35話【レイの想い】
通信機は……やっぱり取られてるか。さて……どうしようかな。
「ご主人様、お腹は空いていませんか?」
「……今のところ大丈夫だ」
「ご主人様、喉は渇きませんか?」
「いや、別に」
「ご主人様、トイレの方は大丈夫ですか?」
「だーっ! うるせェ! お前はお母さんかっ! いやてかこれ! そういえばトイレどうすんの!?」
「大丈夫です。小さい方ならこのビンへ。大きい方ならこの紙おむつにしていただければ後はレイが『処理』いたしますから」
「……マ、マジで言ってんの?」
「マジマジ大真面目です。レイは再びご主人様に会えただけでも感激なのです。ご主人様にご奉仕する事こそレイの生きがい。レイの人生です」
レイは頬を赤らめ、俺をうっとりとした目で見つめながらそう言った。滅私奉公にも程があるだろ。いったい何が彼女をそこまで駆り立てるんだ。
「な、なぁ……レイ。俺とお前ってどうやって出会ったんだ?」
「レイとご主人様ですか? 最初に出会ったのは太陽暦654年 5/25の午前11時です。あの時のご主人様との出会いは忘れられません。昔はレイも子供でしたから少しご主人様に生意気な事もしていましたが……今ではありえませんね」
「ふ、ふーん、よ、よく覚えてるね。レイはその時からメイドだったのか?」
「……ええ」
その言葉に対して、レイが一瞬だけ言い淀んだのを俺は見逃さなかった。こいつ、やっぱり何か隠してやがるな。
「レイが俺に出会うまでの話をしてくれよ」
「……その話はまた今度にしましょう。今は、それよりも気になることがあります」
「な、なに?」
レイは、俺を縛り付けているベッドの横で椅子に座りながら俺の事をジッと見つめている。
「ご主人様。ご主人様の現在のお名前はなんとおっしゃるんです? まぁなんであろうとレイにとってはご主人様はご主人様でしかありえないのですから良いのですが」
「今の名前は、シオンだ。エリュシオン高原って土地から取ったんだ」
「エリュシオン……興味深い名前ですね」
レイは俺の名前を聞くと、何やら思案し始めた。そのままレイは冷蔵庫の方へ行くと、水の入った入れ物を取り出し、トレーにその水とコップを2つ置き、こちらに歩いてくる。
「なんで? 確か『まっさら』とかの意味だろ?」
「……エリュシオンとはガラム大陸では『死後の楽園』という意味があります。それを人の名前につけるとは……どなたがつけられたのですか?」
「さっき言った、同じ記憶喪失だった女の子だよ。名前はソラって言うんだけど……」
「……っ!?」
ソラの名前を言った瞬間だった。レイはトレーを手から落とした。それにより、支えを失った水の入れ物は重力の命じるまま、床へと叩きつけられる。
「レ、レイ? 大丈夫か?」
「……あ……! は、はい。大丈夫です」
レイはすぐにこぼした水の部分を拭き始めたが、明らかに普通の状態ではない。俺が何を言おうか迷っていると、下を向き床を拭きながらレイが尋ねてきた。
「……ご主人様。確かそのソラという少女も記憶が無かったんですよね……という事はその名前はご主人様がお考えに……?」
「あ、ああそうだけど」
「……そうですか」
レイは床を拭く手を止めていた。俯いた彼女の表情を伺い知ることは出来ないが、何か異様な雰囲気を纏っている事だけは確かだ。
「ご主人様……ご主人様にとってレイは……いえ、記憶が無いご主人様に言っても仕方ないですね……忘れてください」
「お、おう」
や、やべぇ。なんか知らないけどレイの様子が変だぞ。変なこと言ったっけ俺。マズイな、ソラの話を聞いてからこんな感じになったって事は、そこに何か関係あるんだろうけど……
しかしそんな気まずい雰囲気の中、部屋には扉をノックする音が響いた。まさかソラたちがもうここを突き止めたのだろうか?
