火を噴く悪魔②(一日目)
さすがにバルボアは気味が悪くなった。
「エラーサに引き上げるように合図を送れ」
すぐに角笛で合図を送ると、エラーサも気付いたらしく小船を止めた。
とりあえずエラーサが帰って来たら城に戻って軍議である。
そのはずだった。
それはまさに一瞬のことだった。
耳に残ったのは、強烈な轟音と嗅いだこともない異臭だった。
バルボアに向かって何かが飛んで来た。
「危ない!」
アブが咄嗟にかばってくれたので、それに当たらずに済んだ。
「お怪我は、団長?」
「私は大丈夫だ。息子は、エラーサは無事なのか?」
「団長、あれを……」
ふと、目を向けるとそれは先ほど自分に向かって飛んで来た物体だった。
物体ではない。
エラーサの右腕だった。
バルボアは叫ぶ事も無く、倒れる事も無かった。じっと赤く染まった海面を見つめていた。
「だ、団長……」
アブはたった今、自分の目の前で団長の子息が死んだのを目撃してしまい、どう声をかけていいのか分からなかった。
***
王宮に呼び出されたのは久し振りだった。自ら赴くのはよくあるが、呼び出しは滅多に無い。
「座れ」
レストリウス国王のラジム二世から一言投げかれられたロウマ=アルバートは、用意されている椅子に腰かけた。椅子は臣下専用のものであり、背もたれも無い質素な作りのものだった。
背もたれが無いということは、王の前では下手な姿勢はできないという意味である。
「体の具合はは大丈夫か?」
「しばらく静養致しましたので、大分良くなりました」
「無理するな。どうせ再発する病なのだから、きつくなった時は無理せずに言え」
「ありがとうございます。ところで本日はどのようなご用件で?」
「お前に相談したい事があったのだ。実は元帥をもう一人増やしたいと思ってな」
なぜ、と返したいところだが、ここは黙って聞いておいた方がいいかもしれなかった。
ラジム二世は近くに控えている侍従に命じると、何かを持って来させた。どうやら巻物のようである。
「掛けろ」
巻物は紐をほどかれると、壁に掛けられた。
ロウマは、はっとした。それはこの国の組織図だった。ラジム二世は図中のある箇所を指差した。
貴族達の組織図だった。
「これを見て分かると思うが、我が国の貴族のトップである『右宰相』にはブランカ=カストリオが、次席の『左宰相』にはキール=スウェンが就任している」
「存じております」
「その点……」
ラジム二世は組織図の貴族の位置から、騎士の位置へと指を移した。
「騎士のトップである『元帥』にはお前がいるが、次席には誰もいない」
「はい」
「さっきから頷いてばかりだな。つまらない奴だ」
「すみません」
「余はこの点に気付いたから元帥をもう一人増やすことにしたんだ。もしもお前に何かあった場合、騎士達を統率する人物がいなかったら困るからな」
それは言えていることだった。ロウマも前から常々考えていたことだったが、人事は国家の重要事項なので、迂闊に出せなかったのである。どうやらこれで自分の心中を言うことができるらしい。
「一応、余も三人考えている。お前の意見を聞いておこうと思う」
「誰でしょうか?」
「将軍のシャニス=ドンゴラスと左宰相のキール=スウェン、ライル騎士団団長のバルボアだ。この三人なら、なんとか任せれるかもしれないと思っている」
ロウマの眉が微かに動いた。
「恐れながら、その三人では不適当です」
「ほう、どうしてだ?」
「私も一応、軍に携わっている身ですので、彼らがどういう人物なのかそれなりに把握しているつもりです。陛下がおっしゃった彼らには長所もありますが、短所もあります」
「つまり、長所より短所の方が勝っているということか?」
ロウマはゆっくりと頷いた。頷き方からその現実味が伝わってきた。




