第一章 火を噴く悪魔①(一日目)
レストリウス王国内でも海に面した土地はあった。そこを管轄しているのが十五騎士団の一つライル騎士団だった。
団長は十五騎士団の中で最も権力が強いバルボアだった。団長といっても、五年前に軍務は引退したので、今は専ら事務仕事の毎日である。仕事は全て息子のエラーサに任せている。
バルボアは船に乗っており、海上を見つめていた。平和である。何もかも。
しかし、これは全て血を流して手に入れたものであり、無血の平和なんかではない。
つい一年前も反乱が起きていた。それも血を流すことにより平和を勝ち取った。結局、無血の平和なぞ存在しないのかもしれない。自分が生まれて仕官して以来、そんなもの見たことがなかった。
あったら見てみたいものである。
「父上、どうなさいました?」
横に控えている息子のエラーサが話しかけてきた。
「エラーサ、平和な世の中はずっと続くと思うか?」
「そんなの当たり前じゃないですか。この国は、国王陛下が統治しておられる限り安泰ですし、軍事に関してはロウマ=アルバート元帥もおられますから心配ご無用です。ついこの間だって、国を危機に陥れた反乱軍を見事に殲滅してみせました」
お目出たい息子だった。思えばこのエラーサは、国から出たことがなかった。
そのため見識が狭いのである。国王のラジム二世や元帥のロウマがいるから、国が安心なわけがあるはずない。正直言って君臣の関係なんていつ崩れるか分からない。
昨日まで家臣と部下の関係だった者同士が、翌日には逆転することなんてよくある。バルボアが幼いころは、レストリウスを除いたどこの国でも頻繁に起こっていた。
毎日どこの誰が殺されたという報告が山のように耳に入っていた。争いの絶えない西方の小国は特に多い。
ラジム二世とロウマの仲は今は良好だが、ロウマがいずれ野心を起こしてラジム二世を倒すかもしれないし、もしくは別の誰かがやるかもしれない。その時自分はどうしているだろうか。
生きているのか、死んでいるのか。
答えは神のみが知っているのかもしれない。
バルボアは深い溜息をついた。
「父上、お体の具合でも悪いのですか?」
「エラーサ、現在やっている仕事はどれくらいしたら終わりそうだ?」
「そうですね、一月もすれば終わると思いますが、それがどうかなさいましたか?」
「それが終わったら、お前は一度旅に出ろ。世の中を見て見聞を広めるのも悪くないかもしれない」
「突然どうなさったのですか?」
「お前は私の自慢の息子だ。私よりも強く賢い奴になってもらいたいからな。世の中がどういうものか、その目で確かめてこい」
「かしこまりました、父上」
風が強くなったのでそろそろ、戻った方がよいかもしれない。船を戻そうと指示を出そうとした。
その時だった。前方に何かが姿を現した。
船である。
商船にしては大きすぎるし、他国の商船が、この付近を通るのは毎年十月のことだった。今は十二月である。
「誰か様子を見てこい」
「父上、私が見て参ります」
エラーサは部下に小船を出すよう指示した。小船には攻撃の意思が無いこと示す旗を掲げておいた。準備が全て整うとエラーサは小船に乗り込んで問題の船へと向かった。
波はおだやかだった。鳥もさえずっているし、今日は雲一つ無い天気でありいつも通りだった。
「団長」
肩に触れた者がいた。将校のアブホーセンだった。二十年前から自分に仕えている男である。
「どうした、アブ?」
バルボアは普段から彼に使っている愛称で返した。
アブはエラーサが向かっている船を指差していた。
「あの船ですが、黒い筒のような物が見えませんか?」
「なんだと?」
アブの言う通り船からは、黒い筒のような物を目で確認することができた。
筒は漆でも塗っているのか、陽光により見事な光沢を放っていた。
真ん中にぽっかりと空いている穴は見ているだけで、吸い込まれてしまいそうだった。




