1話【遥かなる記憶】
ここはどこだ?
頭が痛い、身体がだるい、目が開かない。繰り返される痛みの中、俺の頭の奥で何かの光景が見える。それは見た事もないほど青く雲ひとつない空、そして髪の長い誰かの後ろ姿。
――綺麗だ。
素直に、そう思った。そしてその光景を見終わると俺の意識は徐々に途切れていき、最後は完全に意識が無くなった。
「う……あ……」
目を開けると光が眩しい。今は……昼か? 何故か俺の周りにはクレーターのように地面がえぐれている。それに俺の服はボロボロだ。
「ここ、どこだよ……?」
俺、何してたんだっけ……思い出せないな……えーと……確か…………あれ? 待て、待て待て待て……? 何があったか思い出せないどころか何も思い出せないぞ?
…………ちょっと待ってくれ……
「俺、誰だ?」
嘘だろ、記憶喪失? 待て、よく思い出せ……!……いや駄目だ……! 何1つ思い出せない……
周りには何か手がかりはないのか? ……あれは! 同じようなクレーターがある!
…………とりあえず行ってみるか。
「あれは……人? 女の子か? 」
やっぱり女の子が倒れていた。歳は俺と同じくらいだろうか? いやそもそも俺いくつだかわからんけども……
女の子は黒く短い髪で、俺と同じように服がボロボロだった。
呼吸はしてる、生きてるんだな。この女の子はいったい? 俺と似たような状況だ。何か知ってるかもしれない。
「おい、大丈夫か?」
「ん……んん……」
起きたみたいだな、目があった。黒い瞳が俺を見つめる。
この顔……何か見覚えが……もしかして知り合いなのか?
「起きたか。起きがけで悪いんだけどさ、ここってどこだ?」
「……ここ……? ここは、どこですか……? 私はいったい……?」
まさか……!
「記憶が……ないのか?」
「記憶……全然思い出せないです……そういえば貴方は……?」
なるほど……まさか記憶喪失がもう1人いるとは……どういうことなんだこれは。
「俺は……いや俺も記憶がないんだ……」
「そう、ですか……けど何故か貴方の顔を見ていると懐かしいです。とても懐かしい……。」
俺も何か懐かしいと思うものがあった。それが何かは全くわからないけど、何か懐かしい。
「もしかしたら俺たちは知り合いなのかもな」
「……だとしたら私と……あれ? そういえば名前は?」
名前……? そうか、そういえばお互いの名前もわかんないのか。すげぇ厄介だな。
「名前無いと……不便だな。とりあえず本当の名前が分かるまでの仮の名前をつけるか」
「それもそうですね」
「どっちが先に考える?」
「私はまだ、整理がついてないので……先にお願いしても良いですか?」
まぁこんな状況だし、それもそうか。逆になんで俺はこんな落ち着いてんだろう?
「よし、俺が良い名前を考えてやる」
「あ、出来れば可愛い名前が良いです」
可愛いやつか……そこは女の子だな。んーそうだなぁ。何が良いかな。
周りを見てみるとそこには障害物となるものが何もなく、あるのは澄み渡った青空だけだった。そしてその光景とこの女の子はよく合っていた。
「そうだな、お前には澄み渡った青空が合ってる。名前は……ソラとかどう?」
「ソラ……」
「ちょっと単純過ぎたかな――えっ?」
彼女を見ると頬には涙がつたっている。涙? なんで? 涙するほど嫌だったのか!?
