表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編小説

君のために紡ぐ物語

作者: うわの空

「人気ねえなあ、俺の小説……」

 俺はパソコンの画面を見ながら独りごちた。そこに映っているのは、俺の書いてる小説のアクセス数だ。3とか5とか、とにかく一桁の数字がずらっと並んでいる。つまり、俺の小説を見ている人はほとんどいないということだ。毎日更新してる連載小説だってのに、このザマだ。


 俺が小説を投稿してるサイト。そこで人気のあるのは「ファンタジー」「チート」「異世界」、あるいは「恋愛」……。しかし俺は、その手の作品を書くのが苦手だった。得意なのは文学、もしくは詩だ。だけどいくら頑張っても、アクセス数はちっとも伸びない。今まで10作以上投稿しているが、感想もポイントもゼロのまま。いい加減、ファンタジーを書く練習でもした方がいいのかもしれない。そう思いながら、俺は他の作者の小説を読みあさることにした。


 なんとなく目に付いた連載小説をクリックする。ジャンルは「恋愛」。恋愛小説はほとんど読まない俺だが、何故かその時はクリックした。



 読んでみると、みるみるうちに作品の中に引き込まれた。文章の書き方が、どことなく独創的で面白いのだ。だけど肝心のストーリーは、高校生の男女がすれ違ったりくっついたりを繰り返す、使い古された王道のネタだった。どうせ最後はラブラブになるんだろうと思わせる、ベタな展開が続いている。

 小説情報を見てみると、その作品もポイントゼロ、感想ゼロのままだった。なんとなく親近感を抱いてしまう。作者を調べてみたら、俺と同い年、22歳の女性だった。



 その日、その小説に2ポイント入った。俺が彼女の小説を、お気に入りに登録したからだ。




 彼女の小説は毎日、18時きっかりに投稿された。多分、予約掲載を使ってるんだろう。俺は毎日彼女の小説を読み続け、そのうちそれが一番の楽しみになった。自分も小説を書きつつ、彼女の小説を読み続けた。


「……感想書いたら、喜ぶだろうなあ」

 感想の嬉しさは、自分自身よく知ってる。だけど俺は感想を書いたりするのが大の苦手だった。

 悩みに悩んだ結果、メッセージを送ることにした。感想よりもメッセージの方が、なんでか気楽だった。いつも読んでます、続きを楽しみにしてますと、これまたベタなメッセージを送った。

 返事はすぐに返ってきた。ありがとうございます、うれしいです、と。


 それからちょくちょく、メッセージを送るようになった。「ちょくちょく」は「頻繁」になり、そのうち「毎日」になった。




「今回の話、すごくよかったよ。主人公の感情の流れとか、すごくうまく描写できてたと思う」


『やった!ありがとう!』


「俺も君みたいに、うまい文章が書けたらなあ……」


『そんなこと言ってくれる人、他にはいないよ? 私だって、人気のない作家だし』


「でも俺は、君の文章が好きなんだよ」


『そう言ってもらえると、本当にうれしいんだよね!よし、続き書くぞー!』


「最後はやっぱりハッピーエンド?」


『それは秘密!』




 なんてことないやりとりだった。なんてことないやりとりだったけど、俺は顔も知らない彼女のことを、だんだん好きになっていった。




 俺は、彼女の本名を知らない。

 どこに住んでいるのかも、知らない。

 知っているのはユーザ名と、小説と、メッセージでやりとりする彼女だけ。




 俺の知らないところで、彼女の物語は進んでいく。

 彼女の知らないところで、俺の人生が進むように。





 ごめんね……という件名で彼女がメッセージを送ってきたのは、メッセージを交換し始めて半年ほど経ったころだった。



『引っ越しとかでバタバタしちゃってて、しばらくメッセできないかも!ごめんね。小説は毎日ちゃんと投稿するから!』


「分かった。落ち着いたらまたメッセくれよ。小説もメッセも、楽しみにしてる」


『ありがとう』



 これが、彼女からの最後のメッセージになった。





 小説は毎日18時きっかりに更新され続けた。相変わらず、くっついたり離れたりを繰り返す主人公たち。俺はその様子を、活字を、毎日追い続けた。彼女からのメッセージを、待ちながら。



 最後のメッセージから3か月後、彼女の小説は完結した。ハッピーエンド、ではなかった。



 主人公の女の子が、事故で死んだ。

 彼氏は悲しみに明け暮れ、けれどもやがて立ち上がる。


「前を向いて歩いていく。彼女にはなかった、未来に向かって」


 その1文で、締めくくられていた。

 そしてその文の下に、あとがきが綴られていた。




 ご愛読、ありがとうございました。

 この小説が投稿される頃には、私はもうこの世にはいません。

 予約掲載って本当に便利だね!


――黙っててごめんね。ビョーキだったんだ、私。治らないって、ずっと前からお医者さんに言われてたの。この小説は、私の遺書みたいなものなんだ。


 小説を書くのは生まれて初めてだし、ストーリー考えるのは苦手だし、やっぱり人気は出ないしで……。でも、お気に入りの数字が1になった時は、本当に嬉しかった。こんな文章でも、読んでくれてる人がいるんだなあって。


 それがあなたで、あなたと出会えて、本当によかった。……ちゃんと会ったことは、ないけど。顔も名前も知らないけど。それでも


 あなたのことが、大好きでした。



 言い逃げみたいになっちゃうね。ごめんね。でも、ありがとう。


 ばいばい。







 俺は今、小説を書いてる。恋愛小説だ。苦手な分野だけど、必死になって格闘してる。

 アクセス数? ポイント? それは訊かないでくれ。見当つくだろ?


 内容はやっぱりベタで、ネットで知り合った二人がくっついたり離れたりする話。笑っちまうくらいベタだろ。だけど俺は、真剣に書いてるよ。



 最後は絶対ハッピーエンドにする。これはもう決定事項。

 ハッピーエンドにする。絶対に。





 彼女の知らないところで、俺の物語は進んでいく。

 彼女のためだけに綴る、物語が。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 名作ですね。 良い作品を読ませて頂きありがとうございました。
[良い点] 「殺され屋」でも感想書かせて頂きましたが、ドキっとするどんでん返しが上手いですね。 作品の中に漂う切なさが好きです。 [一言] 何かすごく染みました。心に。(TT) 私も一応書いてるので、…
[一言] まさかの展開でした。 メッセの最後から3ヶ月後の小説の 最後の後書きとかが。
2011/07/17 20:51 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