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動詞の達人  作者: 小座敷
3/3

ペンは剣よりよく斬れる。その3

「このビルの屋上だな」

 俺と書取は椋呂と約束してたビルの前に立ちその屋上を見上げていた。

「ええ、これでケリを着けてやるわ」

 書取は片手で鉛筆をクルクルと器用に回しビシッとポーズを決める。

「……そのポーズもあれだけどその格好なんだ? 家を出る時から気になってたけど」

 書取は決戦を前にスカートではなく、ハーフパンツで動きやすいスポーティーな服装に着替えていた。

 それはいい……問題はその服の上にラン○ーよろしく筋肉軍人が体中に銃弾を巻きつけるかの如く書取は銃弾の代わりに鉛筆を巻きつけ、背中にはバズーカ砲を背負う代わりにどこでオーダーメイドしたのか書取の身長ほどある巨大鉛筆を背負っていた。その姿はまるで如意棒を背負う孫悟空にも見えたが、鉛筆じゃやっぱり格好が付かなかった。

 もし警官に見つかって職質されでもしたら言い訳にすごく困る。逆に銃弾の方がミリタリーオタクなんですと言い訳しやすく感じる。

「戦場に向かう男達はこんな風に弾丸を体中に巻きつけて戦っていたわ」

「確かに映画では多々見かけるけど違くないか?」

 あれは銃弾だから格好いいのであって、鉛筆では明らかにダサかった。ぶっちゃけ変人を越えた存在に見える。っていうか書取にとって鉛筆が弾丸なのか。

「さあ、行くわよ」

 ガチャガチャと音をたてながら歩く書取を見て、何だか緊張がほぐれてくる。

「ああ、行くか!」

 頬を叩いて気合を入れ直し書取の後に続く。しかし、書取が入り口の自動ドアの前に立ってもドアが開かない。反応が悪いのかと前後にも動いてみるが、やはりドアは開かない。

 しまいには書取が真ん中に手を差し込んでこじ開けようとするがやっぱり開かなかった。

 どうやらこのビルには働いている人間がもういないようで、戸締まりもきっちりされているようだ。

「どうやって入る? ぶち壊す?」

「それじゃあ、騒ぎになるだろ」

 警報装置を作動させでもしたら警備員が飛んでくる。これから血生臭い事をするのにそれはよろしくない。

「招待してきたのはあいつだし、多分お膳立てはしてくれているだろう。裏口かどこか別の入り口を探そう」

 ビルを一回りして別口がないか調べる。するとビルの正面から見て左側面に別口を見つける。ドアノブを回してみると鍵はかかっておらず簡単に開いた。

「ここから入るぞ」

 書取がこくんと頷くのを見て中に入る。どうやらここは非常階段の出入口らしく、壁に貼ってある地図を見ると、各階にドアが設置され、屋上まで続いているようだ。

「中に入ってエレベーターに乗ろう。さすがに屋上まで階段で行きたくないしな」

 入り口同様エレベータも電源が落とされているかもしれないが試さずにはいられない。ここを登るのはカンベンだ。何せ地図には七十階建てと表記されているし、決戦前に体力を温存しておきたい。ドアを開けて室内フロアに行こうとするが……

「あれっ? 開かない」

 ノブをガチャガチャと回すが鍵がかかっていて開かない。二階に上がってドアを開けようとするがやはり開かなかった。三度目の正直と三階も試してみたても結果は同じ。

「もしかして屋上まで自力で登らないといけないのか? それにまずい、零時まで時間もないぞ」

 俺は腕時計を着けていないし、携帯も邪魔になると思って置いてきた。書取は元々携帯を持っていないし、時計も持っていない。

 マンションを出た時間からの予想になるがもう時間がない。

「後十分でちょうど零時だと思う」

 時計もないのに正確な時間がわかるのか書取がそう言ってくる。

「十分 たった十分で七十階まで階段で登れと」

「別に少しくらい遅れてもいいんじゃないの?」

「……いや、駄目だ。あんな陰険そうな奴は零時をちょっとでも過ぎたら爆破スイッチを押しそうだ。とにかくやれるだけやるぞ」

 力説する俺を書取が「え~、無理でしょ。疲れるし嫌よ」と言ったジト目を送ってくるが、気にしない気にしない。

「私は嫌よ」

 目ではなく口で抗議してきた。

「いいから、いくぞ」

 拒否る書取の腕を強引に掴み段飛ばしで急ぎ階段を駆け上がる。

「わ、わかったから手を離して、また倒れるでしょう!」


 屋上に着くと端々にライトが設置され、屋上全体をくっきり視認できるほど明るくしてあった。

 金網に囲まれた屋上はまるでリングのように見え、その特製リングの中心で逆宮椋呂がライトに照らされ立っていた。

「来ましたね。約束の時間には少し遅れたみたいですが……五分ぐらいですし。まあ、大目に見ましょう」

 椋呂は腕時計で時間を確認する。しかし、俺も書取も椋呂に話しかける余裕もなく息を整えるのに必死だった。決戦前だというのに息絶え絶えで登場して勝てるのかと自分でも不安になってくる。

「ちなみに大目にみなかったら、どうするつもりだったんだ?」

 呼吸が整ってきたので返す余裕が出てくる。

「一時間待って来なかったら、さっそくあの学校の生徒の家に押し入って殺してましたよ。現れたとしても遅刻したペナルティで事が済んだ後に適当に何人か殺してこの街を去るつもりでした」

 この椋呂という男は冗談ではなく本気でそう言っているのだろう。

「死人がでなくてよかったよ」

 皮肉で言ってみるが、椋呂は聞いておらず、手元の時計ばかりを気にしている。

「何で時計ばかり見てるんだ?」

 俺達がもう来ているのに時間を気にする必要はないはずだ。

「いえ、そろそろ来るはずなのですが……おかしいですね?」

「来るって、もしかして仲間がいるのか?」

 てっきり一人だと思っていたので、まるっきり想定外だ。

 もしこの場に来たのならこっちが圧倒的に不利になる。前に椋呂と戦った時は二人がかりで何とか戦える状態だったのだ。

「仲間ではなく……上司? ……ですかね? 私も姿を見た事はないのですが」

 何で連続疑問系なんだと呆気にとられる。

「見た事もないのに、ここに来た奴がその上司だってどうやってわかるんだ?」

「さあ? 気にしたってしょうがないですよ」

 気にした方がいいと思うが、何だがこっちの方がよくわからなくなってきた。

 とにかくいない相手の事を考えたってしょうがない。要はその上司が来る前にさっさとこいつを倒してしまえばいい。

「さてと、話もこれぐらいにしてそろそろ始めましょうか」

 どうやら椋呂はこちらの息が整うまで待っていてくれたようだ。

「疲れていたからという理由であっさり死なれても困りますからね。あの方が来るまで綿密な調査をしなければ。死なせてもいいから本気でやれと言われています」

 おいおいと思っていると、椋呂の右手に何か握られている事に気づく。それは一メートルはある巨大なペンチ、そのペンチの先端は食いついたら二度と放しはしなさそうなほど刺々しく拷問器具を連想させる悪質な様形(さまかたち)をしていた。

「いいデザインをしているでしょう。私は人剥き(スキツズピーラー)と名付けてます。これは元々人の皮を効率よく剥ぐ為に造られた拷問器具でして、それに私が改良を加え、より人体に激痛を与えながら綺麗に皮を剥げるようにしました」

 子供が大切にしているおもちゃを見せびらかすように手に持っている拷問器具を見せびらかす。向こうの殺る気満々さが伝わってくる。

 俺は持ってきた鞄から中に入っていた物を取り出し、腕に装着する。それは前回護身用に着けていた篭手より分厚く、手の甲まで覆う形状をしている篭手。

 五指も手袋のように一本一本包みそれは篭手よりガンレッドと言った方が正しい気がする代物白だ。

「剥がしきられないよう厚みをもたせてきましたか。そちらの彼女もえらく重装備ですね」

 椋呂は書取の背負った巨大鉛筆を見ながら、興味深げに笑う。

「あなたも用意はいいですか?」

「いつでも」

 そう言って、書取は二本の鉛筆を片手だけで器用にくるくると回し続け、徐々に回すスピードを上げていく。

「では、始めましょう。己の能力を十二分に活かし、この状況を打破してみてください。戦闘不能もしくは死ねば貴方達の負け、生き残ればあなた方の勝ちです。私を倒す前に上司が到着してもあなた方の負けは確定ですのであしからず」

