけどソラは哀しそうな目をしていた。まぁお母さんが死んじゃったらそりゃ悲しいよね。
「そっか。でも安心してよ! 今度は僕らがソラの家族になるから! きっと楽しいよ!」
僕がそう言うと、ソラはポカーンと口を開けて、僕を見つめた。
「なに? どしたの? なんか変だった?」
再び僕が話すと、ソラは少ししてクスリと笑った。
「いえ、じゃあちゃんと私の事を守ってくださいね? ロキ」
「もちろん!」
そうやって僕がソラに笑顔を見せた瞬間だった。
――ばきっ
枝か何かが折れる音がした。動物か何かかと思い僕とソラは振り返る。しかし振り返るべきではなかったのかもしれない。そこにいたのは――
「……ぐるる」
――怪物だった。
「ロッ、ロキ……!!」
「し、しっ! あまり声を出しちゃダメだ!!」
全長2メートルはある四足歩行のモンスター。たてがみがあり大きな牙と尾を持っていた。奴はその紅く光る眼で僕らを見つめていた。どうすれば良いのか、頭の中で考える。
「に、逃げましょう」
ソラが震えた声でそう言った。そうだ逃げなくては。全力で走らなければ。
「は、走って逃げるしかない。急いで逃げるんだ!」
「は、はいっ!」
僕とソラは背中を向けて走り出した。それが良くなかった。モンスターは完全に僕らを獲物として捉えたのだ。
一瞬だった。たった一瞬で距離を詰められ、そしてソラはモンスターに前足で叩かれた。
「ふっ……ぁっ!!」
「ソラッ!!!」
ソラはそのまま木の幹に衝突し、たたきつけられた。幸いだったのは爪で引っ掻かれたわけではなかったことだろうか。恐らく、爪であったら肉はえぐられていた。
ソラはぐったりとして全く反応がなかった。
まずい、まずいまずいまずい!! どうすれば良い? ソラは? 生きてる?
頭の中で急速に色々な考えが巡り渡る。しかし相手はその考える時間すら与えてくれない。モンスターはぐったりとしたソラにゆっくりと近づいていく。
「発動! 部分支配!」
何が正解なのかわからないまま僕は咄嗟に叫んだ。その声に反応したモンスターがゆらりとこちらを見る。
「くっ、くるなら来いっ!!」
だが、モンスターは僕を見ると、すぐにソラの方へと向き直った。そう、奴は僕を『敵』として認識していないのだ。このままだとソラは確実に食べられる。
「くっそォォォ!!」
僕は思い切り走って、右手に握った木刀で奴に斬りかかった。しかし、モンスターをその動きを一瞬で察知すると、素早く避けた。
「……!!」
木刀が空振り、咄嗟にモンスターの方を見ると奴と目が合った。紅く光るその瞳はまるで僕の未来を表しているかのようだった。
ぶん、という空を切り裂く音ともに、奴の鋭い爪が僕の身体を捉えようとしていた。
死――
頭にその文字が浮かび上がる。防御、防御しなきゃ。僕は反射的に持っていた木刀を盾にした。すると奴の爪はちょうど木刀にあたり、木刀を粉々にする。
「うわぁっ!!」
攻撃こそ当たりはしなかったものの、奴の放った衝撃によって爆風が起こり、僕は吹っ飛ばされる。
「ぐぅ……!!」
それによって僕もソラと同じように木にたたきつけられる。とてつもない痛みが僕を襲う。だがなんとか意識は持っている。
「……ぐるる」
モンスターは僕の方へと一歩一歩近づいてきている。
逃げなきゃ、そうわかっていて足を動かそうとしても、身体が全く動いてくれない。
遂にモンスターは僕の目の前までやってきた。奴のよだれが僕の頭へと垂れる。そんな状況でやっと僕は理解した。
これは罰なんだ。ちょっとソラに勝ったからって調子に乗って、皆に禁止されてた山に行こうなんて言い出した事への罰。
「う……」
僕は重くなってきた瞼に耐えながら、ソラの方を見る。
でも、罰だとしてもソラは関係ないんだ。僕が巻き込んだんだ。もし、神様って人がいるなら、ソラだけは助けてください。僕は食べられても良いから、ソラだけは。
そして、モンスターが口を大きく開け、ゆっくりと僕の喉元へと嚙みつこうとしている。
そしてやつの口元が僕の喉元を覆い尽くした。やつの牙が僕の肌にふれる。あとはその口を閉じれば本当に終りだ。
「……あぁ……せ、せめてもう少しソラと仲良くなっておきたかった、なぁ……」
その時だった――
――何かが切り裂かれる音がした
「ギギャアァア!!!」
それと同時に目の前からモンスターの鳴き声が轟音となって響く。僕はたまらず目を開けた。するとそこにモンスターの口は無く、すでにモンスターは僕から距離を取って別の方向を向いていた。
――そこには身の丈ほどの大剣を持った1人の男が悠然と立っていた