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神足のレオル  作者: 卯野裕富
13/13

それぞれのゴール

 失意のディオニクス。

若き王は右腕に矢を受け、レオルへの襲撃を阻まれたあと、群集の圧力に押されて、城門の中の、王城の壁のあたりまで追い詰められていた。

 かの王は、この2年の間、限度を超え過ぎた。

 市民を弾圧し、略奪し、虐殺しすぎた。

 抑圧され続けた市民の憤懣は、あまりにも膨らみすぎていた。そしてレオルの走破を機に個々の鬱憤が結びつき、増大したそれは王国への敵意へと変わった。群集は、王を決して許さない。その気持ちは、もはや表面張力を超え、こぼれ落ちそうになっていた。些細な衝撃で、彼らの理性は一気に瓦解する――。

 追い詰められ、城を支える高い石壁を背にしたディオニクスは、ねめつけるような目付きで、押し寄せる彼らの圧力に抗うため、怒りもあらわに左腕で殴りかかって行った。その左のこぶしは前列の男にあえなく避けられ、後ろに続く、女の抱いている赤子に当たってしまうという結果を生んでしまう。

 泣きじゃくる赤子。

 怒気を爆発させる群集。

 それがきっかけであった。

 きっかけなど、何でも良かったのであるが。

 その中の誰か一人が、理性ある人間としてのタガを外すと、それに釣られて近くの人間達も次々と自己抑制の鎖を解き放っていった。

 集団心理は、凄惨な破壊を生んだ。

 王の目や口、耳や鼻などの穴という穴は全て指を入れられ引き裂かれた。王の肉という肉は全て殴り潰された。王の骨という骨は全て砕き折られた。暴徒達は、一気呵成に王を散り散りにした。

 暴君と呼ばれた男の末期は、暴風のような暴力にすり潰された。

 その様子を馬上で眺めていたブリュンハイドは、天を見上げ、そこに居座る太陽に向かい、想いを投げかける。

――国が壊れた。国の将来を終わらせたのは、俺か。それともお前か。

 大男の投げかけをそのままに太陽は、遠くの森のなかで、いまだに佇む老人の想いをも照らし出す。



――この国を壊し、終わらせてやる。

 あのとき、あの女はそう言った。

 俺の肩に槍の刃先を押し込むあの女の眼にあったのは、憎悪を含んだ鈍色の炎。

 初めて見る女であった。

 黒いウェーブのかかった髪。黒い眉に、切れ長の眼。分厚い唇。浅黒い肌。

 気の強そうな女だと思った。いや、実際のところ、気性は荒すぎた。だから部屋に入るなり、いきなり槍で刺されたのだ。

 女の後ろ、部屋の奥に置かれている、柔らかそうな布団に包まれ寝ているのは小さな赤子であり、おそらくあれが、次代の王子になるであろうと期待されている王の子息であると思われた。

 俺は肩に刺さる槍をがっちりと掴み、引き抜けなくした上で、それを一気に振り回した。槍を持っていた女は、たわいもなく吹き飛び、壁に激突した。

 とっさに女のもとへ寄り、悲鳴をあげそうになっていたその口を塞ぎ、髪を握りつぶしながら俺は、女に聞いた。

「王妃はどこだ」

 口を塞がれた女の視線が横に動く。俺はそちらを見た。別の女が倒れていた。色白の美人が、眼を開けたまま、胸から血を流して、仰向けに死んでいた。

 ステリア王妃――。

 紛れもなく、アラミス王の第二夫人だった。

「貴様っ」

 かっとなり、危うくそのまま、首の骨を折って殺すところであった。肩の痛みが、強壮薬の効果を和らげていたのが幸いした。俺はなんとか踏みとどまった。

 しかし、この女は、なぜこの部屋を知っている――。

 敵に乗っ取られた城へ侵入する前、王子と王妃の両方を奪還することを王と約束したとき、城に詳しいという男はこう説明した。

「この城には、異変があったときに、国王や城主が隠れることのできる部屋がいくつかあります。それらの部屋は抜け道が使えないときに、一時身を隠すために使用されます。そのことは、あらかじめステリア様にもご説明しておきましたので、首尾よく逃げ込めたとしたら、ここにお二人は居らっしゃるはずです」