「見た事もない上司をえらく持ちあげるんだな」

「ええ、なぜか絶対に勝てないと心の内を恐怖で絡め取られていまして」

「本当に会った事ないのかよ」

「ふっ、記憶がないだけで、実は会っているのかもしれませんね。それでは行きますよ」

 椋呂の開始の言葉で戦いが始まる。


 書取は会話の最中も回転させ続けていた鉛筆を腕を振らずに回転の勢いだけで放つ。同時に椋呂はこっちに向かって走り出す。

 椋呂は向かって飛んでくる鉛筆を走りながら人剥き器を振り鉛筆を剥ぎ飛ばし、そのまま走る速度を緩めずこちらに突進してくる。

「来るぞ!」

 横にいる書取に声をかける。書取は背中に背負っている長く太い鉛筆を両手で持ち構える。まるでそれは出で立ちは剣を持っているよう。

 互いの能力を考えれば俺が前衛で守りながら、書取が後方で鉛筆を投げて攻撃をした方が理に適っているが、ここに来る前に書取とこう約束したのだ。


「私をできるだけ守らないでほしいの」

 椋呂の待つビルに向かう途中、書取は急にそんな事を言いだした。

「どういう事だ?」

 言われた意味が理解できず聞き返す。

「前の戦いの時、共李はチャンスを不意にして私を守ったわね」

 最後の攻防時、俺は椋呂にパンチを一発食らわせられる所を『守る』が書取の危機に反応し、書取を守った。体が勝手に動いたのだからしょうがないと言えばしょうがないのだが。

「でも、それじゃあ勝ち目が薄くなる」

 書取の言いたい事が段々とわかってきた。

「守るなって事か? 書取に危険が迫っても椋呂を倒すのに集中しろと」

 でも、『守る』がない俺なんて只の一般人と変わらない木偶の坊同然だ。

「ちょっと違うわ。『守る』はあなたの唯一の取り柄でしょ。それをしなくてどうするのよ。それに、逆に共李が助けてーって泣き叫んでいたら私だって助けてあげるわよ。そうじゃなくて、守る必要がない時はしなくていいって言っているのよ」

 一度話を整理してみる。

「書取は俺達が同時に椋呂に仕掛けた時のことを言ってるんだろ。あの時、書取を庇わなかったら、俺があいつに一発食らわせられたと思う」

「そうよ。あの時、私はあのままじゃ確実に椋呂に手傷を負わされた。でも、大した怪我じゃなかったはずよ。せいぜいどこか皮一枚剥がされる程度だった。だから共李には守らなければ致命傷な場合と大した怪我じゃない場合とで分別して守って欲しいのよ。私だってそう簡単にやられるタマでもないわ。鳴にけっこー鍛えてもらってるし」

「守りの選別か……今まで考えた事なかったし、できるかのわからないぞ。ついでに言うとだな。俺って全然強くないから、どれだけ役に立てるかもわからん」

 絶対書取より弱い自信がある。

「そこは共李の気合でどうにかしてもらうしかないわね。鳴も言ってたでしょ。全ては己の意志次第だって。私の経験から言わせてもらうとできて当然と思い込むのよ。この鉛筆をベギッと……」

「それ以上は色々不味い」 

 意志、気合次第ですか。しかもぶっつけ本番。

「大丈夫よ。共李は強いわ。まあ、戦闘力では私に劣るのは間違いないけど、でも意志は私なんかよりずっと強いわ。強い意志があるから他人を『守る』なんてヘンテコな力が共李に身についたのよ。意思の力が左右するんだから共李なら必ずできるわ。信じてる」

「……」

(まいったな。そんな目で信じてるなんて言われたら、できないなんて言えるわけないだろ)

「わかった。やってみる」

 決意を固めそう言うが、書取は考え事に耽って聞いていなかった。

「どうした?」

「ええ……出会ったばかりの共李をこんな信じられるなんて……これって愛なのかしら?」

「えっ」

 いきなり告白同然の大胆発言をされる。というか驚く決まっている。こんな綺麗な女の子に好きと言われたのだから誰だってそうなる。

「……やっぱり今のなし。忘れて」

「ええええっっ」

 返事の前に振られてしまった。

「ほらっ、あれ、戦いの前に好きとか結婚しようとか言う奴はかなりの高確率で死んでしまうジンクスがあるじゃない。だからそういうのはこれが終わってからにするわ。もうちょっとよく考えたいし、だから今のは聞かなかった事にして」

「あ、ああ……わかった」

 テレビの見過ぎじゃないのかと思ってしまうが、自分も漏れず影響されているのか縁起が悪く感じてしまう。良くも悪くも俺も現代っ子という訳だ。

 書取は俺を信じていると言ってくれたが、俺だって書取を信じている。書取じゃないけどビビッときたんだ。初めは仲良くなれそうだなぁだったけど、今は長い付き合いになりそうだなぁって思ってるし、こいつといっしょならそんじょそこらの奴らなんか敵じゃないって気もしている。

 もちろん椋呂は強さはそんじょそこらの奴らじゃないのはわかっているが、それでも書取は今回の一件をこれ呼ばわりしてるんだ。書取にとってはこんなの道に落ちてる小石ぐらいにしか感じていない。きっと何とかなるさ。

「書取は俺の心が強いって言ったけど、俺にしてみれば書取の方が遙かに強いよ」

 加えてなかなかの大物だ。ならば俺もそれにあやかって勝った後の事を考えておくか。考える事はもちろん書取が告白してきた返答だ。

 もちろん告白された時の返事は決まっている。問題は言い回しだ。やっぱりいい思い出になるような感じで残したい。この件が終わるまでに考えておこう。

「私は閉じ込められていた時間を省くと生きてまだ八年よ。そんな小娘相手に強いだなんて、共李は人生やり直した方がいいんじゃない」

「……」

(……こいつは本当に俺の事が好きなのだろうか)


 俺と書取の間を椋呂が一直線に走ってくる。途中、椋呂は書取に狙いを定めたのか書取に向かって軌道を変える。

 俺は書取を守ろうと走り出すが、距離と速さでどう考えても椋呂の方が早く書取に到着する。 書取は向かってくる椋呂にデカ長い鉛筆を上段から振り下ろす。

 椋呂は振り下ろされた鉛筆の芯の部分を人剥き器の先端で受け止めると、人剥き器を持っている両手に力を込める。するとペンチのように先端部分が噛み合い芯に食い込み、芯をへし折る。

 椋呂の力は『剥く』だから、それは折ったのではなく、引っ剥がしたと言い直した方が正しいだろう。

 書取が剣として扱った鉛筆は鉄並みの硬度があったはずなのだが、それを難なく剥がすとは、さすがこの世で一番剥ぐのがうまい人間だ。

 次に椋呂は書取の右腕を剥ごうと人剥き器で狙いを定める。書取は折られた鉛筆を捨て、体中に巻き付けている普通の鉛筆を掴み椋呂の顔面に投げつける。椋呂はそれを屈んで躱すと屈んだ状態のまま書取の右腕を狙ってくる。

 書取と椋呂の間に金属音が響く。

「間に合った」

 俺は人剝き器が書取の右手に届く前に、自分の右手を割り込ませ篭手で人剥き器の進行を阻む。

「絶対に間に合わないと思いましたが、思ったより足が速いですね」

「そうでもないんだけどな」

 確かに普通に走っていたなら俺の右手は届かなかったはずだ。だが、『守る』に特化した俺は守る為なら脚力お構いなしに筋肉を酷使させて動いてくれる。

 そのおかげで間に合った訳だ。椋呂の先手必勝は不発に終わった。このまま二対一で追い込む。

「次はこっちの番だな」

「いえいえ、私の先制攻撃はまだ続いていますよ」

 椋呂はまたも両腕に力を込め、書取の鉛筆同様今度は俺の篭手を剥ぎ取ろうとする。俺は篭手を剥ぎ取られてしまう前に空いている左手で椋呂の顔面めがけ殴りかかる。

 しかし、椋呂は屈んだ状態で膝を使い後ろに跳んで躱す。

「私の剥ぐ方が速かったですね」

 椋呂の足元に鉄くずが落ちる。慌てて右腕の篭手を確認すると篭手の一部がぽっかり無くなっていた。

 人剝く器の先端が篭手を浅く掴んだおかげで表面と中を少し剥がされただけだったが、無くなくなった一部を見てゾッとする。これは剥がすというより食い千切ると言った方がふさわしい跡だったからだ。まるで肉食獣が食い千切った跡だ。ぶ厚い篭手を身につけていなかったら皮膚どころか肉もまとめて引っ剥がされ、その激痛で気を失っていたかもしれない。最悪、ショック死だ。

「あれに食いつかれたら終わりだな」

「そうね」

 そう言う書取の声にも緊張が含まれている。俺と同じく食いつかれた時の事を想像してしまったのだろう。俺も想像しただけで今にも体が震えそうだ。

 だけど、それで怯んでいられない。

 書取は芯をもがれたデカ長鉛筆を拾い上げ目を閉じる。すると、もがれた部分が弾け鉛筆削りで削った後のように綺麗な状態になる。

「どうなってるんだ?」

「鳴が言ってたでしょ。私は書く物を隷属できるのよ。私がこの鉛筆で書きたいと願えばそう成ってくれる」

(それは鉛筆削り要らずだな。試験の時とかしか役に立たなそうだけど)

