折り返し地点
村に到着し、レオルは足をひきずるようにして家の玄関に倒れこんだ。倒れるとき、木の扉に背中をぶつけた。だから、ちょうど起きたばかりの、決して美人とは言えない妹が眠い目を擦りながら、その音を確認するために奥から出てきた。
玄関先で兄の疲労困憊で汚れた姿を発見し、妹は大変驚き、レオルを抱えて、部屋の床板の上に寝かせた。衣服は茶色く汚れ、サンダルは所々がほつれて擦り切れ、肘や膝は皮がむけて血が流れていた。
家に着いたことで、安心のあまりレオルは気を失っていた。もうかれこれ2時間くらい寝ている。その間、優しき妹はレオルを着替えさせ、体を拭き、傷口に綿布を当て、サンダルを再び編み上げた。
それから程なくレオルは起きた。あわてて庭の日時計を確認すると影は10時を指している。ちなみにこの日時計も、幼き頃にセルビアヌスが作り方と運用方法を教えてくれたものだった。レオルは慌てた。サンダルを修繕し終わり、椅子に座って居眠りをしていた妹を叩き起こし、こう言った。
「結婚式だ! いますぐやるんだ!」
突然の話にきょとんとしていた妹を珍しく叱り飛ばし、レオルは彼女に新郎を呼びに行かせた。
レオルはその間、床に寝転がり、体力と筋肉の回復をはかった。限界あるかぎり、疲労が取り除かれることを願い、眼を閉じたまま、これからのことを考えた。
やがて、訳の分かっていない妹が、同じく訳の分かっていない婿を連れてやってきた。レオルは、すぐに起き上がり、枕元に置かれていた腰袋からふたりに気づかれないように、瑠璃の髪飾りを取り出すと、自分の上着の中に隠す。
3人だけの、ささやかな結婚式が行われた。
レオルは一方的に、ふたりに誓いの儀式をさせると、酒を飲ませ祝った。そして妹を抱きしめ、こう告げた。
「愛する可愛い妹よ。俺はもう行かねばならぬ。もしかしたら戻ってこないかもしれない。しかしお前はもう一人ではない。頼りになる主人ができた。一生お前を愛してくれる立派な男だと俺は思っている。もし、俺のことを思い出したくなったら、これを見ろ。お前が幼き日に俺にねだった唯一の品物だ。いままで貧しい中、良く頑張ってくれた。文句も言わず、よく耐えてくれた。これは俺がお前にできる最後にして、いちばんの、贈り物だ」
レオルは妹の長い髪に、ブルーに輝く瑠璃の髪飾りを挿した。妹は感激のあまり、泣き崩れた。
それをよそに、レオルは隣の新郎の手を取り、言った。
「俺の妹を頼みます。こいつは私と同じく愚図ですが、優しさだけは誰にも負けません。いのちを掛けて、あなたを支えてくれるでしょう。だから、あなたも全力の愛を以って、それに答えてあげてください。どうか幸せを、約束してください」
新郎は突然のことで、何のことか未だに良く分かっていない様子だったが、やがて何度も頷いて約束した。それを見て、レオルはさらに握っていた手を強くした。
そのころ、城門にも朝が来ていた――。
ディオニクス王は朝遅くに起きるとすぐに城門に下りてきて、伝達兵からの知らせを聞いた。そして、レオルがすでに村へ到達したという報告を受け、側に立つ大きな杭のほうを見て言った。
「思ったよりも早かったな。やつは妹が恋しくて仕方が無かったのだろう。いいか、セルビアヌス。やつは自分の家から一歩も外へは出れやしないぞ。やはり死ぬのは嫌だと思っているぞ。お前の命の事など忘れ、安息の地でゆっくりするに違いない」
杭に吊るされた男、セルビアヌスは、夜を徹して起きていた。城門から向こうのほうへ伸びる街道をずっと見ることだけをしていた。いつか向こうからレオルが現れるのを、昨夜のうちから待っているのだ。
あからさまに自分の話を無視され、ディオニクス王は腹を立てた。だから思いっきり、杭を蹴り飛ばした。セルビアヌスが揺れる。しかし、その顔はまっすぐ前をみていた。
そんなセルビアヌスにも、一抹の不安が無いと言えば嘘になる。それは王の卑劣な罠の予感であり、その予感の原因は昨晩おそく、この国で随一の猛将と謳われた『金獅子大将』ブリュンハイドが、その巨体を揺らして城門をくぐり、階段を上り、王の寝所へ向かって歩いていくのを見たことに起因していた。
ブリュンハイドは全地域に轟く猛将である。
そして、しばらく経ったころに、寝所から戻ってきたブリュンハイドは、城門をくぐり出る前に、セルビアヌスのほうを振り向き、悲しそうな顔をした。そして何も言わず、闇に消えた。
レオルは必ずこちらへ向かってくれる。しかし、あのか細い体で誰かに襲われたならば、ひとたまりも無いだろう。ましてや、あのような猛将に――。
吊るされた若き男は、心配しながらもレオルの到着を信じた。