「我らは奴隷商会の者だ」
「……!」
レイは扉を開けるか迷っていた。レイは何か机に書置きをし始めた。
「ご主人様。レイはおそらく今から連れて行かれます。でもご主人様にご迷惑はおかけしません。それと、拘束はレイが連れて行った後に解けるようにして置きましたから安心してください」
「ちょ、お、おい何? なんの話だ?」
「レイは……レイはご主人様に救われてきました。こうやって最期に会えた事心より嬉しく思います」
「……最期ってなんだよ」
その後無言でレイは紙に何かを書き続けていた。奴隷商会とやらの声が大きくなり、怒鳴り声のようなものになると、レイは書くのを終え、扉を開けた。
「はい、なんの御用でしょうか」
「おい、こいつで間違いないか? ……よし。最近の奴隷逃走は貴様によるものだな。反抗しても無駄だぞ、証拠はある上に我らの後ろには闇ギルドが付いている。我らと共に来てもらう」
「……」
「おい手を縛って連れてけ」
「はっ」
レイはただ縛られるがままになっていた。そして、俺に何も言わずそいつらに連れてかれ、行ってしまった。
レイの言った通り、俺の拘束はしばらくすると消えた。そう、消えたのだ。あの拘束はレイのスキルだったようだ。
急にいろいろ起きすぎてよくわからないが、俺はレイが最後に書いていた手紙を読む事にした。そこにはこう書かれていた。
――ご主人様へ
ご主人様は何が起きてるのかわからず困惑している事でしょう。簡潔に説明します。
レイはご主人様がいなくなってから今までずっとあなた様を探し続けて来ました。他の大陸を探し終え、このドロール大陸に来た時、レイはもしかしたらご主人様は奴隷商に捕まってしまったのではないかと思っていました。なのでレイは奴隷市場を探していたのです。
ご主人様はレイとどうやって出逢ったのか気にしていましたね。レイは昔奴隷だったのです。自由もなく絶望だったレイを救ってくださったのは偶然通りかかったご主人様でした。
奴隷のレイには名前がありませんでした。このレイという名前はご主人様がつけてくださったのです。人に優しくされた事がない、人を信じる事が出来ない。誰かに頼っていないと自分で何も出来ない。そんなレイに優しかったご主人様が無理して言ったであろうあの時の言葉は今でも覚えています。
『お前は俺が買った。だからお前の体は俺のために使え。俺が困ってたら助けてくれ。俺もお前が困ってた時は助ける。お前は俺の専属メイドとしてこれからは俺に尽くせ。自分のやりたい事が見つかったら好きにして良い。だからそれまでは俺がお前のご主人だぞ。お前の名前は「レイ」、アヴァロンに伝わる慈愛の女神の名前だ」
実際はもっとオドオドとしていましたが、ご主人様はこう言ってくださいました。レイがこの話をしなかったのは、怖かったからです。レイが元奴隷という事を知ったら今のご主人様はレイをどう思うのかが。
レイはご主人様を探すかたわら、奴隷の解放をしていました。これはご主人様に言われた事では無く、レイの意思です。レイは自分と同じ奴隷を見ていられなかったのです。結局捕まってしまいましたが、レイは良くやりましたよね?
どうか褒めてください、レイは自分の意思で何かができるようになったのです。レイはご主人様に褒めて貰えることが人生の中の1番の幸福でした。
最期に、レイはご主人様を主従の関係を超えて想っていました。それが叶わぬものでも、レイはご主人様をいつも想っております。
レイ――
俺は手紙を読み終えると、それを折って、ズボンのポケットへと入れた。そして、部屋の中に置いてあった装備一式を付け、準備を整える。
俺は部屋を出ると近くにいた人に声をかけた。
「あのーすんません奴隷商会の本部ってどこですか」
「え?」
奴隷商会の本部。その実態は闇ギルド【召喚奴隷】。その最高司令官であるジャンクは部下からの報告を受けていた。
「ほ、報告します! 先ほど、この本部に侵入者が入りました!」
「なんだ? 侵入者? 珍しいなおい。それで? もう殺したのか?」
「い、いえ……それが現在進行形で対処中で、相手が強く、太刀打ちできない状況となっています」
「ぁあ? 相手は何人だ? 10? 20?」
「そ、それが……1人、です」
「は?」
門を突破し、くぐり抜けると眼前に広がるは無数の闇ギルド構成員。こいつらアホみたいに沢山いるな。
奴隷商会だか、闇ギルドだか知らねーが襲ってくる奴らは全員敵。全員ぶっ潰すまでだ。
「レイはどこだ」