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疑惑③(二日目)

 廊下に出るとまるで別世界だった。先ほどまでの嫌な感じは嘘のようである。


 ふと、左に目が行った。


 絵だった。見覚えのある人物である。


 間違いない。


 あの人物である。


「ジュリアス=アルバート」


 いつの間にか、ブランカが背後に立っていた。ドアをいつ開けたのだろうか。シャニスは気付かなかった。


「雄々しく、気高く、美しい。彼は実に素晴らしい方だった。なんといっても、この私を感服させたほどでしたから」


「貴様にも尊敬する相手はいるのだな」


「もちろん。私が尊敬しているのは親と陛下を除くと、この方のみ。息子のあいつも見習ってもらいたいくらいだ」


「きっ、……」


「貴様」と言って剣に手をかけようとしたが、動かなかった。


 と言うよりも動かせなかったのである。


 手をすでにブランカによって捕まれていた。なんて力だろうか。とてもじゃないが、文官の力とは思えなかった。


 この力はどこからやって来るのだろうか。


 シャニスは気付いた。


 ブランカの手のひらに、たくさんのタコが付いていた。


「君ももう少し、大人しくなった方がいいよ。シャニス=ドンゴラス。君の父親と同じようにするぞ」


「どういう意味だ?」


「そのまんまの意味だよ。言葉が分からないのなら、もう一度学院からやり直したまえ。キヒヒヒヒヒ」


 ブランカはにやにやと笑っていた。笑いすぎて口が耳まで裂けるのではないかと考えた。


 シャニスはもがいて抵抗したが、ブランカの力は強くて鍛えられたシャニスでもどうすることもできなかった。


 たった今確信したが、この男はただの文官ではない。


 得体の知れない生き物だ。


「旦那様、陛下からの使いの方がお越しです」


 さっきの少年が姿を現した。


 途端にブランカは力を緩めてシャニスを解放した。


「命拾いして良かったじゃないか。帰りたまえ。ロビンズ、彼を玄関まで送ってさしあげろ」


 解放されたシャニスはロビンスという少年に先導されながら、玄関まで送られた。


 表情が全くと言っていいほど無い少年だった。一言で表すのなら人形である。どういう生活をしていたら、こんな顔になるのだろうか。


「おい、お前」


「ロビンズです」


「ロビンズ、この屋敷に仕えてどの位だ?」


「一月です」


「以前は何をしていた?」


「医者の助手をしていました」


「なぜここに来た?あの男が人を雇うとは思えないのだが……」


「俺が師事している医者が人生勉強の一つということで、昔から懇意にしているブランカ右宰相の屋敷で俺を働かせるようにしてくれたのです」


「懇意ねえ……」


 ブランカが懇意にしている医者というのが、どうも引っかかる。貴族だから医者と懇意になるのは当たり前かもしれないが、その「医者」という単語が頭から離れない。


 気が付くと玄関に到着していた。


「俺はここでお別れです。それではこれにて」


 ロビンズは、ぺこりと頭を下げた。


「待て」


 シャニスが、きつい声で呼び止めた。


「まだ何かありますか?あまり右宰相を怒らせない方がよろしいですよ」


「それはさっきので十分身に染みた。僕が尋ねたいのは、お前だ」


「僕からは何も出て来ませんよ」


「尋ねてみないと分からないだろう」


「どうぞ」


「お前が師事している医者の名前は何と言うんだ?」


「……ハシュク」


 空白があったところ、言うことをためらったようである。どうやら何かあるようだ。


 この少年とハシュクという医者は調べてみる価値はありそうだ。

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