「なぁ、鉛筆削りって使った事あるか?」

「バカな事言ってないで、仕掛けるわよ」

 書取と同時に走りだし、椋呂へ真正面から仕掛ける。それを椋呂は腰を落として待ち構える。 俺はまた椋呂の顔面に拳を放つ。俺が椋呂の顔ばかり狙うのはただ顔面に一発入れないと気が済まないだけなのだが、椋呂はそれを首を捻るだけでなんなく躱す。

 続いて書取が削ったばかりのデカ長鉛筆を槍に見立てて椋呂の腹を突こうとするが、向こうは人剥き器を振い、鉛筆の側面を剥ぎつつ軌道を逸らす。

 その時、左手が自分の顔を守るように勝手に動く。

 勝手に動くという事は身の危険が迫っているという事だが、その理由がわからない。椋呂の武器である人剥き器は書取のデカ長鉛筆を弾いた所で動いていない。

 ほかに気になる所があるとすれば……椋呂は人剥き器を左手だけで持ち対処していた。

(だとしたら右手は……)

 椋呂の右手に視線を向ける前に顔を守っている左手に重みと擦れる音が聞こえてくる。

 それは左から右へと通り過ぎ、見えたのは椋呂の右手。

 その右手にはナンパ男達を磨り下ろした百均皮剥き器が握られていた。皮剥き器は続いて横にいる書取にも襲いかかろうとする。書取は人剥き器に対処してこちらにまだ気づいていない

「書取!」

 叫んで注意を促すがもう遅い。皮剥き器は書取の目前まで迫っている。もう俺でも絶対間に合わない。感覚でわかる。それでもこの『守る』は書取を守るために動き続ける。

(このくそ体! 間に合わないってのがわかんねーのか!)

 書取が皮剥き器に気づき躱そうとするがもう遅い。このままだと書取の顔に赤い横一文字ができてしまう。

(だったら……こうする!)

 『守る』を意思で無理矢理抑え込み、椋呂の空いた脇腹を拳で狙う。間に合わないなら書取を信じるしかない。

 それが功を奏する。その選択が今度は椋呂の攻守選択を迫ったのだ。

 このまま書取の顔を血で染め上げるか、篭手で脇を殴られ肋を砕かれるか。その一瞬の逡巡が皮剥き器の軌道を僅かに逸らさせたのか、椋呂の攻撃は書取の髪の毛を引きちぎるだけで終わる。

 だけど、その分の回避に努められこちらの拳も躱されてしまった。

 仕切り直しと距離を取ろうとする椋呂。すると、書取は俺の後ろに回り込み、俺の背後から体に巻き付けた普通の鉛筆を俺の股下から投げる。鉛筆は俺の股下を通り抜け、椋呂に向かって飛んでいくが、高度が低いのでこのままだと椋呂の股下を通り抜けてしまう。椋呂もそう思ったのか少し股を開くだけでやり過ごす気のようだ。

 しかし、投げた鉛筆は椋呂の股下を通り過ぎようとした所で急上昇し、椋呂の右肩に刺さる。

「やった」

 と言ったのも束の間、椋呂はその痛みをぶつけるかのように俺に接近し蹴り飛ばしてくる。

 自動で両手が動き蹴りは防いでくれたが、蹴りの威力は殺すことができず、後ろにいた書取を巻き込んで倒れてしまう。

「重い……」

 書取が俺の下敷きになってうめく。

「わるい」

 慌てて書取の上から退こうとするが、手と足がうまい具合に絡まってうまく動けない。その間、椋呂は襲いかかってこずに肩に刺さった鉛筆を抜く。

「驚きましたよ。鉛筆の軌道を変化させるとはね。私がこれを投げてもそんな事はできません……よっ!」

 百均の皮剥き器をもつれているこっちに投げつけてくる。狙い違わずまっすぐ飛んでくる皮剥き器を絡まった体をギリギリ解いて躱す。

「思い通りの所に命中させるなら百発百中なんですけどね」

 自分にはできないので残念がるように溜め息を吐く。

「コツがあるのよ」

 そう言って書取はまたも椋呂に普通の鉛筆を投げつける。鉛筆は椋呂の頭上を越えて飛んでいたが、野球のフォークボールのようにカクッと椋呂の頭に向かって落ちる。椋呂はそれを躱そうとするが……その動きが止まる。と思ったらまた動き出し、かなりギリギリで落ちてくる鉛筆を躱す。

「?」

 椋呂が動きを止めて、わざとギリギリで躱したのを不思議に思っていると……

「なかなか小狡い手を使うじゃないですか」

(小狡い?)

「余所見する方が悪いのよ」

 椋呂が腹から鉛筆を抜く。それで今のやりとりの意味がわかった。

 どうやら書取は上に投げた鉛筆に椋呂の目が向いている隙にこっそりもう一本椋呂に向かって投げていたのだ。恐らく見つかりにくくする為、さっきと同じように地面スレスレに高角度ホップするやつをだ。

「さすがに温厚な私でもカチンときましたよ」

(温厚?)

 不良君達にちょっと絡まれただけで剥殺(はぎころ)していた奴がよくいう。

「なので、少々荒っぽくいきますよ」

 椋呂は書取に向かって走り出す。

 椋呂のこめかみに青筋が立っているのを見るに腹が立ったというのは本当のようだ。

 狙いが書取なら話は早い。書取のすぐ横にいる俺がまた椋呂の攻撃の瞬間を狙えばいい。ちゃんとさっきできた『守る』の取捨択一も忘れない。『守る』を意志でコントロールだ。致命傷になりうる攻撃なら書取を守る。軽傷なら守らず椋呂を攻撃する。さっきも『守る』を抑え込めたんだ。何とかなる。できるはずだ。なぜなら俺に『守る』をさせたら宇宙一なのだから。

 気づかれないようゆっくりと書取に近づくが、椋呂はこっちに目もくれない。このまま椋呂が書取を攻撃するのに合わせて撃つ。狙いは……椋呂の心臓。右手の指を決められた動作で動かすとカチャリと篭手から音がする。動作に問題なし、後は引くだけだ。

 椋呂は書取に人剥き器を突き出す。こっちはそれに合わせて椋呂の心臓へ拳を放つ。

 残り数十センチ。それで狙い通り拳が心臓に届く。

(決まっ……)

 ブヂッと嫌な音がして、脇に激痛が走る。その音を聞きて思う。油断してしまったのは自分だったのかもしれないと……

 届くと思っていた拳は椋呂の腕で体の外側に押され外され、人剥き器に脇腹を食いつかれ肉を剥ぎ取られていた。

 余りの痛みに足に力が入らず膝が崩れ落ち、両腕も力なく落ちる。

(くそっ、椋呂は俺の狙いがわかってたみたいだな。さっきも同じ事をしたんだから当然と言えば当然か。書取もこっちに気づいて、邪魔にならないように反撃しようとしなかったし。でも何で『守る』は俺自信を守ってくれなかったんだ? ……あっ、そうか。『守る』の意志でコントロールしようとした時、俺を守る範囲に入れてなかった。だから体が守ろうと動かなかったのか。油断大敵とは本当だな。あっはっはっ……)

 脇から流れてくる激痛を忘れようと思考をぐるぐる回転させ無意識で痛みを誤魔化そうとする。体を動かそうともこの場から離れようともそんな考えは思い浮かばず、そのまま意識が遠ざかっていくのを感じる。このままだと意識を失うだろう

 それを引き起こすようにまたブヂッ、ブヂッと二度音がする。

「油断大敵ですよ」

 椋呂はずれたメガネの位置を直しそう言いながら、今度は篭手ごと右腕と右ふとももを剥がれる。次は左腕をと人剥き器を伸ばしてくるがそれは共李の右腕が動き人剥き器を払ってくれる。意識が混濁し守るの選別が解除されたようだ。


「ふむ、まぁこちらでもいいですか」

 椋呂は払ってきた右腕を見て、そっちでいいかと右腕を食いちぎ剥ごうとするが、書取がデカ長鉛筆でさせまいと応戦する。

 数撃の攻防が続き、椋呂の狙いは当然書取ではなく呆然と隙だらけの共李。隙あらば共李を狙ってくるが、書取がそれをさせまいと防ぐ。だが、それで書取自身に隙ができてしまった。

 懐からまた百均皮剥き器を取り出し書取を襲う。書取はそれを身を捻って躱そうとするが……

(躱しきれないわね。でも、あの百均皮剥き器じゃ急所じゃなきゃ薄皮剥がされる程度)