 この男は、以前この城で覇を唱えていた国王カリウスの配下の者であり、そのとき、この城の設計に関わっていたという。

 たしかに男の言うとおり、城外から抜け道を通って出たところは、この部屋の近くに位置していた。

 城内の兵士たちは城門の守りに行ってしまったのか、廊下には僅かな兵士のみしかいなかった。お陰で、その数少ない敵兵を、簡単に始末することができた。隠し部屋は、廊下の壁の一部に隠し扉をくぐった場所にあり、その隠し扉は、壁にいくつか並んでいる手織りの壁掛けの裏にあると聞いている。俺は、城に詳しい男から聞いたとおり、4番目の壁掛けをめくり、裏にあった壁と同じ色の小さな押し扉から、その隠し部屋に入ったのだ。

 そしたら、入った直後に槍で襲われた。

 狭く、小さな2つのロウソクによって照らされた部屋。この部屋は王族しか知らぬ部屋のはずではなかったか。それでは、何故この女はこの部屋を知っているのか。

 この女は、一体――。

 女の手が動く。その手にナイフが握られているのが見える。俺は、すばやくそれを避けると、その隙に女は身を翻して、俺から距離をとった。見事な体さばき。指に残った女の髪の毛を捨てながら俺は、その動きを注視しつつ、地面に落ちていた槍を取った。そして、構えて言った。

「俺の槍は速いぞ。お前がそのナイフを振り上げた瞬間に、お前の胸に穴を開けることができる。叫んだりしようとしても同じだ」

「――」

「お前は誰だ」

「――」

「言わなければ刺す」

 それでも女は無言を貫いていた。早くしないと、敵兵に気付かれるかもしれない。

「ならば、刺す――」

 俺は殺しの準備をした。かくなる上は仕方ない。王子だけでも連れて逃げなければと思った。

 すると、女が突然、口を開いた。

「――この国を壊し、終わらせてやる」

 芯の強い、低い声であった。狭い部屋に、その声はよく響いた。

「なんだと?」

「お前の主人は、私の愛する王と子供達を殺した」

「一体、お前は、誰だ」

 答えを聞く前から、なんとなく推測ができた。

カリウスの城から姿を消したとされるその妃――。

 その名は確か――。

「私の名は、ダリア。かつての国王カリウスの妻にして、お前の王の寵愛も受けてしまった哀れな女」

「なに? 今、何と言った」

 女は自分の後ろの赤子をちらりと見ながら、俺の問いに対して違う答えを返す。

「この子は私の子――」

「何を言うか。ステリア様のお子だ」

 俺の反論を聞き、女は不敵な笑みを浮かべた。分厚い唇が吊りあがり、切れ長の眼が歪む様子は、魔性が姿を現したような美しさがあった。そして、足元に転がるステリア王妃の体を軽く蹴りあげ、妖しく言った。

「ステリア――この女はね、私から子供を奪うためにここにやって来ていたのよ。数日この子の世話をしたくらいで、すっかり母親気取りだったみたいだけど……。ねえ、知ってる? この子が生まれるまで、服の中に綿を詰めて、ずっと妊娠しているふりをしていたのよ、この女」

「偽りを申すな。俺の気は短いぞ」

「本当よ。私はずっとこの城に住んでいたから、この隠し部屋を知っている。さっき、この答えが訊きたかったんでしょう? この子はね、私とカリウス王の間にできた子なの。お前の王は、自分の子だと勘違いをしているようだけどね。私にしか分からないことだけど、間違いはないわ。うふふ。でも、アラミスにとって、私との間に出来たというのは、どうやら都合が悪かったようね。だって私は敵国の女ですもの。だからあいつは、この、泥棒猫みたいな代わりの母親を用意したのよ」

 今度は、死んでいるステリアの鼻を足裏で踏み潰しながら、女は事実ともつかぬ話をした。鼻の小さな骨が折れる音がした。美しい王妃の鼻が醜くめくれあがる。俺は、この女の話が偽りであるとは言い切れなかった。本当であれ、嘘であれ、王子を救出することに変わりはないのだが、最後まで話を聞いてみたいと思った。薬の効果は切れ始めていた。肩口が痛い。

「なぜ――。なぜ王は敵国のお前と――」

「それが停戦の条件だったからよ。私達の国は、お前達に攻められて、滅びそうだったからね。そんな中、お前たちの王は、密かに私を差し出せと言ってきた。私も国のために、自分から進んでそうしたわ。そうでもしなきゃ、国が無くなる。国王と子供たちを守るために、お前の王のもとへ私は出向いた――」

 女はさらに続けた。

「でも、そうして間もなく私のお腹に新しい命が宿ったことを知ったアラミスは、突然私の国を襲った。約束を違え、王を、子供たちを、私に会わせる事無く、この世から消し去ってしまった。そして私を、この城に監禁して、子供を産ませたのよ。アラミスには男子がいなかったから、生まれたこの子が男の子で、とても喜んでいたわ。それを見て私は、決意したの――」

