君のために紡ぐ物語
「人気ねえなあ、俺の小説……」
俺はパソコンの画面を見ながら独りごちた。そこに映っているのは、俺の書いてる小説のアクセス数だ。3とか5とか、とにかく一桁の数字がずらっと並んでいる。つまり、俺の小説を見ている人はほとんどいないということだ。毎日更新してる連載小説だってのに、このザマだ。
俺が小説を投稿してるサイト。そこで人気のあるのは「ファンタジー」「チート」「異世界」、あるいは「恋愛」……。しかし俺は、その手の作品を書くのが苦手だった。得意なのは文学、もしくは詩だ。だけどいくら頑張っても、アクセス数はちっとも伸びない。今まで10作以上投稿しているが、感想もポイントもゼロのまま。いい加減、ファンタジーを書く練習でもした方がいいのかもしれない。そう思いながら、俺は他の作者の小説を読みあさることにした。
なんとなく目に付いた連載小説をクリックする。ジャンルは「恋愛」。恋愛小説はほとんど読まない俺だが、何故かその時はクリックした。
読んでみると、みるみるうちに作品の中に引き込まれた。文章の書き方が、どことなく独創的で面白いのだ。だけど肝心のストーリーは、高校生の男女がすれ違ったりくっついたりを繰り返す、使い古された王道のネタだった。どうせ最後はラブラブになるんだろうと思わせる、ベタな展開が続いている。
小説情報を見てみると、その作品もポイントゼロ、感想ゼロのままだった。なんとなく親近感を抱いてしまう。作者を調べてみたら、俺と同い年、22歳の女性だった。
その日、その小説に2ポイント入った。俺が彼女の小説を、お気に入りに登録したからだ。
彼女の小説は毎日、18時きっかりに投稿された。多分、予約掲載を使ってるんだろう。俺は毎日彼女の小説を読み続け、そのうちそれが一番の楽しみになった。自分も小説を書きつつ、彼女の小説を読み続けた。
「……感想書いたら、喜ぶだろうなあ」
感想の嬉しさは、自分自身よく知ってる。だけど俺は感想を書いたりするのが大の苦手だった。
悩みに悩んだ結果、メッセージを送ることにした。感想よりもメッセージの方が、なんでか気楽だった。いつも読んでます、続きを楽しみにしてますと、これまたベタなメッセージを送った。
返事はすぐに返ってきた。ありがとうございます、うれしいです、と。
それからちょくちょく、メッセージを送るようになった。「ちょくちょく」は「頻繁」になり、そのうち「毎日」になった。
「今回の話、すごくよかったよ。主人公の感情の流れとか、すごくうまく描写できてたと思う」
『やった!ありがとう!』
「俺も君みたいに、うまい文章が書けたらなあ……」
『そんなこと言ってくれる人、他にはいないよ? 私だって、人気のない作家だし』
「でも俺は、君の文章が好きなんだよ」
『そう言ってもらえると、本当にうれしいんだよね!よし、続き書くぞー!』
「最後はやっぱりハッピーエンド?」
『それは秘密!』
なんてことないやりとりだった。なんてことないやりとりだったけど、俺は顔も知らない彼女のことを、だんだん好きになっていった。
俺は、彼女の本名を知らない。
どこに住んでいるのかも、知らない。
知っているのはユーザ名と、小説と、メッセージでやりとりする彼女だけ。
俺の知らないところで、彼女の物語は進んでいく。
彼女の知らないところで、俺の人生が進むように。
ごめんね……という件名で彼女がメッセージを送ってきたのは、メッセージを交換し始めて半年ほど経ったころだった。
『引っ越しとかでバタバタしちゃってて、しばらくメッセできないかも!ごめんね。小説は毎日ちゃんと投稿するから!』
「分かった。落ち着いたらまたメッセくれよ。小説もメッセも、楽しみにしてる」
『ありがとう』
これが、彼女からの最後のメッセージになった。
小説は毎日18時きっかりに更新され続けた。相変わらず、くっついたり離れたりを繰り返す主人公たち。俺はその様子を、活字を、毎日追い続けた。彼女からのメッセージを、待ちながら。
最後のメッセージから3か月後、彼女の小説は完結した。ハッピーエンド、ではなかった。
主人公の女の子が、事故で死んだ。
彼氏は悲しみに明け暮れ、けれどもやがて立ち上がる。
「前を向いて歩いていく。彼女にはなかった、未来に向かって」
その1文で、締めくくられていた。
そしてその文の下に、あとがきが綴られていた。
ご愛読、ありがとうございました。
この小説が投稿される頃には、私はもうこの世にはいません。
予約掲載って本当に便利だね!
――黙っててごめんね。ビョーキだったんだ、私。治らないって、ずっと前からお医者さんに言われてたの。この小説は、私の遺書みたいなものなんだ。
小説を書くのは生まれて初めてだし、ストーリー考えるのは苦手だし、やっぱり人気は出ないしで……。でも、お気に入りの数字が1になった時は、本当に嬉しかった。こんな文章でも、読んでくれてる人がいるんだなあって。
それがあなたで、あなたと出会えて、本当によかった。……ちゃんと会ったことは、ないけど。顔も名前も知らないけど。それでも
あなたのことが、大好きでした。
言い逃げみたいになっちゃうね。ごめんね。でも、ありがとう。
ばいばい。
俺は今、小説を書いてる。恋愛小説だ。苦手な分野だけど、必死になって格闘してる。
アクセス数? ポイント? それは訊かないでくれ。見当つくだろ?
内容はやっぱりベタで、ネットで知り合った二人がくっついたり離れたりする話。笑っちまうくらいベタだろ。だけど俺は、真剣に書いてるよ。
最後は絶対ハッピーエンドにする。これはもう決定事項。
ハッピーエンドにする。絶対に。
彼女の知らないところで、俺の物語は進んでいく。
彼女のためだけに綴る、物語が。