18話【殺人衝動】
監視していた2人の返り血をロズモンドは浴びながら恍惚とした表情をしていた。
「はぁあうぁああああ……! 人が切り刻まれていくのを見るのは何度見ても最高だなぁ……!」
会場では皆の悲鳴が響き渡り、逃げようとする者たちが席から立ち上がり始めていた。しかし――
「あれ、なんでみんな帰ろうとしてるのさ? これから僕の試合だよ? ちゃんと見てってくれよ。王様との約束で客には手を出せないけど……コロシアムから出たら、もう客じゃないよね……?」
「ひっ……!」
ロズモンドの一言により恐怖に陥ってしまい、席に座るしかなかったのである。
「くっくっく。我の思った通り、面白い事になりそうだな……。」
「お、王様……! な、なぜあんな奴をコロシアムに……!? このままでは私たちも危ないですぞ……!」
「心配するな。アミリア政府が奴を好き勝手させるわけがあるまい。我は奴のスキルと身体能力を封じる道具を預かっている。」
王は側近に懐から出したボタン付きの小型道具を見せた。
「な、なるほど……それなら安心ですな。それにしても王様、今回の奴の一時釈放にいくら使ったんですか?」
「ふふ、コロシアムで儲けた金を使ったまでよ。途方もない金額だが、今回の試合によりますますこのコロシアムは反響を呼び、儲ける事ができる。先行投資というわけだ。」
ロズモンドの登場と、先ほどの惨殺により審判はすっかり怯えてしまい、声が聞こえ発せなくなっていた。
だから俺は気になっていた事を聞く事にした、
「おい、ロズモンドって言ったか? お前、なんのためにその2人を殺したんだ。」
するとロズモンドは俺のほうを向き、目を合わせると不敵に笑った。
「なんで? なんでって、そんなの楽しいからに決まってるじゃないか。」
「変わってるぜお前。」
「そうかな? 人は誰でも同じような気持ちは持ってるはずさ。化物をぶっ殺す冒険者も似たようなものだろ?」
奴は平然とした顔でそう言った。奴の目には僅かな疑問すらも見えない。
「人間とモンスターは違うだろ。」
「同じさ。スリル感、爽快感、支配感。そのどれかを感じながらモンスターを殺す冒険者は多いだろう。それはこのコロシアムの人気からもわかる。僕はその対象が生まれつき人間だった、というだけさ。」
確かに、奴の言う通り俺もモンスターとの激闘の中でそのような感情がなかったわけではない。
「そうか。だが、だとしたらお前とは話し合ったところで仕方ないって事だ。俺はただシンプルに、身を守る為にお前と戦えば良いって事だろ?」
「ふふふ。面白いね、キミ。シオンって言ったかな。キミみたいな奴は、凄く殺したくなるよ……!」
「やってみやがれサイコ野郎!」
奴は一直線に俺の元へと走ってくると、包丁のような剣で俺に攻撃を始めた。
な、なんだこいつの剣筋は……? 一撃一撃が重い、そしてまるで読めねえ。防戦するので精一杯だ……!
「ほらほらほらほら! どうしたの? いつまで耐えられるかな?」
「くっ!」
よく見ろ……! 奴の攻撃を……! さっきのスラッシュカマキリだって剣筋が見えたんだ……!
「うおおおおおお!!」
「ははっ! 凄いね、まさか僕の攻撃に今の一瞬で順応してくるなんて! さぁ、もっとだ!」
奴の攻撃スピードが上がった! くそっ、負けてられるかぁぁあ!!
「ふふふふふ。良いね! 良いよキミ! 君の血を早く見たいぃ……!!」
不気味にニヤけると共に奴の剣が一瞬遅くなった! ココしかねぇ!!
「うおおおお!!」
「おやっ?」
俺の渾身の一撃は奴の剣を折り、防具を半分ほど破壊しそのまま奴の肩から胸の中央付近まで斜めに切り捨てた。空中に折れた刀身が舞う。
「ハハハハハハハハ!!!」
「っ!?」
折れた剣の剥き出しの刀身を手で掴みやがった!! まずい……! 間に合わねえ!!
