ペンは剣よりよく斬れる。その1
(……完全に出遅れた)
俺こと草波共李は今すごく焦っていた。その理由は簡単だ。周りを見てみるとクラスメート達が各々友達の輪を作り楽しそうに会話をしながら昼食を食べているいるからだ。
(どうすればいい。あんな楽しそうに話している間に割って入っていいのか?)
入学式から一ヶ月が過ぎれば当然五月、この九々露高校の新入生達が新しい出会いに胸を弾ませつつ新たな友人達を作り、その友達関係が固定化されてしまうには十分な時間でそこに異物を進入させるのは困難を極めてしまう。
分かり易く言ってしまうと、人数が埋まってしまったグループに無理に割り込むと嫌な顔をされるのは目に見えているので躊躇してしまっているわけだ。
しかも俺は地元から遠く離れたこの学校に一人暮らしをしながら通っている。
理由は変な話なのだが親父に嫉妬にされたからだ。俺には血の繋がっていない姉妹がいる。ちなみにその姉と妹も血が繋がっていない。俺と血が繋がっているのは親父のみの複雑な家族関係をしている。
なぜそういう事になってしまったかというと簡単に言えば親父の再婚と離婚のスパイラルが続いたせいなのだが、その血の繋がっていない姉も妹もなぜか俺にベッタリで全然構ってもらえない親父が嫉妬し、俺を遠い学校に通わせることで遠ざけたのだ。
正直大人気なさすぎる行動なのだが、俺も一人暮らしをちょっとやってみたいと若者らしい憧れを持っていたので軽くOKを出した。
そして親父以外には内緒で地元より遠く離れたこの九々露高校を受験した。
しかし、入学して気づいたがこの新天地では無論知り合いなど一人もいない。友達なんて勝手にできるさなどと思っていたら結果一人椅子に座ってポツン状態になってしまったのだ。
このまま友達がいないままだと誰とも会話もなく、ましてや宿題を見せてもらったり、忘れた物を借りたりできなくなる寂しい学校生活を送る事になってしまう。正直言って一人暮らしが始まって一ヶ月でもうくじけそうだ。
普通ならここで心やさしいクラスメートが声をかけてくれてもいいものだがその気配もない。
「こうなったもうこの手しかない」
それは……
前の席に視線を向ける。そこには俺と同じく一人で昼食をモクモクと食べているクラスメートがいた。
書取時雨、初めて見た時から強烈に印象に残ってしまう女子クラスメートだ。
恐らく誰が見ても記憶に残るだろう。
今まで切ったことがないのかと思わせる長い黒髪は立っていても地面に触れそうなほどの長さで、知らない内にどんどん髪が伸びる呪いの日本人形というのがピッタリくる見た目なのだが、そんな事が霞んでしまうほど書取時雨という女生徒はとても綺麗な顔立ちをしていた。今まで生きてきた人生の中でこの女の子より綺麗な女性は会った事がないと思わせるほどの容姿だった。
そんな彼女に誰も声をかけないのは余りに綺麗すぎて逆に怖い印象を受けてしまい誰も近寄らず様子を見ているのが現状というのと、彼女が誰とも話そうとしないので余計に周りとの溝を深めてしまっているのが理由であった。
だが、俺はあえてその溝を跳び越える選択をする。俺一人、あいつも一人、席は目の前と話しかける最低条件は整っている。
「あの、書取さん」
(誰だって一人よりは友達が欲しいはずだし必要なはずだ……うん、絶対必要だ。別に俺の勝手な願望じゃないぞ。それにこんな美人と知り合いになるチャンスだとかも思ってないぞ。純粋な友達心だ)
だからって、誰も寄り付こうとしない一番デンジャラスな所を選択する必要があるのかと誰もが思うかもしれない。俺にも明確な理由がわからない。ただ、内なる心が叫ぶのだ。
ちなみにこんな俺を中学時代の友人がこう言った事がある。「なんでそこで強気なんだよ」と。
書取がこちらを向く。やっぱり三歩引いてしまうぐらい綺麗な容姿をしている。
「何か用?」
その声は突然声をかけられて驚いているというより警戒されているという感じの声色だった。
俺の記憶が確かであればこの一ヶ月で書取に声をかけたのは俺が初めてだろう。なにせ授業で一度も当てられなかったからだ。きっと先生方も気後れしてしまったのであろう。
「よかったらいっしょに食べないか?」
学校に来る前にコンビニで買ったパンを見せる。
「……私と?」
「それとよかったら友達にならないか?」
まだ昼食を食べるのかの返答もしていないのに今回の目的を要求してしまう。
(しまった。うっかり口に!)
