惨劇④(二日目)
「私は大食漢じゃないのは知っているだろう。だから用意しなくていいぞ」
「あなたは特に栄養をつけた方がよいはずです。さあ、どんどん食べてください。いつも見ていて思うのですが、お顔がまるで病人のようです」
大きなお世話である。生んだ親に文句を言ってもらいたい。ふん、と鼻を鳴らしたロウマはパンに手を伸ばした。グレイスが本題に入ったのは、バターを付けている最中のことだった。
「ロバートを副元帥に推薦したそうですね」
ロウマはバターナイフの手を休めた。
「情報が早いな」
「これでも密偵の仕事に携わっていたことがありましたからね。関係は切れていませんよ」
「そうか。私直々の推薦だ」
「あなたらしくない」
グレイスの声には棘があった。
「なんだと?」
「『あなたらしくない』と言ったのです。今回の人選はあなたの欲が入ってますね」
フライドポテトに手を伸ばしたロウマは自分の口まで運ぶと、しばらくもごもごとさせていた。
一方のグレイスはロウマの紅茶のカップが空になっているのに気付いたので、二杯目を注いでやった。
「なぜそうまでして彼を推薦するのですか?」
「この国は今、改革が必要だ。そのためには有能な人材はいかなる人物でも受け入れなければいけない。たとえそれが異民族であっても」
「私はその意見には反対です」
どうしてだろうか。ロウマにはまったく理解できなかった。グレイスは今まで自分の意見に反対することはなかったのに、今回は人が変わったように自分に反対する。
これも引退したからなのか。
「私が変わったと思っているでしょう」
図星を突かれた。
「違いますよ。変わったのは私ではありません。元帥、あなたです。それも悪い方向です」
「どういうことだ?」
「これは直感にすぎませんが、あのロバートという男は元帥によいものはもたらさないでしょう。むしろ逆をもたらす可能性すらあります」
「感か?」
「そうです。ですが直感なんてあなたが受け入れるはずないでしょう。私から言えることは、ゴルドーに政治学を学ばせてやることです」
「どうしてゴルドーなんだ?」
「彼は一見粗暴かもしれませんが、本当は思慮深いところがあります。政治学を学ばせれば秘めていた力を開花させます。むしろ、騎士よりも貴族に向いているかもしれません」
「どうしてそこまで、あいつを世話をしてやるんだ?昔はあんなに犬猿の仲だったじゃないか?」
にこりとグレイスは笑った。騎士の時はまったく見せなかった笑みである。
なぜこんな笑みができるのだろうか。どうして自分には向けてくれなかったのだろうか。
この時、ロウマはグレイスが遠くに行ってしまったように感じた。
「確かに彼と私は犬猿の仲でした。しかし彼には彼、私には私の主張があっただけです。それを認めたにすぎません」
もはや何も言い返せなかった。
ロウマは店をあとにすることにした。
***
帰る時にはエレンとシャリ―は、数えきれぬほどのファンを自分の下僕として従えていた。彼女達に踏まれるのを楽しみにしているファンが周囲に埋め尽くされており、店の前は混乱していた。
「師匠、見てください。私の実力でこいつらを従えてみせました。凄いでしょう」
「お前って、変な才能があるな」
「師匠、珍しくほめてくれましたね!」
「ほめてない」
シャリ―と帰ることにしたロウマだったが、なぜかファン達に殺意のこもった視線で見送られることになった。