 痛みを覚悟し、急所だけは当てられぬよう百均皮剥き器の軌道を見極める。

 しかし、共李が書取に覆い被さり、椋呂に背を向けて飛び込んでくる。そして書取の代わりに背中の皮一枚剥がされ、そのまま倒れ込む。

「ちょっと、押し倒さないでよ……って、気絶してる」

 共李の目は完全に白目を剥いている。押しの避けようとするが、気絶した体は重くて動きはしない。

「目を覚ましなさい。このままだとあなたが守っているせいでやられるわよ」

「邪魔ですよ。私の目的はあなたではなく庇っている彼女です。あなたは後でゆっくり剥いであげますから」

 椋呂が書取の上に乗っている共李を人剥き器でゴルフのスイングのように振って殴り飛ばされる。無論『守る』で篭手ガードはして直撃は免れたが、ガードした左手からは嫌な音がしたのを聞いた。

 飛ばされた共李を書取は反射的に目で追ってしまい、その隙を狙って椋呂が人剥き器で書取の肩の皮膚を肉ごと剥がす。

「っ!」

 共李が書取を守らなかったのはまだ宙を舞っていて身動きがとれなかった為だ。

 書取は肩を剥かれた事なぞ気にも止めず、体に巻き付けている鉛筆を椋呂に投げ続け動きを封じながら吹き飛ばされた共李に近寄る。さすがに椋呂も投げ続けられる鉛筆を近距離で剥ぎ落としつつ避けるのは無理があるのか、椋呂は確実に剥ぎ落とせる安全距離まで距離を空ける。

「起きなさい」

 書取は共李の傍まで寄ると仰向けに倒れて動かない共李の体を揺するが、共李は起きる気配はない。

「意識が飛んでも守るなんて、どんだけ私を守りたかったのよ」

 無意識での行動だが、無意識の行動故嬉しかった。それは心の奥底で自分を守りたいと思ってくれているという事だ。

 現に数多の鉛筆に投げつけられている椋呂に対しては守ろうとしない。

「まったく、さっさと起きなさいって言ってるのよ」

 書取は鉛筆を共李の額に突き刺し、肌を削って起を書いた。


「痛ぃっっってーーーーーーーーっっ」

 突然の額の痛みに叫んでしまう。

「えっ 何だ? どうした? 額がじくじく痛い!」

「あなたが気を失ってたからでしょ。お陰で怪我しちゃたわよ」

「えっ……あっ!」

 今がどういう状況か思い出す。皮膚を引っ剥がされた時の余りの痛みに意識が飛んでしまったようだ。

「いや、ほんとに痛かったから頭がおかしくなるかと思ったから」

 今でも十分痛いのだが、食い千切られたもとい食い剥がされた瞬間の痛みは視界を一瞬で白く染め上げるほどだった。

「言い訳はいいから早く立って、弾がなくなるじゃない」

 書取はこの会話がなされている間もずっと椋呂に向かって鉛筆を投げ続けている。最初は持ちすぎじゃないかと思っていた体中に巻きつけていた鉛筆ももう底を尽きかけていた。

 そして書取が投げる度に指先から血が飛び散り、服にも血を滲ませ、滲みきった部分からは血が体を伝って地面に垂れ落ちていた。

 それを見て慌てて立ち上がると書取は射撃を止める。

「その肩の怪我、平気なのか?」

 どうやら肩を負傷し、そこから血が流れ落ちていたようだ。その腕をブンブン振り回していた書取が心配になる。

「傷は浅いわ。ただ、血が止まらないだけよ。それにもし何かあったら共李に責任を取ってもらうから」

「責任って……」

 いったいどんなを要求されてしまうのだろうか?

(……それより血が止まらないって、かなり危ないんじゃないのか)

 だが、手当てをしている時間を相手は与えてくれるか疑問だ。それにこっちも痛みで足が震え立っているのがやっとだ。

 もう時間をかけてはいられない。早急に決着をつける。向こうも鉛筆を避け続けるのに疲れたのかその場から動こうとしない。

「不意打ちでも何でもいいからどうにかして一発入れないと」

 二人がかりで攻撃しているのに当てられたのは書取の意表をついた鉛筆投げだけだ。剥く以外にも肉体体術とかなり鍛え込んでいる。

「一発入れれば勝てる自信あるの?」

「心臓か頭に当たればな。だけどその当てる自信がない。相手を油断させるか意表を突くか不意打ちでもしない限りな」

 真っ向勝負では絶対勝てませんと言っているようなものなので情けなくなるが事実なのでしょうがない。自分の情けなさはこの戦いが終わってからじっくり考えよう。

「何か手はないか……」

 そう考えていると、書取は雲で隠れてしまった月をじっと見つめる。

「なら、こういう手はどう?」



 書取は屋上を照らしているライトに鉛筆を投げて次々と割り出す。ライトが割られる度、屋上の光量がどんどん減っていく。

「狙いは暗闇に乗じての奇襲ですか」

 暗闇なら行動が制限されて少しは有利になると踏んだのだろう。もしくは逃げる為か。

「させませんけどね」

 椋呂はライトが全て破壊される前に書取達に向かって走る。

 その前に逃げられないよう致命傷を与えてしまえば問題でない。

 書取達に辿り着く前に最後のライトが割られ視界が一瞬ブラックアウトするが、すぐに前方の黒い人影が見える。

 人影は共李と書取の姿を象っているので、二人がまだその場から動いていないのは確実だ。

(いきなり向かってきたので、動揺して動けなかったのでしょうか)

 奇襲をかけるつもりが、逆に奇襲をかけられた形になったのだ。慎重になって動けないのも当然だ。

(男の方は右足を人剥き器で剥ぎましたからろくに動けないはず、ならばあの女も逃げられないよう足を剥ぎましょうか。男はついでに狙えばいい)

 考えをまとめ、走った勢いのまま人剥き器を書取の右足に突き出し、肉ごと剥ごうと人剥き器の取っ手の両端に力を込める。

「え?」

 しかし、肉を掴んだ感触のなさに驚く。

(確かに触れた。距離も間違いない)

 現に黒い人影の足は太股部分で分かれ完全断絶している(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。

 だが、片足を失った体は倒れも傾きもせず、悲鳴すら上げない状況に困惑する。

(どういう事ですか? もしかして向こうの力ですか?)

 奇襲に奇襲をかけたつもりが、相手の罠に嵌ってしまうとは。

(不味い、一旦距離を……)

 その場から離れようとしたその時、書取の影を突き破って何かが飛び込んでくる。さらなる驚きが重なり、逃げようとした足が止まってしまう。

「おおっ!」

 飛び込んできたのは書取の隣にいたはずの共李本人。

(ばかな。あなたは横にいたはず)

 いたはずの場所に視線を向けると、確かに目の前にいる男の人影が見える。

(どういう事です? ……いや、まずは襲いかかってきている敵の対処を)

 冷静に対処しようとするがもう遅い。

 共李が椋呂の左胸に、心臓を狙って左拳を放つ。避けるタイミングを失いその拳をもらうしかないと椋呂は気を引き締める。

 篭手を身につけた拳で殴られれば最悪肋骨が折れ、折れた肋骨が心臓に突き刺さる可能性もあったが、当たった拳は骨が軋むが、運がいいのか骨は折られていない。

(パンチが軽くて助かったという所ですかね)

 ならば反撃に転じようと人剥き器で殴られた左手を剥ごうとするが、カチッと小さな音がした瞬間ドンッと大きな音と衝撃と共に吹き飛ばされてしまう。


 そして、逆宮椋呂は自身に何が起きたかわからないといった顔をして絶命したのだった。



 雲が風に流され隠れていた月が姿を現す。

 ライトの光を失った屋上を照らす事ができるのはもう月の光しかなく、月光が照らす屋上には共李と書取、そして倒れて動かなくなった椋呂が照らされていた。


「やったの?」

 後ろに立っている書取が尋ねてくる。

「ああ……殺した」

 初めて人を殺した。後悔はしているが、それも覚悟の上だ。

 逆宮椋呂は俺と書取が目的で敵として襲いかかってきたのだ。話し合いの通じそうにない以上、最悪こうする事は覚悟していた。していたが……それでも命を奪った感触に身が震えてくる。

(覚悟はしていたけど……折り合いって中々つけられないもんだな)

 昔、言われた言葉を思い出す。

(敵と見なしたものは遠慮なく殺せ。下手な甘えは大事なもの失うぞ。それでも嫌なら後悔という重荷を背負い続けて生き続けろ。ただし、重荷に潰されて死を選ぶなんて決して許さねーぞ。それはおまえが決めた結果だからな。惨めでも辛くても這いつくばっても生き続けろ。でもそー悲観する事はねーぞ。……オレが最後までいっしょはいてやるからよ)

