始まりの湖
私は森の木こり。
美しい女神が住むという湖に斧を落としてしまいました。
湖面が輝き、美しい女神が湖から現れました。
女神は優しい言葉で問いかけてきます。
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか?
それとも、この銀の斧ですか?」
木こりは答えます。いいえ。私が落としたのは。
「かつて大蛇を酔わせたヤシオリの酒と。
その首をハネたという神殺しの特性を持つ鉄の斧。」
女神の顔が慌てふためくのが見えます。
「え? え? 神殺し?
ずいぶんと物騒な物を落としたんですね。。。」
金と銀の斧をしまうと、まがまがしさすら感じる斧と封をした酒瓶を引き上げてきました。
「とりあえず、こちらはお返しします!
あと、正直者のあなたには、この金と銀の斧も追加でお渡しします。」
「もう、そんな物騒な物を落としちゃダメですよ。」
3丁の斧を受け取った木こりは。
やがてゆっくり頷いた。
なるほど、話通りか。
木こりが、金と銀の斧を、自身の鉄の斧で叩き切ると、その輝きは失われ土塊へと朽ち果てる。
「すでに神格すら歪み、いびつとなっているのに。
まだ、善良な女神だった頃の記憶だけで行動してやがる。」
女神の顔が不安にゆがむ。
私は純粋な湖の女神では?
あれ、どうして金の斧が土塊になってるんだっけ? わからない。
その様子を、木こりは冷めた目で見つめる。
「その様子じゃ分かってねえな、無理もないか。」
木こりは投げた酒瓶に軽く斧を当て、割る。
たちまち甘ったるい酒の香りが湖を包み込む。
静寂に包まれ、澄みきった水面が、その香りに酔うように歪む。
酩酊の先に見えるのは、枯れた木。骨の沈む異臭を放つ赤黒い池。
その中心にたつ女神は、すでに朽ちてなお、動き続ける。
「私は、多くの木こりさんを助けてた。
そういえば、もう金がとれなくなって。
でも、助けたかった」
その声は、かつて女神であったものの、最後の残滓にちかい。
「あぁ、そうだったな。お前は最後まで『善良な女神』でありたかったんだ」
木こりは、赤黒く染まった池の主を見つめながら、ぽつりと呟いた。
金が採れなくなり、銀も底を突き、やがて信仰すらも枯れ果てた。
信仰の途絶えた神は、消えるか歪む。
おまえはどっちだったんだろうな。
水面に沈む無数の骨をみて思う。
「もう、おしまいだ」
言葉より先に飛んだ斧の刃先が、かつて女神だったものの首を飛ばす。
切り離された視線が、ゆっくり水面に落ちてゆく。
赤い色は苦手だ。
いつからだっただろう。
私の質問に、鉄の斧と答えた彼らは、本当に正直者だったのだろうか。
疑念は、いつしか確信に変わっていた。
ここに沈むのは嘘つきたちの屍。
『鉄の斧』と偽り、私の財宝を奪う犯罪者たちだ。
「私は、人を助けたかった」
木こりは答える。
「欲は人間を滅ぼす。」
「おまえは、善良と見せて、人にとっては存在自体が猛毒だったんだ。」
言葉の終わりとともに湖が醒める。
木こりは足下の花を摘むと、湖に手向ける。
もうここに用はない。




