彼女
サクラダラボから外に出ると陽はやや傾いていた。
「何処に向かっているんですか?」
ロボットが聞いてくる。
「特に何処ってわけじゃないんだ。ここじゃない何処かには何かあるんじゃないかって
それで旅ってのかな、歩いて来たんだよ。この研究所を見つけたのも偶然でさ。」
と僕。ロボットは そうなんだ って感じの顔をしてちょっと頷く。そして
「目的地のない旅ってのもいいですね。」
と、なんだかわかるような わからないような 感想を口にした。
「それじゃ、先ず私の行ってみたい所、いいですか?」
ロボットの行ってみたい所?ちょっと想像できないな とか考え込んでいると
もう先に立って歩き始めていた。
「ねえ、何処に行くの?」
後を追い話しかける。
「アオイって呼んでください。目覚めたときにも言いましたが、私にはアオイと言う名前があります。」
そう言われて名前で呼ぼうとしてはたと気づく。アオイさん?アオイちゃん?はたまたアオイと呼び捨て?
どれが一番しっくりくるのだろう。とりあえず無難に
「あ〜、アオイさん、いったい何処に行くのかな?」
と呼ぶことにする。ロボットにさんづけも、なんだか変な感じだ。
「デパートです。」
意外な返事だった。
「デパート?」
思わず聞き返す。
「そう、デパートです。」
ロボットがデパートに何の用だ?と思っていると、疑問が顔に出ていたのか
「服を着替えたいんです。身なりはきちんと、清潔な服を着るようにと教えられています。」
と答えてくれた。
「私、埋まっていたでしょう?ぼろぼろになったこの服、着替えたいんです。誰もいないと聞きましたが、他人の家から貰ってくるのも気がとがめるし。それにデパートならサイズもいろいろあるでしょうから。」
他人の家から貰うのも、デパートから貰うのもあんまり変わらないんじゃないだろかとか思ったが サイズの面ではなるほどと思ったので 一応納得しておいた。
「この街のデパートはまだ誰もいなくなる前、何度も行った事があります。実験の一環でですが。沢山洋服があって楽しかったのを覚えています。」
とロボットは楽しそうに話す。楽しいとか、本当にそんな感情があるんだろうか?とか考えたがそれを証明するのは例え相手が本物の人間でも無理だと思い、考え続けるのはやめにしておいた。
街はあまり大きくはなかった。駅からまっすぐに延びる大通り、その両側にファッションビルやデパートが建ち並び、それに平行するようにアーケードの商店街が通っていた。大通りの端に立つと街の全景が見渡せる位の規模だ。少し前ならここも沢山の人で溢れていたのだろうが、今は僕達意外動く物もない。
デパートに向かう間、ロボットに何故誰もいなくなってしまったのかについてまた質問されたが今まで歩いてきた中には答えはおろか、ヒントさえ見つけられなかったので結局何もわからないという結論しか出なかった。
「それにしても機能停止したボディ一つさえ見つけられないのも不思議ですね。」
「機能停止?ああ、死体の事?そうだね、研究所に来るまでも一度も見なかったよ。本当に訳がわからないんだ、一体全体何がおきたのか。」
そう僕が答えたとき、ちょうどデパートにたどり着きその話はそこまでとなった。
「この入り口からは入っていけそうですね。」
比較的原型をとどめているデパートの北側の入り口から中に入ることにした。
手回し式の発電もできる懐中電灯は一つしか持ってなかったので僕は自分の探索は後にして先ずはロボットと一緒に服を探すことにした。
止まってしまっているエスカレータを上り2階へ上るとそこは若者向けの洋服を売っているフロアーだった。
「こんな所ちゃんと見て廻った事ないよ。」
半引きこもりだった僕には当然、彼女なんていたことがなく誰かといっしょに洋服を選ぶなんてしたことが無かった。