 だから俺もそんな覚悟を持って生きようと思っていた。

 大事な人が傷つき死んでしまうくらいなら俺が相手を殺してでも守ってやると、後悔よりは遙かに軽い重荷だ。

 そう考えても……それでも体は震え続ける。

 震えている俺の手を書取が静めるようにそっと両手で包み込んでくれる。

「ずっと離れに閉じ込められて世間や常識にかなり疎いけど、人を殺す事が悪い事だってのは知っているわ。殺したのは共李かもしれないけど、私だって共犯なんだから一人より二人で背負った方が軽傷で済むわよ。赤信号みんなで渡れば怖くない理論ね」

 そう言って笑いかけてくれる。

 その顔を見ていると心が楽になった気がする。震える体にも力が入ってくる。

「うん、もう大丈夫だ。ありがとう。でも、殺したのは勝手な俺の判断だから書取は気にしなくていいぞ」

「あっそ、こっちだって勝手にそう思っておくだけだから。共李も気にしなくていいわよ」

 書取も譲る気はないようだ。まあ、書取がそれでいいならいいか。

「それにしても……ふふっ、ついてるわよ」

 書取は指先で俺の頬をすっと撫でると指先が黒く汚れる。

「うわっ、本当だ。あ~服にもついてるな」

 自分でも頬に触って手を確認すると黒いものがべったりついている。服も前面ほとんどが黒くなってしまっている。

「モロに突っ込んだからな。洗えば取れるよな? 鉛筆で書いたのものだし」

 さっきの出来事を思い出す。


 書取が全てのライトを鉛筆で割った後、視界が真っ暗になり何も見えなくなるが、雲で隠れた月明かりの漏れですぐに近距離なら見えるようになる。すると書取が両手に鉛筆を持ってしゃがんでいた。

「前を見て」

 小声でそう言ってきたので前を向くと目の前には黒いものが立っていた。

 最初は椋呂かと思ったが、こんな近くにいるのに黒い影が見えるだけで顔も何も確認できないのを不思議に思う。それに黒い影のその横にもう一つ影があって、その影は何となく書取と似ていた。

「私が書いた囮よ」

 どうやらあれは書取が暗くなった一瞬で書いた俺と書取の自画像のようだ。自画像といっても線を引いて重ね合わせてだけのハリボテのようなものだが、この暗がりなら十分効果を発揮できるはずだ。

「にしても何もない空間に文字を書くなんて非常識にもほどがあるぞ」

 このハリボテが邪魔で前が見えないが、足音から椋呂がこっちに向かって来ているのはわかる。ならば椋呂はあの囮に襲いかかるはずだ。その隙を突く。

 右篭手の指を動かすが作動しない。さっき篭手ごと腕を剥がされた時に壊されてしまったようだ。左篭手の指を動かすとこちらはカチッと音がする。

(よし、左は動く)

 足音が迫ってくる。椋呂が囮の自画像を攻撃する瞬間に合わせる為身構える。予想通り椋呂は書取の囮に攻撃する。

(そっちか)

 素早く移動し書取の囮に向かって飛び込む。空間に書いたにせよ。鉛筆で書かれたものならば突き抜けられるはずだ。只の勘だったが、それは見事的中する。

 椋呂の心臓を狙い左手で殴り今度は見事に命中する。だが、本当の目的は殴る事ではなく拳を椋呂の体に密着される事。ダメージを与える必要はない。密着と同時に手首と中指を内に深く曲げる。

 左篭手から炸裂音、篭手から飛び出た弾丸が椋呂の心臓を打ち抜いた。


この篭手は俺の『守る』力に合った防具としてもらった物だが、守るだけでは勝てないといろいろな仕掛けが施されている。さっきのも仕込みの一つで篭手の前面に穴が開き、中から弾丸が飛び出す仕掛けだ。ただし両篭手一発ずつしか装填できず、しかも照準を合わせられないし予備の弾もないから一度も練習もした事もない。なので確実に当たる密着零距離射撃しかいと考えた訳だ。長い間触っていなかったのでちゃんと動作するか心配だったがうまく動作してくれた。

「何とかなったし、もう帰ろう。無茶苦茶疲れた」

 その前に椋呂の死体をどうしたものかと考える。さすがにこのまま放置しておくわけにもいかないし。

「帰る前に鉛筆を拾って、このまま捨てていくのはもったいないわよ」

 屋上を見回すとあちこちに鉛筆が転がっている。その数は優に三百本以上落ちているだろう。どうやら書取には転がっている死体よりも転がっている鉛筆の方が重要度が高いようだ。

「椋呂はどうするんだよ?」

「ほっといていーじゃない? 多分大丈夫よ。それより早く拾って」

「えー」

 本当にそれでいいのかと思ってしまうが、隠蔽工作なんてできるはずがないし、書取が大丈夫だと言っているのだから、もしかしたら鳴があれこれ事後処理をしてくれるのかもしれない。

 書取に言われた通り鉛筆を集めていると、突然空が真っ暗になり突風が吹き荒れる。反射的に目を閉じ、手で顔を覆う。

 突風は一瞬ですぐ止み、目を開けると屋上のさらに上空を大きな影が旋回していた。暗くてよく見えないが鳥が羽ばたく音が聞こえてくるので、鳥類だということはわかるが……暗いからだろうかその鳥が異様に大きく見える。旋回している鳥はエレベーターと非常階段がついている屋上唯一の出入り口のある建物の上に降り立った。

「…………でかっ」

 どうやら鳥の大きさは見間違いではなかったようだ。

 まちがいなく普通の鳥よりも大きな鳥だった。だって目視でも三メートルは堅いんだもの 鳥というより怪鳥と言った方が正しいかもしれない。姿はインコに近いだろうか。脚まで届く長い嘴。羽毛は大部分が黒だが、所々カラフルな色の線が走っている。そんな馬鹿でかい鳥が何の前触れもなく目の前に現れた。

 驚きと恐怖で体が動かない。だが、この驚きはこの鳥はいったい何だという驚きではない。何でこんな所にいるんだという驚きだ。実は二年前に似たような怪物にばったり出会した事があるのだ。

 後の恐怖だが……はっきり言って椋呂以上に勝てる気もこの場から逃げ去るのもできないと感じているからだ。

 前に出会った怪物はそれほどまでに圧倒的な力を誇っていた。自分の持っているちょっとした『守る』力なんて役に立ちはしない。

「おいおいおい、やられちまったのかよ」

 軽薄な声が怪物から聞こえてくる。そう言えば前に出会した怪物も人語を喋っていたのを思い出す。

「鳥がしゃべってる」

 書取が平然とそんな率直な感想を漏らす……っていうか怖くないのだろうか? そんな感想が聞こえたのか怪鳥が笑い出す。

「その感想はもっともなんだけどな。答える前にまずは……」

 怪鳥は喉の中にバネでも仕込んでいるのか、見た目ではありえなほど首が伸び椋呂に喰らいつくとそのまま丸呑みにしてしまう。そして怪鳥の喉を人の形をしたものがゆっくりと通りすぎ、腹の部分が激しく振動する。

「ん、んんんんんんんんんんんんんっと……大体わかった。とりあえず、どっちも連れて行くか」

 椋呂を飲み込んだと思ったらいきなりそんな決定が下された。

「納得いかないと思うが、こっちの都合だ気にすんな。こいつが言っていた上司ってのが俺だ。こいつは知らなかっただろうがな。俺がこいつを操っていたと考えてくれりゃあいい」

 翼で腹を満足満足というように撫でる。

「こいつの脳を消化してこいつの記憶を見たわけだが、お嬢ちゃんはなかなか面白い力を持ってるじゃねーか。俺はお嬢ちゃんみたいな変な力を持った物や人を集めているんだ。だから一緒に来てもらう。命の保障はないけどな。そっちのおまえはよくわからんからおまけだけどな。ギャーギャギャギャギギ」

 耳障りな音で囀る。

(じゃあ何か、この鳥が椋呂を操って俺達を襲わせたのか。理由は変な力を持っている人間を集める為に)

 俺がおまけなのは怪鳥が椋呂の記憶を見た時、俺に力があるのかないのかわからなかったからだろう。椋呂も確信が持てなかったみたいだし。

(ほんと地味でわかりにくい力だからな……)

「ペチャペチャクチャクチャしゃべり過ぎで五月蠅い鳥ね……鳥だからおしゃべりなのかしら?」

(どっちでもいいです書取さん。それと相手を怒らすような発言を言わないでください。恐らく一瞬で終わってしまいますから)

「わはははは、すまんすまん何年も誰とも話していなかったからな。ついついしゃべりすぎちまう。しかし、お嬢ちゃんなかなか気が強そうだな。連れて行く時に暴れられても面倒だな……気を失ってもらうか」

 怪鳥は翼を伸ばすと書取に向かって振り下ろす。伸ばした翼は首同様に伸縮率がすごいのか悠々に書取に届き、振り下ろした翼の勢いはもはや気絶を狙っている以前に受けたら圧死してしまいそうな一撃だ。

 俺の『守る』が反応して書取の前面に立ち、篭手を交差させ翼を受け止める体勢をとる。

「って、受け止められるか」

 意思で『守る』を押し込めようとするが、時既に遅く翼の先が篭手に当たる。考えていた通り翼の勢いは止まらず押し潰すように圧しかかってくる。それを受け流すように無理矢理体をずらし、無理をした筋肉が限界を超え、千切れていくのを感じながらギリギリ躱す。

(逸らせた!)