奴は己の手を血で真っ赤にしながらも、刀身を強く握り、そのまま俺の肩へと突き刺した。
「ぐああああっ!!」
「ふふふふふ……! 綺麗な色だ、もっと見せてくれよ!!」
「うあああああああ!!!」
ロズモンドは自分の怪我すら気にせず手を回し、俺の肩の傷をえぐり始めた。
たまらず俺は右足で奴に与えた切り傷に向かって思い切り蹴りを放った。
そして、それにより奴は後ろに仰け反り、俺はその隙に下がって距離を置いた。
「おおっ! なんだ、もっと血を見ていたかったんだけどなぁ。」
「お、お前は何故そんなに平気な顔をしている……! 俺が与えた傷が痛まないのか……?」
「傷……? ああ、コレか。元々ハリボテだしいっか。」
すると、ロズモンドは壊れかけた防具を脱ぐと、露わになった服の血で滲んだ部分を破いた。
服は確かに血で真っ赤になっている。しかし――
「き、傷がなくなってるだと……?」
「不思議かい? それとも絶望?」
「お前のスキル……再生の類か。」
「ふふふ。さぁて、どうか、なっ!」
「うおっ!」
奴は持っていた刀身を投げナイフのようにして俺に投げつけてきた。
俺はしゃがんで避けたが、奴は投げると同時に折れた剣を構えながら迫ってきた。
「くっ。発動、部分支配!」
俺は手にスキルを発動させ、迫り来るロズモンドの剣をいつもより速い振り抜きで防いだ。
「おや、また折れちゃった。力を増幅させるスキルかな?」
ロズモンドの剣は更に折れ、もはや刀身の部分は無くなった。
これで奴は剣を使う事は出来ないっ!
「発動! 地獄の裁き!」
剣に赤黒いオーラが漂う。
こいつは、ここで決めなきゃダメだ!
「うおおおおおお!!」
「……!」
俺は防具もなく剥き出しとなった奴の体に向かって大剣を振るった。切り口から赤黒い炎が燃え盛り、奴の体を覆い、奴はそのまま倒れた。
「はっ。はっ、はっ。…………どうだ。」
ロズモンドの燃える身体を見て、沈黙を続けていた観客席が騒ぎ始める。
「や、やったんじゃないか……?」
「あの殺人鬼ロズモンドを……。」
「す、凄い……!」
「やったんだ、やったんだ!」
「うおおおおおお!!」
「帰れる、帰れるぞっ!!」
そう言って1人の観客が立ち上がった瞬間だった――
「――帰るなら客じゃないって言ったよね。」
「ぶぺっ!」
一瞬だった。
炎の中から立ち上がった観客の顔に先ほど折れた刀身が投げられ、突き刺さっていた。
「血がっ! 血がああああああああ!!」
「う、うわぁぁぁああああ!!」
「バカッ!! 立つな! 殺されるぞ!」
ゆらりと炎に包まれたロズモンドが立ち上がる。
馬鹿な……なんで立ち上がれる。
「発動。戦闘狂奏曲。」
!? 炎の中からスキル発動の声がしたかと思うと、炎が一瞬にして消え去り、中からロズモンドが現れた。
傷はおろか、火傷すらしてないだと……!?
「はぁはぁ。ちきしょう、反則だぜそりゃあ。」
「ふふふ、もしかして今のが全力?」
「へ、へへっ。残念だけどそうだな。」
「ガッカリだなぁ、キミの実力はそんなものじゃないと思ったんだけどな。僕の見当違いかな?」
ロズモンドはふらりふらりと徐々に近づいてくる。
まずいな……。本当にまずい。まさかここまでの奴だとは。肩の出血もあるせいでだんだん身体が重くなっていく……
「マルロ! このままではシオンがやられます! 試合とか言ってられません! 私は助けに行きますよ!」
「……待ってソラ……!」
「止めても無駄です。」
「……私も行くわ。」
「……マルロ!」
「くえぇ!!」
「……アポロンも行くと言ってる……。」
「ええ! なら行きまし――」
ソラが立ち上がろとしたその時、観客席の最後尾の扉から闘技場に向かって高く跳んだ者がいた。
赤い髪をはためかせ、シオンの前へと降り立ったその者は――
「エ、エリア……?」
「ふん、酷い出血だな。」
そう言って彼女は微かに微笑んだ。
「また切り刻み甲斐がありそうなのがきたなぁ。」