ロボットはちょっと迷って、いろいろなお店を見て回っていたが最終的にはあまり奇抜ではなく落ち着いた服が多くあるお店に決めたようだった。
店名を懐中電灯でてらしてみたが、崩した字体で書かれており、ブランド等には疎い僕にはなんて読むのかわからない。
「これなんてどうでしょうか?」
ロボットは今着ているワンピースとさほど変わらない服を広げて自分にあてている。
正直こういう時なんて言っていいのかわからず
「いいんじゃない?」
とだけ答えた。困った。僕はなんだかあらぬ方向を見る。
「これにします。」
僕の返事で決めたのかそれとも僕の意見なんてもともとどうでもよかったのかわからないがロボットはそのワンピースが気に入ったようでなんだか声ははずんでいた。
さて次は地下にでも下りて食料でも探そうかと声をかけようとロボットの方を振り向くとロボットはそこでもう着替えはじめていた。ロボットとはいえ、一応女の人の姿だ。なんだか見ちゃいけないような気がして僕は後ろを向いていた。
後ろで着替える時の衣擦れの音がする。そういや片腕なのにうまく着替えられるのだろうか?とか思ったのだがだからといって着替えを手伝うのもなんだか恥ずかしく思い、ロボットにそんな風に思ってしまう僕はちょっとおかしいのではなんて考えてもいた。
「着替え終わりましたよ。私はこれで満足です。ケンジさんは何かデパートで見ていく物はありますか?」
片腕でも器用に着替えられたようだ。なんて呼ぶ種類の洋服かは知らなかったが、袖のない肩の出ている軽そうな白いワンピースだった。ちょっとドキリとして、そんな自分はやっぱりおかしいのかとまた思ったりした。僕はなんだか変な顔をしていたのだろう
「どうしましたか?」
とロボットが聞いてきた。ロボットの彼女に対してなんだかドキリとした自分が恥ずかしく、地下で食料品を確保したいと伝えて、足早にその店をでてエスカレータを下っていく。
「あ、待ってください。」
明かりは僕しか持っていなかった。彼女は駆け足で僕の後についてきた。
人間、というか生き物は食事をしないと生きていけないと言う事は知っているのだろう、僕がまだ食べられる保存食料や調味料、缶詰等をリュックに詰めているのを見ていても特に質問されることは無かった。僕はふと、今は夏だから自然の恵みをふんだんに得ることができるが初めて迎える冬はどうして行けばいいのだろうか?と不安になったのだが、そのうち本屋で保存食の作り方の載っているアウトドアの教本でも探してみよう等と考えていた。
夜になった。寝る場所をいろいろ探したが、結局神社のお社に決定した。
コンクリートのビル内ではなんだか寝ている間に倒壊しそうで怖かったし、こういう時は木造の建物の方が強い気がしていたからだ。神社の境内でたき火をおこし、今日デパートで見つけてきた缶詰を食べる。ふとロボットの方を見てみたら僕を見ている。
「どうかした?」
僕が聞くと
「おいしいですか?」
と質問された。缶詰だ、特に旨くも不味くもない。そのまま答えると
「私はおいしいとかおいしくないだとか、わかりません。あのまま研究が進んでいたら私にもわかるようになったのでしょうか?」
となんだか悲しそうな顔をした。ここまで自然な行動が出来るロボットが創れる技術があったのだ、何時かは味覚も感じられるようになったかもしれない。
「君と一緒の物を食べて、感想を聞いてみたかったな。」
なんとなく、僕はそう答えてから彼女が少しかわいそうだな と思った。
食事も終わるとする事もなくなり、時間は早いけどもう寝ようということになった。
そういえばロボットも寝るのだろうか?と疑問が浮かんだので聞いてみると
「実際は寝なくても平気ですが、電池の節約と人間と共に生活する事を考えて 眠くなるようにプログラムされています。」
との事だった。聞いてみると 少し眠くなっている との事だったので2人、神社のお社の板の間で横になって眠りについた。