「……あれ? 涙……なんで?」
本人も何故涙が出たのかわからないようで腕でゴシゴシと涙を拭っていた。
「よ、よくわからんが、嫌なら違うの考えるぞ……?」
「いえっ、いいです、ソラで……ソラが良いです」
「そっか、よかった。じゃあ俺の名前も考えてくれよ」
「そうですね……」
ソラは周りをキョロキョロすると、近くに看板がある事に気付いた。
「じゃああそこの看板に書いてある文字から何か取りましょう」
「看板か……変なのじゃなけりゃいいけど」
それを見て見てると、こう書いてあった。
『ここはエリュシオン高原。エリュシオンとはまっさらという意味です。ここから数キロ先、ジャジャリア街』
ソラはそれを見るとうーん、と唸り始め、エリュシオンは長いですし、ジャジャリアは無いかな……とか何やらブツブツと言い始めた。そして遂に決まったようだ。
「そうですね……じゃあ私たちまっさらな状態ですし……スタートという意味も込めてシオンなんてどうです?」
まっさらか……俺たちにピッタリの言葉だな。シオン、シオンね。やっぱり名前が自分にあるってのは安心できるな。
「……シオンか……良いな! それ!」
「良かったです……じゃあ名前も決まりましたし、とりあえずこのジャジャリア街とやらに行ってみませんか?」
「そうしよう」
俺たちはエリュシオン高原を旅立ち、ジャジャリア街を目指して歩き始めた。そして歩いて1時間ほど経った頃、女性の悲鳴が聞こえた。
「きゃああああ!!」
「なんだ!?」
「シオン! アレを見てください!」
「あれは……!」
男たちが女性を連れ去ろうとしてる!
顔を布で全て隠した4人の集団が、嫌がる女性を無理やり馬車に入れようとしていた。
それを見ると胸がざわついた。助けなきゃ……!
「よしっ! ちょっと待っててソラ!」
「シオン! 助ける気ですか!?」
「なんか知らんがああいうの見過ごせない性格らしい! 行ってくる!」
「ちょっ、もうっ……!」
ソラはなんだかんだで俺の後をついてきた。うーん、頼もしい。
そして俺はその集団のところへ行き、声を上げた。
「おい! 何してんだ!」
「た、助けてください!!」
「なんだぁ? お前。俺たちが誰だかわかってんのか?」
顔を布で隠した4人組。一応知り合いの可能性も考えてみるが……全く見覚えがないな。
「ソラ、知ってる?」
「いいえ、全然。記憶にないです」
「なっ! てめぇ、ふざけてんのか!? 俺たちはあの闇ギルド蜂の針だぞ!?」
ポ、ポイズン? 何言ってんだこいつ?
闇ギルドってなんだよ……。
「知らねーよ! つーか何も知らねーよ! むしろ教えてくれよ!」
「な、なんだこいつ、なんで逆ギレしてんだ? なんだか知らねーがよ、俺たちは【蜂の針】のメンバーだぞ!? 獲物横取りしようってんならタダじゃおかねえ! 発動!! 火球!!」
「うわっ!?」
男が何か叫ぶと、男の手から炎が出てきた。え? 何それ!? やばい! 直撃する!!
炎は俺がいたところを直撃し、俺の身体は炎に包まれた。
「シ、シオンッ!」
「ハーッハッハッハ! 燃えろ! さてと、邪魔は消えたしさっさと連れ去るか。」
「へいっ!」
あっつ! 何これあっつい!……あれ? けど、思ってたほどでも無いな……いやそんなわけ無いだろ。
そう思い身体を冷静に見てみると身体全体に謎の透明の膜みたいなの出来ていた。……これのおかげ? けどこれなら……!
「おい」
「へ?」
バキィッ!
「あっチィッ!!!」
俺は炎に包まれたまま、そのまま男の頬めがけて殴り倒した。男は思ったよりも吹っ飛んで、殴った箇所は火傷していた。
「名づけて、ファイアパンチ。どうよ?」
「……だ、ダセェ……ガハッ……!」
え、ダサい?