 ロウソクの炎がその瞳に宿り、あやしく光彩を揺らめかせながら女は、一言、「――復讐をね」と言って、俺を睨んだ。俺は黙って、女の話を続けさせた。依然、女は気持ち良さそうに喋っている。

「最初はね、このカリウスの血を引くこの子を、パルメルフの国王にしてやろうと思った。そしたら、この国は私の愛した王の国に生まれ変わるでしょ。それも面白いと思ったの。でも――。でも、そのときを私は見ることができない。すでに口封じのために殺されているはずだもの。だから、もっと早くこの子を、私の見ている前で国王にしてやりたくて、こうして城を乗っ取らせたのよ。亡きカリウス王をいまだ慕う者たちと一緒にね」

 一瞬、頭に血が上った。この女が、敵兵を城内へ手引きしたのか。さらにその敵兵とは、自軍内にいた旧カリウス軍の者達も含まれていたのではないだろうか。

「お前のしたことは、反逆罪となる」

 俺はやはりこの女を殺すことにした。これ以上の話は無用だった。俺はここに着くまでに優秀な部下を失っていた。王妃も命を落としてしまっている。もうこれ以上、女の戯言など聞きたくなかったのだ。

殺気で満たされ始めた俺の槍先を恐れる事無く、女は両手を広げて、嬉しそうに言った。

「さあ、殺しなさい。今の話が嘘か本当かなんて、あなたには関係のないことですものね。でも、あなたは聞いてしまった。この話を知っているのは、王を含めて数人だけ。この後、ここから運よく生き残って脱出できたならば、あなたは誰にも言わずにいられるのかしら? この話を黙ったまま、生きていけるのかしらね。もしかしたら、殺されてしまうかもね。うふふふ。あはははははははは」

 大きな笑い声に思わず槍が動いた。穂先の刃が女の胸を一気に貫き、潰された体内の空気が女の口から、笑い声の代わりに、断末魔の塊を吹き出させた。

 口から血を吐きながら、女は自分の胸に突き刺さる槍をそっと握ると、最後に力を振り絞って言葉を搾り出した。

「さあ……、この子を連れて逃げなさい。この部屋のことも、隠し通路のことも、ほとんどの城の兵士達には教えていない……。いまなら、まだ、間に合うわ……」

 言い終わると、膝から崩れ、足下のステリア王妃にかぶさるようにして、女は倒れた。俺は、すばやく赤子に走り寄り、抱きかかえる。泣き声一つ上げず、驚くほどに静かな子供であった。そのとき、赤子を包んでいた布団から、一枚の手紙がひらり、と落ちた。

 俺はそれを拾うと、一気に部屋を出て、隠し通路へ向かって駆け出した。



 大きな木の根元に座ったまま、俺は夜を越している。

 また日が高くのぼってしまった。

 アイゼンウルフは、あの若者を無事に王子のもとへ届けたのだろうか。

 王子は、俺の馬に恐怖を感じただろうか。

 この国で唯一の、自分の出生の秘密を知る人間のことを思い出し、恐れただろうか。

 だが――。

 あの時、俺は本当のことを何も言ってはいない。言えなかったのだ。

 そういう意味では、俺の復讐は中途半端に終わってしまっている。

 王子を命がけで助けた後、王は俺を戦列に入れるどころか、戦闘など起こりえない遠くの辺境の地へと飛ばした。それは口封じだったと俺は思っている。アラミス王は自分が、王子の救出の際に、ダリアの事を知ってしまったのではないか、という疑念を持っていたのではないかと思う。城を制圧後、あの隠し部屋に、死体が二つ残ったままになっていたはずだから、それを見てそう思われても仕方が無い。

 長年にわたって強壮薬を服用していた俺にとって、平和で退屈な土地など腐って死ねと言っているようなものだった。副作用に悩まされて生きて行くくらいならば、戦場で華々しく死んだほうがマシだと思っていたのに、王はその機会を奪い取ってしまった。

 俺は王を毎日怨んだ。時折、天候の悪い日に狂ってしまう自分を呪いながら、怨んだ。

 だからこそ、王の死んだ日、俺は王城に向かい、新しく即位した王子のもとへと駆け参じた。それが俺の復讐だった。

 しかし、そこで王子に全ての真実を教えてやろうと思ったのに、出来なかった。

 あの女の言うとおり、真実を全部話してしまえば、本当に国が壊れてしまうのではないか、と急に怖くなったからだ。俺の心のどこかにまだ、この国を愛する気持ちが残っていたということなのだろう。