 自分を自画自賛したい気持ちだ。しかし、翼はそのまま地面に衝突。翼の勢いと重みでコンクリートが砕け散り、衝突した際に生まれた衝撃波で風圧を生みだし、こちらを吹き飛ばすとフェンスにぶち当たって地面に落ちる。

「~~~~ってーーーっ」

 筋肉が切れた痛みとフェンスに激突した痛みで目がチカチカする。

「 書取は……」

 慌てて書取の姿を探すと書取も同じように吹き飛ばされて倒れていたがすぐに起き上がる。どうやら大した怪我はなく無事のようだ。

「おっとと、うっかり殺しちまう所だった。ならこいつでならどうだ」

 怪鳥が喉を鳴らながら鳴き始めると、鳴の声に呼応するように周囲の景色が歪み出す。

 その瞬間、体が跳ねるように起き上がり書取に向かって全力疾走し出す。何がどうなっているか全然わからないが書取に危険が迫っているのは確かなようで、俺の『守る』が傷みも痛みも全て無視して全力で書取の元に向かう。捻れ酷くなっているのか景色の歪みもさらに増している。

「おおおおおおおおおおおおおおっ!」

『守る』がなくとも、やばい気配をビンビンと感じる。意識を書取に集中し、全身全霊を懸けて書取の元へ走る。

(後……もう少しで!)

 書取に届く。手を伸ばし、書取に触れると思ったその時……空間が捻りきり、そして弾けた。

 全身にさっきとは別物の衝撃が走り、抗う事もできないまま意識が遠のいていく。

 霞む意識の中、必死に目を凝らし前を見ると、書取は俺と同じ衝撃を受けたのか同じようにゆっくりと倒れていく。

(くそ! 何が『守る』だ。全然守れてないじゃん。女の子一人守れないなんて、もし生きていたらもう守ると呼ばずに改名してやる!)

 そう考えていると、視界にあの化け物怪鳥が映る。

(……でもあんなの相手じゃ仕方ないかもな)

 そんな言い訳をしながら意識が落ちていった。


「屋上が丸ごと吹き飛んじまうかと思ったが……うまくいったな。さすがオレサマだ」

 この怪鳥は屋上の空間を捻じって離したのだ。

 ゴムを伸ばし、離した際に元に戻ろうと生まれる弾性力にのように、捻じった空間が元に戻ろうするその反動で捻った空間内部に衝撃が生まれたのだ。

 その影響で地面のコンクリートはひび割れ、フェンスも捻れ折れボロボロになっていた。

 その中にいた共李と書取が本当に生きているのか定かではなかったが、本人はうまくいったと思っているようだ。

「けっこー暴れたし、人間共に騒がれても面倒だな。人間単体なら敵じゃねーが、数で来られると少しは厄介だしな。とっとと連れていくか」

 怪鳥は飛び立とうと翼を広げるが、腹部に違和感を感じ自分の腹部を確認する。

 すると腹の中から何かが飛び出ているのが見える。飛び出ていた物は切っ先の尖った両刃の剣。理由はわからないが、なぜか剣が腹から飛び出していた。

「何だ?」

 怪鳥は腹の中から剣が突き出ていても驚きもせず平然としている。どうやら怪鳥にとっては知らない内にトゲが手に刺さっていた程度の痛みなのか、痛みよりもなぜ剣が突き刺さっているのかその理由の方が気になるようだ。

「悪いが、せっかく育てた娘を攫われいくのを黙って見逃すほど放任主義ではないのでね」

 その理由はすぐに判明する。怪鳥の気づかぬ内に後方に接近し、誰かが剣を突き刺したのだ。

「オレサマに接近を気づかせねーとは、なかなかやるじゃねーか」

「鳥だから暗いと見えにくいんだろ。鳥目は夜だと視力が衰えるからな」

「姿は鳥だけどな。別にオレサマは鳥の仲間ってわけじゃねーよ」

「知ってるさ。『叶えし者』だろ。己の理想とする造形になりえた存在」

「その名で呼ぶって事はお前、『秩序の守護者(オーダー・ザ・ガーディアン)』か」

「元だがね」

 怪鳥は首を百八十度捻り刺している人物を確認する。

 その後ろには、書取時雨の保護者兼育ての親、エプロンを外した姿の雪城鳴が怪鳥の背後から剣を突き刺していた。


「オレサマみたいな超獣を退治するために組織された集団だったな。オレサマも前に何度か襲われたんだが……はっ! 返り討ちにしてやったぜ」

 テメエらなんか敵じゃねーと得意げに話す。

「多種類の言語を理解し話し、空間を操る能力も使える。叶えし者の中でも高ランクだな。並の守護者では敵わないだろう。ちなみに元は何の生き物だったんだ? 雀か? 鴉か?」

「蛙だ。そういうお前はどうなんだ? その辺の叶えし者じゃないとわかってるのに、オレサマ相手にずいぶん余裕じゃねーか」

「その通りだ。運良く私はこんな物を持っているからな。世にも珍しい蛙の怪鳥の焼き鳥を作れる一品だ」

 鳴がそう言うと突き刺していた剣がみるみる赤くなっていく。

「! やろう!」

 怪鳥が鳴くと、鳴の周囲の空間が捻れ出す。共李達に使ったのとは違い、鳴を囲むだけの半径一メートルほどの小さな捻れだ。

 鳴は空間が捻れきる前に腹に刺している剣を抉り込み、九十度角度を変え怪鳥の腹を裂きながら怪鳥の脇を通り抜ける。剣は柔らかい肉をスライスするようになめらかに鳴の動きに合わせ怪鳥の腹を斬り裂いていった。

 鳴はそのまま建物の上から飛び降り、屋上に着地するとすぐまた怪鳥まで飛び上がる。三メートルある高さを優に跳び越え、怪鳥の体を足かけに更に高く飛び上がり、怪鳥の頭上より高く跳び上がるとその頭を一刀両断せんと剣を振り下ろす。

 怪鳥は両翼で頭を庇うが、鳴はその翼をものともせず、剣が触れた部分を溶かすように切り裂き進み、そのまま頭を断とうとするが、怪鳥は首を伸ばし紙一重で回避する。

 鳴は振り下ろした勢いのまま一回転すると地面に着地する。

「なんだぁ、その剣は? オレサマの翼が紙切れのように斬られちまったぜ」

「この剣にそこまでの切れ味はない。ただ、熱して柔らかくした所を斬っただけだ。熱々の肉にナイフを入れるようなものだな。大抵の物ならあっさり斬れる」

「腹が熱かったのはそのせいか。そもそも何だそりゃ。けっこー長い間生きてはいるが、そんな物見た事ねーよ」

 剣の色は段々と赤から真紅に染まり、終にはマグマが泡立つ。もはや剣と呼べる代物ではなくなっていた。

「もらい物だ。どこかの誰かの忘れ物を拾って、それをもらった」

「そうかい。オレサマの名はこの国の言葉で言えば捻れる鳥だ。そっちは?」

 捻れる鳥は目の前に立っている人間を敵と認め名乗りを上げる。

「雪城鳴だ」

 それに応え鳴も名乗る。

 この現代でまさかの怪物退治が幕を上げる。


 戦いは短い時間で決着が着いた。

 しかし、その短時間で周囲は瓦礫の積もる廃墟と化していた。

 屋上のコンクリートの地面は陥没し、屋上と呼ばれた階は無く、側面についていた落下を防ぐ捻れたフェンスも影も形もない。周囲には無数の穴が空き、コンクリートが溶けた跡もある。エレベーターや非常階段は使用不可能なまで破壊つくされ、三階下までのガラス張りの窓は全壊、ビル全体にもあちこち亀裂が入り、いつこのビルが倒壊してもおかしくない状態になっていた。

 そんなビルの屋上の一つ下の階、屋上が完全に潰れ拓けているのでここが現在の屋上になるのだが、そこに捻れる鳥と雪城鳴は重なり合い立っていた。

 捻れる鳥は両翼がなく、全身が焦げ跡がつき。鳴も体中から血を流し、片腕もなく、服も破れ原型を留めてなく、下着が露出していた。

 互いに満身創痍の状態。だが、鳴の剣が捻れる鳥の頭を貫き、勝敗は決した。

 捻れる鳥は己が存在した証を世界に示さんと高々と鳴き、燃え溶けていった。


「終わったか」

 鳴は生き残れた事を実感するように深く深呼吸する。

「心配になって後から共李達を追ったのはいいが、まさか『叶えし者』が出てくるとは思いもしなかったな。万が一を考えてこの剣だけは持ってきて正解だった」

 自信ありげに言っていたが勝てる可能性はかなり低かった。そしてそれに勝利できたのはこの剣のおかげだ。

「神が忘れていった道具か」

 遙か大昔、神がこの星を人の住める土地にする為にこの剣を大地に突き刺し、冷えきっていた大地を熱し、地球の核を造ったと言い伝えられている道具だ。使い方を誤れば、この地一帯をあっという間に溶岩地帯が出来上がってしまうだろう。

