惨劇③(二日目)
やはりロバートを推薦するのは性急すぎただろうか。もっと後でも良かったかもしれない。
考えてみれば、みんなの反応は至極当たり前のことである。自分ももっと慎重になった方がいい。
ロウマは額に浮かんだ汗の玉を手でぬぐった。
「師匠、さっきから何を唸っているのですか?さては何か悩みがあるのですね。だったら私に相談してみてください。お力にモガっ……」
一緒に歩いているシャリ―が元気よく提案したが、ロウマは口を押さえて黙らせた。
「黙っていろ。飯の場所までもう少しだから、着いたらしゃべっていいぞ」
「ふ、ふぁい(はい)」
その店はグレイスの弁当屋である。いつもはアリスの弁当で済ませているロウマだったが、今日はグレイスと話す用があるので断っていた。街の隅に建てたので静かだと彼は言っていた。
「ここだな」
角を曲がるとロウマとシャリ―は、驚愕の光景を目にした。
『エレンちゃ~~~~~ん』
『もうちょっとこっち向いてくれよ~~~~~~』
『エレンちゃん、かっわいい~~~~~』
『俺は今日もこれて幸せだ~~~~~』
異様の一言に尽きなかった。
これのどこが静かなのだろうか。
無数のむさ苦しい男達が群がっては、わめき散らしていた。中には涙を流しながら地面に土下座をしている奴までいた。
ロウマもシャリ―もこれには一歩どころか、十歩は後ずさった。なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がした。
「師匠、お店を間違えましたか?」
「いや、ここで合っている。前に訪問した時はこんな感じではなかった」
そういえばゴルドーが最近訪ねたそうだが、その後の態度がなんだか変だったのを思い出した。あれはこれだったのだ。
「みんな~、今日も来てくれてありがとう。いっぱい買っていってね!」
『おおおおお~~~~~~』
『今日は弁当十個買うぞ!』
『まだまだ。俺なんて三十はいけるぞ!』
もはや耳が痛くて聞いてられなかった。日を改めて出直そうかと思ったが、どうせ行っても同じ光景を目にすることになるのだろう。
嫌になってくる上にあの連中を血祭りにあげたくもなった。
ロウマはある決心をした。
「帰るぞ」
「えっ、師匠?お昼ごはんは?」
「帰る。そしてもう二度と来ないし、グレイスとはこれからは手紙でやり取りする」
この色々な意味でまずい店と関わると今後は自分の権威も危ない。ロウマは素早く踵を返した。
「元帥、こんなところで何をなさっているのですか?そんな所に突っ立ってないで裏口から中に入ったらどうですか?」
よりによって店主に見つかった。なんでこんなことになるのだろうか。
「師匠、これでご飯が食べれますね」
「シャリ―、私はグレイスと話がある。お前はエレンの手伝いをしてこい」
「なんでそうなるんですか、師匠?」
「グレイス、別に構わないよな?」
「もちろんですよ。むしろ今の時間帯は忙しいので、猫でも犬でも、じゃじゃ馬でも手を借りたいぐらいですよ」
「誰がじゃじゃ馬よ!」
「……というわけで行って来い」
ロウマに背中を押されたシャリ―は、さっきまでエレンに叫び声を上げていた連中の中に投げ込まれた。
『ひゅう~~~~~~、なんだい、このかわいこちゃんは新人さんか?』
『エレンちゃん紹介してよ、この子』
急に入って来た乱入者に対して、エレンは目をきょとんとさせていた。
「あれ?あなたって確か、ロウマさんの屋敷に住んでいる人で……ええと……ごめんなさい。お名前なんでしたっけ?」
「シャリ―よ!覚えなさいよ!こんな覚えやすい名前ないでしょう!」
なんだか楽しそうな声が聞こえてきたので、とりあえず安心したロウマは裏口から店内に入ることにした。
店内は以前来た時とは違っていた。カウンターが作られており、大きめのテーブルや椅子がいくつも用意されていた。
「改装したのか?」
「左様です。店が儲かってきたので、居酒屋も始めたのです。週二日しか営業しないのですが、元帥もゴルドー達を連れてぜひともいらしてください」
「すっかり商売人になったな、グレイス。賞金稼ぎや騎士よりもこっちの方が性に合っているのじゃないのか?」
「そうかもしれませんね」
「それならよかった。エレンとも楽しく暮らしているみたいだし」
すぐに食事が運ばれてきた。いり卵、糖蜜パイ、フライドポテト、簡単なサラダに、スープにパンだった。