 結局、全て話すつもりが、最も重要な部分を省いたまま説明をしてしまい、ステリア王妃が殺される前にしたためていた手紙だけを、ディオニクス王に渡して俺は去った。結果的に、その中途半端な説明が、様々な悲劇を生んでしまうことになったと知ったのは、ずっと後のことだ。

 ディオニクスは、亡き母の愛を感じるどころか、自己の出自を偽られたことについて、周囲の人間を疑い、恨み、殺意を抱き、多くの人々を不幸のどん底に突き落としていったのだろう。

 全部、俺のせいだ。

 こうして、俺が作り出してしまった責任を、自分の手で終わらせるために、遠路はるばる王都へ向かったというのに、まさかこんなところで動けなくなるなんて――。

 

 夕暮れが迫ってきた。動けない体に、沢山の虫が這いあがってきた。そのいくつかが時折、噛み付いてくる。俺は、振り払うのも面倒になってきたので、そのまま噛ませておくことにしていた。今日も、こうして何事もなく終わるのか。昨晩、この森丘に住むという、狼たちに喰われて死ぬ予定だったのだが。これでは、この木の根元の肥料となるまで、体が朽ち果てるのを待つ以外にない。半ば諦めながら、そう思っていた。

 すると――。

 前方の茂みがガサガサと動いた。

 まず葉と葉の間から、黒く湿った鼻がでてきた。続いて、とがった耳と鋭い眼が見えた。銀色の毛並みをしたそれは、紛れも無く狼であった。一匹目の後を追うように、次々と狼が出てくる。その数、5頭。

 ようやく来てくれたか。会いたかったぞ。

 俺は、嬉しくなった。自分の最後を飾るのにふさわしい数の狼――。すばらしい。

 そして、その中の一頭に何故か見覚えがあると思った。

 その狼は他に比べて、毛の白い狼であった。加えて、片目に裂傷を負い、そのせいで眼球が白く濁っていた。

 俺は思い出した。

 ああ、こいつは、と思う。

 この丘、この場所、いつかどこかで見た光景。

 そうか、俺は前に、ここでこいつらと闘ったことがある。


 新しき王の即位のあの日、ディオニクスに手紙を渡した後、暗殺を恐れて、近くの森林に数日隠れ、ほとぼりが冷めたころを見計らって俺は、王都から離れようと一気に南下を始めた。

 その途中、この丘を上っているときに、茂みの奥から人の気配と獣の臭いを感じた。

 愛馬アイゼンウルフも、妙な雰囲気を感じ取ったようで、鼻をひくつかせて、俺と同じほうを見た。

 馬を降り、そっと茂みをかき分けた俺の目に飛び込んできたのは、狼に囲まれた一人の男の姿であった。その身なりから、どこかの貴族のように思えた。その男は手足を縛られて、口に布のようなものを詰め込まれた状態で、何かに覆いかぶさって、腹の下のそれを守っているようであった。喋れぬその口から、男の必死の息遣いが聞こえてきた。

 そして、白い狼は凶暴なしなやかさで、動かぬ男に飛び掛り、首の後ろに噛み付いた。

 聞こえるくぐもった断末魔。

 助けなければ――。

 俺はとっさに茂みから飛び出て、手前にいた狼を抜刀ついでに斬りつけ、返す刀で男を襲っている白狼をなぎ払った。

 素早い動きで、瞬時に致命傷をかわした狼だったが、その片目だけは、ぱっくりと斬れていた。俺はそのまま剣を振りまわして、狼たちと闘った。

 3匹を屠り、残り4匹となったところで、片目から血を流した白狼が大きく吼えてその場を立ち去ると、残りの狼たちは後ろに続いて居なくなった。

 男に駆け寄り、抱き起こすと、すでにその体は冷たくなっていた。そして、男が体の下に隠して庇っていた温かいものが、まだ小さく、幼い男の子であるとわかった。その子も男と同様に縛られており、恐怖に絶句したまま、ずっと震えていた。

 とりあえず、その子を馬に乗せ、一緒に丘を下り、一番近くの支城に預けることにした。聡明な顔をした支城の城主は、その男子の顔を見るなり、顔面蒼白になり、俺に問い糾し始めた。「この子はどうして、ここにいるのか」と。