「そういえば時雨達はどこだ?」

 戦いに集中しすぎて共李達の存在をすっかり忘れていた。改めて辺りを見るとかなり酷い惨状になってしまっている。最悪、さっきの戦いに巻き込まれ死んでしまっている可能性も無視できない。

 鳴は周りを見回し共李達の姿を探すが、全くそれらしい姿が見当たらない。瓦礫に埋まってしまっているのではないかと片手で瓦礫をどけていくと共李と書取を見つける。 共李は書取の上に覆い被さり、書取を守るように瓦礫の下に埋もれていた。

 二人を掘り起こし、怪我の具合を確認する。

 書取は肩の傷以外は特にひどい外傷はないように見えるが、腕に触ると両手が折れているに気づく。恐らく外傷ではなく、書取が『書く』のに両腕を酷使させすぎたせいだろう。

 続いて共李だが……ボロ雑巾だった。

 まず片腕が瓦礫に圧し潰され、もう片方の腕と片足が在らぬ方向に折れ曲がって、あちこちから血を流していた。これはもうボロ雑巾と呼んで差し支えないだろう。

「身を挺して書取を守ってくれたのか。だが、このままだと死んでしまうな…………仕方がない」

 鳴は剣で共李の潰れてしまっている腕を肩から切断、同時に剣の熱で傷口を焼き止血する。折れているもう片腕と片足も同様に切り落とす。

「どうせ一か八かの賭けだ。手足も新しくした方がいいだろう」

 鳴は共李の上体を起こし、共李の顔に自分の顔を近づけていく。

「……うまくいっても、これがバレたら時雨に怒られそうだがな」

 鳴は共李の唇に己の唇を合わせた。


 目を覚ますと、見た事があるようなないようなそんな天井が見える。

 頭はボンヤリしてうまく考えがまとまらないが、一ヶ月前から住んでいるアパートの天井ではないことは理解できる。身を起こし、天井以外も確認する。この部屋には見覚えがないが壁の色やら部屋の構造、窓から見える景色の見覚えから恐らく書取のマンションだ。どこにいるのかわかった所で次の疑問だ。

(俺はどうしてここにいるのでしょう?)

 目を覚ます以前の記憶を口で呟きながら振り返ってみる。

「逆宮椋呂と戦って倒したんだ……っていうか殺した。それから散らばった鉛筆を拾っていたらでかくて喋る鳥が飛んできて、書取を連れ去ろうとするから隙を見て逃げようとしたけどどうにもできなくて、周り景色が歪んでいったかと思うと意識がブラックアウトして……」

 目覚める前の出来事を順に確認していく。

「無事だってことは、書取が助けてくれたのかな?」

 その時、ドアが開き鳴が部屋に入ってくる。

「起きたか。体は平気か?」

「えっと、鳴さん?」

 鳴が俺の体を無断で無遠慮にぺたぺた触ってくる。

「よし、大丈夫みたいだな」

「何が?」

 今の状況やらいろいろと聞きたい事があるのだが、まずは最初に聞いておかなければならない事を鳴に尋ねる。

「書取は無事ですか?」

「ああ、自分の部屋で寝ているよ。怪我も共李のおかげで大した事はなかった」

「俺が?」

(全く記憶にないけど、書取が無事ならそれでいいか。結果よければ全てよしだ)

 どうやらここは鳴の部屋、501号室の一室のようだ。

「しっかし、どうやって書取はあの鳥を退けたんだ?」

 戦って勝ったとは思えないのだが。

「助けたのは私だ」

「えっ」

 予想していなかった答えに驚く。

「じゃあ、鳴さんが俺達を担いであの怪物鳥から逃げてくれたんですか?」

「ああ、少し心配になったのでね。後からビルに向かった。後、訂正しておくが逃げ出しはしていない。憂いは断っておいた方がいいからな。ちゃんと倒しておいたぞ」

「えええっ」

 驚愕の事実、まさかあれに勝ててしまう人間がまたも目の前に現れようとは、前に聞いた話だと単身であれを倒せる人間は世界で十人もいないと言っていた。

「あれを? 本当に?」

「嘘をついてどうする」

 ごもっともな話だ。とにかく言うべき事は……

「助けてくれてありがとうございます。それとすいません。書取の事を任されたのに何もできませんでした」 

 頭を下げる。

 不甲斐ない俺の代わりに書取と俺を助けてくれた鳴に感謝と守りきれなかった謝罪をする。

「時雨も覚悟を持って向かったんだ。気にしなくていい。私だって時雨が大事だからな。それにあれは反則級の生き物だ。逆に勝てたらこっちが驚く」

「鳴さんはあの怪物鳥を知っているのですか?」

「『叶えし者』と呼ばれている生き物だ。全ての生きる物はすべからく己の理想とする姿が存在する。その理想の姿になれた者をそう呼び。鯉の滝登りの話を聞いた事があるだろう。鯉が竜門を登りきり、その果てに竜に変貌した話だ。あれは別に登りきればどの鯉も竜になれるというわけではない。偶々登りきったその一匹の鯉に素質があって、その理想の姿が竜を象っていたにすぎない」

 その話は前にも聞いたことがある。やっぱりあの怪鳥は『叶えし者』で間違いなかったようだ。

「別の『叶えし者』なら見た事がある。共李も見たはずだろう」

「ありますけど」

 初めて遭遇した時はもう死しか思いつかなかったのを覚えている。今思い出しても身震いがする。

「あれを見たらまず第一に逃げる事を考えた方がいい。勝てる奴なんてそれこそ英雄と讃えられるほどの力量がないとまず無理だからな」

(……それに勝つあなたは英雄なのでしょうか)

「私だって本当にギリギリの勝利だ。不意打ちを食らわせて勝率は二割も満たなかった」

 こっちの表情から考えを汲み取ったのか。鳴はそう弁解するが、そういう割に鳴はどこにも怪我をしておらず、五体満足ピンピンしている。

「起きるならそこに着替えがある」

 鳴が指差した所に昨日着ていた服とは別の新品の服が置いてあった。

「? だったら今着ている服は……動物パジャマ!」

 シーツを捲ってみると自分が着ているのは色々なかわいらしい動物がプリントアウトされたファンシーパジャマだった。

「共李の服は破けて血も染み込んで着られないから捨てておいた。似たような服を買ったおいたからそれを着てくれ。ちなみにそのパジャマは私のだ」

 さりげなく爆弾発言をして鳴は部屋を出て行く。鳴がこのパジャマを着ている所を想像してみる……………………………………寒気が走った!

 忘れようとさっさ着替え始める。パジャマを脱いで裸になると、体の違和感に気づく。

 両手と片足の肌の色がほかの体の部位と違って真新しく艶のある色をしていた。触り心地も生まれたばかりの赤ん坊のようにスベスベしていて、逆宮椋呂につけられた傷は体のどこにも見当たらなかった。

「傷がないなんて気味が悪いな。鳴さんが治療したのか?」

 聞いてみればわかるかと着替えて部屋を出る。

「鳴さん、俺の体なんか変なんだけど。肌の色が艶やかになってるし、手触りもスベスベしてるし」

 部屋の前に立って待ってくれた鳴にさっそく聞いてみる。

「それで何か支障があるのか?」

「いや、それはないけど」

 動かしてみたが特に問題はない。

「だったら大丈夫だ。別に気にしなくていい。じきに馴染んで肌も同じ色になる」

(いや、聞きたいのはそういう事じゃなくて、そうなった原因なんだけど)

 そう思ってると、玄関の方からドアの開く音が聞こえる。

「時雨が起きたようだな。折れている腕で無茶をする」

 音の聞こえた方向から書取が姿を現す。見た感じ元気そうだったがさっき鳴が言っていた一言が気になり、腕を見てみると包帯が巻かれて動かないよう固定されていた。

「気分はどうだ時雨?」

「んっ、平気……あれからどうなったの? 私、全然覚えてないんだけど」

「鳴が来てくれて助けてくれたみたいだ。その腕は平気なのか?」

「動かそうとするとすごく痛いけど大丈夫よ。助けてくれてありがと鳴」

「それはいいが、折れているのに気合いで動かすのはやめておけ。完治まで長引く」

「完治にはどのくらいかかりそうですか?」

(折れてるのだから一、二ヶ月はかかる。その間の学校生活が大変だ。ノートとかは俺が取ってやらないと)