「な、なんで生きてるんだ? つ、つーかネーミングセンスないな……」
「兄貴の火球で燃え尽きたと思ったのに! ……ファイアパンチて……」
どうやら俺考案の即席必殺技は不評のようだ。単純かつ分かりやすい名前で良いと思ったんだが……。
「お、おい。こんな事してタダじゃすまねぇぞファイアパンチ! 蜂の針は必ずお前を潰しに来るぞ! そ、それが嫌ならその女を置いてさっさと――」
「うるさい、誰がファイアパンチだ」
「ぐああっ! !」
「ぐお!!」
「うああ!!」
なんかムカついたから4人ともぶん殴っちゃったけど……こいつら結局何者? 良い奴らでは無さそうだけど……。
燃えたままそんな事を考えていると、ソラが心配そうな顔をして覗き込んできた。
「大丈夫なんですか……それ?」
「え、あぁちょっと熱いだけ。たぶんこうすれば……」
俺は地面に寝そべるとゴロゴロと転がってみた。すると体の炎は消え、元の俺に戻った。ちなみにあの謎の膜も消えた。
「あ、ありがとうございました!! 本当に助かりましたファイアパンチさん!」
「いやファイアパンチさんじゃないから俺」
「あ、あのー……出来ればお礼をしたいので私の家に来てもらえますか?」
俺たちは相手のご厚意に甘えて、家に行くことにした。その女の人の家はジャジャリアの街にあり一人暮らしをしているようだった。
「先ほどは本当にありがとうございました。私はララと言います」
「いえいえ、俺はシオン、こっちはソラと言います」
「こんにちは、ソラです」
ララさんは金色の髪をしていて三つ編みをしている、美しい女性だった。年は俺よりやや上だろうか?
「あのさっそくなんですがララさん、俺らのこと見たことないですか?」
「それは……いったいどういう意味ですか?」
俺は自分の記憶が無いことを話した。ララさんは驚いていたが真剣な表情で聞いてくれた。
「なるほど、そういうことでしたか。ですがすみません、あなた方どちらも私には見覚えがありません」
「そう、ですか……」
俺とソラはどちらも肩を落として落胆した。まぁそんな簡単にいくはずもないか。
「ですが記憶喪失という事はこの世界の事もよくわからないでしょう? 私が簡単に説明しますね」
そういうとララさんは紙とペンを持ってきて何かを描き始めた。これは大陸? 5つに分かれている。
「私たちの世界は5つの大陸に分かれています。アミリア、パンシア、ドロール、ブルナーラ、ガラムの5つです。私たちがいるのはアミリア大陸です。」
ふーむ……そう言われれば確かこんな大陸だった気もしてきた。
あ、そういえば。
「さっきの集団が使ってたあの手から炎を出すアレ。アレってなんなんです?」
「アレは、【スキル】です」
「スキル?」
「ええ、人はそれぞれ色々な成長を通して、スキルを身につける事が出来るんです。まぁ言葉で言うより私のスキルを見せたほうが早いですね。」
そういうとララさんは何かを書かれた紙を見せてくれた。
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ララ
レベル: 1
スキル: 家事3
①早がけ:雑巾掛けが早くなる
②整頓:整理整頓が早くなる
③★料理上手:料理が美味しくなる。
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「コレがスキル……。このレベルってのは?」
「人は【レベル】というものが存在していて、それが高まるほど自身の身体能力が上がったりスキルの種類も増える場合があるんです」
するとソラがこんな質問をする。
「家事3って事は、家事1と家事2もあるんですか?」
「はい。私の場合は家事のレベル3というスキルで、レベル1のときが早がけ、2が整頓、3が料理上手を習得したって事です。」
「なるほど。スキルはどう使うんですか?」
「ちょっと見ててください。発動! 整頓!」
そういうとテキパキと棚の本を整理整頓し始めた。かなりのスピードだが適確に整頓をしている。
「ふう。こんなふうに発動といってスキルを発動するんです。ちなみに★がついているのは発動をしなくても常に発動しているスキルの事です」
「なるほど……これ俺のレベルとかはわからないんですか?」
「あ、わかりますよ。街の中心のあたりにそういうの測ってくれる施設があるんです。行きましょう。」
ララさんに連れられ、その施設に行ってみると表の看板にはジャジャリアギルドと書かれていた。
中に入ってみると中にはたくさんの人で溢れかえっていた。共通しているのは、皆剣や弓、盾や防具などを身につけている事だ。
