「イベントの前の静けさ」
「それでは、学園の寮の説明をしたいと思います」
黒いスーツを着た真面目そうだが、ホストのような青年が、数名の生徒を導くように統率している。
辺りは薄暗く、廊下の壁に掛けられているランプだけが頼りになるような状態だ。この青年の案内が無ければ、ここにまだ良く馴染んでいない生徒達は、いとも簡単に迷ってしまうだろう。
しかし青年だけは、そんな状態の廊下を、慣れた足取りで進んでいく。
「喜希さんと稚気さんと神代さんは、これから女子寮で生活をして貰いたいと思います。アガシオンさんは……残念ながら私と同じく男子寮での生活となります」
ある程度、廊下を歩いていると、青年達の前に螺旋状の大きな階段が現れた。青年は喜希達に、まるで手本を見せるかのように丁寧な仕草で螺旋状の大きな階段をあがって行く。
横に並んで進んでも、まったく苦にならないほど大きい階段だ。青年達はその大きさをふんだんに利用し、会話に困難する事無く悠々と上がっていく。
その上、階段の中心は吹き抜けになっており、下を覗いたり、上を眺めたりする事が出来るようだ。だが、当然ながら落下防止の為、そこはガラスで隔てられており、身を乗り出してまで覗く事は出来ない。しかし、それでも十分なほどに見回すことは出来るだろう。
また、ガラスで出来ているのは、その隔たりだけではなかった。と言うのも、今、青年達が歩いている階段までもがガラスで作られており、一段一段上る度に甲高い音を静かに響かせているのだ。しかし、そのガラスの階段は、あの隔たりほど透明では無く、かなり濁っている。当たり前の事だが、透明なガラスだと、スカートを着た女子が、この階段を利用する事が出来ないのだ。理由は、述べるまでも無いだろう。
その事を青年が自慢げに説明していると、稚気がある疑問を抱いた。そして、躊躇う事無く質問する。
「ん? そう言えば、他の生徒達はどうしたんだ? さっきから全然すれ違わないじゃないか。なんだが、気味が悪いぜ」
青年は、質問される事を分かっていたかのように回答する。
「本来、まだこの時間帯ならば、たくさんの生徒達で賑わっていますが、今日はイベント前日と言うことで、早めに消灯命令を出しました。イベント前に取り合いを始められても、こちら側の面倒が増えるだけですので。あ、そうそう、消灯の時間になると廊下や階段、要は公共の場所は自動的に暗くなるのですよ」
「それだけじゃないわよね?」
口を挟むように、神代が、新たな疑問をぶつける。それに対して青年は、相変わらず笑顔を崩さずに返答する。
「良く分かりましたね。まぁ、実はですね、消灯の時間と共に空間を支配しているんです。具体的には、誰とも出会わず、自然と己の寮へ導かれるように。しかし、私のような特別な立場の方は例外で、空間の支配に囚われる事無く移動することが可能なのです。もちろん、喜希さんは特別な立場の方ですよ。また、一般の方も、その特別な立場の方と同伴する事で、空間の支配から逃れることが出来ます」
「面白い結界ね。やっぱり原理は簡単に明かしてくれないわけ?」
「そうですね。企業秘密と言うことでお願いします。この技術は私だけの物ではないので」
青年がそう言い終える頃には、青年達はとある扉の前で立っていた。青年は胸ポケットから鍵を取り出すと、徐に鍵を開け始める。
「ここが俺達の部屋なのか?!」
稚気が待ち遠しそうに質問する。青年は、笑顔を崩さず黙って頭を縦に振った。そして、それと同時に開放される扉。
奥に3つの椅子が見え、さらにその奥では暖炉が火を灯していた。全体的に明るい雰囲気の部屋だ。
喜希と稚気は、我先にとその部屋に飛び込んでいく。
「この部屋にある物はご自由にお使いください。私物の持ち込みは、学園に許しを得たものだけ許可します。まぁ、持込などしなくとも、大抵の物は揃っているはずです」
青年の話をまともに聞いていたのは、アガシオンと神代だけだった。あとの二人は、各々が気を引かれた物に夢中で、微塵も聞こえていない様子だ。
喜希は、大きくて柔らかいベットの上で跳ねており、稚気は、貴族の遊び道具に煌びやかな視線を送っていた。
「それではまた明日、お会いしましょう。では、アガシオンさんはこちらへ」
青年が、アガシオンと共に階段を下っていく。そうして姿が見えなくなったと同時に、神代は独り言を呟いた。
「ダビデ……楽しませてくれるようね」
神代が扉を閉め、木製の扉がかすれる乾いた音が周囲に響き渡った。