自分では気づいていなかったがいなかったがかなり緊張していたようだ。その証拠に手にはかなり汗が滲んでいる。
「…………」
書取は返答せず、こちらを値踏みするようにじっと見つめてくる。もしかしたらいきなりの友達なりませんか発言に不快に気味悪がっているのかもしれない。
(ああ、さよなら俺の楽しいスクールライフ)
未来が絶望に侵食されていくのを感じる。
「いいわよ」
「………………いいわよって、何が?」
「何がって、さっきあなたが言った事よ」
「……それってどっち?」
「どっちって。昼食の件と友達の件?」
コクッと頷く。
「そのどっちもいいわよ」
「………………………………………………………………おおっ!」
自分で言い出した事なのだがかなりびっくりする。まさかこんなにあっさりうまくいくとは。
「本当にいいのか? 迷惑だったら断ってくれてもいいんだぞ」
もしかして無理して言ってくれたのかもしれない。
「迷惑じゃないわよ。初めて見た時からあなたが無性に気になっていたから」
(……俺ってそんな目を引くような所ってあるかな?)
書取のように見た目と容姿でのインパクトは皆無だ。容姿だって自分で贔屓目に見ても普通だと思うし気になる要素が見当たらない。
「食べないの?」
書取は考え事をして突っ立ったまま動かない俺に声をかけ、いつの間にか書取は自分の机と椅子を反対に向け俺の机とくっつけて座っていた。
「あ、ああ……食べる」
そのまま座り袋の破り中のパンを口にする。
「あっ、自己紹介がまだだったな。俺は草波共李だ。親の都合で引っ越してきた」
「知ってるわ。共李って呼ばせてもらうわよ。友達になったのだから別に名前で呼んで構わないでしょ」
「いいけど、でも俺は書取って呼ばせてもらうからな」
「私は時雨でもいいわよ」
「いや、さすがにそれは……」
家族ではない女の子を、ましてやついさっき友達になったばかりなのに名前で呼び捨てにするのは抵抗がある。
(それにしても書取って全然ほかの人と話さないからてっきり無口で暗い女子だと思っていたけどそうでもなさそうだな。けっこーハキハキ話すし気も強そうだ。さて、友達っていうのはなるのも難しいが、続けるのはもっと難しいんだ。まずは書取に気に入って貰えるようにしないと)
まずは簡単な話題で話を広げよう。
「書取はここが地元なのか?」
「違うわ。最近引っ越してきたのよ」
「じゃあ、この学校に入学するために引っ越してきたのか」
「そうとも言えるけど、そうとも言えないような」
書取はどう言ったらいいか悩んでいるようだ。
(もしかして聞いてはいけなかった話題だったか)
言いたくないもしくは言いにくい事情なのかもしれない。親が離婚して出戻って来たとか。
「えーと、書取は何か趣味はあるのか?」
さっさと別の話題に移る。書取も悩むのをやめてこっちを見てくれた。
「テレビね」
今度は即答で答えてくれた。それにしても趣味がテレビとはちょっと漠然としているのでさらに追求してみる。
「どういう番組が好きなんだ? ほら、ドラマとか映画とかクイズ番組とか時代劇もあるな。もしかしてアニメとか……」
最近は飲める込むほど好きな奴も多いらしい。俺はテレビ自体全然見ないけど。
「全部ね。とりあえず片っ端から見ているわ」
「……そうですか」
どうやら書取はテレビの全てを受け入れているようだ。もう何も言うまい。
自分は見ていないのでどう次の話題に繋げようか考えていると教室で俺と書取の声しか聞こえない事に気づく。