「つきましたよ! ここでやって貰えます!」
着いた先の受付には眼鏡をかけ胸が開いたセクシーな服を着た女性が座っていた。ちなみにそこを見てたらソラに足を踏まれた。
「あらララ? どうしたの?」
「ミランダ! この人たちのステータス測ってあげて? ギルドカードは持ってないわ」
「この人たちの? まぁ良いけど。じゃあそこ座って、名前書いてー」
「シオン、先に測ってもいいですか?」
「えーずるいぞ!」
「2人同時に測れるよ」
ミランダさんは俺とソラの頭にヘルメットのようなものを被せた。
ミランダさんが何かのボタンを押すと、頭が少しピリッとした。そして少しすると横にある機械から紙が出てきた。
「はい、これがまずソラちゃんのステータスよ。」
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ソラ
レベル: 4
スキル:永遠の忠誠1
①上昇:自分もしくは想い人の身体能力を少し上昇させる。
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「凄いですよ!ソラさん!レベル4なんて!!」
「コレ、凄いんですか?」
俺がそういうと受付のミランダさんも驚いた様子で頷いた。
「かなりの冒険者でもレベル3が多いわ。レベル4なんていたら名を知っていてもおかしくないけど……それに、レベル4なのにスキルレベルが1なのも変だわ。それにこのスキル……」
「あ、それはねたぶんソラさんが記憶喪失だからだと思うよ。確かスキルって経験が大事だから記憶が無くなったりすると消えちゃうんじゃなかった?」
「記憶喪失……。なるほど、それでレベルと釣り合ってないのか……。でも凄いわ!! 最強と言われている冒険者でもレベル6,7とかよ?」
「ふふん♪」
ソラは俺にドヤ顔で紙を突きつけてきた。
くっそーー。俺もなんか褒められたいな!
「俺のは!?」
「これよ」
ミランダさんが紙を渡してくれた。
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シオン
レベル: 1
スキル:支配1
①信用支配★:人から好かれやすい
※エラーあり。
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「えっ?コレだけ?」
「ふふ、弱くても大丈夫ですよシオン。私が守ってあげます」
「ば、馬鹿な……」
レベル1だと……? 1って何だよ1って。
「ミランダーこんなスキル見た事ある?」
「ないわ……それにエラーなんて初めて見た……支配とこの①のスキルの間に空白が空いちゃったのがエラーなのかしら? そんな事今まで無かったのに……」
「それよりレベル1なのにあの炎攻撃を喰らって無傷なんてあり得るのかな……。謎だ」
ミランダさんとララさんが何かゴチャゴチャ言っていたが、俺はあまりの能力のヘボさにショックで聞こえていなかった。
「あのーシオンさん。落ち込まないでください! 最初は誰しもレベル1なんですから! これからもっと上げられますよ! ……たぶん。」
確かに落ち込んでも仕方ないしな。なんでソラがあんなに強いのかは謎だが……。
「そういえばシオン君とソラちゃん、だったわよね?あなたたち記憶がないみたいだけど、これからどうするの?」
「とりあえず俺たちは記憶を思い出すためにいろいろ巡ってみようと思います。」
「たちって……私はまだ何も決めてないですよ?」
「行くだろ?」
ソラの目をジッと見てそう言うとソラは少し目を見つめ返したあとプイッと横を向いてしまった。
「ま、まぁ何か関係あるかもしれないですし、少しの間は付き合ってあげます」
「あら?さっそく信用のスキル効果かしら?」
「もうっ、違いますよっ」
「ふふ」
「宜しく頼むぜ、ソラ!」
俺が手を差し出すと、ソラは少しためらったあと手をだし握手をした。
かくしてシオンとソラの記憶を思い出す旅は始まった。
深夜、働く人々も帰った誰もいないギルドの中で、レベルをプリントする機械から一枚の紙が出てきていた。
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エラー排出
⓪解放★:自身の危機の度合いに応じて自分の身体の支配が一時的に外れる。
※なおこのエラーが再び起こった場合、このエラー部分はプリントしない。
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