 俺はさっき起こったことを説明し、この子をここへ預けさせて欲しい旨を伝えた。するとその城主はさらにこう言った。

「この子は、死ぬ運命にあったのだが、仕方が無い。これも運命だ。私がここでひっそりと育てよう。後でいつか、何かの役に立つかもしれない」


 ――あれは2年前のことなのに、もっと遠くに感じる。

 あの子は元気だろうか。大きくなっただろうか。

 あの子は、この国の未来を創りだすような男に成長しているだろうか。

 俺の愛したこの国は壊させないし、終わらせない。終わらせてはならないのだ。

 物思いに耽る俺のほうへ、隻眼の白狼がゆっくりと近づいてきた。

 姿勢を低くし、俺の動きを警戒している。俺のこと、覚えているのか。

 他の狼どもも、俺の周囲を取り囲み、白狼の指示を待っているような様子だった。

 面白い。

 俺の最後の闘いとなる。

 ここで俺は、殺しと狂いに満ちた人生を終わらせる――。

 華々しく闘って散る。

 やってやる。

 その前に――。

 最後の名乗りを上げさせてくれ。

 お前らに聞いてほしい。

 そのくらいの時間はくれるだろうよ。

 おい、まだ来るなよ。

 そんなに牙をむき出しにして、ちょっと待てよ。

 いくぞ。

 名乗るぞ。

「やあやあ、その耳にとくと聴け、俺の名は――」


――俺の名はアイスレーブ・ビーラータイム。

王国の後継者を、2度も救い出した最高にして最強の狂戦士――。



 話はふたたび王都へ。

 約束の時間ぎりぎりに城門へたどり着いたレオルは、赤い絨毯の終わった場所に、力尽きるように倒れこんだ。その体が地面に到達する前に、周囲の人々がそれを受け止め、そっと寝かせた。

 杭に吊るされたセルビアヌスは、市民達に降ろされて介抱を受けている。

 市民達はレオルとともに、城門内へなだれ込んでいた。

 むこうでは、異なる群衆が、王を追い詰めている。

 そして突然、群れの中から一人の男の悲鳴が聞こえ、すぐに止んだ。

 その悲鳴に反応したのかどうか、まもなく意識を取り戻したセルビアヌスは、すぐさまレオルを探し、その姿を捉えると、急いで駆け寄った。仰向けに寝かされていた旧知の友の頭越しに「レオル、レオル」と呼びかけ、その頭を抱えると、自分の膝に乗せて座った。

 レオルの体は思ったよりも軽い。衣服を一切着ていないせいではなかった。中身が無いかのように軽いのだ。それを感じてセルビアヌスは不安になった。そして、膝の上の友を揺さぶりながら言った。

「レオル。起きろ。起きて俺を殴ってくれ。お前を待っているとき、一瞬だけ俺はお前を疑った。お前が、こんなに酷い目に遭っているというのに、俺はお前を一度、信じなかった。どうか、起きて俺を殴れ」

 友の言葉を聞き、青白いレオルの眉間にシワが寄った。そのまぶたがゆっくりと動き出す。空の光の強さに、まぶしそうにしながら、薄く眼を開けた。レオルは間近の旧友の顔を確認しようとしたが、視力が失われ、はっきりとその形を捉えられなかったため、震える両手でセルビアヌスの顔をなでた。友の顔をじっくり確認するかのように、優しくなでた。

「……殴れない。なぜなら、君の顔はすでに、誰かに殴られているみたいじゃないか。殴られるのは、わ、わわわ私のほうだ。わわわわわ私も、ここに来ないということをいいいい一度思ってしまった。だだだだだだだだだだだだから、私をなな殴れ……」

 レオルは、枯れた枝のように細々と口と喉を動かし、息を切らしながら必死で言葉を押し出した。途中から最後にかけては、体ごと震わせて押し出した。それに対して、セルビアヌスは涙を堪えながら、「無理だ」と短く返し、次に「ありがとう」と言った。

 レオルは微笑で答えた。本当はもっと話をしたいのだが、彼の体力がそれを許してはくれない。レオルは再び、眠りつつある。次にいつ起きるとも知らぬ眠りの世界へ――。

 そのとき、少女が一枚の布きれを持って走り寄ってきた。そして、その白い布きれをレオルに掛けた。その少女は、さきほど赤い絨毯の上を歩くレオルへ、最初に手を伸ばした少女であった。

 少女はそれを掛け終わると、ちらりとレオルを見やって、どこかへ走り去っていった。その小さな背中を見守りながら、セルビアヌスはレオルに伝えた。

「あの女の子はどうやら、お前が裸でいるのが恥ずかしいらしい」

 勇者は、眼をつぶったまま、少し頬を赤らめた。



(了)


長い時間読んでいただきありがとうございました。

いつか、この世界の15年後をオリジナルとして書きたいと思います。

では、また。

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