「そうだな。完治とはいかないが三日あれば日常生活生活は問題ないだろ」

「三日 何でそんなに早く」

 いくら何でも早すぎる。

「書取の『書く』力のおかげか腕の治りだけは異常に早いんだ」

「じゃあ、俺の傷がないのは『守る』のおかげなのか。この肌も超再生したとか」

 今までそんな感じまったくなかったのに。もしかしたら某戦闘種族のように死にかけた事により力のレベルが一気にアップしたのかもしれない。

「いや、それは違うのだが……まぁ、そういう事にしておくか。説明もめんどうだし」

 何やら鳴がぶつぶつ言っているが聞き取れなかったので気にしてないでおく。

「それにしても書取は鳴が助けてくれたって、えらくあっさり納得するな」

「鳴が戦ったのならまず負けはしないわよ。私が手も足も出ないんだもの」

 鳴の強さを書取は知っていたようだ。自分を基準で強さを測るのはどうかと思うが、鳴が叶えし者を倒したというのに少しは信憑性が増した。

(……元々、鳴が嘘をつく理由なんてどこにもないけどな)

 ともかく脅威が去って、生きて帰ってこれたのだ。今はそれを素直に喜ぼう。

「話は変わるが、共李はこのマンションをどう思う?」

 本当に話が変わるなと思いつつ素直な感想を口にする。

「いい所だと思いますよ。新築っぽくて綺麗だし、周りに高い建物がないから日当たりも景色もいい。そもそも俺の住んでいるアパートとは天と地の差があるから正直羨ましいな」

「そうかそうか。それで相談なんだが、よかったらここに住まないか」

「へっ?」

 言っている意味が理解できず固まる。

「それはどういう意味で……」

 内心、もしや男が一度は夢みる同棲生活を薦められているのだろうかと考えてしまう。

「そのままの意味だが? このマンションの空き部屋に住まないかと聞いているんだ」

(……ああ、そういう意味ね)

 鳴がそう言ってくる理由はわからないが、答えは決まりきっている。

「無理、こんな高そうなマンションに住む金なんてない」

 別に実家が金持ちというわけではないし、親父と共謀して母親達や姉妹に黙ってこんな遠い高校を受験したのだ。

 共謀した親父もボコられてしまっているのに、同棲より可能性のない話だ。

「その心配はない。家賃なら今住んでいるアパートと同じで構わない。それでもダメなら無料(タダ)でもいいぞ」

「無料 でもそんなの勝手に決めて……」

 このマンションの経営者がいいというはずがない。

「このマンションを建てたのは私だ。家主がいいと言っているんだ問題ないだろ。それにここに住んでいるのは私と時雨だけだしな」

「は?」

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。マンションを自宅代わりに建てたなんて聞いた事がない。絶対一軒家を建てた方が安上がりなはずなのに。

「共李と時雨はこれからも今回のような災難に巻き込まれる可能性がある。近くにいといた方が何かと便利だろう」

「それは、確かにそうだけど……って、こんな事が何回も起こってたまるか」

 命が百あっても足りはしない。

「共李はたった二年で宝くじの一等が当たるより確率の低い叶えし者に出遭ったんだ。それも二体。私は絶対また巻き込まれると思うがね」

(あの怪物って宝くじより出遭わないのか。それならむしろ宝くじが当たって欲しい)

 次は買っておこう。

「しかしだな」

 二人だけしか住んでいないとなると別の意味で気が引けてしまう。女性二人に男性一人の状況、更にいえば二人とも見麗しい女性なのだ。いつ理性のタガがはずれてもおかしくない。

 揺らぎ悩んでいると、鳴がもう一声。

「毎日私の料理もご馳走しよう」

「よろしくお願いします」

 食欲が即決を促す。

 どうやら俺は連日の鳴の手料理を食べたせいでカップ麺や出来合いの揚げ物や惣菜では満足できない体になってしまっていたようだ。

 手作り家庭料理に飢えていた反動か、今は鳴の手料理がないと生きていけそうにない気さえしている。

「どうやら餌付けがうまくいったみたいね」

 書取がポツリ呟いたが、声が小さく聞き取れなかった。ここの女衆は一人言が多いようだ。 それよりも……

「しつこくて悪いけど、本当にいいのか?」

 最後にもう一押し確認しておく。

「ああ、構わない。時雨も構わないだろ?」

 鳴の問いかけに書取は頷く。

 二人とも嫌がるような表情も素振りも一切見せない。後はお前次第だという表情だ。

 これは観念するしかないようだ。

 むしろ男の度量を見せなければならない。傍目からは完全にヒモ男だが。

「それじゃあ、これからよろしくお願いします。少ないけど今の俺が住んでいるアパートと同じ家賃を必ず払わせてもらいます」

「いや、無理を言ってきてもらうんだ。タダでいいと言ったからには貰うわけにも……」

「払いますから!」

「わ、わかった。共李がそれでいいなら」

 俺の変な強気発言に鳴も少しビクッとするが家賃払いを認めてもらう。それぐらいしないとこの家での俺の発言力がゼロになりそうで怖かったからだ。

「共李」

「ん?」

 書取が声をかけてきたので、そちらを向く。

「昨日私が好きかもしれないって言ったの覚えてるわね?」

「……」

(こっちもこっちでとんでもない話を振ってきたな)

「覚えてるけど」

「あれから考えたわ。戦っている最中もずっと」

 んな事考えながら命がけの戦いをしていたのかと別の意味で感心する。

「それで……私、やっぱり共李が好きみたい。目が覚めた時、共李が視界にいなくて、もしかしたら死んでしまったかもしれないと考えただけで不安で心臓が押し潰されそうだったわ。ここに住むって聞いた時もこれからはいつも共李といっしょにいられるってすごく嬉しかったし、この気持ちは…………その、好き……なんだと思う。……ドラマでもよく言ってたし。そ、それで共李は、私の事……どう思ってるの?」

 言ってて恥ずかしくなってきたのか顔を赤くし口ごもりながら拙い告白してくれる。

 それでも自分の気持ちをはっきりと口にしてくれる書取がとても可愛いらしく見えた。

 少しひっかかる文体もあったが、こんな表情で好きだと告白されればどんな男でも俺も好きだと叫ぶに違いない。


 そんな書取に俺は既に決めていた言葉を口にするのだった。



 共李が自宅に帰った後、501号室の鳴の部屋には鳴と書取が双方黙りこくったまま二人掛けのソファーに座っていた。

 その沈黙を最初に破ったのは鳴だった。

「残念だったな。共李にはもう彼女がいて」

「鳴は知ってたんじゃないの?」

 共李の返事は彼女がいるからというお断りの返事だった。共李を調べていた鳴がそれを知らないはずがない。

「そこまで調べるほど無粋じゃないし、そもそもそんな情報は欠片も出てこなかったから、知っているのは身内だけ、もしくは本人同士だけなのだろう。しかし、時雨を振ったというのに共李に気まずさを感じなかったな」

 普通なら顔も合わせにくい状況だというのに共李は気にしている様子もなく平然としていた。

「最初からそう言うつもりみたいだったし、そんな事で私達とさよならしたくないと思ったんじゃないかしら。私だってそうよ。振られる気はなかったけど、振られても一緒に住むのは賛成だもの。共李がちょっと天然で脳天気なだけかもしれないけど。鳴もわかっているようでわかってないのね。そんなんだから寄ってきた男がみんな逃げていくのよ」

「それは男の方に問題があって私のせいではないぞ。……そこまで口達者なら大丈夫そうだな」

「わ、悪かったわ。だから頭を握り潰そうとしないで、私だって少しは傷ついてるわよ」

 それを本心を感じたのか、鳴は書取の頭からすぐに手を放す。

「でも諦めきれないのよね……」

 解放された頭はがくっと下がり、それに合わせて長い髪も垂れると顔が隠れる。表情は見えないが、何やら考え事をしているのかそのまま動かない。

「………………決めたわ」

 しばらくした後、書取がぽつりと一言漏らす。

「何をだ?」

「共李に彼女がいるとしても、共李の地元にいるのか今はいないわ。いない人間を気にしたってしょうがないでしょ。私を振った理由が既に彼女がいるからなら、振られても諦めきれない私がやる事は一つよ。ドラマでもよくあるでしょ」

 書取時雨は今まで見せた事のない獰猛を含んだ笑みを浮かべる。その表情は書取の魅力を損なうこなく逆に引き立て、その顔を見た鳴はやれやれとどことなく満足げに微笑む。

「奪ってやる」


 これが草波共李と書取時雨の出会いの物語であった。

 この略奪愛がどうなるのか。それはきっと未来が教えてくれる。せめて血なまぐさくない結果に終わらない事を祈っておこう。

 次回の物語に続く……かもしれない。

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