周りを見てみるとクラス全員が黙りこくってこちらを見ていた。なぜかみんな俺達に興味心身のようだ。
(どっちも引っ越し組だから気になるかな。書取だけ気になって俺はどうでもいいかもしれないけど)
書取はそれだけ魅力的な女の子だ。気になるのも頷ける。
「私も共李に聞かれた事をそのまま返していい?」
どうやら今度はこっちの番のようだ。
「いいよ。さっきも言ったけど俺も地元じゃないんだ。ここからは大分遠い所からこの学校に通うために引っ越してきたんだ。だからこの街で一人暮らしをしてる。趣味は……書取みたいにこれだっていう趣味はないな。……強いていうなら家族サービスかな」
ここに来る前は友達といろいろ付き合って遊んだりもしたが、大抵は姉と妹に付き合わされていた。
「だったら、これからは私がテレビの素晴らしさを伝授してあげるわよ」
「ははっ、お手柔らかに。でも、テレビばかり見てないで運動もした方がいいぞ」
「テレビ好きだけど運動が嫌いってわけじゃないわ。鳴に特訓とかさせられてるし、それに適度な運動は美容にもいいってテレビでも言ってたしね」
書取は俺に軽くウインクする。そのウインクはCМ出演のオーディションに一発合格しそうなほど魅力的だった。
本日はこれにて終了と担任の先生がホームルームを終えた。部活動には参加していないので帰りにスーパーに寄って夕飯は何を買って帰ろうかなどと考えているとちょっとした考えが浮かぶ。
(せっかく書取と友達になったんだから途中まででもいっしょに帰ってより親睦を深めた方がいいな)
名案だと思いさっそく書取に声をかけようとするが、さっきまで前の席に座っていたはずの書取はどこにもいなかった。
仕方ないので今日は諦めて最初に考えていた夕食の調達をする為に一人下駄箱に向かう。
昇降口を出て校門に向かうその途中、昇降口から校門に向かう一本道のすぐ隣にはグラウンドがあり、そこでは既に部活で汗を流している生徒がたくさんいた。
その部活の光景をボーッと眺めながら歩いていると、ちょうど野球部の打ったボールがこちらに向かって飛んでくるのが目に入る。ボールは俺の後方を通り抜けるように飛んでいく軌道だったのでこれなら当たらないだろうとボールから視線を外す。
その時、突然体が俺の意思を無視して後ろに飛ぶ。
「うおっ!」
突然でびっくりしたままその視界にはさっき飛んできていた野球ボールが映る、手が突き出してボールを受け止めようとするが、ボールの勢いは止まらず受け止めた手ごと顔面に直撃する。
目から火花が散り、意識が軽く飛んだまま地面に倒れ込む。
「だっ、大丈夫ですか?」
すぐ傍から声が聞こえてくる。目を開けると見知らぬ女生徒が二人心配そうな顔でこちらを見ている。ボールが顔を当たった痛みで声が出しにくかったので、手を振って大丈夫だと合図する。
「助けてくれてありがとうございます」
二人がぺこっと頭を下げる。どうやらあのボールはこの女生徒達目掛けて飛んできていたようでそれを俺が身を挺して庇った形になったようだ。
声が出せるようになったので平気だからと二人を帰す。二人は何度もこっちに頭を下げながら帰っていった。
「助けようとして助けたんじゃないしな。あんなに頭を下げられると正直困るんだよなー……まあ、あの子達に怪我させなくてよかったかな」
地面に尻をつけたまま頬をポリポリと掻く。
いきなりでなんだが俺は普通ではない変な力を持っている。体が勝手に守ってしまうと言えばいいだろうか。あの日から俺は突然『守る』に対して異常な力が発揮するようになってしまっていた。




